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第二章 勇者
2.22 ようやく
しおりを挟む小鳥の鳴き声が聞こえる。
爽やかな朝の訪れ……今日もまた一日が始まる。
私はゆっくり目を開いて、そのまま左右を確認。
枕元には猫耳のカナタ石。
どうやら一番安心する場所に置いて寝たようだ。
むくりと起き上がると、布団もかけずにそのまま寝落ちした跡が残っている。
反対側のベットにはグラススケイルで作った試作品が散らばっている。
床には無造作に脱ぎ捨てられた革靴。
――――あらら。随分とだらしない寝方をしたみたい。
私はカナタ石をスカートのポケットに入れて、朝の身支度を始める。
銀貨の入った革袋とグラススケイルの試作品は部屋に置いておくことにした。
もちろん、ベッドの足の影、探さないと分からない場所に隠してだ。
食堂へ向かう途中で何人かの女性の冒険者が、食堂と反対の右奥へ入っていったり出てきたりしている。手元には、タオル。もしや――――! ビンゴ! その部屋は、湯あみが出来る大浴場だ。
お風呂キタ――――!
もうこの際体を洗えれば、シャワーだなんて贅沢は言いません。
湯あみ場のカウンターの女性にタオルと小さく分けられた石鹸を貰って、私はバスタイムを楽しむ。
あぁ、もっと早くこの場所を知っていたなら!
あの存在するのが奇跡みたいなイケメンに、最悪の状態で逢うことはなかっただろうに!
ものすごく丁寧に体を隅々まで洗って大満足した私は、赤いスープと小さなパンを二つ堪能した。
お腹も満たされたことだし、今日は何をしようか?
とりあえず、服を何とかしたい。他にもほしいものがある。今日はお買い物デーだ!
私はベットの下から銀貨の入った袋を回収する。それをグラススケイルの作品と一緒に、スカートのポケットに入れる。
わたしが外出の準備を整えていると、突如として部屋の一か所に白い光の粒子が集まっている。
次第にそれは動物の姿の姿を形成していく――――。
懐かしいな、前にもこんなことがあった。
その光の粒子を見ていると、白と暗銀色が入り混じった見事な毛並みが形成されていく。
このモフモフ加減はフニオだ。その大きさは少し大きめな小型犬くらいの――――って、あれ?
形成されたフニオの姿は以前よりも一回り大きくなったゴールデン・レトリバーサイズだ。
澄んだ青紫色の目。端正で凛々しい顔立ちはそのままに、聖獣フニオが姿を現す。
「あれ? フニオ……さん? すこし大きくなられましたようで……?」
「優花がこの姿を確認するのは初めてだったな。少し前に体が変化したのだ。以前よりも力が増したと思う。苦手だった近接攻撃も今なら可能だな」
聖獣って……成長するのか。
そしてまた強くなったというの? 勇者たる私よりサポート聖獣のほうがチート級に強い件、ちょっと複雑な気持ちだわ。
フニオの背中から緑色のクルミ石が転がってくる。
それを取ろうとしてバランスを崩した、美しい茶色の毛皮のマロンがフニオの背中をよじ登る。
私はそのクルミ石を拾って、ぴょこんと立ち上がって大きく目を潤ませたマロンに渡す。
いつもならそのタイミングで喜ぶマロンが、今は元気がない。どことなく疲れているような感じで、何かを考え込んでいる……?
フニオに視線を移すと、こちらもどこか険しい表情をしている。
フニオもマロンもどうしたの? そう言おうとした時――――。
何かを告げるのを躊躇っていたマロンが、必死になって言葉を紡ぎ始めた。
「優花、優花! よく聞いてほしいの。この町に良くないの、いるの。くれぐれも……気を付けるの……!」
マロンが必死になって私に説明しようとする。だけど私には何のことだかサッパリだ。
そこへフニオが助け舟を出す。
「落ち着けマロン。つまりは邪竜の、影だろう?」
「そうなの。良くないの、たぶん……誰かを……探……てる……の。」
マロンの様子がいよいよ変だ。眠たそうにしているのはいつもだけど、それとも違う。マロンを救出したときの様だ。あの時は全身に傷を受けていた。いや、あの時よりも苦しそうだ。
「マロン。無理をするな。あとは俺が優花に説明するから寝てろ」
フニオの言葉にマロンは小さく頷く。たったそれだけでもしんどそうだ。
マロンは、フニオの背中の窪みにゆっくりと倒れ瞳を閉じた。こんな時でも緑のクルミ石はしっかりと抱きしめているあたり、マロンらしい。
「マロン、どうしちゃったの? なんだかとても辛そうだったけど。大丈夫かな……」
「恐らく魔力切れだ。回復には時間が掛かるだろうが、俺が守る。心配はいらない」
私はフニオの背中で眠るマロンを見つめる。
こんなに疲れ果てるまで、マロンは何をやっていたのだろう?
まさか……。
わたしの、ため――――?
晴れていたはずの空はいつの間にか曇天になっていた。だけど不思議と雨が降る気配はない。
ずっと窓を見たままのフニオに、私は声をかける。
「フニオ、さっきのマロンの話だけど……」
「ああ。どこから話したらいいかを考えていた。簡単にこの星の歴史を説明するとだな」
人類がこの惑星に誕生してから三千年が経った時、この惑星は邪竜の強襲を受けた。この惑星を護る聖竜は戦ったが、敗れ、邪竜によって封じられた。邪竜は人間の魂を吸い尽くし、栄えていた人間の国を滅亡させてこの惑星を去った。封印された竜は三千年後にまた邪竜が来ると知り、地球から勇者を召喚し再び戦いに備えている――――ということだった。
「本来ならまだその時期にははやいのだが……。何らかの異変を感じ取って、邪竜が動き出した可能性は高い」
「そんな……。今の私に邪竜と戦える力なんてないよ」
「そうだな。だが、今すぐ邪竜と戦えという訳じゃない。今は優花が出来る事をやればいい」
――――私が出来る事を、やる? それだけで、いいの?
この先、こんなんで邪竜と戦う事なんて……。
黙ってしまった私を見て、フニオは心配そうに私を見つめる。
「俺もマロンも優花をただ不安にさせたくて、邪竜の話をしたわけじゃない。知らないより知っていた方が、危険に対処できると考えてのことだ」
「うん、わかってる。知ることは大事。備えられるから。ただ、私がいま出来ることをやるだけで、本当に良いのかなって思ってたんだ」
「優花、強さというものはある日突然身につくものではない」
フニオは姿勢を低くして言葉を続ける。
「一見何でもないように思える毎日の積み重ねから生まれるものなのだ。毎日の行動、決断、学びが、結果的には自分自身を成長させ、強さへと繋がっていく。目の前のことに最善を尽くすこと。そしてそれを続けることが大切だ。何より優花は……」
それからフニオは私の目を見て――――。
「見て見ぬ振りができそうにない」
――――照れくさいな。フニオなりに褒めてくれてるんだろうな。
そうか、どんな日も私は生きている。それが明日に繋がる何かになるんだ。
「ありがとう、フニオ。なんか、私。頑張れそう」
「うむ。人間の町では俺とマロンはあまり役立てないが、何かあれば念話してくれ」
フニオはそう言って、眠っているマロンと一緒に私の影に入って行った。
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