花衣ー皇国の皇姫ー

AQUA☆STAR

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再思編

第36.5話 深層心理

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 私が立っていたのは、青々とした草が風になびく平原。青空には白い雲、その二つの風景に美しい色を添える桜の巨木が一本、堂々とそびえ立っている。

「もう少しだけ、あなたと会うのは後になるかと思っていたわ」

 その桜の木の幹に寄り添うように立っていたのは、一人の着物姿の女性。
 私はその顔を見た瞬間、呆然とその場に立ちすくんでしまう。

"あれは、私…?"

 そう、目の前に立つ人物は、煌びやかな服装や栗色の髪といった色こそ違えど、顔は私と瓜二つ。

 疑問が浮かび上がる。

 そこにいるのは、一体誰なのだろうか。その疑問に答えるかのように、私と瓜二つの女性が口を開いた。

「ここはあなたの深層心理、そして私の名はカミコ、またの名を大御神という」
「大御神!?」

 私の目の前にいるのは、私と瓜二つの容姿をした大御神だというのだ。明風神社に祀られ、全ての大御神の祖とも云える存在。そんな存在が、目の前にいるのだ。信じようにも、信じられなかった。

「信じられないでしょうね」
「信用できるわけないでしょう。あなた、一体何者よ。まさか、大御神の名を語る禍ツ神かしら?」
「あんなのと一緒にしないでほしいわ。私は正真正銘の大御神。あなたは無事に妖鬼を倒せたようね。どうだった、本気の力は。まぁ、精神力が足りなかったからここに引きずり込まれて来たわけだけど」

 カミコはそう言うと、私の側へと歩み寄ってくる。

「どうやら、その鉄扇と刀は大切に使ってくれているのね」

 そう言いながら、カミコが私の鉄扇と刀に触れると、その二つが美しく光を放ち放ち始めた。

「では、話しましょうかしら。私とあなた、大御神のカミコとその血を引く生まれ変わりの瑞穂之命、二人の秘め事について」


 カミコと名乗った人物は、落ち着いた話し方だった。

 最初に、私が自分の血を引く末裔であり、自分の生まれ変わりそのものであることを告げてきた。私の持っている鉄扇は、本来は葦原村の村長に代々受け継がれるものではなく、大御神の生まれ変わりに託されるものだという。桜吹雪と名付けられた刀も同じだ。

「これから話すことは全て嘘偽りのない誠の話。あなたと、そして大切な仲間たちについてよ」

 真実を知ることに少し恐ろしさも感じたが、迷いはなかった。

「良いわ、話して…」

 カミコは私に、信じられない事実を次々と明かにしていった。
 私には父親がおらず、大神の奇跡によって身篭られた子だという。今振り返れば、お母様はそのことについて話してはくれなかった。私は自分の父親を早くに亡くしてこの世にいないものだとして考えていた。

 大御神は人の身体に宿り、新たな容姿を得るために人へと転生したということだ。

「あなたの従者御剣は、人ではなく神器という特別な存在なの。姿形は人のそれであるが、実際には私が作り出した神器であり、剣は三つの神器のうちひとつ。生まれてから今日に至るまで、主であるあなたを守る存在」
「御剣が、人ではない…」
「そして、あなたを支える明風神社の斎ノ巫女。彼女たち白雪は、私が最初に現世に現界したときに出会った初代斎ノ巫女から今に至るまで、私の生まれ変わり、そして依り代を代々護り続けてきた巫女の一族よ」

 御剣と千代。私と二人は、出会うべくして出会った運命の関係にあった。
 三種の神器、剣、勾玉、鏡。このうち一つの剣である御剣。そして、白雪の名のもとに私を守護する運命を握らされた千代。

「そして、あなたは私自身。つまり、あなたは大御神であり、私の生まれ変わりそのものなの」

 時間を要しはしたが、何とか現実を理解し受け入れることができた。

「じゃあ、私からカミコ、あなたに質問よ。あなたはなぜここにいるの」

 そう、私がカミコ、否、大御神の生まれ変わりであるのに、どうして私の意識とカミコの精神が混在しているのか。この身体が自らの生まれ変わりであるなら、自らが支配するべきではないのだろうか。

「できないの。私や大神は、もう人の姿として現世に現界することができないから」
「なぜ?」
「私がまだ、現世に人の姿として現界していたころ。大和朝廷に与した大神と、私に付き従った大神との間で、大戦があったわ」
「禍ツ大和大戦のことね」

 私はお祖母様に教わった歴史の中で、過去に大神が争った戦いを思い出す。

「えぇ、戦は私たちが勝利したけど、その勝利で得たものはなく、信仰や信義が失われ、人の心までもが淀むようになったの。そこで、私たちは人の身を捨て、黄泉の国で本来の姿をして過ごすことになったの。信仰も薄れ、力を出せない上に世に混乱を生み出す私たちは、自ら黄泉の国に閉じこもるしかなかったわ」
「じゃあ、大神は現世に存在しないってこと?」
「そうね。人の身に憑依したり、人がその精神に大神を堕とさない限り、私たちという存在は現世に現れることはないわ」

 大神を堕とすとは、例えるなら武を極め武の大神に憑かれた武神の泰縁や、大神の力を纏った菖蒲のことをいう。

「カミコ、前に明風神社の本殿の地下に行った時、感じたのはあなたの記憶?」
「もしかして、眠りについた時の記憶かしら。懐かしいわ、あれからもう何百年もの長い年月が経っているのね…」
「あの時、あなたに話しかけて来た巫女って」
「あの子は、白雪舞花。私に仕えた最初の斎ノ巫女で、あなたに仕えている白雪千代の御先祖様になるわ」
「そう…」

 最後に私は、聞いておかなければならないことをカミコに問うた。

「私は、これからどうなるの。私の運命は?」
「それは私にも分からない。でも、たった一つだけ言えることがあるわ」

 カミコは私の頬に両手を添えて、優しく包んでくる。

「いずれ、世はあなたの力を必要とする刻がくる。今は、その刻に備えなさい」

 すると、視界が再びぼやけ始め、白く変化していく。意識が朦朧とする中、桜の木から花びら散る様子が私の見た最後の風景だった。

「大丈夫よ。あなたならきっと、上手くやれるわ」
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