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第一部 アストラス編~王の落胤~
【番外編3】※挨拶
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レイン家に養子を迎える────。
それは当主であるドルトが決めたことだけに、家の中で反対する者はいなかった。
ただ、潜在的に複雑な心境を抱える者がいる────ただそれだけのこと……。
ミュラ=レインはある日夫から、レイン家に養子を迎えることになったと告げられた。
その言葉に跡取りを産んであげられなかったことを申し訳ないと思った。
自分達は仲の良い夫婦ではあったが、とんと子宝には恵まれなかったのだ。
一人でも産んであげられたらレイン家の血脈を繋いでいくことができただろうに……。
それを考えると反対も何も、自分には言う権利などはないと思った。
だから気持ちは塞ぐが笑顔で迎えてあげようと気持ちを切り替え相手について詳しく話を聞くことにした。
「え?魔道士長のロックウェル様ですか?」
けれど夫から飛び出した名は正直驚き以外の何物でもなかった。
彼の事は自分でも知っている。
それこそレイン家と並ぶほどの大貴族グロリアス家の血筋だったはず。
しかもその家柄だけではなく、麗しい容姿もさることながら最年少で魔道士長に就任するなど実力も高く、まさに引く手あまたの押しも押されぬ有名人。
普通に考えてそんな彼がわざわざレイン家の養子になるなど考えられないことだった。
けれど夫の話ではその話はすでに王も認めている決定事項らしい。
「それと…実はロックウェル様だけではなく、もう一人いるんだ」
どうやら養子は二人とのこと。
しかももう一人の方はロックウェルの恋人らしい。
その話を聞いてああなるほどなと少し納得がいった。
もしかしたらそちらが平民の女性で、二人をくっつけるべく協力することにでもなったのだろうと思い至ったからだ。
グロリアス家とレイン家はそれほど親しい間柄ではないため、ロックウェルの身柄をこちらで引き取り婚姻関係を結びやすくしたのだろうと思った。
けれど続く言葉はもっと予想外の言葉で────。
「もう一人はクレイと言うんだが、王の実の息子なんだ」
その言葉に何故か頭が真っ白になるのを感じた。
何がどうと言うのはわからない。
男同士だからと言うことではなく、もっとそれ以外の何かであることは間違いなかった。
そう────『クレイ』と言う名が心に何かを訴えてくるような気がしたのだ。
「ク…レイという名なのですか……」
震える声でなんとかそれだけを口にしたが、夫はこちらを優しい眼差しで見つめるだけで特に気にしてはいないようだった。
「ああ。ロックウェル様は白魔道士。クレイは黒魔道士。二人とも優秀な魔道士だからレイン家で預かって、温かく見守ってあげてほしいと陛下からも頼まれてね。別宅に住むからミュラと顔を合わせることもそうそうないとは思うが、挨拶にだけは来てもらうつもりだからそのつもりでいてほしい」
「そう…ですか」
気付けば膝の上でギュッと手を握りしめ絞り出すように声を出していたように思うが、正直あまり覚えていない。
多分フラフラと自力で部屋へと戻ったのだろうが、なんだか胸が苦しくて仕方がなかった。
「う……」
その日の夜、何故か自分が小さな子供と一緒にいる夢を見た。
顔はおぼろげで…けれどその子を見ると物凄く腹立たしく、けれどやっぱりどこか愛おしくも感じられる────そんな子供だった。
複雑な感情が渦を巻き自分の中で消化しきれず荒れ狂うように心を乱してくる。
だから背を向け冷たい言葉を吐いた。
「こちらへ来ないでちょうだい」
(そんなに縋るような目で私を見ないで……)
貴方を愛せないのは私の所為じゃない。
そんな純粋な目で悲しそうに私を見ないで。
口を開いて悪し様に罵るような言葉を口にしたくはなかった。
それでも縋ってくるから、手を払いのけて辛辣な言葉を紡いだこともある。
「私があの人に愛してもらえないのは貴方のせいよ」
嫌い嫌い嫌い………!
でも…本当は愛してあげたい…。
でも怖い。怖いの…。
その瞳が…。その力が…。
愛してあげられたら良かった。
でも無理なの。
本当はあの人の子供以外、欲しくなんかなかった。
こんな子…生まれてこなければよかった。
そうしたら私は────幸せを掴むことができたのに……。
そうしてハッと目を覚まして飛び起きた。
大量に汗をかいたからか妙に体が重怠い。
そっと枕元の水差しへと手を伸ばし、ゆっくりとグラスへと水を注ぐ。
どうしてあんな悪夢を見たのだろう?
