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【シャイナー陛下の婚礼】
176.従兄弟の結婚式⑧ Side.アルフレッド&ユーツヴァルト
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監視付ではあったものの、俺はシャイナー陛下の話を聞いた後ユーツヴァルトの泊っている宿へと急いだ。
あの話がもし本当だったなら、きっとユーツヴァルトは逃げようとするはず。
そう思ったから一応覚悟も決めて足を運んだのだけど────。
「アルフレッド?どうしたんだ?」
顔を見せたユーツヴァルトはいつも通り変わった様子はなくて、ただただ不思議そうに俺を見てきた。
その姿にやはりこの件にユーツヴァルトは関わっていないのではないかと思い、ホッと息を吐く。
「いや。ちょっと聞きたいことがあったんだけど、ちょっといいか?」
「ああ。別に構わないが?」
そう言って歩きながら話そうと言って外に連れ出した。
流石に監視の者達まで部屋に入れてくれとは言い難かったからだ。
(何から話そう…?)
当然だけど、いきなり『ロキ陛下を暗殺しようとしたのか?』とは聞きにくい。
冗談めかして言ったとしてもだ。
だから俺は昨日リヒターが言ってきたことを最初に言ってみることにした。
何もなければきっと笑い飛ばしてくれるはず。
「それで?聞きたいことって?」
「あ、いや。聞きたいことの前に、先に伝言から言ってもいいか?」
「伝言?」
「ああ。昨日ロキ陛下の護衛騎士からお前に伝言を頼まれてさ」
「ロキ陛下の……」
「そう。リヒターって言うんだけど、あいつロキ陛下を溺愛しててすっごく過保護なんだよ」
「へえ?」
「でさ。そんなあいつがお前に『ロキ陛下の健康は自分達が管理するから一切口出し無用と伝えてほしい』って言ってきたんだよ」
「ふぅん…?なるほど?」
その言葉にユーツヴァルトは何とも言えない表情を浮かべた。
まるで気に入らないと言わんばかりのその表情になんだか嫌な予感が込み上げてくる。
「他には?何か言っていたか?」
「他?他はえぇと…」
(なんて言ってたっけ?)
「そうそう!ロキ陛下の幸せはカリン陛下のところにしかないから、おかしなちょっかいをかけてくるな的なことを言ってたかな?」
「おかしなちょっかい …?」
「お前、何か誤解されるような事でもやらかしたのか?斬り捨てられたくなかったら大人しくしてろみたいに言われてたぞ?」
『お前が横恋慕を疑われるなんて、笑えるよな~』と茶化して言ったけど、それを聞いたユーツヴァルトは一気に不機嫌そうな顔になった。
「…ふざけたことを」
「……ユーツヴァルト?」
「いや。何でもない。それより今日はロキ陛下に会ったか?」
「ロキ陛下?いいや。昨日はパーティーで疲れたみたいで別れ際具合も悪そうだったから、まだ寝てるんじゃないか?」
バクバクと弾む鼓動を必死に抑えながら何も知らない風を装って、敢えてそう口にしてみる。
すると何故か凄く嬉しそうな顔になって『そうか』と言った。
「どんな風だった?」
「え?」
「昨夜のロキ陛下の様子だ」
「あ…ああ。顔色も悪かったし、息が苦しいのか胸を押さえて辛そうな顔をしてた…かな?」
「そうか」
百歩譲って医者としてロキ陛下の様子を聞いたのかもしれない。
でもそれならどうしてこんなに嬉しそうなんだ?
「あの人は頑張り過ぎだから、ゆっくり休ませてやりたいな」
言葉だけ聞けば心からの労りに満ちていると言っても良かったかもしれない。
それくらい自然な医者としての言葉だった。
でも嬉しそうな態度が全てを台無しにしてしまっている。
「ああ。でも…予定では今日ガヴァムに帰るはずだし、そろそろ起きてるんじゃないか?」
「それはないだろう。きっと幸せな最期を迎えられたはずだ」
そしてとうとうユーツヴァルトはその決定的な言葉を口にしてしまった。
「……え?」
聞き間違いであればどれだけ良かっただろう?
