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氷姫救出編

勇者召喚

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 名前を呼ばれた俺は諦めて顔を上げる。

「久しぶりだなカナタ」

 カナタの目が驚愕に見開かれる。いつも冷静なカナタがこんな表情をするのは珍しい。
 
「……お前、やっぱり生きてんじゃねぇか」
「この通り生きてるよ。……封印再起動」

 危険はないと判断し俺は封印を再起動した。胸から溢れ出す闇が消えていく。
 
 カナタが俯きツカツカと歩み寄ってくる。表情は見えないが予想はつく。
 カナタは拳を握りしめ、振りかぶった。

 避けようとすれば避けられる。魔術でもなんでもないただの拳だ。そんなことは造作も無い。だが避けてはならない。避けたらカナタとは親友ではいられなくなる。
 そんな確信めいた予感がした。
 だから俺は目前に迫る拳を甘んじて受け入れなければならなかった。
 
 カナタは勢いよく俺の顔面を殴りつけた。脳が揺さぶられ眩暈がする。そしてよろめく俺の胸ぐらを掴み上げた。

「お前今までどこで何をしてた? 俺はいいがサナがどんな気持ちだったかわかってんのか?」

 カナタがゆっくりと、呼吸を整えてから息を吐き出した。
 そして腹の底に落ちるような重い声で言った。今までカナタのこんな声は聞いたことがない。
 
「ああ。悪いとは思ってる。だけど俺には目的があるんだ。罵倒ならその後にいくらでも聞くよ」
「……目的ってなんだ?」
「これだよ」

 言った瞬間、上空の魔力が爆発的に上昇した。そして現れる幾何学模様。
 カナタは上空を見上げた。

「……天体魔術式だと?」

 天体魔術式。それは星の位置を術式の一部として利用して発動する大規模術式だ。
 普通ならば優秀な魔術師が千人いても発動できない。今上空に展開されている術式はそれほど高位のものだった。

「レイ。これはお前の計画か?」

 俺に視線を戻し詰め寄ってくる。
 
「違う。俺は便乗だ」
「……信じるぞ? アスカ。本部に連絡だ」

 カナタが胸ぐらから手を離し一緒にいた少女に言う。
 それは俺もよく知っている名前だった。
 一之瀬飛鳥アスカ
 カナタの妹だ。昔から物静かで何事にも動じない子だった。
 黒髪のショートカットは昔から変わっていない。確かによく見れば面影もある。
 だけど成長していて全く気が付かなかった。
 
 俺たちとは二歳下だから今は高校一年生だったはずだ。
 最後に会ったのはいつだっただろうか。その時アスカちゃんは小学生だったのを覚えている。

「え? 本当にアスカちゃん?」
「お久しぶりです。レイさん」

 アスカちゃんがペコリとお辞儀をした。
 
「大きくなったね。ってちょっとまって。アスカちゃんも魔術師なの?」
「はい。バレてしまったから言いますが一之瀬家は代々魔術師の家系です」
「……知らなかった」
「知られちゃいけねーんだよ。それでレイ。あれはなんだ」
「勇者召喚だよ。それと本部は知ってると思うぞ」

 何せ預言をしたのが日本魔術協会の預言者だ。知らないはずがない。
 アスカちゃんが通信端末を操作する。すぐに返信が来たのか顔を上げた。

「レイさんの言う通り把握済みだそうです。カナタと同じ特級が何人か周囲を固めています」
「聞いてねぇぞ俺は」
「それは私達が非番だからでしょう」
「だな。……レイ。お前にはいろいろと聞きたいことがある」
「俺もお前に聞きたい事が山ほどあるよ。けど時間がない。始まるぞ」

 俺が言った矢先、天体魔術式の中心部が光り輝き、一直線に降り注いだ。
 天と地を繋ぐ巨大な光柱。その場所は体育館だった。
 そこからは悲鳴が聞こえてきた。
 
 これでゲートが開かれた。
 おそらく学生の中から誰かが勇者として選ばれたのだろう。もしかしたら教師かもしれない。

「カナタ。俺は世界を渡る。お前は付いてくるなよ」
「だから便乗って事か。……お前一人で行かせるとでも?」
「こっちにはサナがいるだろ。あいつを一人にするつもりか?」
「ならサナも連れていくか」