自分は今幸せなはずなのに……。
そう思いながら痛む頭を押さえ水を飲む。
(ああ…きっとあんな話を聞いたからだわ。いっそ挨拶になんて来なければいいのに……)
そう思いながらそっと外へと目を遣って、仄かに光る月をどこか不安げに見つめた────。
***
「挨拶…ですか?それは…」
クレイと婚約し、結婚式の日取りも決まったところでロックウェルはある日ドルトから呼び出されその話を聞かされた。
確かに養子に入ると言うことは決まったことだが、奥方に挨拶と言う考えは失念していた。
これはクレイを説得するのが難しい案件だ。
さてどうしたものか…。
そうして考え込んだところでドルトもまた困ったように口を開いた。
「養子に迎えた後の事後報告でもいいかと思いはしたのですが、やはり諸々を考えて一度くらいはお披露目も兼ねてレイン家に来てもらう必要があるかと……」
「それはそうですが、クレイは騙して連れて行ったとしても絶対に本邸を見た瞬間に逃げ出すと思いますよ?」
「ああ。それがわかりきっているから、ロックウェル様に一肌脱いでもらいたくこうして来て頂いたんですよ」
そしてにっこりと穏やかに笑いながら提案されたのは思いもよらぬものだった。
曰く、挨拶の件は伏せた上で、クレイを弱らせた状態で連れてきてほしいというものだったのだ。
要するに声も出ないほど夜に責め立て連れて来いと────。
「話せずとも、クレイがそこに居てくれるだけで十分意味を成しますので」
「随分ひどいことを仰いますね」
「ふふっ。ロックウェル様?そうでもしなければクレイは絶対に来てくれないでしょう?ロックウェル様にならそれが可能と思うのですがいかがです?」
声を出せないほど弱らせたら魔法も使えないし、体が辛ければ走って逃げることもできない。
「ロックウェル様が抱き上げて連れてきてくだされば何の問題もありませんのでご協力いただけないでしょうか?」
屋敷の者達には既に二人は恋人同士だと話しているから何も気にする必要はないからとドルトはにこやかに言い切った。
兎にも角にもミュラにだけではなく二人の姿をレイン家の者達にお披露目するのが一番の目的らしい。
養子に迎えるのならそれも当然と言えば当然なのかもしれないが……。
(選択の余地すら与えないとは…本当にドルト殿は良い性格をしている)
普通自分の息子を犯し尽くせなどと言う親などいないだろうに……。
つくづく目的の為なら手段は選ばない方だなと思いつつ、この辺りはクレイが気付いていないことだし口にしないでいてやろうと思いながら考えを巡らせる。
確かにその提案通りにしなければクレイは意地でも挨拶になど行こうとしないだろうし、そこで逃げられてはまた元の木阿弥だ。
下手をすれば結婚式の話すら立ち消えてしまうだろう。
それならばこの話に乗るのが一番いいはず……。
「わかりました。そういうことなら協力させていただきます」
「宜しくお願い致します」
こうして挨拶についての簡単な話し合いを行い、前夜となったのだが────。
「クレイ」
「なんだ?」
ソファで寛ぐクレイにそっと口づけながら声を掛け、一応明日の予定を告げてやる。
「明日は朝から一緒に出かけるからそのつもりでいてくれ」
「え?どこに行くんだ?」
当然の質問ではあったが、そんな言葉をそのまま甘く塞ぎ絡め取る。
「王宮の外だ。お前の嫌いな陛下は関係ないから安心しろ」
「う…また喧嘩したって聞いたのか?」
そうして気まずそうにしながら抱きついてくるクレイに官能を引き出すよう深く口づけてやった。
「んっ…はぁ…。結婚式の件でうるさいから、つい言い返しただけで…んんッ…」
「『俺は悪くない』…か?」
そうして言葉を奪ってやるとたちまちバツが悪そうな顔になって、そのまま押し倒してきた。
「なんだ。攻めたい気分になったのか?」
「…ロックウェル。ちゃんと反省するし、もういいだろう?ふざけてないで早く寝よう…」
そうして誤魔化すかのように服を脱がせ始めたので、そっとほくそ笑む。
これは実に都合のいい展開だ。
「まあいい。今日は試したいこともあるしな」
「え?」
「お前もきっと楽しめると思うぞ?」
そう言って妖しく笑ってやると、クレイもどこか期待するように笑った。
「あぁっ!」
寝台の上でクレイが身悶えながら潤む瞳を向けてくる。
「は…はぁぅ…!」
今日は最初から熱棒の根元を魔法で拘束し、後ろを緩々と責め立てている。
「やっ…!ロックウェル…、お願い…。焦らさないで…」
ふるふると首を振りながら熱の燻る瞳で此方を見やり、早く奥まで来て欲しいと訴えかける。
「早く…お願い…ッ」
感じる体位で緩やかに動かれているせいで、物足りなさが増して熱を煽るのだろう。
「ロックウェル…。ね、お願い…。いっぱい虐めて…。奥まで突いて……」
先程からクレイは懇願するように何度も何度もこちらを煽ってくるが、それに易々と乗せられるわけにはいかない。
「ちゃんと虐めてやってるだろう?」
イかせない程度に緩々と可愛がり、我慢の限度をギリギリで見極める。
「ひっ…んぁあっ!ロックウェル…!や、違うッ!もっと強く欲しいのにッ!」
一番欲しい刺激がもらえないとクレイがむせび泣くが、それこそが自分の求めていたタイミングだった。
そこでズルッと抜いてやるとどうしてと言わんばかりにクレイが此方を見つめてくる。
「や…嫌だ!もっと欲しいのに…どうして?!ロックウェル…酷い…!」
そんな風に全身で自分を求めるかのように訴えてくるクレイに最高に唆られる。
「ちゃんと分かっているから…そう怒るな」
そしてそっと玩具を手に取り、いつもはしない体位でゆっくりと奥まで挿入してやった。
