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2.車上の人
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「おお。素晴らしい直感。当たってる、半分だけど」
指先で拍手のポーズだけをする源。不知火はさすがにちょっと恥ずかしくなった。
「これだけで半分当たりと言われましても。すっきりしません」
「片方がシシャモなら、もう片方も食べ物だと考えてみたら?」
急におっきなヒントが来た。源は時計を見てそわそわし始めたようだ。
「それなら簡単な気がします。『怪我人いっぱい』を食べる物と見立てるには――」
不知火が皆まで言おうとしたその刹那、背後からやや甲高い声が飛んできた。
「毛ガニ!」
びくっとしつつも冷静さを表面上は保って振り向く不知火と、そして源。
「今言ったのは君?」
椅子にちょこんと座っている彼に――多分、「彼」だろう――問うと、これまた大げさなくらいにしっかりとした首の縦振りが返って来た。黒目がちな眼をできる限り見開いて「うん」と答えた。
続けて「違うのー?」と聞いてくる。不知火は源の顔を見て首肯した。自分はいいから答を言ってあげてよというつもりのうなずきだ。果たしてちゃんと伝わった。
「ううん、大正解。その子はね、お船の中のレストランで見て印象に残ったんだよ。大皿に山盛りに飾られたカニやシシャモ」
「やった」
「ちなみにシシャモは本物のシシャモで、小さな子でも食べやすいように、骨をぐすぐすに柔らかく処理した物だったんだって」
そんなことまで説明してどこまで伝わるのか怪しいものだが、男の子は感心した風にしきりと首を縦に振った。
「食べてみたいなー」
「私もー。ボク(※相手を差し示す意味での「ボク」)は今は難しそうだけどよくなったら家族の人におねだりしてね」
源が難しそうと表現したのは、男の子の右手を見たからだろう。包帯をぐるぐると巻いてあって、言い方が悪いが鍋つかみみたいなフォルムになっていた。シシャモはともかく、カニは食べづらいかもしれない。
源が如才なく子供の相手をするの様子を目の当たりにして、不知火はストレートに感心した。源は普段、推理小説ばかり書いているけれども、童話や子供向けのジュブナイルミステリでも充分によい物ができるのではと思った。
「船にも乗ってみたい。中にレストランがあるようなおっきな船」
男の子はそう言ってから、ふっと淋しげな顔になり、視線を自らの膝辺りに落とした。
「でもすぐには無理かな。こんなんじゃ」
彼は車椅子のホイールを軽く、がたがたと揺らした。振り返って背もたれ越しに覗いてみると、外科的な怪我のようだが、だからといっていずれ完治する症状とはも限らない。
不知火は少し考え、あることを思い出した。
「大丈夫です。無理じゃありません」
「何で?」
「豪華客船は車椅子の方でも乗れます。特別に、みんなより先に乗せてもらえることもあるそうですから、王様気分が味わえるかも」
そうなの? 知らなかった」
「船内でも行けないところはほとんどないはずです。エレベーターがあるから、どの階でも自由に行けて、色んな設備を満喫できることと思います」
「設備ってどんな?」
男の子がくいついてきた。目を輝かせている。
「私も詳しくはないのですが、カジノが疑似体験できるとか」
「ちょっとハルカ。小学生を相手に真っ先に挙げる例がカジノって」
源からつっこみが入った。幸い、男の子の方はカジノが何たるかを承知しているらしく、「え? 船の中だとお金賭けていいの?」と今度は目を丸くしている。
「いや、だめなはずです。少なくとも日本の船では。疑似体験というのはカジノの真似事で……」
「なぁんだ」
「他にも色々あります。プールにテニスコート、ジップライン」
現在車椅子に座っている子にふさわしい挙例とも思えなかったが、とりあえず知っているところを言ってみる。
「ショーもあるそうです。ダンスや劇、それにマジック」
「マジック?」
「そうだよ。このあとここであるみたいなマジックショー」
源がすかさず会話を引き継いだ。そう、このあと正午から三十分間、この病院のロビーで、マジックショーが催されるのだ。ちなみに無料。
「マジック、好きなの?」
「好きって言うか興味ある」
「そっか。じゃあ、おねえさんが邪魔しちゃ悪いな」
源は席を立って、シートを畳んだ。ここの病院では通路際の席は折り畳み式になっており、引っ込めることでできたスペースに車椅子の人が収まる方式が採られている。
テレビにも出ているマジシャンが登場するとあって、席はいつの間にかほぼ埋まっていた。
「ちょっとでも前で見た方がいいわ。付き添いの家族の方なんかがいなければ、席を交換しよっ」
「いいの?」
