黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第一部 アストラス編~王の落胤~

65.接触

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リーネが仕事をしていると、その一報が耳へと飛び込んできた。

「すぐに救援を!」

ロックウェルの執務室から出てきた者が、シリィの馬車列が横転して多数の怪我人が出たと情報を持ってきたのだ。
どうやら自分の眷属が足止めに成功したらしいのだが、少し遣り過ぎてしまったようで大騒ぎになってしまった。

【リーネ様。申し訳ございません】
「…いいわ。それで?シリィは?」
【はい。大怪我をしていたところをクレイという者が助けて、そのままロックウェル様の元へと運んだようです】

影を渡ったので自分も追うようにその足でここまで戻ったのだと言ってくる。

「そう」

それならばクレイは今ここに居ると言うことだ。

(願ったり叶ったりね)

ちょうど接触したいと思っていた矢先の事だけに思わずほくそ笑んでしまう。

「よくやったわ。退室の気配を感じたら教えて頂戴」
【かしこまりました】

そう言って眷属はそっとロックウェルの執務室の方へと向かった。


***


クレイが執務室を出て回廊を歩いていると、そこへロイドが突然現れる。
「クレイ!」
「ロイド?どうした?」
まさかアストラスの王宮内に姿を現すとは思っても見なかったので思わず尋ねると、シリィの件で使い魔が知らせに来たそうだ。

「私もお前にああ言った手前、シリィが無事に帰るのを確認したくてな」

そうしたら山中で馬車が横転したと聞き、ライアードに話を通してすぐにここまで来たのだと言う。
「それで?大丈夫なのか?」
「ああ。俺が回復魔法を使ってここまで運んだし、ロックウェルも回復魔法を使ってくれたから大丈夫だ」
「そうか」
その答えにロイドもホッと息を吐く。

するとそこへ割り込むように女の声が掛けられた。
「お話し中ごめんなさい?シリィを助けてくれたのは貴方かしら?」
そこにはいつか見た黒魔道士の女が立っている。
「そうだが?」
クレイが答えるとその女は思わせぶりにクスリと笑った。
「私はロックウェル様の部下、リーネ。私の眷属が帰りを心配してシリィを迎えに行ってくれたのだけど、どうも馬を驚かせてしまったみたいで…。シリィを助けてくれて本当にどうもありがとう」
どうやら自分の仕業だと言うのは隠す気がないらしい。
あくまでも事故だと言ってくるリーネに、クレイはフッと笑う。

(実に黒魔道士らしい奴だな)

「いや。幸い命に別状もなかったしな。それよりもそんなことを言うためだけに俺に接触してきたのか?」
「ふふっ…察しのいい男は好きよ?」
そう言いながらそっとクレイの傍までやってきて、ついっと引き寄せ軽く口づけを交わしてくる。
「単刀直入に言うわ。私の…男になってくれないかしら?」
そうやって艶やかに誘ってくるリーネにクレイは面白そうに笑った。
「何故だ?」
「魔力をてっとり早く上げたいからよ」
その答えにクレイは満足げに笑う。
「残念だが…そんな簡単に落ちる気はない。俺を手に入れたいなら落としてみるんだな」
その答えはリーネには予想通りだったようで、楽しげに言葉を紡いできた。
「いいわよ?私の本気を見せてあげるわ」
そんな二人のやり取りが行われているところで、ロイドがそっと腕の中へとクレイを囲い込む。

「クレイ…ロックウェルにばれたら怒られるんじゃないのか?」
「遊びくらい大目に見てくれるだろう?」
「…では私とも遊んでくれ」
「お前とはいつでも魔力交流していいと言っているだろうに」
「ははっ…そうだったな」

嬉しそうに笑い、ロイドが挑戦的にリーネへと視線を向ける。

「クレイの魔力交流は最高だが…さて、お前にクレイを手に入れることはできるかな?」
「……やってみせるわ」

ロイドの言葉にリーネは察するものがあったのだろう。
自分もやってみせると言わんばかりに楽しげに受けて立った。
そうやって三人で火花を散らしていると、そこへロックウェルがやってくる。


***


「クレイ?この状況はなんだ?」
そこにはリーネと対峙するクレイの姿と、何故か後ろからクレイに抱きつくロイドの姿があり、一体どういう状況なのかさっぱりわからなかった。
けれど取りあえずここは一分一秒でも早くロイドからクレイを引き離したいところだ。
ツカツカとクレイの元まで向かいバリッと二人を引きはがすと、そのまま背に庇うように自分の背後へと隠した。
「リーネ…。何を思ってクレイに絡んでいたのかは知らないが、お前は仕事に戻れ」
「……かしこまりました」
一応そう言って自分へと礼を執ってくるが、顔を上げるとクレイの方に視線を向けて、軽く手を振りながら意味深に笑い、言葉を掛けていく。

「今日は邪魔が入ったけれど、これからちょくちょく誘惑に行くわ」
「そうか。楽しみにしている」
「…?!」

そんな二人に驚きを隠せない。
それを見遣ってロイドもそのまま楽しげに身を翻す。

「クレイ。また面白い魔法を思いついたから今度一緒に試そう。応用もききそうだから、お前も気に入るはずだ」
「ああ。いいな」
「また連絡する」

そう言って鮮やかに去っていくロイドをクレイは楽しげな笑みで見送った。

そんな姿に更に嫉妬の炎が煽られる。
一体黒魔道士達とどういう交友をしているのか…。
イラッとしながらクレイを見つめると、クレイはただの遊びの約束だろうと返してくるからたまらない。

「これくらいの事で嫉妬されると身が持たないんだが?」

「…………」
それは確かにそうかもしれない。
いちいち嫉妬に身を焦がしていてはこちらも身が持たない気がする。
「わかった」
こんな恋人を持ってしまったのが仕方がないのだとある程度割り切って、妥協点を探そうと思い直した。

「浮気だけは許さないからな」

念のため釘を刺しておくが、さてどれだけ効果があるものか…。
「わかっている」
そう言ったクレイの表情からは何もくみ取れなかった。

接触が増えればいくらでもリーネを追い込むすべはある────。

クレイがそう考えているのにも気づかぬまま、ロックウェルは深いため息を吐いたのだった。


***


リーネは大人しく下がった後、クレイについて考えていた。
彼はとても黒魔道士らしい考え方の持ち主の様で、実に落とし甲斐があると思った。
落とせるものなら落としてみろと言ってくる姿はまさに自分好みだ。
あの場にいた黒魔道士も同じようで、クレイに夢中だと言うのがとても伝わってきた。
あの男も魔力交流は成功しているようだったが、見る限りクレイの恋人という感じではなさそうだった。
となると、自分にも十分可能性はある。

(ああ…なんて楽しいのかしら)

黒魔道士同士のこういった駆け引きは楽しくて仕方がない。
白魔道士には絶対にわかってもらえないだろうなと思いながら、先程のロックウェルの姿を思い返す。
潔癖なまでにクレイを自分達から引き離したロックウェル。
彼はきっと黒魔道士の事を全く分かってはいないのだろう。
黒魔道士とは保守的な白魔道士とは大きく違い、楽しく自由な生き方を好むというのに────。

「これを楽しめるのが黒魔道士なのに…ね」

クスクスと笑いながらリーネは思う。

どうやって落とすか────そこを考えるのがまた面白いのに…ね。

「さて、クレイとの楽しいゲームの始まりよ」



こうして黒魔道士同士の楽しい遊びは幕を開けたのだった。



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