「最後に大好きな閨も楽しめただろうし、笑顔で幸せに逝けたと思う。手を尽くした甲斐があった」
その表情は心底嬉しそうで、まるでロキ陛下の死が嬉しいようにしか見えなくて、俺は真っ青になってしまった。
信じたくない。
だってずっと友人だと思ってたんだ。
戦場では何度も助けてもらったし、医者として奮闘していた姿も覚えている。
命の大切さを誰より知っているはずなのに、こんな事やらかすなんて思いもしなかった。
だから嘘だと言って欲しくて、自分を叱咤し言葉を紡いだ。
「……ユーツヴァルト」
「どうした?アルフレッド」
「まさかとは思うけど……ロキ陛下を嫌って殺そうなんて、してないよな?」
「ロキ陛下を嫌って?まさか」
そう言ってユーツヴァルトが笑う。
「俺は医者として、好意からロキ陛下に安らかな死という幸せを与えてやりたかっただけだ。それが叶って嬉しい」
その言葉に俺は戦慄した。
ユーツヴァルトは悪意を持ってロキ陛下を殺そうとしたわけではないのだ。
あくまでも医者としてロキ陛下を楽にしてやりたかっただけ。
けれどそれはただの自己満足でしかない。
だってロキ陛下はカリン陛下と一緒にいて幸せそうだったんだ。
最初に会った頃と比べて今はだいぶまともになってきてて、それはカリン陛下やリヒター達が幸せにしてきたからだと俺は知っている。
なのにそれを壊してまで勝手に死を与えようとするなんて────。
ガッ!!
気づけば俺は思い切りユーツヴァルトを殴りつけていた。
ドサッと地に倒れこんだユーツヴァルトは訳が分からないと言わんばかりの眼差しで俺を見上げてくる。
「アルフレッド…?」
「……俺、お前がそんなこと考えてるなんて思ってもみなかった!」
ロキ陛下がユーツヴァルトに何かしたから報復したと言うならまだ理解ができた。
でもこれは違う。
俺にはとても理解できない理屈だった。
「ロキ陛下のことか?あの人は可哀想な人だった。壊れ切っていて治しようがなかったんだ。仕方がないだろう?」
「何が仕方がないだ!!ふざけるな!!」
激昂する俺をユーツヴァルトが困ったように見てくる。
「アルフレッド。お前にはわからないかもしれないが、人には人それぞれの幸せがあるんだ」
「そんなことわかってる!」
「それなら…これがせめてもの慈悲だと思えないか?」
「……ロキ陛下は幸せだった」
「アルフレッド?」
「カリン陛下の隣でいつだって幸せそうにしてた。ちょっと困った人だけど、それでもちゃんと自分なりに幸せを掴んでたんだ!」
それを勝手に壊そうとするその神経が信じられない。
「人それぞれの幸せがあるとわかっていて、どうしてそれを壊そうとするんだよ?!」
「アルフレッド。落ち着け。きっとロキ陛下は俺に感謝している」
「何でそう言い切れるんだ?!」
「壊れた人にとっての幸せは死しかないからだ」
「そんなことない!」
「はぁ…。アルフレッド。感情的になりすぎだ。いつかお前にもわかる日が来る。これはちっぽけな幸せなんて霞むほどの幸福な死だったのだと」
全く悪びれる様子のないユーツヴァルトを見て、俺は初めてリヒターがあんな顔で警告してきた理由が分かった気がする。
確かに俺だって姫をこんな理不尽な理由で害されようとしたら、殺してでも止めてやると思ったことだろう。
それを全く分かっていなかった自分が不甲斐なさすぎる。
「ユーツヴァルト。残念だ」
俺はそう言うや否や素早くユーツヴァルトの背後を取り、後ろ手に拘束して手刀を落とし意識を刈り取った。
「身柄はシャイナー陛下に預ける」
「かしこまりました」
監視でついてきていたアンシャンテの騎士達に身柄を引き渡し、俺は痛む胸を抱え、泣きそうになりながらセドの元へと戻ったのだった。
***
【Side.ユーツヴァルト】
目を覚ますとそこは牢の中だった。