「いいのいいの。私達は入院してるんじゃなくって、勝手に来ただけだから」
つづく
指先で拍手のポーズだけをする源。不知火はさすがにちょっと恥ずかしくなった。
「これだけで半分当たりと言われましても。すっきりしません」
「片方がシシャモなら、もう片方も食べ物だと考えてみたら?」
急におっきなヒントが来た。源は時計を見てそわそわし始めたようだ。
「それなら簡単な気がします。『怪我人いっぱい』を食べる物と見立てるには――」
不知火が皆まで言おうとしたその刹那、背後からやや甲高い声が飛んできた。
「毛ガニ!」
びくっとしつつも冷静さを表面上は保って振り向く不知火と、そして源。
「今言ったのは君?」
椅子にちょこんと座っている彼に――多分、「彼」だろう――問うと、これまた大げさなくらいにしっかりとした首の縦振りが返って来た。黒目がちな眼をできる限り見開いて「うん」と答えた。
続けて「違うのー?」と聞いてくる。不知火は源の顔を見て首肯した。自分はいいから答を言ってあげてよというつもりのうなずきだ。果たしてちゃんと伝わった。
「ううん、大正解。その子はね、お船の中のレストランで見て印象に残ったんだよ。大皿に山盛りに飾られたカニやシシャモ」
「やった」
「ちなみにシシャモは本物のシシャモで、小さな子でも食べやすいように、骨をぐすぐすに柔らかく処理した物だったんだって」
そんなことまで説明してどこまで伝わるのか怪しいものだが、男の子は感心した風にしきりと首を縦に振った。
「食べてみたいなー」
「私もー。ボク(※相手を差し示す意味での「ボク」)は今は難しそうだけどよくなったら家族の人におねだりしてね」
源が難しそうと表現したのは、男の子の右手を見たからだろう。包帯をぐるぐると巻いてあって、言い方が悪いが鍋つかみみたいなフォルムになっていた。シシャモはともかく、カニは食べづらいかもしれない。
源が如才なく子供の相手をするの様子を目の当たりにして、不知火はストレートに感心した。源は普段、推理小説ばかり書いているけれども、童話や子供向けのジュブナイルミステリでも充分によい物ができるのではと思った。
「船にも乗ってみたい。中にレストランがあるようなおっきな船」
男の子はそう言ってから、ふっと淋しげな顔になり、視線を自らの膝辺りに落とした。
「でもすぐには無理かな。こんなんじゃ」
彼は車椅子のホイールを軽く、がたがたと揺らした。振り返って背もたれ越しに覗いてみると、外科的な怪我のようだが、だからといっていずれ完治する症状とはも限らない。
不知火は少し考え、あることを思い出した。
「大丈夫です。無理じゃありません」
「何で?」
「豪華客船は車椅子の方でも乗れます。特別に、みんなより先に乗せてもらえることもあるそうですから、王様気分が味わえるかも」
そうなの? 知らなかった」
「船内でも行けないところはほとんどないはずです。エレベーターがあるから、どの階でも自由に行けて、色んな設備を満喫できることと思います」
「設備ってどんな?」
男の子がくいついてきた。目を輝かせている。
「私も詳しくはないのですが、カジノが疑似体験できるとか」
「ちょっとハルカ。小学生を相手に真っ先に挙げる例がカジノって」
源からつっこみが入った。幸い、男の子の方はカジノが何たるかを承知しているらしく、「え? 船の中だとお金賭けていいの?」と今度は目を丸くしている。
「いや、だめなはずです。少なくとも日本の船では。疑似体験というのはカジノの真似事で……」
「なぁんだ」
「他にも色々あります。プールにテニスコート、ジップライン」
現在車椅子に座っている子にふさわしい挙例とも思えなかったが、とりあえず知っているところを言ってみる。
「ショーもあるそうです。ダンスや劇、それにマジック」
「マジック?」
「そうだよ。このあとここであるみたいなマジックショー」
源がすかさず会話を引き継いだ。そう、このあと正午から三十分間、この病院のロビーで、マジックショーが催されるのだ。ちなみに無料。
「マジック、好きなの?」
「好きって言うか興味ある」
「そっか。じゃあ、おねえさんが邪魔しちゃ悪いな」
源は席を立って、シートを畳んだ。ここの病院では通路際の席は折り畳み式になっており、引っ込めることでできたスペースに車椅子の人が収まる方式が採られている。
テレビにも出ているマジシャンが登場するとあって、席はいつの間にかほぼ埋まっていた。
「ちょっとでも前で見た方がいいわ。付き添いの家族の方なんかがいなければ、席を交換しよっ」
「いいの?」
「いいのいいの。私達は入院してるんじゃなくって、勝手に来ただけだから」
つづく
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