つむいでつなぐ

崎田毅駿

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3.開演前

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 成り行きを見守っていた不知火は頃合いとみて腰を上げた。
「私も手伝います。早くしないと、始まってしまいますよ」
「あ、ありがとう」
 はにかんだような表情で礼を口にした男の子。彼が一つ前の席に移動するのをほどほどに手伝ってあげてから、不知火と源は相談した。
「どっちが隣に座ります?」
「ハルカがずっと座ってたんだから、ハルカでいいじゃない」
「いえ、私、小さな子供は少々苦手なところがありまして」
「何言ってるの。ほんの少し前まで、あなただってその小さな子だったでしょうに」
 二人してそんなやりとりをしていると、下から男の子の遠慮がちな声が聞こえてきた。
「あのー、大変言いにくいんですが」
 “急ごしらえの丁寧語”と呼べそうな男の子の物言いに、不知火も源も目をぱちくりさせた。
「何かしら」
「そのー、実を言いますと、友達が来ることになっているの。だから、隣の席はその子のために欲しいなあと思って。だめ?」
 男の子の話と言い方が微笑ましくて感じられて、つい笑ってしまった。不知火は源目を見合わせ、うなずくと、男の子に向けて答えた。
「その話、いいですよ。お友達のために席を譲ります」
「あ、ありがとう、おねえさん達」
「どういたしまして。お友達がまだ来ていないようでしたら、到着するまでの間、私達で席を取られないように見張っておきましょうか」
「あ、うん、でももうじき来ると思う」
 そう答えてロビーから続く廊下へと目を泳がせた男の子。そんな彼の表情が柔らかく微笑むのが分かった。
 その視線の向く方へ不知火達も振り返る。と、そこには目鼻立ちのはっきりした少女がいた。
(あら。お友達というのは女の子でしたか)
 ちょっと意外に感じた不知火。
 車椅子の男の子は顔の見た目こそ中性的だがこの年齢ではありがちと言えるし、知らない人達の会話に割って入るくらい物怖じしない、冒険心溢れる性格だ。同じ年頃の女子と仲よくするよりは、男子同士で遊ぶのが似合う。
 漠然とではあるがそう感じていた不知火にって、女友達の登場は不意打ちだった。
 しかもその女の子、掛け値なしの美少女だ。中南米辺りとのダブルなのか彫りが深くて、濃い眉が印象的。背は高くて足が長い。少女モデルが務まりそうなレベルと言えた。
 その端整な顔立ちを不安の色に曇らせていた少女だったが、車椅子の男の子を見付けた途端、ほっとした表情に変化して。それからまた一点、笑みを広げる。
「カイ君!」
 名を呼び、手を振りながら駆け寄ってきた。
 お邪魔虫にならないように、不知火と源は男の子のそばからそっと離れた。
 “カイ君”は不知火達が離れるのに気付いて、呼び止めようとしたみたい。だけどそれよりも女の子が到着する方が先立った。そしてそのまま館内アナウンスが入る。
<お待たせしました。ただいまよりチャリティマジックショーの開演です。皆様、お席に着いてお待ちください。お席のない方は申し訳ありませんが立ったままでご覧ください>
「どこへ行こう?」
 不知火と源は、とりあえず椅子の列から抜け出たあと、席の空き具合を見てみたが、二人分並んで空いている場所はなさそうだ。
「しょうがないね。このまま辛抱しますか」
 源が言い、不知火は同意した。
 そうこうする内に音楽がかかった。マジックでおなじみの曲ではなく、軽快な日本のポップスだった。そういえば会場が明るいままだ。多分、病院という場所柄、暗くするのは避けたい、あるいはできないのかもしれない。
 太陽光だけとはいえ、明るい会場にいよいよマジシャンが登場した。

 つづく
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