ハロルド王子の化けの皮

神楽ゆきな

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「何か……怒ってます?」
「べつに怒ってるわけじゃない」

とハロルドは言ったが、明らかに怒っているような口調である。
ナディアは、また彼の機嫌を損ねたのかと、うんざりしてしまって

「ああ、そうですか」

とだけ言って、さっさと椅子に腰を下ろした。

舞台では、着飾った女優が悲しい顔で恋の歌を歌っている。
しかしナディアはなんだかモヤモヤしてしまって、目は舞台に向いているというのに、全く内容が頭に入ってこなかった。


なんなの、もう。
せっかく久しぶりに劇場に来ているっていうのに……!


と心の中で文句を言っていた時。
いきなりハロルドが隣で

「おい」

と呟いたものだから、心の中に留まりきらなかった文句が口から飛び出して、聞かれてしまったのかと思った。

「え?」

と、慌ててハロルドに顔を向ける。
しかし彼は何故か、舞台に目を向けたまま。

ただ、綺麗な包み紙をつかんだ手だけを、こちらに突き出していた。

「ほら」
「なんですか、これ」
「……いいから」

と半ば強引に押し付けられて、ナディアは手の中の包み紙を見た。
恐る恐る開いてみたが、なんてことはない。
見えたのは可愛らしいクッキーだった。

「頂いていいんですか?」
「ああ」
「……ありがとうございます」
「……ああ」

拍子抜けしつつ頬張ったクッキーは、想像以上においしくて。
ナディアは思わず

「わあ……おいしい」

と呟いて、頬を緩ませた。

そして、ハッとした。

こちらを見ているハロルドに、気が付いたのだ。


こんな顔をしてたら、またバカにされる!


と、慌てて顔を引き締めたのだったが、驚いたことに、彼は

「それなら良かった」

と言うなり、いかにも自然に笑ったのである。

作り物ではない、優しい笑顔。
見たことのない表情に、ナディアは目が離せなくなってしまった。

「ご褒美は、そういうものの方が良いんだな。
まったく。
俺からのキスよりも、甘いものに喜ぶなんて……子どもだな」
「なっ……」

クスクス笑うハロルドに、なんとか言い返してやりたい気持ちでいっぱいなのに。
なにも言葉が出てこなかった。

彼の眩しいほどの笑顔が目に焼き付いて、離れない。

心臓がやけにうるさく響いて、いまや、女優が何を言っているかも分からなかった。

しかし、そんなことを認めるのは、あまりに悔しくて。
口の中でサクサク音を立てるクッキーのせいだと決めつけて、次々に口へと放り込んでいく。


隣で肩を震わせ続けているハロルドのことは、もう気にしないことに決めた。
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