「ひっ!いやぁあああっ!」
大体玩具を使う時は正常位若しくはバックだ。
こうして片足を上げさせつつ、寝台に押さえつけるような無理な体位で挿入するなど普段はしない。
「はぁ…クレイ…最高だな」
「ひ…ひあぁ…ッ!」
しかも手にした玩具は奥まで可愛がれるタイプのものだ。
ただでさえこの体位で奥まで突かれるのに弱いクレイが耐えられるわけがない。
焦らされたあとだった事もあり、突然与えられた刺激に既に意識が半分飛んでしまっている。
「さあ、可愛い姿をたっぷり見させてもらおうか」
嬲るように玩具を動かすと、前を戒められているせいでイくにイけず、その場で悲鳴が上がる。
ビクビクと体を震わせドライでよがり狂う様は見ていて壮観だった。
「あひッ!ンアぁあああっ!やっ!も、らめぇッ!ひぃいいいいッ!」
いつもなら回復魔法をかけるところを、そのままかけずに犯しつくす。
「あっ…あぅっ…ひぁあッ…」
そして息も絶え絶えになったところで玩具を抜いてやり、意識を飛ばしているクレイに微笑んだ。
「さあここからは望み通り好きなだけ可愛がってやるからな?」
そうして軽く回復魔法をかけ意識を浮上させてやった後、更に本番だとばかりに奥の奥まで蹂躙してやった。
***
翌朝、クレイは重怠い身体を起こすことができず寝台に突っ伏していた。
「こえ…出な……。辛…。た…すけ…」
しかもひどく啼かされ蹂躙されたせいで、朝目が覚めたら声がほとんど出なくなっていた。
これでは自力で回復魔法すら唱えられない。
「う…ロッ…ウェル…んで…?」
どうして今日に限って回復魔法をかけてくれないのか。
出かけると言っていたはずなのに、これでは動けないではないか。
「すまないな。お前のあまりの痴態に夢中になりすぎた。寝坊したからすぐに出ないといけないし、抱いていってやるから我慢してくれ」
そう言って先に起きて準備をしていたらしいロックウェルに手早く着替えさせられ、本当に言葉通り抱き上げられて急いで部屋を後にする羽目になった。
「うぅ…」
正直恥ずかしすぎて死にそうだ。
どうしてこんな目に合わねばならないのか。
(ロックウェルのドS!)
いくらなんでも酷すぎる。
出掛けるとわかっていてこんな事をしたということは、きっと新手の羞恥プレイに違いない。
絶対に後で文句を言ってやると思いながら、真っ赤な顔でそのまま馬車へと連れていかれたのだが………。
馬車に揺られて連れていかれた先の門前で、思わず呆然となってしまった。
そこは幼い日に過ごしたレイン家の本邸。
「やっ…」
蒼白になって離せとばかりにロックウェルの腕の中でもがくが、しっかりと抱かれていて逃してはもらえない。
しかもそのまま中へと進まれて、使用人達が礼をとる中まるで見せつけるかのように堂々と自分を運んでいく。
その足取りは淀みなく、案内役の使用人に促されるままどこかへと連れていかれる。
(うぅ…死にたい……)
正直先程以上に恥ずかしすぎて憤死しそうだと思った。
もしかしてもしかしなくても、ドルトの前にこのまま連れていかれるのだろうか?
(羞恥プレイにも程がある!)
覚えていろと思いながらも動けないので、クレイはただそのままロックウェルを睨みつけることしかできなかった。
***
「ドルト殿。クレイを連れてきました」
そう言ってロックウェルはクレイを連れドルトの待つ部屋へと入室した。
そこにはドルトの妻であり、クレイの実の母親であるミュラの姿があった。
聞いていた通りクレイによく似た綺麗な女性だ。
けれど線が細く、どこか儚げな印象を受けた。
その姿を見てクレイが腕の中で硬直するのを感じたが、気づかなかったふりをしてそのままそっとソファへと下ろし、クレイが言葉を口にする前に先に挨拶を行った。
「初めまして。ロックウェルと申します。こちらが私の恋人であるクレイ。この度はご無理をきいていただき感謝しております」
そうしてニコリと微笑むとミュラがそっと頬を染めポツリと呟いた。
「あ…初めまして。ドルトの妻、ミュラと申します」
そうして後は養子の挨拶に来た旨を話し、一気にドルトと話を進めてしまう。
これはドルトとも話し合った末に決めた事。
ミュラの目を出来るだけ自分達へと向けさせ、クレイから目を逸らせようと予め打ち合わせていたのだ。
クレイは初めでこそ蒼白になって固まっていたが、どうやら逃げられないと観念したらしく押し黙ってそっぽを向いている。
出来るだけ母親を視界に入れないようにと思っているのだろう。
複雑な胸中もわかるだけに、そこをとやかく言うつもりもない。
そんな中、そっとミュラを見やるとどこか不安げにドルトの袖を掴んでいるのが見えた。
その姿に、もしや記憶は封じられていてもどこかでクレイの事を覚えているのかもしれないなと思った。
そうして今度はふとドルトの方を見やると、どこか微笑ましいものを見るかのようにこちらを見ていることに気がつく。
一体どうしたのだろうと思ってその目線の先を追うと、クレイが自分に気づかれないようにそっと服を摘んでいるのが見えた。
(ふっ……)
それは笑ってはいけないのだろうが、どこかで親子そっくりだと思える行動で、可愛いとしか思えない行動だった。
「クレイ…そんなに可愛いと困ってしまうな」
「ふ…っるなっ!」
どうやらふざけるなと言いたかったらしいが本当に声が出ないようだ。
声を掛けると涙目でこちらを睨み付けてくる。
「おやおや。相変わらず仲の良いことですね。別宅の方は邪魔をするような者も置いていませんし、好きなだけ仲良くしてください」
