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第六章 展開

6.11 聖女として

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 ――――コホッ。コホン。


 止まっ……ってない。
 
 大丈夫、時間。大丈夫。
 止まってない。


 ――――コホン。

 ドアのむこう? 咳払い?
   
「そろそろ……入室しても、構いませんか?」

 うおぅっ! 人がいたっ!!

 扉の向こうから聞こえる男性の……、にしては高めな女性的な声。
 もしかして長老様!?
 
 というか、いつからそちらにいらしたの? 全然気付かなかった!

「……いや、そのままあと数十秒待ってくれ、長老」

 淡々としたガルシオンの声。
 ガルシオンが私から離れて、机の椅子に座る。

 その時にはいつもの無表情を取り戻してるように見えた。
 
 私は、まだ心臓が激しく動いてる。
 だってもし長老様が来ていなかったら、私とガルシオンはあのまま――――

 気持ち、切り替えよう。
 そうだ、こんな時はフニオのキリッとした顔を思い浮かべてみよう。
 
 「俺は、フニオだ」キリッ。と告げる時のフニオの表情をイメトレ。
 「私は、優花よ」キリッ。みたいな。

 ガルシオンの笑いを堪える音が聞こえる。
 そんな変な顔してた? んもう、鼻で笑ったわね! ぷんぷん。

「長老、待たせてすまない、もう大丈夫だ」
「では、失礼致しますね」

 ドアが開く。現れたのはきれいな、男性。やっぱり。

「おはようございますガルシオン様。そして優花様。お初にお目にかかります。私は長老レグナルト。聖竜ラルディアス様に仕え、このエーテ・ルネを預かる者にございます」

 長老レグナルトが私に一礼する。
 私も立ち上がってお辞儀をする。この場合、カーテシーの方が正しかったかな? とか考えながら。 
 長老様って、某ファンタジー小説に出てくるような、白髪と白い髭のお爺さんを連想していたのに。
 長老レグナルト様は、長い銀髪を緩やかに肩でまとめ、白装束姿の女性的な容貌の若い男性だ。
 
 額にある丸いマークは何だろう? 
 深い紫色の宝石なのかキラッと輝く。
 
 あ、そういえば長老様って「レグ」として「叡智の瞳」をお持ちなんだっけ。
 場所的に額なんだろうな。長老様の澄んだ紫色の目が、まっすぐに私を見つめている。
 あ。思いっきりガン見してた。すみません。

「こちらこそ、お初にお目にかかります。火口優花ひぐちゆかです……」
 
 語尾がだんだん小さくなる。

「優花様の体調が芳しくないと伺いまして。申し訳ございません、もう少し後で来るべきでしたね」

 ちらりとガルシオンを見る長老。
 ガルシオンは相変わらず無表情だけど、なんかちょっとムスッとしてる……のかな?
 長老様は長老様でガルシオンのそんな反応を楽しんでいるかのようなご様子。

 この微妙な空気を何とかしようと、私は長老様に話しかける。

「い、いえ。こちらこそすみません。遅くなったうえに『魔力酔い』で……。白葡萄水を頂いてかなり楽になりました。巫女様にもお礼をお伝えしなければ」

 私が巫女様と呼んだ時、美貌の長老様の金色の杖がわずかに光る。
 「えへへっ、良かった!」という可愛らしい少女の声がどこからか聞こえたような。

 なんか声の雰囲気がシャーナちゃんに似てる?

「白葡萄水がお役に立てて彼女も喜んでいることでしょう。ここへのゲートは、慣れていないと酔いやすいものでして……。次回からは起こりませんのでご安心ください」

 涼やかな微笑み。
 英人さんやセシル公爵様の穏やかな微笑みとは違って、優しさの中に威厳がある。
 うん、長老様って感じがする。

「ガルシオンも本日は優花様の護衛として一緒に。優花様のサポートをお願いしますね」
「承知いたしました」

 ――――あれ? 『ガルシオン様』じゃない? 
 
 序列はガルシオンの方が上……だったよね?
 そういう場合もある? んー序列、難しい。

「色々聞きたいこともあるかと思いますが、まずは無理に体を動かそうとなさらず、酔いが抜けるまでこのままこちらでお休みください」

「え、でも……」

 私の疑問を察したのか、長老様は続ける。

「グランディア公爵に謁見の時間を調節して頂きました。体調が良くなり次第、お召替えをしてヴィクトス帝国の宮廷へと参りましょう。私も一緒ですのでご安心下さい」

 あ、それならよかった。
 あと、そうだ……!
 
「あ、あの。ふたりの勇者もエーテ・ルネ自治区に来ていると聞きました。会えますか?」
「そうですね、お二方とも聖都レーネにおりますので会えますよ。ではまた後ほどお迎えに参ります。ガルシオン、後はお任せ致しますね」

 優雅な物腰で私に一礼し退出する長老に、ガルシオンが聖騎士の礼を取る。
 それを見て私も長老様にぺこりと頭を下げる。
 
 微笑まれる長老様。
 ぎこちない所作の私を温かく見守る、保護者のような――――

 聖騎士総長執務室に残された私とガルシオン。さっきのこともあるから微妙な空気。
 
 風に乗って心地よい響きが。
 どこからか聞こえる讃美歌。たくさんの人達の斉唱だ。

 聞き覚えがある。あれ、えーと……。  

 そうだ。こっちに来るときだ。
 ショルゼアに飛ぶ時に聞こえた。

「優花、少し……眠るといい。俺も残った仕事を片付ける」
「うん」

 フニオサポートで歌詞を聞き取れた。
 
 Trail of light that splits the sky(空を裂きし光の軌跡)
 O holy dragon, our guardian (聖なる竜よ、守りし者)

 Soar high, racing through the heavens (高く羽ばたき、天を駆ける)
 Your guiding light is the path of stars (導く光は星の道)

 With prayers imbued, each time we call your name (祈りを込めて、御名を呼ぶたび)
 Your light illuminates our hearts (その光は、心を照らす)

 O holy dragon, forever (聖竜よ、永遠に)
 Guide our way, lead us forth (我らの道を、導きたまえ)

 聖竜ラルディアスを称えるその歌を子守歌代わりに、私はゆっくりと瞳を閉じた。

 あたたかくて大きな優しい手が私の頭をなでる。
 その手は、まるで魔法の手。いつも揺るぎない安心感に包まれる。

 私はまどろみながら。
 
 ――――お父さん、と、呼んだ。
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