ハロルド王子の化けの皮

神楽ゆきな

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思わず、ひいっと小さく叫んだのは、ナディアではなく、斜め後ろにいた母、マリアの方だった。
もちろん歓喜の声である。

こんな場で、王子からプロポーズを受けるとは、夢にも思っていなかったものの、いざそうなってみれば、願ったり叶ったりだった。

一方のナディアは、差し出された手を見つめたまま、呆然と立ちすくんでいた。
誰もが憧れる、文字通りの『王子様』が、自分にプロポーズをしてくるなんて、現実のこととは思えなかった。

もしや、夢では……?

そんなことを考えたまま動けずにいたのだった。
しかし、そんなナディアに、ハロルドは笑みを絶やすことなく言葉を連ねていった。

「初対面だというのに、おかしな事を言う奴だとお思いでしょうね。
ですが、私はあなたに一目惚れしてしまったのです。
この気持ちは、抑えきれません」
「で、でも……私なんかより美しい方はいくらでも……」
「ナディア!なんてことを!」

最後の金切り声はマリアである。
しかしハロルドは余裕たっぷりに微笑んだままだ。

「あなたはとても可愛らしいですよ。
ご自分の美しさをお分かりでないようですね。
でも、そんな謙虚なところも、また魅力的だ」

ハロルドは立ち上がると、ナディアの前で足を止めた。
ナディアが、スラリと背の高い彼を見上げると、柔らかそうな黄金の髪を揺らして、ハロルドは目を細めた。

「きっと他にも、美点をたくさんお待ちなのでしょうね。
これから時間をかけて、少しずつ、あなたのことを知っていきたいと思っています。
そして、あなたにも私のことを知って頂きたい。
私は真剣なのです」

ハロルドに手を取られて、ナディアはドギマギしてしまった。

「それとも、相手が私では不足でしょうか?
「まさか!そんなはずありませんわ」

またしても口を挟んだのはマリアである。
ハロルドはクスクス笑って、マリアに小さく頭を下げてから、再びナディアを見た。

目が離せなくなりそうな眩しい笑顔。
自分が頷きさえすれば、これからはずっと、この笑顔を間近で見られるのだ。
そう思うと、体中が熱くなってくる。
まるで熱に浮かされてでもいるようだ。

ナディアは油断すればすぐに、ぼうっとしてしまいそうになりながらも、なんとか意識を保とうと努力した。
そしてゴクリと喉を鳴らしてから、

「私でよろしければ……どうぞ、よろしくお願い致します」

と蚊の鳴くような声で言ったのだった。

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