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第二章 勇者

2.20 宿屋にて

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 レンドの店を出て右にしばらく歩くと、宿屋が見えてきた。
 宿屋の看板が見えるくらいの光が、ほんのりと灯っている。
 鑑定所から近かったし、看板が見やすくてすぐわかるのもいい。
 
 見た目はオートキャンプ場によくある大型のロッヂだ。
 五段ほどの階段を登って、玄関ドアを開く。ドアについたベルが、カランカランと乾いた音を立てて鳴り響く。
 室内は明るい色の太い木材をふんだんに使用しており、その空間に満ちる落ち着いた木の香りが心安らぐ。

 ホールの造りを眺めていると、正面にあるカウンターの奥から「あいよ、いまいくよ!」と威勢のいい女性の声が聞こえる。

 静まり返ったロビーでぽつんと待つ事しばし。
 右の部屋から現れたのは、栗色の髪を背中で一つに束ね、レモン色のシャツに紺色のロングスカート姿の体格の良い女性だ。

「待たせてすまないね。いらっしゃい! 泊まりはあんた一人かい?」
「はい」
「ウチは前払いでね。一泊銅貨四枚だよ」

 ええと、銅貨十枚で銀貨一枚だったっけ。なら銀貨一枚でお釣りがくるはず。

 私は革袋から銀貨を取り出して女性に渡す。
 女性は一瞬だけ驚いたという顔をしたけれど、直ぐに営業用の表情になる。

 私は銅貨六枚を受け取り、それを革袋にしまう。

「まいど! 今開いてる部屋は二階の突き当たりしかなくてね。手前の階段を使うと良いよ。あと一時間くらいしたら夜の食事が始まる。その頃に左手にある食堂へ来ておくれ。あとは給仕にでも聞けば教えてくれる」
「はい、ありがとうございます」
「じゃあ、ゆっくりしておくれ」

 忙しいのか必要なやり取りを終えると女性は奥に引っ込んで行く。
 私も部屋に向かう事にした。

 二階の突き当たりの部屋のドアノブを回すと、カチャと音がしてドアが開く。

 部屋にはベットが何故か二台ある。
 独りで使うには広すぎるけど、ここしか開いてないなら仕方ないのか。

 斜め右には丸いテーブル、二脚の椅子。
 テーブルの上には小型のランプが置いてある。夜は重宝するだろう。

 べットには適度な硬さのマットレスがあり、うすい掛け布団が置かれている。
 思わずごろんと横になってしまう。
 木の天井。そして、痛くない、ベッド。あぁ、私はこれを、求めていた……。

 しかし最も、そして切に願っていたものは……。
 ベッドから見回すも、見えない。
 立ち上がって、部屋をうろつくも一目で分かる、そうここは一部屋のみのオンリーワンルーム。
 求めるほどに逃げていく、そう。それが、シャワールーム。

 ま……、ないよね。

 いや何も、そんなにハイクオリティサービスを望んでいる訳ではないのよ。
 
 だがしかし。部屋中探しても着替えはもちろんタオルがないとは由々しき事態。

 まさかショルゼアの皆さんはワイルドに自然乾燥派なの!?
 それとも魔法でスチャッとクールにエコ乾燥派!?

 ……グゥゥゥゥゥ。

 マロンの寝息のような、控えめな音が腹部から聞こえる。
 しょうがない、このまま食堂行きだ。
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