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氷姫救出編

一之瀬カナタ

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 カナタとは幼馴染だ。その関係は幼稚園の頃まで遡る。
 俺は幼い頃、友達が少なかった。それは日本人には珍しい容姿のせいだ。イジメられる事はなかったもののみんなが一歩、距離を置いていた。唯一話すのがサナだったぐらいだ。

 そんな中、声を掛けてきたのがカナタだ。俺の見た目など露ほども気にしていなかった。
 
 カナタは常に冷静で周りをよく見ている。その為、みんなを纏めたりフォローしたりすることが多かったように思う。

 だから孤立していた俺にも声を掛けてきた。
 話してみたらやけに気が合い、俺たちはすぐに友達になった。いろんなところに遊びに行ったり、カナタの家の道場へも通った。
 親友となるのもそう時間は掛からなかった。

 そんな幼馴染が唐突に現れた。
 俺はやり過ごそうと貯水槽の陰に隠れた。しかし時すでに遅し。カナタが声を投げかけてきた。

「そこに隠れているお前。何者だ」

 あたりは真っ暗。早々に隠れた俺に気付くのは至難の業だ。なのにカナタは気付いていた。まるで初めから俺がここにいるのを知っていたかのようだ。

 ……なんでだ?

 疑問に思いながら俺は姿を現す。白髪に狐面。完全に不審者だ。

 カナタが身構えたのがわかった。
 声を出したらバレるため、俺は両手を上げて敵意がないことを示す。

「話す気はないか? お前がただの一般人ではないことはわかっている。素直に白状したほうが身のためだぞ」

 依然として俺は答える事ができない。その沈黙をどう取ったのかわからないがカナタが殺気を放った。

「!?」
 
 声が出そうになった。

 幼馴染の一之瀬カナタは俺の知る限りただの人間だ。
 実家が古武術の道場で人との戦闘に慣れているとはいえこんな殺気を放てる人間ではない。そう思っていた。

 しかしその認識は大間違いだったようだ。カナタが信じられない事を口にした。

「日本魔術協会所属、特級魔術師序列第八位一之瀬カナタ。お前を拘束する」

 ……はぁ!?
 
 俺の驚愕を他所にカナタの手には雷が集まり、刀となった。

 ……まずい!

 直感が警鐘を鳴らす。
 カナタが視界から消えるのと俺が小声で「第四封印解除」と呟くのはほぼ同時だった。

 殺戮本能が顔を出す。だが四まで解除しないと受けきれないと判断した。

 胸から湧き出した闇が瞬時に接近してきたカナタの刀を受け止める。

 ……なんでカナタが魔術師なんだ!

 爺から日本魔術協会なるものの存在は聞いていた。日本とつく通り世界中にはこう言った魔術協会がいくつもあるらしい。
 何をしているかというと魔術の研究や、怪奇現象、魔物への対処だとか。

 魔物なんて見たことがないが、の世界では当たり前に認知されている存在らしい。
 一般人が知らないのはそういった魔術協会が隠蔽しているからだ。
 
 俺が生み出した闇を見てカナタが眉を顰めた。
 
「この邪悪な気配。お前本当に何者だ? この学園に何の用がある?」

 カナタの左手にが浮かび雷を放つ。それを見て俺はおかしなことに気が付いた。

 ……なんでなんだ?

 俺は地球の魔術を初めて見た。爺も魔術師らしいが刀一つで戦っていたため、この一年半見ることができていなかった。
 
 カナタが雷を放った時の奇怪な文字。あれはラナが使っていたものと同じだ。

 聞きたいが聞いている暇はないし、そんな余裕もない。

 俺は闇を盾のように配置して雷を防ぐ。

 ……やりにくい。

 親友を殺すわけにはいかず本気が出せない。俺の偽剣は殺傷力が高すぎる。その為、ただただ防御に回ることしかできなかった。
 それを訝しんだカナタが目を細める。

「余裕だな? 手加減している暇があると?」

 ……そんなことは全くない。

 しかし俺の沈黙をカナタは肯定と受け取ったらしく挑戦的に笑う。

「なら俺も本気を……」
「……カナタ。……あまり校舎を壊すのはやめて」

 一緒に屋上へ入ってきた少女がカナタの言葉を遮った。

「……」

 カナタが少女を一瞥し、そのまま魔力を解放した。
 爺との修行の成果で魔力のない俺でも魔力を感じ取れるようになった。
 比較対象が爺しかいないので正確な強さはわからないが、カナタのそれは爺に迫る勢いだ。

 魔力が帯電し、屋上の地面を粉砕した。

 少女が額に手を当て呆れたようにため息をついた。
 俺も黒刀を作り出しながら少女に目を向ける。戦闘向きではなさそうな少女だ。内在魔力量もそこまで高くはない。
 人質に取るのが一番有効だ。それは十分にわかっている。

 ……だけどそれだけはしたくない。

 ラナの境遇を知っている以上、顔も見た事がない帝国宰相と同類にはなりたくなかった。

「いくぞ!」

 カナタが好戦的な笑みを浮かべ一直線に突っ込んでくる。先ほどとは比べ物にならないほど速い。刀にも雷を纏っている。

 ……覚悟を決めるしかないか。

「……第五封印解除」

 カナタに聞こえないような声量で呟いた。
 闇が重く質量を増す。それと同時に殺戮衝動が暴れ出す。

 目の前の親友を殺せと本能が囁く。俺はそれを意志力を振り絞って捩じ伏せる。

 一年半前ならこの状態で戦うのなんて不可能だった。しかし爺から力の使い方を習い、第五封印を解除しても戦えるようになった。

 闇を集めて黒刀を大太刀へと変える。
 バカ正直に突っ込んでくるカナタの刀を正面から受けた。それと同時に大太刀から闇を放ちカナタを取り囲む。

「なに!?」

 カナタが焦ったような声を上げるがもう遅い。闇がカナタを包み込み黒い球体へと変化した。
 
 後は勇者召喚が発動するまでこの球体を維持するだけだ。その間、殺戮衝動を抑え続けなければならないのは辛いが、ここで失敗は許されない。
 ラナの笑顔を思い出せば耐えられる。

 ……終わりだ。
 
 そう意思を込めて少女に視線を移す。しかし少女に変化はない。
 仲間が捕らわれたのに眉ひとつ動かさない。それが示す答えは――。
 
「……俺を舐めすぎだぞお前」

 球体の中からカナタの声がした。その瞬間、内部で魔力が荒れ狂った。

 ……まだ上がるのか!

 俺は球体を維持しようと全力で抑え込む。しかしそれは叶わず瞬く間にひび割れていく。

 壊れるのは時間の問題だ。だから――。

 ……球体ごと足を斬ろう。偽剣を使えば簡単だ。そうすれば――。

 俺は首を振って思考を掻き消す。

 ……ダメだ。呑まれるな。

 その時、上空に魔力が集まっていくのを感じた。
 ようやく始まった勇者召喚の術式と殺戮衝動を抑えるのに気を取られてしまった。それが隙となった。

 球体が割れ、カナタが飛び出す。
 慌てて前方に闇を集めようとするが、それは遅すぎた。

「獲った!」

 苦し紛れに上体を逸らし、カナタの刀を避ける。刀身は狐面すれすれで避けたが、刀に纏った雷は避けきれなかった。
 
 狐面が割れ、砕けた。俺は即座に後退し手で顔を覆う。だがそれは致命的に遅かった。

「……レイ?」

 カナタが俺の名前を呼んだ。
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