 カナタが悪そうな顔でニヤリと笑う。俺は内心で舌打ちをせずにはいられなかった。
 
「……そう言うと思ったからバレたくなかったんだよ。行ったら戻って来れねぇんだぞ?」
「時間がないんだろ。とりあえず体育館まで行くぞ」
「話聞けよ……」

 カナタが屋上から飛び降りる。アスカちゃんもそれに続いた。魔術師だからこの高さから落ちても平気なのだろう。
 俺はガシガシと頭をかきながら二人を追った。



「カナタ先輩! サナ先輩が!」

 体育館に入るなり今朝、受付にいた女の子が声をかけてきた。
 その言葉に嫌な予感が否応なしに増していく。

「キミ。サナがあの向こうに消えたのか?」

 俺は体育館の中心に聳え立つ、光を指差して聞いた。

「あ、今朝の人。そうです。サナ先輩がいなくなっちゃったんです!」

 眩暈がした。
 光に呑み込まれてサナが消えた。考えられることは一つしかない。
 カナタがこちらを振り返りニヤリと笑う。

「さて。俺が残る理由も消えたな?」
「いや色々あるだろ。アスカちゃんはどうするんだ」
「私なら構いませんよ。カナタはレイさんといた方が似合いますので」

 この兄にして妹ありだ。常識がまるで通じない。俺はそれはそれは大きなため息を吐いた。

「……もう会えないんだぞ?」
「なら全てが終わった後、レイさんが会わせてください」

 頭痛がしてくる。アスカちゃんの言い分にまたもやため息を吐くしかなかった。一生分のため息を吐いた気がする。
 俺は最後の望みをかけてカナタに耳打ちする。

「魔術協会とやらはどうするんだ。知ってんだぞ。特級は十人しかいないんだろ?」
「……そんなのはどうでもいいんだよ」
「どうでもいいって……」
「本心だよ。俺にとっちゃお前とサナが最優先事項なんだ」

 カナタが真面目くさった顔で俺の両肩を掴んだ。

「レイ。俺は魔術協会なんて心底どうでもいい。特級になったのも不可解な火事で行方不明になったお前を探すためだ。だけどこれはもう達成した。だから次は親友の目的を手伝ったっていいだろ?」
「……目的もわからないのにか?」
「じゃあ今言えよ」
「……………………惚れた女を救うためだ」

 俺の言葉にカナタが目を点にした。普段は何事にも動じないアスカちゃんでさえ鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
 やがてカナタが腹を抱えて大笑いした。

「笑うんじゃねぇよ」
「カッコいいじゃねぇか。それなら俺の力を貸してやるよ。この特級魔術師序列第八位がな」
「……【雷鳴鬼】一之瀬カナタですよ」
「アスカ。それは言うな」
「あーーーーーもうわかったよ! 好きにしろ!」

 俺は考えることをやめた。問答をしている暇はない。本人がいいと言うのだ。だからもう勝手にしてほしい。

 ……【雷鳴鬼】は絶対にネタにしてやるけどな。

 俺はさっさと光柱へ歩を進める。もたもたしていてゲートが消えてしまったら目も当てられない。
 
「そうこなくっちゃな。アスカごめんな。あとは頼んだ」
「うん。任せて。行ってらっしゃい」
「ああ。行ってきます」

 兄妹のやりとりが終わったのを聞いて俺は光の中に足を踏み入れた。
 生徒たちが騒いでいたがカナタとアスカちゃんが説明してくれるだろう。ついてくるなら後始末ぐらい押し付けても文句は言わせない。
 
 色々と想定外イレギュラーは起きたが何とかスタートラインには立てた。

 ……ようやく第一歩だ。待ってろよラナ。

 そうして俺は勇者召喚に巻き込まれることに成功した。
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