恐らくロキ陛下殺害容疑で身柄を拘束されたのだろう。
けれど証拠などどこにもないし、実行犯の者とは然程接点はない。
言い逃れなどいくらでもできる。
つい熱くなってアルフレッドにああ言ったのは少々失敗だったかもしれないが、ロキ陛下の幸せのために貢献できたことが嬉しくて仕方がなかった。
長年ずっと心の中でどうにかしたいと思い続けてきた事だけに、達成感が強く出てしまったのかもしれない。
アルフレッドは真っ直ぐな奴だから今回の件を聞いて怒ることは想定内だったが、まさか殴られるとまでは思っていなかった。
きっと絶交覚悟で殴ったんだろう。
暫くは近づかない方が良さそうだ。
友情にひびが入ったのは残念だが、俺は医師として正しいことをしたのだ。
いつか分かってもらえる日は来るだろう。
「それよりも…」
ロキ陛下をちゃんと眠らせてあげられたことが何よりも嬉しかった。
媚薬の効きはよかったはずだから、きっと幸せな腹上死を迎えられただろうと思う。
「ロンギスも【ハーピーの口づけ】までは考慮していなかったようで良かった」
媚薬効果が高い遅効性の致死毒。
今回侍女を四人ほど使って仕掛けたのが功を奏して本当に良かった。
そんなことを考えながら満足感に浸っていると、こちらへと近づいてくる足音が聞こえてきた。
コツンコツン…コツンコツン。
そうして目の前で止まった相手を見上げると────。
「……セドリック王子」
そこにはアルフレッドの夫であるセドリック王子の姿があった。
「ユーツヴァルト。久しぶりだな」
「ああ。本当に」
何の用だろうと思いながらそう返すと、セドリック王子はクッと笑ってこちらを嘲笑するような眼差しで見遣り、あり得ないことを口にしてきた。
「なんだ。ロキを殺すのに失敗したのに存外落ち込んでいないな?もう二度とチャンスなどないというのに…」
「なっ?!」
それはどういうことだと思わず牢の鉄格子にしがみつき、話を聞き出そうとする。
「まさか死んでいないのか?!」
「聞いていなかったのか?ロキは生き残ったぞ?」
それを聞いて俺は怒りに腸が煮えくり返るかと思った。
「絶対に死へと誘ってあげられたと思ったのに…!」
「残念だったな。死を迎えるのはロキではなくお前の方だ」
「ハッ…!そんな訳があるか!」
「頭のおかしい治る見込みのない奴は死を与えてやる。それがお前の流儀だったな?」
「そうだ!」
「ククッ。ではお前はその筆頭だ。潔く死ね」
「…は?」
「まあ実際に手を下すのはシャイナーだがな。あいつが失敗したら俺がこの手で殺してやろう。なに、大丈夫だ。確実にあの世に送ってやる。二度とアルフレッドを泣かせないためにな」
それだけを言うとセドリック王子はその場から離れていった。
「……そんな馬鹿な…」
言われた言葉が頭の中でグルグル回る。
けれど一番ショックだったのはロキ陛下に幸せな死を与えてやれなかったことだ。
(悔しい、悔しい、悔しい…!)
ロンギスの毒耐性薬のせいかと腹立たしさが込み上げてくる。
俺の医者としての自尊心を傷つけられて憤りを抑えることができない。
(絶対にここを出てやる…!)
そして次こそは確実にロキ陛下に安らかな死を与えてやりたい。
そう決意して、俺は密かに靴の中に仕込んでいたメスを取り出し脱獄を試みた。
眠っているふりをして食事を持ってきた牢番を切り殺し、そのまま牢の外へと逃走したのだ。
恐らく武器の類を持っていないからと油断したのだろう。
万が一に備えて靴にまで刃物を仕込むのは別に珍しいことではないというのに。
そうしてすれ違う者達の頸動脈を次々切り裂いてあっという間に城から脱出してやった。
大義を果たすための尊い犠牲だ。
許してほしい。
後はこの国まで乗って来たワイバーンに飛び乗って空へと飛び立てば逃げ切れる。
(ロキ陛下。この次こそは必ず…!)
