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第三部 アストラス編~竜の血脈~
7.憂い
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ロックウェルがドルトの元へ向かおうと王宮の回廊を歩いていると、正面からグロリアス本家の男が二人歩いてきた。
年は近くともいつもは互いに何も言葉を交わすこともない間柄だ。
本家の者より出世した自分を憎く思っている連中だから、相手にするだけ損とこちらも気にしないようにしている。
そしていつものように無言ですれ違おうとしたところで、思いがけず二人のうち弟の方が声を掛けてきた。
「不機嫌そうですね。ロックウェル“様”?とうとうクレイ様に愛想でも尽かされましたか?」
そんな言葉に思わず足を止める。
その言葉から察するに弟の方はクレイに特別な思いを抱いていることが窺えて、嫌な気持ちになってしまった。
「クレイ様がここ暫く王宮に姿を見せなくなったのもそのせいなのでは?」
「…クレイがここに来ないのは付き纏う煩い者達のせいであって、私のせいではない」
「そうでしょうか?噂ではクレイ様に酷いことをしているとも聞きますし、いつ見切りをつけられてもおかしくはないでしょう?」
そしてこちらの様子を見てとり、ここぞとばかりにクッと酷薄な笑みを浮かべ言い放つ。
「クレイ様の優しさに胡坐をかいているお前など、さっさと魔道士長の座をハインツ王子に譲りクレイ様にも捨てられて、惨めに隠居すればいいんだ」
どこまでも憎々し気にそんなことを口にされ、腸が煮えくり返るような気持ちになった。
(まさかこのタイミングで言ってくるとはな……)
それは実にタイミングを見計らったかのような内容の罵声で、いつもならやり過ごせる悪口が妙に耳に残って胸が重たくなる。
何かを言い返そうにも既にタイミングは逸してしまい、彼らはさっさとその場から立ち去ってしまった後だ。
クレイの優しさに甘えている────その言葉が抜けない棘のように心へと突き刺さり、自分を責め苛む。
確かにいつも自分がすることを最終的には受け入れるクレイが、今回に限りかなり怒っていた。
酷いことをしてしまったという自覚もある。
それこそ『一年帰らない』とクレイが自ら言い捨て逃げ出すほどに。
結婚したこともありこれまでクレイが自分から離れることはないと思っていたが、本当に大丈夫なのだろうかと不安になった。
愛し愛され結婚にまで至ったものの、いつまで経っても変わらないクレイの行動に自信が揺らぐ。
そもそも自分達は考え方が大きく違うのだ。
それは単純に黒魔道士と白魔道士の考え方の違いに過ぎないのだと然程気にしてこなかったが、なんとなく何かを見落としているような気がしないでもない。
もしも調教などを通してクレイが本当の意味で自分を信用できなくなっているのだとしたら……。
それを考えると急に怖くなった。
「ヒュース…私は間違っていたか?」
【さてさて…今回の件に関してはどっちもどっちという感じでしたし、痴話喧嘩と言ってしまえばそれまでの事でしょう】
クレイの失言は今に始まったことではないがいつまでも同じことを繰り返すところは悪いし、いつものことだと上手くあしらえなかったロックウェルも悪いと言われてしまう。
とは言えクレイが自分のことを好きでいてくれるのは間違いないから、お互いに落ち着いて冷静になればすぐにでも仲直りできるのではと言われた。
「それなら…いいんだが……」
そうして憂いを含みながら歩いていると、いつの間にか目的であるドルトのところへと辿り着いていた。
「ロックウェル様。何か懸案でも?」
自分は余程心ここにあらずな表情でも浮かべていたのだろう。
そんな風に気遣うように声を掛けてくれたドルトの声でハッと我に返る。
「いえ。今日はフローリア姫からドルト殿に挨拶を行いたいとご相談されたので、その旨をお伝えに」
そして平静を取り繕うように用件を切り出した。
***
「フローリア姫が私に挨拶を?」
ロックウェルから話を聞いたドルトは、どうしたものかと考えた。
事情を聴いてフローリアの子をクレイ達の養子に迎えたのは特に問題はなかった。
王族の子を放置などできるはずがないのだから…。
そしてレイン家の養子として引き取ったのだから、それに対してフローリアが当主である自分にも礼を言いたいというのもよくわかる。
けれど…それを二つ返事で受けるのは些か難しい。
本来なら当主として快くフローリアをレイン家本邸へと招いて挨拶を受けるべきなのかもしれないが、現在本邸には妻であるミュラがいるからだ。
もしもフローリアが挨拶に来るのなら当然クレイとロックウェルも同席することになるだろう。
それに関してが他の何よりも気がかりだった。
ミュラは二人の結婚生活に関わる気はなさそうだったが、時折思い出したように『別邸の二人は上手くやっているでしょうか?』と気にするようなことを口にしている。
記憶はないものの、一応クレイのことを気にかけてはいるのだろう。
もしまた顔を合わせることがあれば何かしら会話をしようとするのは明白だった。
けれどその行為はミュラの方に全く悪気がなかろうと、下手をするとクレイを刺激することに繋がりかねない。
戸惑うだけならまだいいが、万が一にでも傷つけるようなことでもあったらと思うと心配で仕方がないため、避けた方が無難だろうと思われた。
