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第二章 勇者

2.18 冒険者ギルドにて

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 私はサラに連れられて冒険者ギルドの中へ入る。続いてディックとマールが中に入る。
 冒険者ギルドは、お洒落な木造の建物だった。
 暖炉があり、幾つかのテーブルとイス。幾人もの冒険者たちがたむろしている。
 手に持ってるのは何かのリストなのか、ペラペラめくっている。

 彼らはサラと目が合うと、気さくに挨拶する。
 サラはにっこりと微笑んで挨拶を返していた。

 ディックが、カウンターの受付嬢に真珠色に光る角を見せる。
 何かの魔獣のものだろうか?
 私が興味津々でその様子を見ていると、サラに呼ばれる。
 
「あなたはこっち。早速登録しないとね!」
 
 サラに手を引っ張られ、強引に一番右側のカウンターに連れていかれる。
 ゆっくり見るのは後にして、と言わんばかりだ。
 
「サラ、あなたまた新しい子を連れてきて……」
 
 ギルドの受付嬢が私を見てため息をつく。
 また? また、って言った?
 ……嫌な予感がする。

「カーラ、人聞きの悪い事を言わないでよ。この子の冒険者登録、お願いね」

 サラの口調はいつものやつお願い、という感じだ。

「良いけど……。この子にちゃんと話して連れてきたんでしょうね? 前みたいにひと騒動起こされたらたまんないんだけど」

 ……なんか心配になってきた。
 でも登録はしないといけないし、どうしよう。

「あのう……、私やっぱり――――」
「大丈夫。カーラは大げさなのよ。この子も不安がっているじゃない」

 カーラは慣れた手つきで登録の書類を出す。
 書類と言っても紙じゃなくて皮っぽい、なんとか紙っていう高いやつだ。ここでもフニオのサポートが利いていて、ショルゼアの言語がわからないということはなかった。名前と誕生日、属性と推薦者の項目がある。

「推薦者のところは私が書くわ。ディックとマールの名前も一緒に書くから、上のところを書き終えたら呼んでね!」
「あ、はい」

「あなた、登録の時に推薦者の名前があるとどうなるかわかっているの?」
「え」
「……やっぱりね」

 やれやれといった感じで、カーラは手短に説明する。
 
「冒険者に登録したばかりの冒険者はGランクからスタートするんだけれど、GランクからEランクまでが初級、DランクとCランクが中級、Bランクから上が上級。登録時に推薦者の名前を書くということは、あなたにサポーターがいるということ。つまりあなたがDランクに上がるまで、あなたの冒険者としての生活をサポートする代わりに、あなたが得るクエスト報酬の一割をサポーターの取り分として渡すってことよ」
「そんなこと一言も……」

 地球でもOJTというものがあるらしい。それと似ているな、と思った。
 OJTは、職場の上司や先輩が部下や後輩に対して、実際の仕事を通じて指導し、知識、技術などを身に付けさせる教育のことだ。
 母がよく愚痴をこぼしてたことがあった。
 今年の新人は説明をきちんと聞かないとか、仕事が雑だとか。
 誰もしたがらない役割だけど、お給料に加算されるからと母は率先してやっていた。
 あれか。

「でしょうね。でもね、これは冒険者を目指す者なら誰でも知ってて当然のこと」
 
 ――――つまりうっかり魔獣の核とか言ったせいで、目をつけられたという訳か。
 
 カーラの話によると、サラという女性は、こういう知識のない初心者を巧みに誘導しては小金を稼いでいるとのこと。まんまと私も餌食になったということだ。
 
「でも悪い事ばっかりじゃないわ。サラとディック、マールはCランクの冒険者よ。彼らの名前があれば、魔獣を討伐した時に得られる魔獣石を高く買い取ってもらえる。信用があるからね。まぁその分クエスト報酬の取り分は減るけど」

 つまりサラ、ディック、マールの培ってきた名声を使うことのできる権利を、期間限定でクエスト報酬で支払うということの様だ。これってどうなんだろう。
 良いようにも聞こえるし、悪いようにも聞こえる。

「ちなみにサラが懇切丁寧に新人教育をした試しはないから、冒険者のサポートはあてにしないほうが良いわ」

 ――――悪い方か。

 しびれを切らしたサラがカウンターにやってくる。
 ようやく書き終わったのね、とサラは手慣れた手つきで用紙をスッと取り、ディックとマールがいるところに持っていく。

「で? あなたはどうするの? このままだとサラの思うツボだけど……」

 カーラが不憫そうに私を見つめる。
 無知はカモにされるってことか……それなら私だって考えがある!
 