空へと飛び立ちながら俺はその思いを強く強く抱いたのだった。
あの話がもし本当だったなら、きっとユーツヴァルトは逃げようとするはず。
そう思ったから一応覚悟も決めて足を運んだのだけど────。
「アルフレッド?どうしたんだ?」
顔を見せたユーツヴァルトはいつも通り変わった様子はなくて、ただただ不思議そうに俺を見てきた。
その姿にやはりこの件にユーツヴァルトは関わっていないのではないかと思い、ホッと息を吐く。
「いや。ちょっと聞きたいことがあったんだけど、ちょっといいか?」
「ああ。別に構わないが?」
そう言って歩きながら話そうと言って外に連れ出した。
流石に監視の者達まで部屋に入れてくれとは言い難かったからだ。
(何から話そう…?)
当然だけど、いきなり『ロキ陛下を暗殺しようとしたのか?』とは聞きにくい。
冗談めかして言ったとしてもだ。
だから俺は昨日リヒターが言ってきたことを最初に言ってみることにした。
何もなければきっと笑い飛ばしてくれるはず。
「それで?聞きたいことって?」
「あ、いや。聞きたいことの前に、先に伝言から言ってもいいか?」
「伝言?」
「ああ。昨日ロキ陛下の護衛騎士からお前に伝言を頼まれてさ」
「ロキ陛下の……」
「そう。リヒターって言うんだけど、あいつロキ陛下を溺愛しててすっごく過保護なんだよ」
「へえ?」
「でさ。そんなあいつがお前に『ロキ陛下の健康は自分達が管理するから一切口出し無用と伝えてほしい』って言ってきたんだよ」
「ふぅん…?なるほど?」
その言葉にユーツヴァルトは何とも言えない表情を浮かべた。
まるで気に入らないと言わんばかりのその表情になんだか嫌な予感が込み上げてくる。
「他には?何か言っていたか?」
「他?他はえぇと…」
(なんて言ってたっけ?)
「そうそう!ロキ陛下の幸せはカリン陛下のところにしかないから、おかしなちょっかいをかけてくるな的なことを言ってたかな?」
「おかしなちょっかい …?」
「お前、何か誤解されるような事でもやらかしたのか?斬り捨てられたくなかったら大人しくしてろみたいに言われてたぞ?」
『お前が横恋慕を疑われるなんて、笑えるよな~』と茶化して言ったけど、それを聞いたユーツヴァルトは一気に不機嫌そうな顔になった。
「…ふざけたことを」
「……ユーツヴァルト?」
「いや。何でもない。それより今日はロキ陛下に会ったか?」
「ロキ陛下?いいや。昨日はパーティーで疲れたみたいで別れ際具合も悪そうだったから、まだ寝てるんじゃないか?」
バクバクと弾む鼓動を必死に抑えながら何も知らない風を装って、敢えてそう口にしてみる。
すると何故か凄く嬉しそうな顔になって『そうか』と言った。
「どんな風だった?」
「え?」
「昨夜のロキ陛下の様子だ」
「あ…ああ。顔色も悪かったし、息が苦しいのか胸を押さえて辛そうな顔をしてた…かな?」
「そうか」
百歩譲って医者としてロキ陛下の様子を聞いたのかもしれない。
でもそれならどうしてこんなに嬉しそうなんだ?
「あの人は頑張り過ぎだから、ゆっくり休ませてやりたいな」
言葉だけ聞けば心からの労りに満ちていると言っても良かったかもしれない。
それくらい自然な医者としての言葉だった。
でも嬉しそうな態度が全てを台無しにしてしまっている。
「ああ。でも…予定では今日ガヴァムに帰るはずだし、そろそろ起きてるんじゃないか?」
「それはないだろう。きっと幸せな最期を迎えられたはずだ」
そしてとうとうユーツヴァルトはその決定的な言葉を口にしてしまった。
「……え?」
聞き間違いであればどれだけ良かっただろう?