「内々に私だけが別邸に行って話をしても構わないでしょうか?」
だから当然の如くそう提案してみた。
これならクレイとミュラを会わせなくてもすむし、挨拶もできるから問題はないと考えたからだ。
トルテッティの王族に敬意を払っての事だとでも言えば、フローリアも気を悪くはしないことだろう。
「わかりました。ではそれで姫には話を通してみます」
「宜しく頼みます」
フローリアの件はこれでいいだろう。
そして話は変わるがと、ここ最近気になっていた件を尋ねてみることにした。
「それと……ここ最近レイン家に大金が送られてきているのはご存知ですか?」
「大金…ですか?それはどこから?」
「それがソレーユの王宮からで…。クレイ宛てならまだ理解できるものの、どうしてレイン家にと不思議に思ったのですよ」
その言葉にロックウェルも心当りがないのか首を傾げている。
それを見て、どうやらクレイ個人とソレーユ間での何かしらのやり取りがあったのだと予想がついた。
けれど一度なら兎も角、この収入は何故か増えていく傾向にあるので、把握しておかないと後々まずい気がする。
それはロックウェルも同感だったのか、クレイの眷属へと確認を取ってくれた。
「恐らくクレイが絡んでいるのでしょうが、今喧嘩中でして…。ヒュースに聞いてみましょう」
そしてすぐさま答えをもらえたのだが、その口から語られた内容は度肝を抜かれるようなものだった。
【ああ、それですか。なんでもクレイ様がプレゼントした指輪をミシェル王子が気に入ったそうで、国内で大々的に商品化されたそうなのですよ。開発したのがクレイ様なので、利益の三割を受け取ってほしいと言われましてね。クレイ様はお断りしたのですが、レイン家の収入にしてはと提案され『それなら受ける』と契約書にサインなさったのです】
詳しく聞きたいならミシェルにつけている眷属からも話が聞けると言うので念のため呼んでもらうと、嬉々として詳細を教えてもらえた。
【クレイ様の指輪は今ソレーユで産業革命を起こしているのです!凄いですよ~!徐々に売り上げが伸びて各地で莫大な利益を上げていますし、ソレーユ王家も商人も魔道士達も皆win-win状態で、開発者であるクレイ様の名声はうなぎ登り!我々も誇らしいです♪】
サティクルドから国を守ったことといい、今回のことといい、ソレーユ国内ではクレイは素晴らしい黒魔道士として一目置かれているようだった。
道理で王宮以外からもソレーユからの仕事依頼が舞い込んでくるわけだとロックウェルも納得がいったという顔をしている。
収入の謎は解けたが、自国ではなく他国で活躍しすぎではないだろうか?
本人の意図せぬままに事が大きくなってしまっている気がしてならない。
「頭が痛い……」
「まあまあロックウェル様。詳細は分かりましたし、それならそれで国に収める税を増やして調整すれば問題はないでしょう。レイン家の副収入として陛下には話しておきますのでご心配なく」
思わずと言ったように頭を抱えるロックウェルに声を掛け、一先ず様子を見ようと提案してみるが、頭が痛いと言う意見には同感だった。
まだ商品が出回ったばかりだから収入が多いだけで、それが落ち着けばそちらは段々減っていくはずだが、これで収まるとはとても思えなかったからだ。
色々クレイは規格外だと言うのが段々と自分にもわかってきた気がする。
【あれ?そう言えばクレイ様がいませんね】
そうして一通り話したところでその眷属が首を傾げた。
とは言えここは王宮なのだから居なくても別におかしくはない。
そう思っていると、今度はヒュースの口から驚きの言葉が飛び出てきた。
【ああ、クレイ様は今アストラスにいませんよ。カルトリアの方に行かれたようです。たまには気分転換にのんびりなさるのもいいでしょう】
【ええ────っ!のんびりということは仕事じゃない?!狡い狡い!クレイ様と旅行なんて、みんな羨ましい~!】
そうして眷属は嘆いているが、何故カルトリアなのか。
あの国は魔道士の数自体が少ない。
それ故に白魔道士も黒魔道士も希少価値が高く、少しでも魔力を持つ子供がいれば高値で売買されるほどだ。
大人の魔道士は余所者が多く高い地位についている者が多いが、奴隷商人を抱えている者も多く、弟子と称して子供達を愛妾に迎えて非道な事をする者も多いと聞く。
後はあの国特有の冒険者という立場に収まり、その力を振るって魔物を狩ったりもしているらしい。
正直魔物好きなクレイからしたら相性の悪い国と言えるだろう。
今回のハインツとの縁談ではこちらに姫が嫁ぐという点からその辺りは特に問題視していなかったのだが、クレイが万が一国内で揉め事を起こしてしまったら厄介なことになりかねない。
「ロックウェル様…。何があったのかは知りませんが、できれば至急幻影魔法で連絡を取って仲直りをし、こちらに呼び戻しては頂けないでしょうか?」
夫婦間のことに対して口出しをするのはできれば避けたいのだが、ただでさえハインツが破談に持ち込みたいと言い出したことから胃の痛い思いをしているのに、これ以上事を荒立てたくはなかった。
けれど続く眷属の答えに更に胃が痛くなった。
【大丈夫ですよ。それほど心配なさらずとも少しくらいの厄介事は我々眷属が上手く処理を致しますから。そんなことよりも今すぐの仲直りの方が余程難しいです。このご旅行で僅かなりとも気分転換をしてクレイ様のお気持ちが落ち着いてくださればいいんですが……】
比較的常識のあるヒュースがこんな風に言うなど、一体何があったというのだろう?