にこにことドルトから告げられ、クレイが真っ赤になりながら弁明しようとするが、如何せん声が出ないので仕方がない。
しかも体も辛いからかそのままクテッとしながら寄りかかってきた。
その行動はどこまでも可愛いが、その眼差しの方は覚えていろと言わんばかりだ。
これでは少し虐めたくなってしまう。
「クレイは本当に可愛くて…つい毎晩可愛がり過ぎてしまうのです」
そんな言葉に何を言い出すんだとばかりにクレイが目を見開いた。
けれどドルトも全く気にすることなく笑顔で言葉を紡ぐ。
「ええ。私も妻とは仲が良いのでお気持ちはわかるつもりです。ちょっとした眼差しや仕草が可愛いかったりしますよね。私の妻も少し人見知りをするのでこうして不安げにしてしまっていますが、そこもまた可愛くて」
「本当にドルト殿から聞いていた通り可愛い奥方ですね」
そうして互いに惚気あっていると、ミュラはそっと縋るようにドルトへと寄り添った。
「ミュラ?」
「あ…その…申し訳ありません」
その目は本当に傍に居ていいのかと言うように潤んでいて、それに対しドルトは当然だとばかりに優しく頷いた。
そっと肩を抱き寄せる腕は本当に大事にしているんだなとよくわかるもので、それに対してクレイはどこかホッとしたような笑みを浮かべていた。
それを確認して、これなら大丈夫かとそっと回復魔法を唱えてやる。
フワリと光に包まれ癒しを与えてやるとクレイがハッとしたようにこちらを見た。
「ロックウェル…」
「後で回復してやると言っただろう?」
そうしてニコリと微笑むとどこか照れたように『遅い!』と言いながらもそっと身を寄せてくれる。
本当に不器用なところが二人そっくりだ。
「ではドルト殿。養子の件は宜しくお願い致します。奥方も本日はありがとうございました」
そうして笑顔で挨拶を交わし長居は無用とクレイを促そうとしたのだが、クレイは少し困ったような顔をした後、静かにミュラに頭を下げた。
それは決別ではなく……まるで許しのようにも思えて────。
見るとミュラの方もどこか泣きそうな顔になりながらそっと頭を下げていた。
記憶を戻したわけでもないし、二人の間の確執がなくなったわけでもないだろう。
けれど……それはクレイの中で一つの区切りをつけたのだろうなと思わせる出来事だった。
***
ハラハラと紫の花が散る。
踊るように…舞うように…。
それは自分の好きな花――――。
朝露に光るその可憐な花は…どこか罪深く…どこか懐かしく…どこか頼りなげで愛おしいもの。
その花が何故かあの黒魔道士と重なった。
「おかしいですね…。あの人の瞳は碧眼で…髪も黒かったのにどうしてあの花と重ねてしまったのかしら?」
そうして二人が帰った後にポツリと呟くと、夫がそっと寄り添ってゆっくりと頭を撫でてくれた。
そんな優しさに身を委ね、ふと…胸にあった不安がなくなっていることに気が付いた。
あの言い知れぬ不安は何だったのか今となってはわからないけれど…紫の花を見る度に感じていたあの気持ちと近しい何かのような気がした。
きっと忘れてしまった何かなのだろうと漠然と感じられて仕方がなかった。
だからだろうか?あの花を見る度に思っていたその言葉を、何故か今、あの二人に贈りたいと思った。
どうか幸せに────。
自分には与えてやれなかったものを…どうかその手に掴んでほしい。
あの夢がもし忘れてしまった何かなのだとすれば、それはきっと自分の罪なのだ。
そして幸せを願うことこそが、それに対するせめてもの償いになると思うから────。
***
「ロックウェル!一体どういう了見だ!」
クレイはレイン家を出て早々、詰問するために一気に影を渡って部屋へと自分を連れ帰った。
どうやらかなり怒っているようだ。
騙して連れて行ったようなものなのだから然もありなん。
「はぁ…悪かった。でもこれでもう無理に会う必要もなくなったから良しとして欲しい」
ミュラと一度も会わないというのはさすがに無理があっただろう?と水を向けてやると、ウッと詰まって確かにという答えが返ってきた。
まかり間違って結婚式の時に初対面となり、パニックでも起こされてはたまったものではない。
こうして一度顔合わせを済ませておけば、結婚式の方は王宮行事として行うからとドルトも言いやすくなるし、そう言うことならとミュラも引き下がりやすいだろう。
そうつらつらと説明してやるとクレイもやっと納得できたようだった。
「……すまない」
「いや。お前の複雑な心境もわかるし、ドルト殿も気にされていた。二人でどうするのが一番お前に負担にならないかと話し合って、こうさせてもらった」
クレイはそんな言葉にそうかと頷きそうになったが、そこでふと首を傾げた。
「ん?と言うことは昨夜のあれはこれを狙って二人で仕組んだことだったのか?!」
そこに思い至られて違うとは言えなかったが、これを機に色々開発したかった気持ちの方が大きかったのも確かなのでそちらを前面に押しやってみた。
「いや?実は前から体位を変えて玩具でお前を可愛がってやりたいと思ってたんだ。ただここ最近お前のうっかりがなりを潜めてお仕置きタイムが取れなかったからな。悪いが昨日の陛下との件を利用させてもらって勝手にお仕置きさせてもらった。今日のはただのその結果に過ぎない」
そうしてにっこり笑ってやると案の定クレイが叫びをあげた。
「このドS!いくらなんでも酷過ぎるだろう?!」
「私は可愛いお前を堪能できたし、お前も最高にイキまくっていたし、気持ち良く楽しめただろう?」
「楽しくない!結局ドライでばっかりイカされて、最悪だった!」
そう言いながら涙目で訴えてくるクレイは罠にかかったと気付いていないのだろうか?