「書いてきたわよ! カーラお願いね!」
「いいの? 今ならまだ間に合うわよ?」
「いえ、そのまま処理してください」

 迷いなくきっぱりと告げる私を、カーラは不思議そうに見つめる。

「サポートが必要ないと思えば、サクっとDランクまで上げればいいんですよね? それまでサポートしてもらえるなんてラッキーです!」

 私はそう告げてにっこりと微笑む。
 サラとカーラがポカンとした表情で私を見る。その様子を遠くからみつめていたディックが、豪快に笑う。
 
「サクっと、ねぇ!言うじゃねえか。だがその心意気、悪くない」

 ディックの隣にいたマールも、もっていたリストを閉じながら呟く。

「そうだな。新人のくせに肝が据わってやがる。こりゃサラも一本取られたな」

 サラは、まったくと言わんばかりに肩をすくめた。というより、それならそれでと割りきった考えなんだろう。サラにデメリットはない。
 
 一部始終を黙って聞いていた他の冒険者たちから、応援の言葉が掛けられる。
 その言葉が嬉しくて、くすぐったい。

「わかったわ。じゃあこのまま処理させてもらうわね。サラもそれでいいでしょ?」
「もちろん! こんな将来有望な子をギルドに紹介したんだから、紹介料に色付けてもらいたいわ」

 紹介料。なるほどね、サラはとことん守銭奴な訳か。
 でも、なんか納得した。

 用は済んだとばかりに、ディックとマール、サラはギルドから撤収した。
 本当にサポートなんてするつもりはないらしい。

「これがあなたの、ギルド登録証よ」

 数分後、カーラが名刺サイズの薄い鉄板を持ってくる。
 ショルゼア文字で私の名前、ランクはGと、記載されている。
 そして名前の横に★のマーク。
 カーラによると推薦者のいる駆け出し冒険者は、名前の横に★がつくらしい。
 そうしてDランクまでランクを上げた時に、★は消える。

 カーラはギルド登録証についての説明を始める。
 色々あったが、「冒険者は、冒険者ギルドからランクアップ試験の要請があった場合、速やかにこれを実行しなければならない。これを拒否する場合は、冒険者のどのランクに関わらず冒険者資格を剥奪するものとする」というところだけは、なぜか耳に残った。
 
「説明は終わりだけど、何か質問はないかしら?」
「このギルド登録証があれば、何が利用できるか教えて下さい!」

 疑問は即解決したほうが良い。
 わからないことは素直にわからないというほうが、きっと上手くいく……と思う。

 
「あなた。本当に何も知らずに冒険者になるつもりだったのね……」
「すみません……」

 カーラはため息をつく。
 しかしもともと面倒見のよい人なのだろう、丁寧に説明してくれる。
 
「まずこのギルド登録証を見せれば、冒険者専用宿泊所、鑑定所が利用できるわ。この町はキロンと言ってね、ヴィクトス帝国ジョルド伯領のはずれの町なの。あなたのサポーターとなった三人は、ジョルド伯領ではそこそこ知名度がある冒険者よ。だからジョルド伯領の武器屋・防具屋・道具屋・薬屋を利用する時にギルド登録証を見せれば若干だけど割引される場合もあるし、質の良い品を提供してくれるはずよ」

 なるほどすごいじゃん。本人達何もしてなくてもサポートになってる。コレが“信用”か。私は全然信用してないけど。

「ありがとうございます!」
「ほかに質問はないかしら?」
 
 一つ、大事なこと。

「魔獣の核を持っているんですが、これの換金は、鑑定所に持って行けばいいんでしょうか?」
「そうねぇ、魔獣の核と言っても色々あるから、あなたがもっている核が換金対象になるかどうかはわからないけれど……」

 これなんですけど、と私はスカートのポケットから魔獣の核を取り出す。
 冒険者ギルドのカウンターの上で、紫色の美しい魔獣の核がきらりと光る。

「……た、たぶん、高く、売れると思うわ」
 
 一目見るなりカーラは驚愕し、小声になる。
 え? そんなに驚く代物なの? 
 不思議そうな顔をする私にカーラが口早に続ける。
 
「今すぐ鑑定所に行くといいわ。このギルドの向かいにあるから、今すぐ行きなさい」
「え? どうして……」
「行けばわかるわ」

 カーラから魔獣の核を受け取り、私は核をスカートのポケットにしまい込む。
 気付けば、ギルドが混雑してきた。
 だからカーラは急ぐように言ったのかもしれない。

 私は、すぐさま冒険者ギルドを後にしたが、私が去った後の冒険者ギルドにはざわめきが残ったことを知る由もない。

「……なあ、今の子が出した魔獣の核、見たか?」
「ああ。あの色。パープルウルフ……だよな?」
「あの子……、さっき登録したばかりじゃなかったか?」

 その一部始終をメガネをかけた年配の女性が、興味深そうに見守っていた。
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