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4.魔法使い登場
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通常のマジックショーは薄明かりの中おこなわれる。それはもちろん種や仕掛けを見えづらくするのが一番の目的であり、続いて雰囲気作りという理由もある。太陽の光の下、白々と明るい空間で行うマジックがどれだけ難しく、いかほどマジシャンの技の幅を狭めていることやら。
その点、今日招かれた演者は、少々制限が掛けられてもあまりある腕を持っていた。テレビに一時、集中的に出て確かな技術を披露することで顔と名前を売り、そこで得た人気をもとに大きな会場でのライブショーもいくつもこなしてきた、つまり、舞台慣れもしている。
「緑山秀明さんの登場です!」
ここからは館内アナウンスから司会役の女性によるマイクにチェンジ。呼び込みに対してじらすように少し遅れて緑山が姿を見せた。
(おや。髪を黒に戻したんですね)
拍手しながら不知火は緑山の変化に目を留めた。
(個人的には黒髪が好きですから歓迎です)
ワイシャツにスカイブルーのジャケット、下は部分的にチェック柄のある黒いスラックスという出で立ちの緑山は大きく一礼をすると、何も持っていなかったように見えた両手に、トランプのカードを出現させた。早速、「おー」という声が上がる。
緑山はカードを一枚ずつ次々と出していき、その都度、指の間にカーブさせて挟んだ。左右の手に四枚ずつ挟んで一杯になったところでひとまとめにし、両手でシャッフルする仕種をやったかと思うと、一気に枚数が増えた。一組分五十二ないし五十四枚あるように見える厚みだ。そのままシャッフルを続け、幾度か扇の形に開いて魅せる。裏面のデザインが幾何学的かつ色分けされているため、正確に開くと実にカラフルな模様ができる。トランプの扇を閉じてまとめるかと思いきや、今度はカード全部が消えた。
演者自身トランプがどこへ行ったか分からないというおとぼけのポーズから、閃いたよいう風に指を鳴らして右横を向いた。そのまま空っぽの右手を見せ、一振りすると次にはその手の中にトランプが一枚現れる。続けて左手でも同じことやり、右手の一枚は床に落とす。これを繰り返し、次から次へとカードが手の中に出て来てはひらひらと舞って床に落ちる。
トランプ一組分を出し切ったであろうという頃合いに、緑山はフィギュアスケーターよろしくその場でくるっと周り、また前を向いたときには両手には銀色をしたリングがいくつか握られていた。
(あ、リンキングリングですね。緑山さんがやるのは珍しいけれども、この場に合う演目を選んだのでしょう)
緑山は四つある金属製の輪っかの内、二つを左肘に掛け、まずは残る二つを使って始めた。
輪っか同士をこんこんとぶつけて、硬い材質でできた物だと示す。が、何度目かのぶつけたタイミングで、一方の輪がもう一方の輪を通り抜け、一つながりになった。両手で引っ張っても離れない。一本を手で捧げ持ち、垂れ下がったもう一本に手で勢いを与えて回転させる。隙間があるのならそこから抜けてぽとりと落ちるはずが、輪っかは回転を続けた。
そこから今度は輪っかを外しに掛かる。さっきぶつけて入れたのとは真逆、そっと引っ張るような動作をすると、輪っかと輪っかが交差し、その接点が溶け合うようにしてするりと抜けた。
拍手喝采の中、緑山は司会女性に合図を送る。BGMが静かになり、続いて司会者から緑山へマイクが渡された。
「どうも改めまして、マジシャンの緑山秀明と言います。本日はようこそお越しくださいました。早速なんですが、この輪っか、怪しいでしょ?」
銀色のリングを肩の高さに持ち、指差すマジシャン。「うん」「怪しい~」という子供らしい声が飛んだ。
「だよね。その疑いをなくすために、手に取って調べてもらいます。やってみたい人――!」
(うん?)
