上 下
39 / 86
氷姫救出編

侵入者

しおりを挟む
 夜中。不審な気配を捉えて目を覚ました。
 気配を辿ると、アルメリアの部屋前に気配が一つあった。ウォーデンを除く仲間たちの気配はそれぞれの部屋にある。

 部屋に備え付けてある時計を見ると時刻は三時を過ぎたあたり。まだ外は闇に包まれている。
 
 こんな時間に女の子の部屋に近付くなど不審極まりない。加えてアルメリアは呪いで衰弱中だ。狙いはひとつだろう。

 ……気付かれないとでも思ったのか?

 そうであるならば杜撰としか言いようがない。
 
 この屋敷は玄関を挟んで東棟と西棟に分かれている。
 東棟は客人専用の部屋が多くあり、西棟は伯爵家族の居住エリアだ。
 当然俺たちは東棟にいてアルメリアは西棟にいる。ちなみにこの屋敷は二階建てで今いる部屋は二階にある。アルメリアの部屋も二階だ。
 その為、俺たちの部屋とアルメリアの部屋はだいぶ距離がある。

 だからと言って勇者パーティが宿泊している屋敷に侵入するなど愚の骨頂だ。
 
 何かあるとは思っていた。だけどそれは少なくとも俺たちが奈落の森に旅立ってからだと思っていた。
 だから念のためカノンやアイリスにはアルメリアを守る魔術を頼んでおいたし俺たちが旅立った後、伯爵に冒険者を雇うように助言もしておいた。

 万全の体制だ。
 そんな中、喧嘩を売るとはよほど自信があるのか、あるいはただのバカか。

 ……まあバカなんだろうなぁ。

 俺はベットから身体を起こして傍に立てかけてある刀を手に取った

 俺が気付いているのにカナタが気付かないわけもなく。

「勇者パーティが勢揃いしてんのにバカなのか?」

 身体を起こして俺の内心を代弁した。
 
「若干一名いないけどな」
「違いねぇな」

 二人で呆れた様に笑う。今頃ウォーデンは何をやっているのやら。
 
「俺が出る。カナタは他を警戒をしてくれ」

 侵入者が一人とは限らない。今感知しているのは一人だけだがコイツが誰かに唆された囮なんてこともあり得る。

 ……というか十中八九そうだろうな。

 あからさま過ぎるのだ。
 まるで見つけてくださいと言っている様なものだ。一応侵入者は気配を消している。だがこれでは素人しか欺けない。それほどお粗末な隠密だ。

「俺は中庭から回る。レイは直で行くか?」
「そうする。……第一封印解除」

 封印を解除し、不測の事態に備え周囲に闇を漂わせる。刀を腰に差し俺は部屋の外へ出た。



 縮地を駆使してわずか数秒でアルメリアの部屋へとたどり着く。
 
 するとそこには今まさに扉へと手をかけようとしていた不審者がいた。頭のてっぺんから爪先までを覆えるほどの黒いローブを纏った人物だ。体格からして男だろうか。

「おいそこのお前。なにしてる?」

 俺の言葉にローブの男はビクッと肩を振るわせた。別に気配を隠していたわけでもないのに。

 ……まさか気付いていなかったのか?

 疑問に思っていると男が懐から杖を取り出した。そのまま魔術式を記述する。
 だが、その記述速度が途轍もなく遅い。カナタと比べると天と地ほどの差がある。

 ……わざとか?

 そう勘繰ってしまう程に男の技量は低かった。
 俺は魔術が完成する前に縮地で懐へと入り込む。このまま刀を振るえば簡単に命を奪える。
 
 男を見ると視線はいまだに俺が場所に向いている。全く反応できていない。
 
 俺はため息をつくと杖を持っている手を斬り飛ばした。殺してしまったら情報が取れなくなってしまうので致命傷は避けた。
 即座に闇を操作し患部を圧迫、止血を行う。失血死でもされたら敵わない。
 そのまま男の首を掴み、壁に叩きつけた。

「ギィヤアアアアア!!!」

 聞くに耐えない絶叫が響く。

「答えろ。お前は何者だ? アルメリアを呪ったのはお前か?」
「ヒッヒヒヒヒヒ」

 男は散々悲鳴をあげた後、気味の悪い笑顔を浮かべ嗤った。俺の質問に答えるつもりはないようだ。
 見ればローブから覗く目は焦点が定まっておらず血走っていた。口からは涎を垂らしていてとても正気とは思えない。

 ドタドタと屋敷中から足音がする。
 先ほどの絶叫を受けて使用人たちが集まって来ているのだろう。

「何事ですか!?」

 いち早く到着したのは執事長のライムさんだった。

「侵入者です。アルメリア……様の部屋を探っていたので拘束しました」
「そうですか……」

 ライムさんがホッと息をついた。俺は闇を操作して男のローブを剥がし顔を見せる。

「この男に見覚えは?」
「いえ……ありません」

 俺は再び男に目を向ける。当然見覚えはない。

 ……ん?

 そこで男の首元に何か光るものを見つけた。俺はソレに手を伸ばした。
 すると今まで嗤うだけだった男が強烈な拒絶反応を示した。どうにか拘束を解こうと暴れ出す。

「触るな!!! 触るなぁあああああ!!!」
「暴れんな!」

 首を拘束している手に力を込める。
 首が締まり、男がもがく。その隙に首元からソレを手に取ろうとした瞬間、背後から殺気がした。
 
 俺は反射的に振り返る。それとほぼ同時にガラスの割れる音がした。
 男を拘束している俺の腕に一気に体重が掛かった。そこで俺は自分の失策を悟った。

 横目で見ると、男の額には黒く塗られた短剣が刺さっていた。その短剣には札のような物が巻き付けられており瞬時に発火した。
 
 俺は巻き込まれないように手を離す。男の身体が崩れ落ち炎に包まれた。その炎は瞬く間に火力を強め一瞬にして男を焼き尽くした。
 肉の焼ける嫌な臭いがする。

「消火を!」

 ライムさんが慌てたように叫んだが俺は手を上げて止める。

「大丈夫です」
 
 大人一人を瞬時に焼き尽くすほどの炎でありながら壁や廊下には一切の焼け跡がない。
 確実になんらかの魔術だ。

 ……やられたな。

 完全に実力者だ。
 何もせずに短剣を放てば俺は確実に気付き対処できる。暗殺者はそれを見越していた。だから短剣が俺の感知範囲に入る一瞬前に殺気を飛ばした。

 自分に向けられた殺気をあえて無視するのは難しい。それが不意打ちならば尚更だ。
 
 そうする事によって短剣への反応が一瞬遅れる。それを暗殺者は計算していた。
 これは並大抵の事ではない。

 俺は短剣が飛んできた方向を睨み付ける。そこにはまだ人影があった。こちらも闇に紛れるような黒いローブを纏っていた。

「……余裕だな? 第四封印解除!!!」

 胸から闇が溢れ出し、殺戮衝動が顔を出す。

「カナタ!!! 屋敷は任せたぞ!!!」

 怒号を轟かせながら窓を突き破り、空へと身を躍らせた。
しおりを挟む

処理中です...