「そうだな。昨日はドライだけだったし悪かった。今日は意地悪せずにもっと可愛がってやるから許してくれ」
「う…まあわかってくれたなら別に…んっ……」
本当にこの男はどこまでうっかりなのだろう?
(もう親公認だし、場所を問わず好きなだけ可愛がれるのは本当にありがたいことだが……)
「クレイ…今日も二人で楽しもうな」
こうして罠にかかった蝶を今日もまた可愛がる。
愛しいクレイに幸せを与えられるのは他の誰でもない。自分だけなのだから────。
それは当主であるドルトが決めたことだけに、家の中で反対する者はいなかった。
ただ、潜在的に複雑な心境を抱える者がいる────ただそれだけのこと……。
ミュラ=レインはある日夫から、レイン家に養子を迎えることになったと告げられた。
その言葉に跡取りを産んであげられなかったことを申し訳ないと思った。
自分達は仲の良い夫婦ではあったが、とんと子宝には恵まれなかったのだ。
一人でも産んであげられたらレイン家の血脈を繋いでいくことができただろうに……。
それを考えると反対も何も、自分には言う権利などはないと思った。
だから気持ちは塞ぐが笑顔で迎えてあげようと気持ちを切り替え相手について詳しく話を聞くことにした。
「え?魔道士長のロックウェル様ですか?」
けれど夫から飛び出した名は正直驚き以外の何物でもなかった。
彼の事は自分でも知っている。
それこそレイン家と並ぶほどの大貴族グロリアス家の血筋だったはず。
しかもその家柄だけではなく、麗しい容姿もさることながら最年少で魔道士長に就任するなど実力も高く、まさに引く手あまたの押しも押されぬ有名人。
普通に考えてそんな彼がわざわざレイン家の養子になるなど考えられないことだった。
けれど夫の話ではその話はすでに王も認めている決定事項らしい。
「それと…実はロックウェル様だけではなく、もう一人いるんだ」
どうやら養子は二人とのこと。
しかももう一人の方はロックウェルの恋人らしい。
その話を聞いてああなるほどなと少し納得がいった。
もしかしたらそちらが平民の女性で、二人をくっつけるべく協力することにでもなったのだろうと思い至ったからだ。
グロリアス家とレイン家はそれほど親しい間柄ではないため、ロックウェルの身柄をこちらで引き取り婚姻関係を結びやすくしたのだろうと思った。
けれど続く言葉はもっと予想外の言葉で────。
「もう一人はクレイと言うんだが、王の実の息子なんだ」
その言葉に何故か頭が真っ白になるのを感じた。
何がどうと言うのはわからない。
男同士だからと言うことではなく、もっとそれ以外の何かであることは間違いなかった。
そう────『クレイ』と言う名が心に何かを訴えてくるような気がしたのだ。
「ク…レイという名なのですか……」
震える声でなんとかそれだけを口にしたが、夫はこちらを優しい眼差しで見つめるだけで特に気にしてはいないようだった。
「ああ。ロックウェル様は白魔道士。クレイは黒魔道士。二人とも優秀な魔道士だからレイン家で預かって、温かく見守ってあげてほしいと陛下からも頼まれてね。別宅に住むからミュラと顔を合わせることもそうそうないとは思うが、挨拶にだけは来てもらうつもりだからそのつもりでいてほしい」
「そう…ですか」
気付けば膝の上でギュッと手を握りしめ絞り出すように声を出していたように思うが、正直あまり覚えていない。
多分フラフラと自力で部屋へと戻ったのだろうが、なんだか胸が苦しくて仕方がなかった。
「う……」
その日の夜、何故か自分が小さな子供と一緒にいる夢を見た。
顔はおぼろげで…けれどその子を見ると物凄く腹立たしく、けれどやっぱりどこか愛おしくも感じられる────そんな子供だった。
複雑な感情が渦を巻き自分の中で消化しきれず荒れ狂うように心を乱してくる。
だから背を向け冷たい言葉を吐いた。
「こちらへ来ないでちょうだい」
(そんなに縋るような目で私を見ないで……)
貴方を愛せないのは私の所為じゃない。
そんな純粋な目で悲しそうに私を見ないで。
口を開いて悪し様に罵るような言葉を口にしたくはなかった。
それでも縋ってくるから、手を払いのけて辛辣な言葉を紡いだこともある。
「私があの人に愛してもらえないのは貴方のせいよ」
嫌い嫌い嫌い………!
でも…本当は愛してあげたい…。
でも怖い。怖いの…。
その瞳が…。その力が…。
愛してあげられたら良かった。
でも無理なの。
本当はあの人の子供以外、欲しくなんかなかった。
こんな子…生まれてこなければよかった。
そうしたら私は────幸せを掴むことができたのに……。
そうしてハッと目を覚まして飛び起きた。
大量に汗をかいたからか妙に体が重怠い。
そっと枕元の水差しへと手を伸ばし、ゆっくりとグラスへと水を注ぐ。
どうしてあんな悪夢を見たのだろう?