ドルトは大きなため息をつきながらチラリとロックウェルを見たが、ロックウェルの方は顔色悪く項垂れるだけだった。
***
ロックウェルは今クレイがアストラスに居ないと聞いて、信じたくない気持ちでいっぱいだった。
これまでクレイは自分の元を飛び出しても大抵は仕事に逃げるかソレーユに愚痴をこぼしに行くくらいだった。
それなのに仕事でもなんでもなくカルトリアへと向かったというのだから、危機感を抱くなという方がおかしい。
もしや言葉通り本当に一年も自分の元に帰ってこないつもりなのではないだろうか?
もしもそうなってしまったら────そう考えるだけで背筋が凍りそうになった。
ないと信じたいが、これで別れを切り出されてしまったら自分は一体どうすればいいのだろう?
絶対に手放す気はないが、こちらが離婚に応じなかったとしてもクレイが自分の元に帰りたくないと思えばそれまでだ。
クレイは役職に就いている自分とは違い、自由にどこででも仕事ができるフリーの一流黒魔道士だ。
仕事なんていくらでもあるし、行こうと思えばどこへだって行ける。
自分に追いかけられたくないとクレイが思えば結界を張り巡らせれば事足りてしまう。
だから自分に会いたくないとクレイが強く願えば、たとえ婚姻関係にあったとしても死ぬまで会えなくなることすら可能になってしまうのだ。
そうなれば結婚などという契約は何も意味など成してはくれない。
それに今更ながらに気がついて愕然とした。
そんなことになったらとてもではないが耐えられそうにない。
クレイのことになるとどうしても暴走してしまう自分がたまらなく嫌だ。
他の誰にもこんな風に振り回されたことなどないし、これだけ好きになれる相手がこの先他にできるとも思えない。
だから失いたくないし、嫉妬にかられるし、何が何でも自分の思い通りにして捕まえておかねばと暴走してしまう。
「ヒュース。私もカルトリアに行ってはダメだろうか?」
時間を置けば置くほど危機感ばかりが募り、流石にこれは自分から謝りに行った方がいいような気がして思わずそう言ったのだが、ヒュースからは現時点でそれはあまりお勧めできないと言われてしまった。
【今は接触なさらない方が無難かと。それよりもハインツ王子とフローリア姫の件を先に片付けられてはいかがです?根回しだけではなく、上手く先方に話して破談に持ち込みたいともご相談されたのですよね?】
「ああ。今のところドルト殿のところで話を止めているが、外務大臣達にでも漏れれば騒ぎになってしまうだろう」
国としての威信にも関わることだけに、ことは慎重を要する。
ドルトと自分が動いて各所に手を回せるだけ回したが、結果がどう転ぶかは相手次第だ。
それならアストラスまで来てもらえないか交渉するため、自分が使者に立ってカルトリアに行くのも一つの手ではあるが……。
「クレイがいない今、フローリア姫をあそこで長期に渡って一人にするのも不安だな」
預かっているのは一国の姫なのだから、それは流石に無用心が過ぎるだろう。
眷属を置くにしても限度があるし、自業自得とは言えクレイがいてくれないのは地味に辛い。
「仕方がない…か」
全く気は進まないが、シュバルツに頭を下げて頼むしか手はない気がする。
そうして一先ず暇を告げて執務室へと戻り、人払いをしてからシュバルツへと連絡を取ったのだが、そちらはそちらで揉めているようだった。
「クレイのせいでロイドがちっとも落とせなくなった!」
憤慨する気持ちは非常によくわかるが、こちらもロイドのせいで喧嘩になったのだからお相子だ。
「こちらも今離婚の危機なので、申し訳ないが協力していただきたい」
「え?」
シュバルツは寝耳に水という顔で驚いたようにこちらを見てきたので、簡単に経緯を説明する。
「…つまり、この間のことで喧嘩になって、調教しようとしてやりすぎて家出された…と」
「……そうです」
正直一言で言えばそれだけのことだった。
けれどこれまでとは違った状況に、自分としては冗談ではなく夫婦の危機を感じていた。
早く迎えに言って謝りたいし、ハインツの問題をさっさと片付けてしまいたいというのが本音だ。
「そういうわけなので、シュバルツ殿に協力していただけないかと……」
「…言いたいことはわかるが、私は専属魔道士としての仕事があるからここを長期で離れるのは難しいな」
そう言われると確かに無理は言えないと思った。
かと言ってフローリアをソレーユの王宮に連れて行くのもまた難しい。
騒ぎを起こしてしまった手前、あちらで歓迎はされないだろうことは明白だったからだ。
これでは八方塞がりだと悩んでいるとシュバルツがあっさりと解決策を提示してくれた。
「そんなに悩まなくても、クレイが今カルトリアにいるならそのままクレイに使者として立ってもらったらどうだ?その方が簡単な気がする。場合によっては姫をそのままアストラスに連れてきてもらうことも可能だろう?」
「ああ、なるほど」
それは名案だと思った。
どうせならクレイの大好きな『仕事』として依頼をすればいいのだ。
大好きなドルトからの頼み事だと言えばクレイも上手く気持ちの切り替えができるかもしれないし、仕事をすることで気分転換にも繋がって機嫌も直してもらえるかもしれない。
ロックウェルはそれに僅かな希望を見出し、シュバルツに礼を述べるとすぐさまヒュースへと頼んでクレイのところまで行ってもらうことにした。
***
「うん。美味しい」
その頃クレイはカルトリアの城下町で、眷属オススメの黒ビアを飲みながら、イカ墨饅頭なるものを食べていた。
「これも美味いが、さっき食べた黒胡椒がたっぷりかかった串焼きも美味しかったな」
どうやらこの街の料理はどれもこれも美味しいようで、先程からハズレは一つとしてなかった。
眷属達と話しながら楽しく街を散策するのもなかなか悪くはない。
そう思いながら歩いていると、12、13才くらいだろうか?
