黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第三部 アストラス編~竜の血脈~

8.傷心の中の観光

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「さて、どうするかな」

食べ歩きも堪能したことだし、今度は観光地巡りでもしたほうがいいだろうか?
そう思いながら思案していると、眷属がそれなら『魔王城』がオススメですよと教えてくれた。
話を聞くと、この国には魔物が沢山いて、魔王城の主人である魔王は魔物達をそれはもう可愛がっているのだとか。
あまりにも魔物贔屓な為、魔物達を嫌っている人々とは度々衝突しているらしいが、クレイからすれば気持ちはよくわかる気がした。

「魔物達は可愛いものな」
【そうでしょう。食べ物も口に合いますし、魔王と呼ばれている者はクレイ様とは絶対に気が合うと思ったので、こちらにお連れしたのですよ】
【そもそもロックウェル様との喧嘩の原因は、ロイドと仲が良すぎることでしょう?他にもロイドと同じくらい友と呼べる者を作れば、ロックウェル様も然程嫉妬しなくなるかと思いまして】
「お前達……」

本当に優しい眷属達に思わず涙がこみ上げてくる。
確かにロイドが特別仲が良いから嫉妬されてしまうのだから、もっと親しい友人を増やしていくのは手かもしれない。
眷属達が見つけてきた魔王という人物は少し聞くだけでも自分と気が合いそうだし、会って見る価値はあると思われる。

「そんなに色々考えてくれて嬉しい。早速行ってみるか」

そうして頬を緩ませたところでヒュースがやってきて、ハインツのために使者としてカルトリアの王城へと行ってもらえないだろうかと告げられた。
無理はしなくてもいいがドルトもロックウェルも動くに動けないためできれば助けてもらえると嬉しいと言われてしまう。
けれど少し気が咎められはしたが『自分は休暇気分でここに来ているからそう言うのは今はやりたくない』と突っぱねた。
二人が困っているなら力になりたい気持ちはあるのだが────今はどうしてもそんな気分になれなかったのだ。

【まあ…そうでしょうね~。喧嘩中ですし、ロックウェル様のお力になることはあまりやりたくはないですよね】
「う…うるさいな。そういう訳じゃない。ただ…」
【ただ?】
「…ちょっと一人になってゆっくり色々考えたいんだ」

何とも煮え切らない答えではあったが、今はロックウェルのことを一度忘れて好きにさせて欲しいというのが本音だった。

「ヒュース…。俺は今回の事で、ロックウェルに本当に愛されてるのか……わからなくなった」

嫉妬されるのは嬉しいが、度が過ぎればそれはただの暴力だ。
特に今回の件については信頼されていないということに他ならない。

自分はただ友人のために行動しただけに過ぎなかったのに、どうしてわかってもらえないのか…。
話だって聞いてもらえなかったし、自分の気持ちを疑われてあんな風に扱われて凄く悲しい気持ちになった。

もしかして普段の自分の愛情表現が足りていないのだろうか?
それでもこれ以上どうロックウェルへの愛を示せばいいのかがさっぱりわからなくて途方に暮れる。
黒魔道士なのに結婚という縛りを受け入れた。
いつだって身体を許して、したいようにさせている。
それこそどんな責め苦だって許しているし、魔法でも玩具でもなんでも使ってくれて構わない。
ロックウェルが嫌がるから、黒魔道士としての仕事だって厳選してできるだけ泊りや長期のものは受けないようにしているし、当然誰かと寝ないといけないような仕事だって受けてはいない。
それでもダメだと言われたら、もうどうしようもないではないか。

ソレーユ絡みの仕事を一切するなとでも言うのだろうか?
そこまで配偶者は自分を束縛する権利があるのだろうか?
黒魔道士としての自由をどこまで犠牲にしたらロックウェルは満足してくれるのだろう?

