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【続編】

6:自制できない

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「例え魔術師レオナルドの姿でも。パトリシアの隠蔽魔法ぐらい看破できる。逆鱗を隠そうとしているとすぐに分かった。なぜそんなことをする? 間違いない。パトリシアが宮殿(ここ)に向かっていると。サプライズで私に会いに来たのだと」

ドアに手をついたアズレークは。
私の耳元でそう囁いたのだが。
その距離の近さ。
耳にかかる息。
息の温かさを感じ、もう全身が熱くてたまらない。
間違いなく逆鱗が反応している。

「魔法の練習はどうした、パトリシア?」

耳に心地よいはずのテノールの声は。
今はただ私の思考を乱すだけだ。
アズレークに抱きつきたくなる衝動をなんとか抑え込み、声を絞り出す。

「サンドイッチやマフィンを用意する前に、練習はしたのですが……。魔力が足りなくなってしまうので……」

その瞬間。
ぐいっと腰を抱き寄せられた。

「そうか。では魔力を送ろう」
「……!」

アズレークの手が顎を持ち上げる。
今朝思い出した通り、その整った顔が近づいてきた。
もう心臓は信じられない速度で鼓動している。

……!?

驚きで思わず目を開けてしまった。
いつも魔力を送りこまれる時。
唇が触れることはなかった。
でも今は……。

アズレークの唇は、私の唇に重なっている。
あの血色がよく、形のいい唇が私の唇に……。

口の中、喉の奥に、魔力の熱い塊を感じるが。
それ以上に私の神経は唇に集中していた。
唇から伝わるアズレークの体温、柔らかさ、潤いに身も心も溶けてしまいそうだった。

ゆっくりとアズレークの唇が離れると同時に、私の体からは力が抜け、その胸へと倒れこむようになってしまう。アズレークは私を受け止め、ゆっくり腕に力を込めて抱きしめる。

「……すまない、パトリシア。こんな形で君とキスをするつもりはなかったのだが……。自制がきかなくなってしまった」

アズレークとは。
実はまだキスをしたことがなかった。
お互いを番(つがい)であると認識し、強く求めあう気持ちがあったのだが。忙しい日々を送ると分かっていたので、落ち着くまではとキスは勿論、手をつなぐこともなかった。

キスはドラマチックな場面でしたいと願う気持ちは……ないわけではない。
でも、今の魔力を送りこまれながらのキスは……。
とんでもない濃密なキスだったと思う。
客観的に見たら、唇と唇がただ重なっているだけだ。
でも魔力の熱の塊がもたらす体の反応。
キスがもたらす体の反応。
そして逆鱗までが反応していたので、とんでもない感覚が全身を巡っていた。

こんなキスだったら。
シチュエーションは関係ない。
アズレークとのファーストキスは間違いなく、忘れられないものになったと思う。
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