子供が時折後ろを振り返りながら走ってくる姿が見えた。
どうやら追われているらしい。
何かやらかしたのだろうか?
とは言え全くの赤の他人だし、助ける義理もないのでそのまま見送ることしかしなかった。
「くそっ!逃げ足の速い小僧だな!」
そしてそれから暫くすると、その少年を追いかけていたであろう男達が姿を現した。
どうも破落戸のように見えることから、人攫いのように感じられる。
これが眷属達が言っていた輩かと納得し、これはあの子供も逃げて正解だろうと思った。
目をつけられたばかりに売り飛ばされたらたまったものではない。
「くそっ!久方振りの見目のいい魔力持ちだったのに!」
「本当にな。今度見かけたら絶対に捕まえてやる!」
どうやらこれはかなり物騒な輩のようだ。
ただ逃げ切るだけではダメということだろうか。
これは流石に可哀想だし、少々この男達の記憶から少年の記憶をなくしてやろうと素早く記憶操作してやると、男達はあっという間に目的を忘れてどこかへと去って行った。
これで問題はないだろう。
そうして満足しながらまた美味しいものを探しにブラブラと歩き始めた。
少年は追っ手から必死に逃げ、そろそろ体力の限界を感じたところで手頃な隠れ場所を発見したので、さっとそこへと姿を隠した。
こちらからメインストリートは窺えて、且つ向こうからは死角になる商店の一角。
いつも通り活気に満ちた屋台が並ぶこの通りは逃げ込むには最適な場所だった。
上がった息を整えていてもそちらの声でかき消してもらえるから、追っ手にも気づかれにくい。
正直男達に回復魔法を使っているところを見られたのは誤算だった。
あれくらいの怪我、放っておいても治ったというのに…。
仕事に支障が出そうで嫌だと思い、すっ転んで大きく擦りむいた場所を癒した自分が馬鹿だった。
それで破落戸に目をつけられ、奴隷商に売り飛ばされたのではたまったものではない。
慌てて逃げ出したはいいものの、顔は覚えられただろうし、今撒いたとしてもこのままこの街に留まるのは得策ではない。
けれどここで生計を立てている親がいる以上、勝手に街を出ることすらできないし、自分は一体どうすればいいのか…。
そう思っていると、男達が息を切らせ悪態を吐きながら走ってくる姿が目に飛び込んできた。
どうやら諦めてくれる気は一切なさそうだ。
絶望感に襲われていたその時、どう見ても男達の仲間ではない通りすがりの綺麗な男がスッと動き、男達の額をすごい速さでトントントンッと突いていった。
そしてそれと共に男達は一瞬ボンヤリし、次の瞬間首を捻りながら元来た道を引き返して行った。
正直言って驚きの一言だ。
あれは魔法ではないだろうか?
(あの人、魔道士だ!)
簡素な服で冒険者っぽくして場に馴染ませているが、服の色は黒で統一されている。
しかもどこか品があるようにも見えるし、もしかしたら他国からお忍びか旅行できている上級職の…そう、例えるなら王宮魔道士とかではないだろうか?