「最後に大好きな閨も楽しめただろうし、笑顔で幸せに逝けたと思う。手を尽くした甲斐があった」
その表情は心底嬉しそうで、まるでロキ陛下の死が嬉しいようにしか見えなくて、俺は真っ青になってしまった。
信じたくない。
だってずっと友人だと思ってたんだ。
戦場では何度も助けてもらったし、医者として奮闘していた姿も覚えている。
命の大切さを誰より知っているはずなのに、こんな事やらかすなんて思いもしなかった。
だから嘘だと言って欲しくて、自分を叱咤し言葉を紡いだ。
「……ユーツヴァルト」
「どうした?アルフレッド」
「まさかとは思うけど……ロキ陛下を嫌って殺そうなんて、してないよな?」
「ロキ陛下を嫌って?まさか」
そう言ってユーツヴァルトが笑う。
「俺は医者として、好意からロキ陛下に安らかな死という幸せを与えてやりたかっただけだ。それが叶って嬉しい」
その言葉に俺は戦慄した。
ユーツヴァルトは悪意を持ってロキ陛下を殺そうとしたわけではないのだ。
あくまでも医者としてロキ陛下を楽にしてやりたかっただけ。
けれどそれはただの自己満足でしかない。
だってロキ陛下はカリン陛下と一緒にいて幸せそうだったんだ。
最初に会った頃と比べて今はだいぶまともになってきてて、それはカリン陛下やリヒター達が幸せにしてきたからだと俺は知っている。
なのにそれを壊してまで勝手に死を与えようとするなんて────。
ガッ!!
気づけば俺は思い切りユーツヴァルトを殴りつけていた。
ドサッと地に倒れこんだユーツヴァルトは訳が分からないと言わんばかりの眼差しで俺を見上げてくる。
「アルフレッド…?」
「……俺、お前がそんなこと考えてるなんて思ってもみなかった!」
ロキ陛下がユーツヴァルトに何かしたから報復したと言うならまだ理解ができた。
でもこれは違う。
俺にはとても理解できない理屈だった。
「ロキ陛下のことか?あの人は可哀想な人だった。壊れ切っていて治しようがなかったんだ。仕方がないだろう?」
「何が仕方がないだ!!ふざけるな!!」
激昂する俺をユーツヴァルトが困ったように見てくる。
「アルフレッド。お前にはわからないかもしれないが、人には人それぞれの幸せがあるんだ」
「そんなことわかってる!」
「それなら…これがせめてもの慈悲だと思えないか?」
「……ロキ陛下は幸せだった」
「アルフレッド?」
「カリン陛下の隣でいつだって幸せそうにしてた。ちょっと困った人だけど、それでもちゃんと自分なりに幸せを掴んでたんだ!」
それを勝手に壊そうとするその神経が信じられない。
「人それぞれの幸せがあるとわかっていて、どうしてそれを壊そうとするんだよ?!」
「アルフレッド。落ち着け。きっとロキ陛下は俺に感謝している」
「何でそう言い切れるんだ?!」
「壊れた人にとっての幸せは死しかないからだ」
「そんなことない!」
「はぁ…。アルフレッド。感情的になりすぎだ。いつかお前にもわかる日が来る。これはちっぽけな幸せなんて霞むほどの幸福な死だったのだと」
全く悪びれる様子のないユーツヴァルトを見て、俺は初めてリヒターがあんな顔で警告してきた理由が分かった気がする。
確かに俺だって姫をこんな理不尽な理由で害されようとしたら、殺してでも止めてやると思ったことだろう。
それを全く分かっていなかった自分が不甲斐なさすぎる。
「ユーツヴァルト。残念だ」
俺はそう言うや否や素早くユーツヴァルトの背後を取り、後ろ手に拘束して手刀を落とし意識を刈り取った。
「身柄はシャイナー陛下に預ける」
「かしこまりました」
監視でついてきていたアンシャンテの騎士達に身柄を引き渡し、俺は痛む胸を抱え、泣きそうになりながらセドの元へと戻ったのだった。
***
【Side.ユーツヴァルト】
目を覚ますとそこは牢の中だった。
恐らくロキ陛下殺害容疑で身柄を拘束されたのだろう。
けれど証拠などどこにもないし、実行犯の者とは然程接点はない。
言い逃れなどいくらでもできる。
つい熱くなってアルフレッドにああ言ったのは少々失敗だったかもしれないが、ロキ陛下の幸せのために貢献できたことが嬉しくて仕方がなかった。