自分は今幸せなはずなのに……。
そう思いながら痛む頭を押さえ水を飲む。
(ああ…きっとあんな話を聞いたからだわ。いっそ挨拶になんて来なければいいのに……)
そう思いながらそっと外へと目を遣って、仄かに光る月をどこか不安げに見つめた────。
***
「挨拶…ですか?それは…」
クレイと婚約し、結婚式の日取りも決まったところでロックウェルはある日ドルトから呼び出されその話を聞かされた。
確かに養子に入ると言うことは決まったことだが、奥方に挨拶と言う考えは失念していた。
これはクレイを説得するのが難しい案件だ。
さてどうしたものか…。
そうして考え込んだところでドルトもまた困ったように口を開いた。
「養子に迎えた後の事後報告でもいいかと思いはしたのですが、やはり諸々を考えて一度くらいはお披露目も兼ねてレイン家に来てもらう必要があるかと……」
「それはそうですが、クレイは騙して連れて行ったとしても絶対に本邸を見た瞬間に逃げ出すと思いますよ?」
「ああ。それがわかりきっているから、ロックウェル様に一肌脱いでもらいたくこうして来て頂いたんですよ」
そしてにっこりと穏やかに笑いながら提案されたのは思いもよらぬものだった。
曰く、挨拶の件は伏せた上で、クレイを弱らせた状態で連れてきてほしいというものだったのだ。
要するに声も出ないほど夜に責め立て連れて来いと────。
「話せずとも、クレイがそこに居てくれるだけで十分意味を成しますので」
「随分ひどいことを仰いますね」
「ふふっ。ロックウェル様?そうでもしなければクレイは絶対に来てくれないでしょう?ロックウェル様にならそれが可能と思うのですがいかがです?」
声を出せないほど弱らせたら魔法も使えないし、体が辛ければ走って逃げることもできない。
「ロックウェル様が抱き上げて連れてきてくだされば何の問題もありませんのでご協力いただけないでしょうか?」
屋敷の者達には既に二人は恋人同士だと話しているから何も気にする必要はないからとドルトはにこやかに言い切った。
兎にも角にもミュラにだけではなく二人の姿をレイン家の者達にお披露目するのが一番の目的らしい。
養子に迎えるのならそれも当然と言えば当然なのかもしれないが……。
(選択の余地すら与えないとは…本当にドルト殿は良い性格をしている)
普通自分の息子を犯し尽くせなどと言う親などいないだろうに……。
つくづく目的の為なら手段は選ばない方だなと思いつつ、この辺りはクレイが気付いていないことだし口にしないでいてやろうと思いながら考えを巡らせる。
確かにその提案通りにしなければクレイは意地でも挨拶になど行こうとしないだろうし、そこで逃げられてはまた元の木阿弥だ。
下手をすれば結婚式の話すら立ち消えてしまうだろう。
それならばこの話に乗るのが一番いいはず……。
「わかりました。そういうことなら協力させていただきます」
「宜しくお願い致します」
こうして挨拶についての簡単な話し合いを行い、前夜となったのだが────。
「クレイ」
「なんだ?」
ソファで寛ぐクレイにそっと口づけながら声を掛け、一応明日の予定を告げてやる。
「明日は朝から一緒に出かけるからそのつもりでいてくれ」
「え?どこに行くんだ?」
当然の質問ではあったが、そんな言葉をそのまま甘く塞ぎ絡め取る。
「王宮の外だ。お前の嫌いな陛下は関係ないから安心しろ」
「う…また喧嘩したって聞いたのか?」
そうして気まずそうにしながら抱きついてくるクレイに官能を引き出すよう深く口づけてやった。
「んっ…はぁ…。結婚式の件でうるさいから、つい言い返しただけで…んんッ…」
「『俺は悪くない』…か?」
そうして言葉を奪ってやるとたちまちバツが悪そうな顔になって、そのまま押し倒してきた。
「なんだ。攻めたい気分になったのか?」
「…ロックウェル。ちゃんと反省するし、もういいだろう?ふざけてないで早く寝よう…」
そうして誤魔化すかのように服を脱がせ始めたので、そっとほくそ笑む。
これは実に都合のいい展開だ。
「まあいい。今日は試したいこともあるしな」
「え?」
「お前もきっと楽しめると思うぞ?」
そう言って妖しく笑ってやると、クレイもどこか期待するように笑った。
「あぁっ!」
寝台の上でクレイが身悶えながら潤む瞳を向けてくる。
「は…はぁぅ…!」
今日は最初から熱棒の根元を魔法で拘束し、後ろを緩々と責め立てている。
「やっ…!ロックウェル…、お願い…。焦らさないで…」
ふるふると首を振りながら熱の燻る瞳で此方を見やり、早く奥まで来て欲しいと訴えかける。
「早く…お願い…ッ」
感じる体位で緩やかに動かれているせいで、物足りなさが増して熱を煽るのだろう。
「ロックウェル…。ね、お願い…。いっぱい虐めて…。奥まで突いて……」
先程からクレイは懇願するように何度も何度もこちらを煽ってくるが、それに易々と乗せられるわけにはいかない。
「ちゃんと虐めてやってるだろう?」
イかせない程度に緩々と可愛がり、我慢の限度をギリギリで見極める。
「ひっ…んぁあっ!ロックウェル…!や、違うッ!もっと強く欲しいのにッ!」
一番欲しい刺激がもらえないとクレイがむせび泣くが、それこそが自分の求めていたタイミングだった。
そこでズルッと抜いてやるとどうしてと言わんばかりにクレイが此方を見つめてくる。
「や…嫌だ!もっと欲しいのに…どうして?!ロックウェル…酷い…!」