聞くところによると、他国では貴族の魔道士もそこそこいるらしい。
様子を見る限りブラブラと目的もなく食べ歩きを満喫しているようだし、まず間違いはないだろう。
黒魔道士は記憶操作ができると聞いたことがあるから、恐らくそれを使って気紛れに助けてくれたに違いない。
こちらを全く気にしていないことから、恩を売る気もなさそうだ。
それだけでもこの国の魔道士でないことは確実だった。
この国の魔道士は恩に着せる悪い奴ばかりだからだ。
良識ある善良な魔道士はそのほとんどが国外に出てしまうため、国にいるのは悪人か何も知らない幼い魔道士の卵達が多い。
その魔道士の卵達も世間を知って、弟子と言う名の愛妾に堕ちるか、他国に逃亡するか、冒険者として生きていくかの三択だった。
けれど師のいない状態で国を出ても余程の実力がなければ魔道士として底辺を彷徨う以外に道はないし、冒険者をすればチヤホヤされるせいか、皆自分は凄いのだと過信し始め傲慢になり、過信したパーティーと共に勇んで魔物に突撃しその命を散らしていくことになるのだ。
余程自分を律し賢く立ち回らければ長生きができない職種だと言えるだろう。
いずれにせよまともな道はほぼ無いも同然だった。
(父さんの言う通り、魔法が使えることは出来るだけ秘密にして、大人しく人々に紛れて暮らしていくべきなんだ)
そう思いながらも、先程の男が気になっていつの間にか後をつけるように追っている自分がいた。
年は近くともいつもは互いに何も言葉を交わすこともない間柄だ。
本家の者より出世した自分を憎く思っている連中だから、相手にするだけ損とこちらも気にしないようにしている。
そしていつものように無言ですれ違おうとしたところで、思いがけず二人のうち弟の方が声を掛けてきた。
「不機嫌そうですね。ロックウェル“様”?とうとうクレイ様に愛想でも尽かされましたか?」
そんな言葉に思わず足を止める。
その言葉から察するに弟の方はクレイに特別な思いを抱いていることが窺えて、嫌な気持ちになってしまった。
「クレイ様がここ暫く王宮に姿を見せなくなったのもそのせいなのでは?」
「…クレイがここに来ないのは付き纏う煩い者達のせいであって、私のせいではない」
「そうでしょうか?噂ではクレイ様に酷いことをしているとも聞きますし、いつ見切りをつけられてもおかしくはないでしょう?」
そしてこちらの様子を見てとり、ここぞとばかりにクッと酷薄な笑みを浮かべ言い放つ。
「クレイ様の優しさに胡坐をかいているお前など、さっさと魔道士長の座をハインツ王子に譲りクレイ様にも捨てられて、惨めに隠居すればいいんだ」
どこまでも憎々し気にそんなことを口にされ、腸が煮えくり返るような気持ちになった。
(まさかこのタイミングで言ってくるとはな……)
それは実にタイミングを見計らったかのような内容の罵声で、いつもならやり過ごせる悪口が妙に耳に残って胸が重たくなる。
何かを言い返そうにも既にタイミングは逸してしまい、彼らはさっさとその場から立ち去ってしまった後だ。
クレイの優しさに甘えている────その言葉が抜けない棘のように心へと突き刺さり、自分を責め苛む。
確かにいつも自分がすることを最終的には受け入れるクレイが、今回に限りかなり怒っていた。
酷いことをしてしまったという自覚もある。
それこそ『一年帰らない』とクレイが自ら言い捨て逃げ出すほどに。
結婚したこともありこれまでクレイが自分から離れることはないと思っていたが、本当に大丈夫なのだろうかと不安になった。
愛し愛され結婚にまで至ったものの、いつまで経っても変わらないクレイの行動に自信が揺らぐ。
そもそも自分達は考え方が大きく違うのだ。
それは単純に黒魔道士と白魔道士の考え方の違いに過ぎないのだと然程気にしてこなかったが、なんとなく何かを見落としているような気がしないでもない。
もしも調教などを通してクレイが本当の意味で自分を信用できなくなっているのだとしたら……。
それを考えると急に怖くなった。
「ヒュース…私は間違っていたか?」
【さてさて…今回の件に関してはどっちもどっちという感じでしたし、痴話喧嘩と言ってしまえばそれまでの事でしょう】
クレイの失言は今に始まったことではないがいつまでも同じことを繰り返すところは悪いし、いつものことだと上手くあしらえなかったロックウェルも悪いと言われてしまう。
とは言えクレイが自分のことを好きでいてくれるのは間違いないから、お互いに落ち着いて冷静になればすぐにでも仲直りできるのではと言われた。
「それなら…いいんだが……」
そうして憂いを含みながら歩いていると、いつの間にか目的であるドルトのところへと辿り着いていた。
「ロックウェル様。何か懸案でも?」
自分は余程心ここにあらずな表情でも浮かべていたのだろう。
そんな風に気遣うように声を掛けてくれたドルトの声でハッと我に返る。
「いえ。今日はフローリア姫からドルト殿に挨拶を行いたいとご相談されたので、その旨をお伝えに」
そして平静を取り繕うように用件を切り出した。
***
「フローリア姫が私に挨拶を?」
ロックウェルから話を聞いたドルトは、どうしたものかと考えた。
事情を聴いてフローリアの子をクレイ達の養子に迎えたのは特に問題はなかった。
王族の子を放置などできるはずがないのだから…。
そしてレイン家の養子として引き取ったのだから、それに対してフローリアが当主である自分にも礼を言いたいというのもよくわかる。
けれど…それを二つ返事で受けるのは些か難しい。
本来なら当主として快くフローリアをレイン家本邸へと招いて挨拶を受けるべきなのかもしれないが、現在本邸には妻であるミュラがいるからだ。
もしもフローリアが挨拶に来るのなら当然クレイとロックウェルも同席することになるだろう。
それに関してが他の何よりも気がかりだった。
ミュラは二人の結婚生活に関わる気はなさそうだったが、時折思い出したように『別邸の二人は上手くやっているでしょうか?』と気にするようなことを口にしている。
