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【続編】

88:まさかここで実現するなんて

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私に魔力を送り込んだ後。
アズレークと私はしっかり抱き合い、そのまま二人して眠りに落ちた。

召使いの女性に起こされた時は、すっかり夜になっていた。
少し遅い夕食を出され、その後はアズレークも私も寝間着に着替え、再び二人でベッドに潜り込んだ。

魔力は休息――眠ることで回復する。

アズレークは帰還に備え、しっかり魔力を回復させたいと思っていたようだ。私もアズレークに頼らず、自力で可能な限り魔力を回復させたいと思っていた。だから、今はとにかく寝る必要があった。

アズレークに抱きしめられていると、安心できた。眠ろうと努力しなくてもリラックスでき、すぐに眠ることが出来る。おかげで次に目が覚めたのは……翌朝だった。

「パトリシア、おはよう」
「おはようございます、アズレーク」

朝の挨拶をして、おはようのキスをする。
それがマルティネス家の屋敷ではなく、ロレンソの屋敷の部屋で実現するなんて。
マルティネス家の屋敷でも。
アズレークと一緒に眠ることはあった。
でもアズレークは私が寝ている間に起きて王宮へ向かってしまうので。
こんな風に朝の挨拶をすることはできなかった。
そこで気づいてしまう。

「アズレーク、私の救出のために、仕事は……」
「気にしなくていい。パトリシア」
「でも……」

アズレークは穏やかに微笑み、私の頭にぽんぽんと優しく触れる。

「番(つがい)を取り戻す――そう国王陛下に伝えたら、『今すぐ取り戻してこい』と言われたから。問題ない」

国王陛下はそう言うが……。
きっと仕事がまた溜まってしまう。
せっかく早く帰れる日も増えたのに。
また激務になってしまうのではないか。

「パトリシア。王太子が、私の仕事の一部を引き取ってくれた。それに三人ほど補佐をつけてくれることになった。これまでのような激務に戻ることはない。安心していい」

「そうなのですね!」

思わず笑顔になった私を、アズレークは優しく抱き寄せる。
そしてキスをしたまさにその瞬間。
扉をノックする音が聞こえる。

「おはようございます、お嬢様、アズレーク様。身支度のお手伝いに来ました」

召使いの女性が部屋に入ってきた。



ロレンソのこの屋敷に滞在してから。
用意される衣装は白ばかりだった。
アズレークは上から下まで白の衣装に着替えるのかと思ったら……。

いつも通りの黒騎士の装いだった。
聞くと真っ白な衣装が用意されていたが、着る気がしなかった。だから魔法で用意されていた衣装の色を黒に変えた。白騎士になったアズレークを見てみたかった気がする反面、見慣れた黒騎士姿に安心できるのは間違いなく。これで良かったのかなと思うことにした。

一方の私は。
もう朝食の後は帰還すると、ロレンソは考えていたのだろう。
この屋敷に連れ去られた時に着ていたドレスが、綺麗に洗濯された上で、用意されていた。ただそれでは寒いだろうという配慮から、真っ白で毛の飾りがついたボレロも一緒に準備されている。

着替えを終えると。

朝食は、ロレンソと三人で、初めて案内されるダイニングルームでとることになった。案内されたその部屋はとても広く、20人掛けの巨大なテーブルが置かれている。ここにそんなに沢山の客人が招かれることがあるのかと思いつつ、アズレークと二人着席した。

アズレークは。
昨晩、ロレンソが私に何をしたのかと聞いていた。
おへの下にある逆鱗に触れたことを知った時には、それこそ瞳の色が変わるぐらい怒っていたが。今朝は普通にロレンソと会話をしている。治癒に対する御礼、泊めてくれたこと、食事を出してくれたことへの御礼だ。

「わたしのせいで二人には多大な迷惑をかけてしまい、本当に申し訳なく思っています」

白騎士姿のロレンソは、深々と頭を下げた後、提案する。

「お詫びに、マルティネス家の屋敷までお二人を送りたいと思うのですが」

「ロレンソ、それは必要ない。君が魔法でできることだ。私ができないはずがない。パトリシアと二人で帰らせていただく」

すると。

「……アズレーク、あなたはたった一晩で、すべての魔力を回復させたのですか?」

その問いにアズレークが頷くと、ロレンソが驚愕している。
ブラックドラゴンは回復力が速いと教えてもらっていたが……。それをもってしても速過ぎる回復だったようだ。

「さすが始祖のブラックドラゴンですね。わたしはまだ完全回復できていません。あと数日、屋敷(ここ)で休息したら、街へ戻りますよ。やり残していることが沢山ありますから」

「余計な心配になるが、君はグレイシャー帝国の第二皇太子なのに、ガレシア王国町医者なんてやっていていいのか?」

アズレークの問いに、ロレンソは美しい笑みを浮かべて答える。

「皇太子に何かない限り、わたしに用はないですよ。それにご存知の通り、グレイシャー帝国はあと3人皇子がいますから。何よりわたしの母親は皇帝の……父親の愛人。他の兄弟から煙たがられています。この屋敷にいるより、国外にいる方が安心されますし、余計な詮索もされないで済みますから」

街のレストランで食事をした時。
ロレンソは、兄弟が多く折り合いが悪いと言っていたが……。
それはこういうことだったのか。
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