そんな風に全身で自分を求めるかのように訴えてくるクレイに最高に唆られる。
「ちゃんと分かっているから…そう怒るな」
そしてそっと玩具を手に取り、いつもはしない体位でゆっくりと奥まで挿入してやった。
「ひっ!いやぁあああっ!」
大体玩具を使う時は正常位若しくはバックだ。
こうして片足を上げさせつつ、寝台に押さえつけるような無理な体位で挿入するなど普段はしない。
「はぁ…クレイ…最高だな」
「ひ…ひあぁ…ッ!」
しかも手にした玩具は奥まで可愛がれるタイプのものだ。
ただでさえこの体位で奥まで突かれるのに弱いクレイが耐えられるわけがない。
焦らされたあとだった事もあり、突然与えられた刺激に既に意識が半分飛んでしまっている。
「さあ、可愛い姿をたっぷり見させてもらおうか」
嬲るように玩具を動かすと、前を戒められているせいでイくにイけず、その場で悲鳴が上がる。
ビクビクと体を震わせドライでよがり狂う様は見ていて壮観だった。
「あひッ!ンアぁあああっ!やっ!も、らめぇッ!ひぃいいいいッ!」
いつもなら回復魔法をかけるところを、そのままかけずに犯しつくす。
「あっ…あぅっ…ひぁあッ…」
そして息も絶え絶えになったところで玩具を抜いてやり、意識を飛ばしているクレイに微笑んだ。
「さあここからは望み通り好きなだけ可愛がってやるからな?」
そうして軽く回復魔法をかけ意識を浮上させてやった後、更に本番だとばかりに奥の奥まで蹂躙してやった。
***
翌朝、クレイは重怠い身体を起こすことができず寝台に突っ伏していた。
「こえ…出な……。辛…。た…すけ…」
しかもひどく啼かされ蹂躙されたせいで、朝目が覚めたら声がほとんど出なくなっていた。
これでは自力で回復魔法すら唱えられない。
「う…ロッ…ウェル…んで…?」
どうして今日に限って回復魔法をかけてくれないのか。
出かけると言っていたはずなのに、これでは動けないではないか。
「すまないな。お前のあまりの痴態に夢中になりすぎた。寝坊したからすぐに出ないといけないし、抱いていってやるから我慢してくれ」
そう言って先に起きて準備をしていたらしいロックウェルに手早く着替えさせられ、本当に言葉通り抱き上げられて急いで部屋を後にする羽目になった。
「うぅ…」
正直恥ずかしすぎて死にそうだ。
どうしてこんな目に合わねばならないのか。
(ロックウェルのドS!)
いくらなんでも酷すぎる。
出掛けるとわかっていてこんな事をしたということは、きっと新手の羞恥プレイに違いない。
絶対に後で文句を言ってやると思いながら、真っ赤な顔でそのまま馬車へと連れていかれたのだが………。
馬車に揺られて連れていかれた先の門前で、思わず呆然となってしまった。
そこは幼い日に過ごしたレイン家の本邸。
「やっ…」
蒼白になって離せとばかりにロックウェルの腕の中でもがくが、しっかりと抱かれていて逃してはもらえない。
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その足取りは淀みなく、案内役の使用人に促されるままどこかへと連れていかれる。
(うぅ…死にたい……)
正直先程以上に恥ずかしすぎて憤死しそうだと思った。
もしかしてもしかしなくても、ドルトの前にこのまま連れていかれるのだろうか?
(羞恥プレイにも程がある!)
覚えていろと思いながらも動けないので、クレイはただそのままロックウェルを睨みつけることしかできなかった。
***
「ドルト殿。クレイを連れてきました」
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そうして今度はふとドルトの方を見やると、どこか微笑ましいものを見るかのようにこちらを見ていることに気がつく。
一体どうしたのだろうと思ってその目線の先を追うと、クレイが自分に気づかれないようにそっと服を摘んでいるのが見えた。
(ふっ……)
それは笑ってはいけないのだろうが、どこかで親子そっくりだと思える行動で、可愛いとしか思えない行動だった。
「クレイ…そんなに可愛いと困ってしまうな」
「ふ…っるなっ!」
どうやらふざけるなと言いたかったらしいが本当に声が出ないようだ。
声を掛けると涙目でこちらを睨み付けてくる。
「おやおや。相変わらず仲の良いことですね。別宅の方は邪魔をするような者も置いていませんし、好きなだけ仲良くしてください」
にこにことドルトから告げられ、クレイが真っ赤になりながら弁明しようとするが、如何せん声が出ないので仕方がない。
しかも体も辛いからかそのままクテッとしながら寄りかかってきた。
その行動はどこまでも可愛いが、その眼差しの方は覚えていろと言わんばかりだ。
これでは少し虐めたくなってしまう。
「クレイは本当に可愛くて…つい毎晩可愛がり過ぎてしまうのです」
そんな言葉に何を言い出すんだとばかりにクレイが目を見開いた。
けれどドルトも全く気にすることなく笑顔で言葉を紡ぐ。
「ええ。私も妻とは仲が良いのでお気持ちはわかるつもりです。ちょっとした眼差しや仕草が可愛いかったりしますよね。私の妻も少し人見知りをするのでこうして不安げにしてしまっていますが、そこもまた可愛くて」
「本当にドルト殿から聞いていた通り可愛い奥方ですね」
そうして互いに惚気あっていると、ミュラはそっと縋るようにドルトへと寄り添った。
「ミュラ?」
「あ…その…申し訳ありません」