記憶はないものの、一応クレイのことを気にかけてはいるのだろう。
もしまた顔を合わせることがあれば何かしら会話をしようとするのは明白だった。
けれどその行為はミュラの方に全く悪気がなかろうと、下手をするとクレイを刺激することに繋がりかねない。
戸惑うだけならまだいいが、万が一にでも傷つけるようなことでもあったらと思うと心配で仕方がないため、避けた方が無難だろうと思われた。
「内々に私だけが別邸に行って話をしても構わないでしょうか?」
だから当然の如くそう提案してみた。
これならクレイとミュラを会わせなくてもすむし、挨拶もできるから問題はないと考えたからだ。
トルテッティの王族に敬意を払っての事だとでも言えば、フローリアも気を悪くはしないことだろう。
「わかりました。ではそれで姫には話を通してみます」
「宜しく頼みます」
フローリアの件はこれでいいだろう。
そして話は変わるがと、ここ最近気になっていた件を尋ねてみることにした。
「それと……ここ最近レイン家に大金が送られてきているのはご存知ですか?」
「大金…ですか?それはどこから?」
「それがソレーユの王宮からで…。クレイ宛てならまだ理解できるものの、どうしてレイン家にと不思議に思ったのですよ」
その言葉にロックウェルも心当りがないのか首を傾げている。
それを見て、どうやらクレイ個人とソレーユ間での何かしらのやり取りがあったのだと予想がついた。
けれど一度なら兎も角、この収入は何故か増えていく傾向にあるので、把握しておかないと後々まずい気がする。
それはロックウェルも同感だったのか、クレイの眷属へと確認を取ってくれた。
「恐らくクレイが絡んでいるのでしょうが、今喧嘩中でして…。ヒュースに聞いてみましょう」
そしてすぐさま答えをもらえたのだが、その口から語られた内容は度肝を抜かれるようなものだった。
【ああ、それですか。なんでもクレイ様がプレゼントした指輪をミシェル王子が気に入ったそうで、国内で大々的に商品化されたそうなのですよ。開発したのがクレイ様なので、利益の三割を受け取ってほしいと言われましてね。クレイ様はお断りしたのですが、レイン家の収入にしてはと提案され『それなら受ける』と契約書にサインなさったのです】
詳しく聞きたいならミシェルにつけている眷属からも話が聞けると言うので念のため呼んでもらうと、嬉々として詳細を教えてもらえた。
【クレイ様の指輪は今ソレーユで産業革命を起こしているのです!凄いですよ~!徐々に売り上げが伸びて各地で莫大な利益を上げていますし、ソレーユ王家も商人も魔道士達も皆win-win状態で、開発者であるクレイ様の名声はうなぎ登り!我々も誇らしいです♪】
サティクルドから国を守ったことといい、今回のことといい、ソレーユ国内ではクレイは素晴らしい黒魔道士として一目置かれているようだった。
道理で王宮以外からもソレーユからの仕事依頼が舞い込んでくるわけだとロックウェルも納得がいったという顔をしている。
収入の謎は解けたが、自国ではなく他国で活躍しすぎではないだろうか?
本人の意図せぬままに事が大きくなってしまっている気がしてならない。
「頭が痛い……」
「まあまあロックウェル様。詳細は分かりましたし、それならそれで国に収める税を増やして調整すれば問題はないでしょう。レイン家の副収入として陛下には話しておきますのでご心配なく」
思わずと言ったように頭を抱えるロックウェルに声を掛け、一先ず様子を見ようと提案してみるが、頭が痛いと言う意見には同感だった。
まだ商品が出回ったばかりだから収入が多いだけで、それが落ち着けばそちらは段々減っていくはずだが、これで収まるとはとても思えなかったからだ。
色々クレイは規格外だと言うのが段々と自分にもわかってきた気がする。
【あれ?そう言えばクレイ様がいませんね】
そうして一通り話したところでその眷属が首を傾げた。
とは言えここは王宮なのだから居なくても別におかしくはない。
そう思っていると、今度はヒュースの口から驚きの言葉が飛び出てきた。
【ああ、クレイ様は今アストラスにいませんよ。カルトリアの方に行かれたようです。たまには気分転換にのんびりなさるのもいいでしょう】
【ええ────っ!のんびりということは仕事じゃない?!狡い狡い!クレイ様と旅行なんて、みんな羨ましい~!】
そうして眷属は嘆いているが、何故カルトリアなのか。
あの国は魔道士の数自体が少ない。
それ故に白魔道士も黒魔道士も希少価値が高く、少しでも魔力を持つ子供がいれば高値で売買されるほどだ。
大人の魔道士は余所者が多く高い地位についている者が多いが、奴隷商人を抱えている者も多く、弟子と称して子供達を愛妾に迎えて非道な事をする者も多いと聞く。
後はあの国特有の冒険者という立場に収まり、その力を振るって魔物を狩ったりもしているらしい。
正直魔物好きなクレイからしたら相性の悪い国と言えるだろう。
今回のハインツとの縁談ではこちらに姫が嫁ぐという点からその辺りは特に問題視していなかったのだが、クレイが万が一国内で揉め事を起こしてしまったら厄介なことになりかねない。
「ロックウェル様…。何があったのかは知りませんが、できれば至急幻影魔法で連絡を取って仲直りをし、こちらに呼び戻しては頂けないでしょうか?」
夫婦間のことに対して口出しをするのはできれば避けたいのだが、ただでさえハインツが破談に持ち込みたいと言い出したことから胃の痛い思いをしているのに、これ以上事を荒立てたくはなかった。
けれど続く眷属の答えに更に胃が痛くなった。
【大丈夫ですよ。それほど心配なさらずとも少しくらいの厄介事は我々眷属が上手く処理を致しますから。そんなことよりも今すぐの仲直りの方が余程難しいです。このご旅行で僅かなりとも気分転換をしてクレイ様のお気持ちが落ち着いてくださればいいんですが……】
比較的常識のあるヒュースがこんな風に言うなど、一体何があったというのだろう?