長年ずっと心の中でどうにかしたいと思い続けてきた事だけに、達成感が強く出てしまったのかもしれない。
アルフレッドは真っ直ぐな奴だから今回の件を聞いて怒ることは想定内だったが、まさか殴られるとまでは思っていなかった。
きっと絶交覚悟で殴ったんだろう。
暫くは近づかない方が良さそうだ。
友情にひびが入ったのは残念だが、俺は医師として正しいことをしたのだ。
いつか分かってもらえる日は来るだろう。
「それよりも…」
ロキ陛下をちゃんと眠らせてあげられたことが何よりも嬉しかった。
媚薬の効きはよかったはずだから、きっと幸せな腹上死を迎えられただろうと思う。
「ロンギスも【ハーピーの口づけ】までは考慮していなかったようで良かった」
媚薬効果が高い遅効性の致死毒。
今回侍女を四人ほど使って仕掛けたのが功を奏して本当に良かった。
そんなことを考えながら満足感に浸っていると、こちらへと近づいてくる足音が聞こえてきた。
コツンコツン…コツンコツン。
そうして目の前で止まった相手を見上げると────。
「……セドリック王子」
そこにはアルフレッドの夫であるセドリック王子の姿があった。
「ユーツヴァルト。久しぶりだな」
「ああ。本当に」
何の用だろうと思いながらそう返すと、セドリック王子はクッと笑ってこちらを嘲笑するような眼差しで見遣り、あり得ないことを口にしてきた。
「なんだ。ロキを殺すのに失敗したのに存外落ち込んでいないな?もう二度とチャンスなどないというのに…」
「なっ?!」
それはどういうことだと思わず牢の鉄格子にしがみつき、話を聞き出そうとする。
「まさか死んでいないのか?!」
「聞いていなかったのか?ロキは生き残ったぞ?」
それを聞いて俺は怒りに腸が煮えくり返るかと思った。
「絶対に死へと誘ってあげられたと思ったのに…!」
「残念だったな。死を迎えるのはロキではなくお前の方だ」
「ハッ…!そんな訳があるか!」
「頭のおかしい治る見込みのない奴は死を与えてやる。それがお前の流儀だったな?」
「そうだ!」
「ククッ。ではお前はその筆頭だ。潔く死ね」
「…は?」
「まあ実際に手を下すのはシャイナーだがな。あいつが失敗したら俺がこの手で殺してやろう。なに、大丈夫だ。確実にあの世に送ってやる。二度とアルフレッドを泣かせないためにな」
それだけを言うとセドリック王子はその場から離れていった。
「……そんな馬鹿な…」
言われた言葉が頭の中でグルグル回る。
けれど一番ショックだったのはロキ陛下に幸せな死を与えてやれなかったことだ。
(悔しい、悔しい、悔しい…!)
ロンギスの毒耐性薬のせいかと腹立たしさが込み上げてくる。
俺の医者としての自尊心を傷つけられて憤りを抑えることができない。
(絶対にここを出てやる…!)
そして次こそは確実にロキ陛下に安らかな死を与えてやりたい。
そう決意して、俺は密かに靴の中に仕込んでいたメスを取り出し脱獄を試みた。
眠っているふりをして食事を持ってきた牢番を切り殺し、そのまま牢の外へと逃走したのだ。
恐らく武器の類を持っていないからと油断したのだろう。
万が一に備えて靴にまで刃物を仕込むのは別に珍しいことではないというのに。
そうしてすれ違う者達の頸動脈を次々切り裂いてあっという間に城から脱出してやった。
大義を果たすための尊い犠牲だ。
許してほしい。
後はこの国まで乗って来たワイバーンに飛び乗って空へと飛び立てば逃げ切れる。
(ロキ陛下。この次こそは必ず…!)
空へと飛び立ちながら俺はその思いを強く強く抱いたのだった。
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※皆様いつもありがとうございます♪この度スピンオフ作品をアップしましたので、ご興味のある方はそちらも宜しくお願いしますm(_ _)m『王子の本命~ガヴァム王国の王子達~』https://www.alphapolis.co.jp/novel/91408108/52430498
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