「好きなのに…疑われて伝わらないのが辛くて仕方がない……」

だからそっとしておいてほしい────素直にそんな心情を吐露すると、ヒュースは『ちゃんと伝えておきますから』と優しく言って帰ってくれた。




そうしてまた悲しい気持ちで満たされ立ち尽くしていると、急に通りの向こう側が騒がしくなるのを感じた。

【あちらの方は骨董品街ですね】
「骨董品街?」
【ええ。黒曜石を使用したアイテムの掘り出し物などもあったりするので、クレイ様のご興味があればお誘いしようと思っていた所です】
「行きたい!」

魔王にも会ってみたいが、折角近くに来ているのだから骨董品街の方へも行ってみたかった。
きっと色々見て回れば気分転換にも繋がるだろう。
もしかしたら何か面白いものが見つかるかもしれない。
時間はいくらでもあるのだから焦る必要もないし、少しでもこの沈んだ気持ちを奮い立たせたくて足を向ける。

「こっちでいいんだよな?」
【ええ。何やら騒ぎがあったようですが、遠巻きにしていれば大丈夫でしょう】

そうして特に気にせずそちらへと足を向けたのだが……。



「クレイ?お前、クレイか?」

何故か騒ぎの横を通り過ぎようとしたところで、そんな風に声をかけられてしまった。
そちらへと目を向けると、薄手ではあるが趣味の悪いデザインの黒衣に身を包み大きな黒曜石が光る指輪をこれでもかと言わんばかりにゴテゴテと両手の指にはめている男がいた。

(悪趣味だな)

質は悪くなさそうなのに、あんな風にしたら折角の黒曜石が台無しだ。

「なあオイ、お前クレイだろう?相変わらず無愛想な奴だな」

こんな悪趣味な知り合いなどいただろうか?
全く記憶にない。
こんな男に振りまく愛想など持ち合わせていないのだが、男はどこか優越感に浸ったような顔で言葉を続けた。

「こんな場所にそんな格好でいるって事はどうせ仕事だろう?相変わらず仕事を選り好みしてるんだろう。そんなんじゃいつまで経っても貧乏暮らしだなオイ。ハハハハハッ!」

貧乏暮らし…。
それはレイン家を出て新人黒魔道士としてファルのところで頑張りだした時に一応経験したが、そう言えばいつの間にか脱却していたように思う。
ほんの僅かな期間ではあったが、あの頃に労働の大切さを学び仕事は大事だと心に刻んだのだ。
あれがあるから今でも楽しく生きる=仕事を楽しむという意識が強いのかもしれない。

「まあ貧乏ではないが仕事はこれからもずっと続けたいな」

それは正直な気持ちだった。
けれど男は何を思ったのかその言葉を聞いてまた笑い出した。

「負け惜しみかよ!俺はな、あの頃と違って今じゃあ大金持ちよ。この国は天国だぜ?魔道士の仕事をわざわざ自分から探さなくてもあっちから依頼が舞い込んで来るんだ。黙ってても月に金貨10枚。依頼によっては20枚だって夢じゃない。どうだ凄いだろう?」

そんな風に自慢げに言われても、正直困ってしまう。
自分の稼ぎは通常少なく見積もって月金貨30枚~40枚くらいだ。
それに今はレイン家へと還元しているがソレーユから毎月金貨が200枚ほど送られてくる。
しかも何故か増えている傾向にあるから、今後の利益も増加する一方だろう。
個人的にソレーユから黒曜石で受け取っている分だってそこそこ多いし、充実した日々を送っている。
ミシェルからは新商品も開発したいのでと、他にも楽しそうな提案があったばかりだ。
魔法開発でも面白そうな提案があったし、ソレーユでの仕事は今一番の楽しみでもあった。
そんな自分だから、はっきり言って男の話はつまらないとしか思えなかった。
仕事も積極的にしていないようだし、何が楽しいのか自分にはさっぱりわからなくてついポツリと零してしまったのは仕方がない。

「要するにお前は暇人なんだな」

その言葉にザワザワしていた周囲がシーンと静まり返った。
目の前にはわなわなと怒りに震える一人の男がいるだけだ。

「俺は暇人じゃないからな。悪いがもう行かせてもらう」

『そういえば誰だったんだろう?』と思いながら踵を返すと、男は突然炎を周囲へと撒き散らしながらこちらへと魔法を放ってきた。

(見る前に品が燃えたら困るじゃないか)