ドルトは大きなため息をつきながらチラリとロックウェルを見たが、ロックウェルの方は顔色悪く項垂れるだけだった。
***
ロックウェルは今クレイがアストラスに居ないと聞いて、信じたくない気持ちでいっぱいだった。
これまでクレイは自分の元を飛び出しても大抵は仕事に逃げるかソレーユに愚痴をこぼしに行くくらいだった。
それなのに仕事でもなんでもなくカルトリアへと向かったというのだから、危機感を抱くなという方がおかしい。
もしや言葉通り本当に一年も自分の元に帰ってこないつもりなのではないだろうか?
もしもそうなってしまったら────そう考えるだけで背筋が凍りそうになった。
ないと信じたいが、これで別れを切り出されてしまったら自分は一体どうすればいいのだろう?
絶対に手放す気はないが、こちらが離婚に応じなかったとしてもクレイが自分の元に帰りたくないと思えばそれまでだ。
クレイは役職に就いている自分とは違い、自由にどこででも仕事ができるフリーの一流黒魔道士だ。
仕事なんていくらでもあるし、行こうと思えばどこへだって行ける。
自分に追いかけられたくないとクレイが思えば結界を張り巡らせれば事足りてしまう。
だから自分に会いたくないとクレイが強く願えば、たとえ婚姻関係にあったとしても死ぬまで会えなくなることすら可能になってしまうのだ。
そうなれば結婚などという契約は何も意味など成してはくれない。
それに今更ながらに気がついて愕然とした。
そんなことになったらとてもではないが耐えられそうにない。
クレイのことになるとどうしても暴走してしまう自分がたまらなく嫌だ。
他の誰にもこんな風に振り回されたことなどないし、これだけ好きになれる相手がこの先他にできるとも思えない。
だから失いたくないし、嫉妬にかられるし、何が何でも自分の思い通りにして捕まえておかねばと暴走してしまう。
「ヒュース。私もカルトリアに行ってはダメだろうか?」
時間を置けば置くほど危機感ばかりが募り、流石にこれは自分から謝りに行った方がいいような気がして思わずそう言ったのだが、ヒュースからは現時点でそれはあまりお勧めできないと言われてしまった。
【今は接触なさらない方が無難かと。それよりもハインツ王子とフローリア姫の件を先に片付けられてはいかがです?根回しだけではなく、上手く先方に話して破談に持ち込みたいともご相談されたのですよね?】
「ああ。今のところドルト殿のところで話を止めているが、外務大臣達にでも漏れれば騒ぎになってしまうだろう」
国としての威信にも関わることだけに、ことは慎重を要する。
ドルトと自分が動いて各所に手を回せるだけ回したが、結果がどう転ぶかは相手次第だ。
それならアストラスまで来てもらえないか交渉するため、自分が使者に立ってカルトリアに行くのも一つの手ではあるが……。
「クレイがいない今、フローリア姫をあそこで長期に渡って一人にするのも不安だな」
預かっているのは一国の姫なのだから、それは流石に無用心が過ぎるだろう。
眷属を置くにしても限度があるし、自業自得とは言えクレイがいてくれないのは地味に辛い。
「仕方がない…か」
全く気は進まないが、シュバルツに頭を下げて頼むしか手はない気がする。
そうして一先ず暇を告げて執務室へと戻り、人払いをしてからシュバルツへと連絡を取ったのだが、そちらはそちらで揉めているようだった。
「クレイのせいでロイドがちっとも落とせなくなった!」
憤慨する気持ちは非常によくわかるが、こちらもロイドのせいで喧嘩になったのだからお相子だ。
「こちらも今離婚の危機なので、申し訳ないが協力していただきたい」
「え?」
シュバルツは寝耳に水という顔で驚いたようにこちらを見てきたので、簡単に経緯を説明する。
「…つまり、この間のことで喧嘩になって、調教しようとしてやりすぎて家出された…と」
「……そうです」
正直一言で言えばそれだけのことだった。
けれどこれまでとは違った状況に、自分としては冗談ではなく夫婦の危機を感じていた。
早く迎えに言って謝りたいし、ハインツの問題をさっさと片付けてしまいたいというのが本音だ。
「そういうわけなので、シュバルツ殿に協力していただけないかと……」
「…言いたいことはわかるが、私は専属魔道士としての仕事があるからここを長期で離れるのは難しいな」
そう言われると確かに無理は言えないと思った。
かと言ってフローリアをソレーユの王宮に連れて行くのもまた難しい。
騒ぎを起こしてしまった手前、あちらで歓迎はされないだろうことは明白だったからだ。
これでは八方塞がりだと悩んでいるとシュバルツがあっさりと解決策を提示してくれた。
「そんなに悩まなくても、クレイが今カルトリアにいるならそのままクレイに使者として立ってもらったらどうだ?その方が簡単な気がする。場合によっては姫をそのままアストラスに連れてきてもらうことも可能だろう?」
「ああ、なるほど」
それは名案だと思った。
どうせならクレイの大好きな『仕事』として依頼をすればいいのだ。
大好きなドルトからの頼み事だと言えばクレイも上手く気持ちの切り替えができるかもしれないし、仕事をすることで気分転換にも繋がって機嫌も直してもらえるかもしれない。
ロックウェルはそれに僅かな希望を見出し、シュバルツに礼を述べるとすぐさまヒュースへと頼んでクレイのところまで行ってもらうことにした。
***
「うん。美味しい」
その頃クレイはカルトリアの城下町で、眷属オススメの黒ビアを飲みながら、イカ墨饅頭なるものを食べていた。
「これも美味いが、さっき食べた黒胡椒がたっぷりかかった串焼きも美味しかったな」
どうやらこの街の料理はどれもこれも美味しいようで、先程からハズレは一つとしてなかった。
眷属達と話しながら楽しく街を散策するのもなかなか悪くはない。
そう思いながら歩いていると、12、13才くらいだろうか?