その目は本当に傍に居ていいのかと言うように潤んでいて、それに対しドルトは当然だとばかりに優しく頷いた。
そっと肩を抱き寄せる腕は本当に大事にしているんだなとよくわかるもので、それに対してクレイはどこかホッとしたような笑みを浮かべていた。
それを確認して、これなら大丈夫かとそっと回復魔法を唱えてやる。
フワリと光に包まれ癒しを与えてやるとクレイがハッとしたようにこちらを見た。
「ロックウェル…」
「後で回復してやると言っただろう?」
そうしてニコリと微笑むとどこか照れたように『遅い!』と言いながらもそっと身を寄せてくれる。
本当に不器用なところが二人そっくりだ。
「ではドルト殿。養子の件は宜しくお願い致します。奥方も本日はありがとうございました」
そうして笑顔で挨拶を交わし長居は無用とクレイを促そうとしたのだが、クレイは少し困ったような顔をした後、静かにミュラに頭を下げた。
それは決別ではなく……まるで許しのようにも思えて────。
見るとミュラの方もどこか泣きそうな顔になりながらそっと頭を下げていた。
記憶を戻したわけでもないし、二人の間の確執がなくなったわけでもないだろう。
けれど……それはクレイの中で一つの区切りをつけたのだろうなと思わせる出来事だった。
***
ハラハラと紫の花が散る。
踊るように…舞うように…。
それは自分の好きな花――――。
朝露に光るその可憐な花は…どこか罪深く…どこか懐かしく…どこか頼りなげで愛おしいもの。
その花が何故かあの黒魔道士と重なった。
「おかしいですね…。あの人の瞳は碧眼で…髪も黒かったのにどうしてあの花と重ねてしまったのかしら?」
そうして二人が帰った後にポツリと呟くと、夫がそっと寄り添ってゆっくりと頭を撫でてくれた。
そんな優しさに身を委ね、ふと…胸にあった不安がなくなっていることに気が付いた。
あの言い知れぬ不安は何だったのか今となってはわからないけれど…紫の花を見る度に感じていたあの気持ちと近しい何かのような気がした。
きっと忘れてしまった何かなのだろうと漠然と感じられて仕方がなかった。
だからだろうか?あの花を見る度に思っていたその言葉を、何故か今、あの二人に贈りたいと思った。
どうか幸せに────。
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あの夢がもし忘れてしまった何かなのだとすれば、それはきっと自分の罪なのだ。
そして幸せを願うことこそが、それに対するせめてもの償いになると思うから────。
***
「ロックウェル!一体どういう了見だ!」
クレイはレイン家を出て早々、詰問するために一気に影を渡って部屋へと自分を連れ帰った。
どうやらかなり怒っているようだ。
騙して連れて行ったようなものなのだから然もありなん。
「はぁ…悪かった。でもこれでもう無理に会う必要もなくなったから良しとして欲しい」
ミュラと一度も会わないというのはさすがに無理があっただろう?と水を向けてやると、ウッと詰まって確かにという答えが返ってきた。
まかり間違って結婚式の時に初対面となり、パニックでも起こされてはたまったものではない。
こうして一度顔合わせを済ませておけば、結婚式の方は王宮行事として行うからとドルトも言いやすくなるし、そう言うことならとミュラも引き下がりやすいだろう。
そうつらつらと説明してやるとクレイもやっと納得できたようだった。
「……すまない」
「いや。お前の複雑な心境もわかるし、ドルト殿も気にされていた。二人でどうするのが一番お前に負担にならないかと話し合って、こうさせてもらった」
クレイはそんな言葉にそうかと頷きそうになったが、そこでふと首を傾げた。
「ん?と言うことは昨夜のあれはこれを狙って二人で仕組んだことだったのか?!」
そこに思い至られて違うとは言えなかったが、これを機に色々開発したかった気持ちの方が大きかったのも確かなのでそちらを前面に押しやってみた。
「いや?実は前から体位を変えて玩具でお前を可愛がってやりたいと思ってたんだ。ただここ最近お前のうっかりがなりを潜めてお仕置きタイムが取れなかったからな。悪いが昨日の陛下との件を利用させてもらって勝手にお仕置きさせてもらった。今日のはただのその結果に過ぎない」
そうしてにっこり笑ってやると案の定クレイが叫びをあげた。
「このドS!いくらなんでも酷過ぎるだろう?!」
「私は可愛いお前を堪能できたし、お前も最高にイキまくっていたし、気持ち良く楽しめただろう?」
「楽しくない!結局ドライでばっかりイカされて、最悪だった!」
そう言いながら涙目で訴えてくるクレイは罠にかかったと気付いていないのだろうか?
「そうだな。昨日はドライだけだったし悪かった。今日は意地悪せずにもっと可愛がってやるから許してくれ」
「う…まあわかってくれたなら別に…んっ……」
本当にこの男はどこまでうっかりなのだろう?
(もう親公認だし、場所を問わず好きなだけ可愛がれるのは本当にありがたいことだが……)
「クレイ…今日も二人で楽しもうな」
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愛しいクレイに幸せを与えられるのは他の誰でもない。自分だけなのだから────。
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