何をするんだと思い、飛び火しないよう周囲に結界を張り、その攻撃を防御魔法であっさりと回避する。

「クソがッ!相変わらずふざけやがって!」
「ふざけたつもりは一切ないが?」

正直に思ったことをそのまま伝えただけで、特に他意はなかったのだが、どうやら怒らせてしまったらしい。

「俺はな!この辺りじゃ一番強くて地位も金もあって、女にだって一番モテてるんだ!」
「それが?」

地位も金も女も、自分に自慢しても何の意味もないだろうに一体何を言い出したのだろうか?
自分ははっきり言ってどれにも興味はない。
自分が欲しいのはただロックウェルとの幸せな日々だけだ。
好きな仕事をして好きな相手と一緒に居られることこそが幸せなのだから、勝手に男の価値観を押し付けないでほしい。

「あのロックウェルにも負けない地位にいるんだぞ?!たかが一介の黒魔道士が、俺様に逆らうんじゃねぇ!」

その言葉に思わずため息が出てしまった。
ロックウェルを知っているという事は、どうやらこの男は昔の仲間だったらしい。
それにしても一国の魔道士長と比べて負けない地位にいるとはよくも言えたものだと思う。

「悪いが、ロックウェルは最高にカッコいい俺の大事な奴だ。お前とは比べものにもならないな」

そうなのだ。なんだかんだと自分はロックウェルが大好きで、今だって本当はロックウェルが恋しい。
早く仲直りをして、また笑顔で愛し合いたい。
その為にも会って直接自分の言い分を聞いてほしいと思う。
でもまた嫉妬で滅茶苦茶にされると思うと帰る気がなくなるのだ。
それはまるで話すだけ無駄だと言われているようで…自分を否定されるような気がして怖かった。
どうすればいいのか考えれば考えるほど答えは見えてこなくて途方に暮れる。

(俺はロックウェルの隣に居たいだけなのに…)

そうして密かに落ち込んでいると、男はそれをどう取ったのか別の魔法を使い始めた。

「ふん。相変わらずの気に入らない態度だな。いつまでも昔の俺だと思うなよ?!」

その言葉と共に空を舞う数多の火球が縦横無尽にこちらへと襲いかかってくる。
けれどこんな魔法、小蝿のようなものだ。

「はぁ…会いたいけど会いたくないなんて、矛盾してるな」

そうして全ての攻撃を片手間に難なく捌いてそのまま踵を返した。
もうこのつまらない男に付き合う気すらない。

「待てこら!クレイ!この卑怯者!」

そんな言葉をサクッと無視して、先に魔王城に観光しに行こうかなと思い直しそのままあっさりと影を渡った。
まだまだ気持ちは落ち着きそうにないなと重く溜息を吐きながら────。


***


「す、すげー……」

少年は、追っていた男がこの辺り一帯の権力者であるフロックスを赤子の手を捻るようにあしらった姿に茫然としてしまった。
しかもフロックスが生み出した炎はただの一つとして周囲に被害を出してはいない。
いつもなら逆らう者がいれば多くの巻き込まれた怪我人が出るし、フロックスに目をつけられた当事者もただではすまない。
それがこんな形で立ち去ることができるなんて、先程の男は余程の実力者だったのだろう。
あれはその辺の魔道士とは絶対に格が違う。

(決めた!)

