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第四章 定め

4.26 試練の向こう

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 明け方。
 俺が私邸に戻ったのは数日ぶりだった。

 執事のヘイゼルが穏やかな笑顔で迎えてくれる。
 その後ろに控えているメイド達は、精巧につくられた魔法人形だ。

 髪の色や髪型が違うだけで顔は全て同じ。
 すべてヘイゼルが手がけた作品たちだ――――

「ガルシオン様、おかえりなさいませ」

 白髪のヘイゼルとメイドたちが一斉に一礼する。
 
「ヘイゼル、久しぶりだな。朝は出迎えなくていいと言っただろう……」
「これは私めの我儘でございます。ガルシオン様をお出迎えするのは私の楽しみの一つでして」

 とは言うが、ヘイゼルは結構な老齢だ。
 いつ戻るか分からない俺を何時でも出迎えられるように準備を整えるのは大変だろう。

「次こそは……早めに帰れるように善処する……」

「最近のガルシオン様は、そのお言葉が口癖になられましたな」
「……ヘーゼルには敵わないな」
 
 全くその通りなので、何も言えない。
 
「まずはお食事に致しましょうか。すっかり痩せられて。きちんと栄養を取って頂かねばいざというとき動けませんぞ。それから――――」

 ヘーゼルがメイドたちに指示を出す。テキパキと無駄なく動くメイドたち。
 俺は悪いと思いながらも半分ヘーゼルの小言を左から右へ受け流す。ローラン曰く妻の小言は言われているうちがハナであるという。

 俺に妻はいないが、ローランの言う妻の小言とはこうしたものを指すのだろう。

 向かったのは執務室。大きな机に山積みの書類――――。
 内心うんざりしながらも、何時までも放置すればヘーゼルを困らせるため渋々取り掛かる。

 その半分を消費したあたりでふと窓を見ると、日が昇り穏やかな朝の風景が見える。

 ここはエーテ・ルネ自治区というエリアだ。

 区内のすべては聖地と呼ばれているが、森の中にアディア湖という大きな青い湖がある。この湖には中島があり、その敷地にある屋敷が俺の私邸だ。

 この私邸はラルテ教最高神官である現長老レグナルトから正式に譲り受けたもので、歴代長老の住まう別荘として建てられた屋敷だった。
 それを先代の長老が俺を一定期間封印するために、もともと光属性の強いアディア湖の中にさらに厳重に光の結界を張り巡らせた。

 そうした強い光属性に満ちた屋敷で俺は、かなりの時間を過ごした。

 ヘーゼルの母は俺をセルダリア王国からエーテ・ルネへと連れてきた女聖騎士キャロリアだ。彼女はセイラード当主の後妻となりその半生を俺の守護に捧げた。
 ヘーゼルも当主子息でありながらセイラード家を継がず、俺の執事として仕えることを選びこの屋敷の一切を管理している。
 
 セイラード家の人々が居たからこそ身勝手なショルゼアの人間に対し絶望せずに済んだ。
 彼らが居なければ、この世界も自分の存在もどうでも良いものだっただろう。





 私邸の庭の奥――――。

 かつてここには大きな東屋があったが撤去し、戦闘訓練の場として使っている。
 振り返ると、おおよそ俺に似つかわしくない花園がある。

 俺の世話を焼きたがるおせっかいなフォーレン公爵夫人が造らせた花園だ。
 赤い百合と青い薔薇が植えられ、俺がある程度庭の奥で暴れても影響が無いように結界が張られている。
 
 俺が執務室から出てこの戦闘訓練場に足を運んだのは、長老レグナルトの一言がきっかけだ。

『たまにはガルシオン様も初心に還って御体を動かされては如何でしょう?』

 俺の調書を確認したであろう後のその発言。
 意図するところは『“星の救世主”が教会で戦闘訓練を行う場合、現在ある魔法人形で対応可能か』だ。

 現状、戦闘訓練用の魔法人形は、新式、旧式の二種だ。
 もちろん、新式魔法人形の方が攻略難易度は高い。 
 優花の現在のランクでは、まずは旧式魔法人形からだろう。

 旧式も二体あればそこそこ――――、

 と考えて俺はふと考える。
 俺が使用するなら旧式魔法人形は二十体ほど必要か?

 そう思い長老室からの帰りに教会聖騎士団の副団長室を訪れたが、「無理」と断られてしまった。

「旧式魔法人形を二十体もですか!? しかも総長の攻撃に耐えられるもの?」

 まぁそうだろうな。予算の都合上、戦闘訓練用の魔法人形は必要最低限の数しか揃えていない。
 想定内の答えが返ってきた。
 
「使い古しの旧式で構わないのだが。……やはり無理か?」
「それならショルゼア中の国家からかき集めてくださいよ~~。僕がガルシオン総長に渡せるのは五体だけです。それでも新式ですから旧式よりはもつと思いますよ」

 思いがけず新式が手に入るとは。
 五体は少ないが……まあ手に入るだけ良いのかもしれない。

「……それでいい。新式五体を貰っていく」

 去り際に「開発部門への研究費の件、頼みますよ!」と声が届いたので、右手を挙げて応えておく。

 新式魔法人形のスペックは、ボディの強靱さ、攻撃力やその種類も旧式の1.5倍ほど増したと聞いている。まぁ、劇的といえる変化ではない。

 しかし、対応ランクが上がった。旧式の魔法人形ではランクBまでだが、新式になればA+まで設定できる。A+は、ショルゼアにおける騎士団の、騎士団長試験が受験できるランクだ。実際のところSランク程度の実力が無いと騎士団長を名乗るのは難しいだろうが。