今の話の語尾に、変なつっかえみたい物があったと感じた不知火。
(前もって決めた段取りで、特に噛むようなところでもないのに)
緑山をよく知る不知火は小首を傾げた。その引っ掛かりが解消されないまま、周りで小さな子供達がはいはい!とアピールして、競ってチェック役を志願する。
「じゃあ一列目の君と、二列目のお嬢さん、それから」
順番に渡していきながら、客席の中に入ってきた。元々不知火達が座っていたところで立ち止まるとカイ君――例の車椅子の男の子にも輪っかを見せた。そして隣の少女に持たせて、「二人でようく調べてね」と告げる。
「ああ、なるほど。理解できました」
最前の引っ掛かりが解消できた気がして、思わず呟いた不知火。聞き咎めた源が振り向く。
「何の話?」
つづく
その点、今日招かれた演者は、少々制限が掛けられてもあまりある腕を持っていた。テレビに一時、集中的に出て確かな技術を披露することで顔と名前を売り、そこで得た人気をもとに大きな会場でのライブショーもいくつもこなしてきた、つまり、舞台慣れもしている。
「緑山秀明さんの登場です!」
ここからは館内アナウンスから司会役の女性によるマイクにチェンジ。呼び込みに対してじらすように少し遅れて緑山が姿を見せた。
(おや。髪を黒に戻したんですね)
拍手しながら不知火は緑山の変化に目を留めた。
(個人的には黒髪が好きですから歓迎です)
ワイシャツにスカイブルーのジャケット、下は部分的にチェック柄のある黒いスラックスという出で立ちの緑山は大きく一礼をすると、何も持っていなかったように見えた両手に、トランプのカードを出現させた。早速、「おー」という声が上がる。
緑山はカードを一枚ずつ次々と出していき、その都度、指の間にカーブさせて挟んだ。左右の手に四枚ずつ挟んで一杯になったところでひとまとめにし、両手でシャッフルする仕種をやったかと思うと、一気に枚数が増えた。一組分五十二ないし五十四枚あるように見える厚みだ。そのままシャッフルを続け、幾度か扇の形に開いて魅せる。裏面のデザインが幾何学的かつ色分けされているため、正確に開くと実にカラフルな模様ができる。トランプの扇を閉じてまとめるかと思いきや、今度はカード全部が消えた。
演者自身トランプがどこへ行ったか分からないというおとぼけのポーズから、閃いたよいう風に指を鳴らして右横を向いた。そのまま空っぽの右手を見せ、一振りすると次にはその手の中にトランプが一枚現れる。続けて左手でも同じことやり、右手の一枚は床に落とす。これを繰り返し、次から次へとカードが手の中に出て来てはひらひらと舞って床に落ちる。
トランプ一組分を出し切ったであろうという頃合いに、緑山はフィギュアスケーターよろしくその場でくるっと周り、また前を向いたときには両手には銀色をしたリングがいくつか握られていた。
(あ、リンキングリングですね。緑山さんがやるのは珍しいけれども、この場に合う演目を選んだのでしょう)
緑山は四つある金属製の輪っかの内、二つを左肘に掛け、まずは残る二つを使って始めた。
輪っか同士をこんこんとぶつけて、硬い材質でできた物だと示す。が、何度目かのぶつけたタイミングで、一方の輪がもう一方の輪を通り抜け、一つながりになった。両手で引っ張っても離れない。一本を手で捧げ持ち、垂れ下がったもう一本に手で勢いを与えて回転させる。隙間があるのならそこから抜けてぽとりと落ちるはずが、輪っかは回転を続けた。
そこから今度は輪っかを外しに掛かる。さっきぶつけて入れたのとは真逆、そっと引っ張るような動作をすると、輪っかと輪っかが交差し、その接点が溶け合うようにしてするりと抜けた。
拍手喝采の中、緑山は司会女性に合図を送る。BGMが静かになり、続いて司会者から緑山へマイクが渡された。
「どうも改めまして、マジシャンの緑山秀明と言います。本日はようこそお越しくださいました。早速なんですが、この輪っか、怪しいでしょ?」
銀色のリングを肩の高さに持ち、指差すマジシャン。「うん」「怪しい~」という子供らしい声が飛んだ。
「だよね。その疑いをなくすために、手に取って調べてもらいます。やってみたい人――!」
(うん?)
今の話の語尾に、変なつっかえみたい物があったと感じた不知火。
(前もって決めた段取りで、特に噛むようなところでもないのに)
緑山をよく知る不知火は小首を傾げた。その引っ掛かりが解消されないまま、周りで小さな子供達がはいはい!とアピールして、競ってチェック役を志願する。
「じゃあ一列目の君と、二列目のお嬢さん、それから」
順番に渡していきながら、客席の中に入ってきた。元々不知火達が座っていたところで立ち止まるとカイ君――例の車椅子の男の子にも輪っかを見せた。そして隣の少女に持たせて、「二人でようく調べてね」と告げる。
「ああ、なるほど。理解できました」
最前の引っ掛かりが解消できた気がして、思わず呟いた不知火。聞き咎めた源が振り向く。
「何の話?」
つづく
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