あれ程の腕の持ち主はそうはいない。
今度見かけたら絶対に弟子入りをお願いしよう。
あの男の愛妾にならなっても構わないし、断られても側にいるだけで勉強になりそうだからくっついて回ればいい。
そうと決まれば父に相談だ。

父親はこの国の王の子飼い。つまりは諜報員だ。
自分も手伝いで子供の立場を利用して情報収集に協力している。
主にこの城下を担当しているため国外に出ることがないのが難点だったが、師と仰げそうな者を見つけたのだから交渉の余地はある。
確かフロックスはあの男を『クレイ』と呼んでいた。
あれだけの力量の持ち主なら他国でも有名な可能性がある。
それなら父も情報を持っている可能性が高い。そして善は急げとばかりに父の元へと走った。




「クレイ?」
「うん。あのフロックスが手も足も出ないほどのかなりの実力者だったから、父さんの知ってる黒魔道士にそういう人がいないか聞きたくて…」

けれどその話をした途端、父は蒼白になり黙り込んでしまった。

「父さん?」
「……本当にクレイと言う名の黒魔道士だったのか?」
「うん。簡易的だったけど黒衣を纏った黒髪碧眼の綺麗な男の人だったよ」
「黒髪…碧眼…」

そうして何故か父はフラフラとしながら、王のところに行ってくると言って去ってしまった。




「陛下!」
「おお、どうしたマイク。そなたが血相を変えるなど槍でも降るのではないか?はははっ!」

少年の父マイクはカルトリア王の前へと跪き、蒼白になりながら報告を入れた。

「笑い事では済まされません!いつ裁きの雷に見舞われてもおかしくはない状況なのです!」

その報告に王は目を丸くする。

「一体どう言うことだ?」
「アストラスのかの有名な黒魔道士が我が国に来ているようなのです!もしやココ姫の事を探りにきたのではと……」
「なんと!まさかあの噂のクレイ王子か?!ハインツ王子との婚約は既に成ったであろう。いくら庶子とは言えクレイ王子に今更それをどうこうできるはずもない」

王はそう言うが、事はそれほど単純ではない。

「陛下!ハインツ王子を騙すのは容易く存じますが、クレイ王子の方を甘く見てはいけません!彼はかのレノバイン王の再来と言われているほどの黒魔道士ですぞ?ソレーユやトルテッティにも一目置かれ、侵略を企てたサティクルドは裁きの雷を受けその国力を大きく失いました。我々の目論見が明るみに出れば、下手をすればサティクルドの二の舞です!」
「姫を使って上手くハインツ王子の気を変えさせ、王として掲げるのに何の不都合がある。たかが魔道士長の妻として収まるよりも、王妃となる方がずっと良いではないか。それこそクレイ王子には関係がなかろう。案ずることなど何もない…はずだ」
「そうは言っても無視などできるはずもありません!」

アストラスの長男ルドルフは王の血を引いてはいないのだから、嫁ぎさえすればアストラスの王宮内で味方はいくらでも得られるはずだ。
ハインツ王子は世間知らずな上、気弱な性格と聞いているし、姫の強気な性格からいけばまず間違い無くこの計画は上手くいくはずなのだ。
アストラス王とて自分の息子が王位につく方が嬉しいはず。
クレイは現魔道士長ロックウェルと結婚した為跡継ぎができるはずもなく、いずれにせよ姫の子が王位につくのも間違いはないし、収まるところに収まればそれで良いと考えている。

ただ一つ気掛かりがあるとすればそれはクレイの行動だけだった。
クレイは王位には一切興味がなく、王宮自体にも好んでは赴かないらしい。
黒魔道士として好きな仕事を好きな時にする自由人。
けれど一度動けば国一つを動かすと言われている。
滅ぶか栄えるかはその国次第。
現にソレーユは栄え、サティクルドは潰されかけた。
そんなクレイを『刺激さえしなければ無害』と判断したのは王だった。
たとえレノバイン王の再来と言われようと、接点がなければ口出しはしてこないだろうと思っての判断だ。
だから輿入れの話の時もわざわざ彼の話題を出したりはしなかった。
それで上手くいっていたというのに、今更クレイの方からカルトリアに来るとは、一体何が目的なのか…。

「…一先ず様子を見るしかなかろう。こちらから手を出さなければ偵察だけで帰ってくれるかも知れん。兎に角彼の者を刺激しない事だ」
「そうですね……」

本当に何事もなければいいのだがと、マイクは項垂れながらそっと溜息を吐いた。




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