 一体の新式の魔法人形を最大ランクに上げると、挑む者もS程度の実力が無ければ稼働停止に追い込めないだろう。ならばタイムアタックモードで稼働停止させてやる。

 まずは試しに一体。
 さて、魔法人形の設定は――――。
 
 ジョブモードは魔導士。白い歪んだ笑顔の仮面の男を思い出す。
 使徒リムソンと言ったか。

 思い出すと忌々しさがこみあげてくる。罠だと分かってはいたが、対処できると思っていた。
 新式はサブジョブも選べるため格闘士のコードを入力しようとして、不意に手が止まる。

 魔導士。もう一人いたな。

 揺れる美しい栗色の髪、世の中の穢れを知らずに育った様な……光に溢れた栗色の瞳。
 “星の救世主”たる彼女の姿が、脳裏に浮かぶ。

 ――――優花。 

 戦闘訓練を珍しくやる気になっているのは、あの時の事があるからだろう。 
 これまであれほど後悔した事はない。この俺が護衛対象に護られるというなんとも屈辱的な状況に陥ってしまった。
 
 ヤツの邪魔さえなければ……。

 いや……、ちがう。
 俺が単純に使徒の一人も屠る事が出来ないほど、弱かったというだけだ。

 彼女があの場に来なければ。茶色の女神の助けがなければ。
 俺はあの使徒に捕まり、邪竜に呑まれ、破壊と殺戮の化身となっただろう。

 この立場を疎ましく思うことはあれど、俺はそんなことは望んでいない。
 
 ただ、命の危険にさらされることなく穏やかに生き、一人・・の人間として死んでいく。
 そうしたごく普通の人生を願っているだけだ。
  
 ――――そんな願いなど叶うはずがないことは、わかっている。
 
 星の救世主たる優花と共にこの世界を変える事が出来たなら。
 この使命を全うすることができたなら、俺もそれを叶える事が出来るだろうか?


『ハッ。随分都合が良いことだ』

 ――――またか。ヤツの声が頭に響く。鬱陶うっとうしい……。

『鬱陶しい? 星の救世主に助けられた時、あの娘を鬱陶しいと感じることは微塵もなかったか? 劣化したスペア風情がおこがましい』

 頭に響く声の主、ガルキウス。
 ヤツは、俺の中で虎視眈々と体の主導権を狙っている男。
 古代の魔法科学帝国アヴァリア帝国の血を継ぎ、“セルダリアの秘宝”たる力を手に入れた、”俺”であって”俺”ではない者。
 
「おまえに主導権からだは渡さない」

 ヤツが表層にくると激しい頭痛を伴い体の感覚がなくなる。
 しかし、異物の思い通りになどさせてなるものか。
 
 俺はぐっとヤツの思念を押さえ込む。
 目の前の魔法人形に、もう一人の自分の影が重なって見える。

『ならばおまえの力とやらを見せて貰おう――――』

 上等だ。俺こそが救世主ガルキウスだ。

「お前は“セルダリアの秘宝”の力を手に入れたのだろうが、器として不完全だった。だからここに居るんだろ? 主導権を得られないのは当然だ」

『出来損ないが』
 
 ガルキウスの影が重なる魔法人形を睨み、魔法人形のサブジョブに格闘士ではなく騎士のコードを入力する。

 設定は全属性魔法を自在に操る騎士、ランクA+の魔法人形とする。
 これを八分以内で稼働停止に追い込む。

 冒険者ギルドのランクアップ試験において、Sランクの実技試験の内容と同じだ。
 もしも救世主ではなく普通に冒険者であれば、この試験を受けただろうが。
 
「ユーザーNo.00096、ガルシオン・セイラード。登録ランクA+、全属性魔導士+騎士設定でキドウ。タイムアタックモード。ファイブカウントデ セントウ カイシシマス。ヨロシイデスカ?」

「ああ」

「声紋認証カンリョウ。ファイブカウント ハジメマス」

 ――――5

『良いものをくれてやろう。派手に暴れていいぞ』

 ガルキウスは右の手のひらに力を籠め、立方体の箱を作り上げる。それは次第に大きく広がり空間を包み込む。


 ――――4
 
 キュイィィィィィン――――と音をたてて、新しい空間の生成が完了する。
 元居た私邸の庭の空間と全く同じに重なった空間だ。
 この空間生成は空間を切り取ってトレースして再生成するものだ。本物の空間の上に時空を重ねて多重存在させる。このエリアの中で戦えば、過去の破壊はなかった事にできる。

 ただし術者であるガルキウスと体を共有する俺がこの空間を解除するまで生きていれば、だが。

 ――――豪快に魔力を使ってくれる。ハンデだと? 
 この空間生成に魔力の半分を持ってかれたか……。魂力も使わせる気か?
 
 ――――3

『剣技は、お得意だろう? それとも魔力がなければ、お人形も壊せないか?』

 ヤツの煽りを無視して衣服のポケットからダイヤ型の石を取り出す。
 革の鎧に取り付けると、石は白い光を放って白銀の鎧に変化する。腰にあった二本の短剣も、白銀のロングソードへと変貌を遂げる。

 ――――2

 俺はその二本のロングソードの柄をそれぞれ両手で掴み、構える。

 ――――1

 人型の魔法人形がジョブモードに応じた構えをする。盾を前面に、剣は下段。
 そしてその目が赤く点灯する。

「――――0、ドール1ワンセントウ カイシ」

 開始と同時。
 俺は光の針を発動し、魔法人形の頭部に向けて打つ。
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