子供が時折後ろを振り返りながら走ってくる姿が見えた。
どうやら追われているらしい。
何かやらかしたのだろうか?
とは言え全くの赤の他人だし、助ける義理もないのでそのまま見送ることしかしなかった。
「くそっ!逃げ足の速い小僧だな!」
そしてそれから暫くすると、その少年を追いかけていたであろう男達が姿を現した。
どうも破落戸のように見えることから、人攫いのように感じられる。
これが眷属達が言っていた輩かと納得し、これはあの子供も逃げて正解だろうと思った。
目をつけられたばかりに売り飛ばされたらたまったものではない。
「くそっ!久方振りの見目のいい魔力持ちだったのに!」
「本当にな。今度見かけたら絶対に捕まえてやる!」
どうやらこれはかなり物騒な輩のようだ。
ただ逃げ切るだけではダメということだろうか。
これは流石に可哀想だし、少々この男達の記憶から少年の記憶をなくしてやろうと素早く記憶操作してやると、男達はあっという間に目的を忘れてどこかへと去って行った。
これで問題はないだろう。
そうして満足しながらまた美味しいものを探しにブラブラと歩き始めた。
少年は追っ手から必死に逃げ、そろそろ体力の限界を感じたところで手頃な隠れ場所を発見したので、さっとそこへと姿を隠した。
こちらからメインストリートは窺えて、且つ向こうからは死角になる商店の一角。
いつも通り活気に満ちた屋台が並ぶこの通りは逃げ込むには最適な場所だった。
上がった息を整えていてもそちらの声でかき消してもらえるから、追っ手にも気づかれにくい。
正直男達に回復魔法を使っているところを見られたのは誤算だった。
あれくらいの怪我、放っておいても治ったというのに…。
仕事に支障が出そうで嫌だと思い、すっ転んで大きく擦りむいた場所を癒した自分が馬鹿だった。
それで破落戸に目をつけられ、奴隷商に売り飛ばされたのではたまったものではない。
慌てて逃げ出したはいいものの、顔は覚えられただろうし、今撒いたとしてもこのままこの街に留まるのは得策ではない。
けれどここで生計を立てている親がいる以上、勝手に街を出ることすらできないし、自分は一体どうすればいいのか…。
そう思っていると、男達が息を切らせ悪態を吐きながら走ってくる姿が目に飛び込んできた。
どうやら諦めてくれる気は一切なさそうだ。
絶望感に襲われていたその時、どう見ても男達の仲間ではない通りすがりの綺麗な男がスッと動き、男達の額をすごい速さでトントントンッと突いていった。
そしてそれと共に男達は一瞬ボンヤリし、次の瞬間首を捻りながら元来た道を引き返して行った。
正直言って驚きの一言だ。
あれは魔法ではないだろうか?
(あの人、魔道士だ!)
簡素な服で冒険者っぽくして場に馴染ませているが、服の色は黒で統一されている。
しかもどこか品があるようにも見えるし、もしかしたら他国からお忍びか旅行できている上級職の…そう、例えるなら王宮魔道士とかではないだろうか?
聞くところによると、他国では貴族の魔道士もそこそこいるらしい。
様子を見る限りブラブラと目的もなく食べ歩きを満喫しているようだし、まず間違いはないだろう。
黒魔道士は記憶操作ができると聞いたことがあるから、恐らくそれを使って気紛れに助けてくれたに違いない。
こちらを全く気にしていないことから、恩を売る気もなさそうだ。
それだけでもこの国の魔道士でないことは確実だった。
この国の魔道士は恩に着せる悪い奴ばかりだからだ。
良識ある善良な魔道士はそのほとんどが国外に出てしまうため、国にいるのは悪人か何も知らない幼い魔道士の卵達が多い。
その魔道士の卵達も世間を知って、弟子と言う名の愛妾に堕ちるか、他国に逃亡するか、冒険者として生きていくかの三択だった。
けれど師のいない状態で国を出ても余程の実力がなければ魔道士として底辺を彷徨う以外に道はないし、冒険者をすればチヤホヤされるせいか、皆自分は凄いのだと過信し始め傲慢になり、過信したパーティーと共に勇んで魔物に突撃しその命を散らしていくことになるのだ。
余程自分を律し賢く立ち回らければ長生きができない職種だと言えるだろう。
いずれにせよまともな道はほぼ無いも同然だった。
(父さんの言う通り、魔法が使えることは出来るだけ秘密にして、大人しく人々に紛れて暮らしていくべきなんだ)
そう思いながらも、先程の男が気になっていつの間にか後をつけるように追っている自分がいた。
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