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再思編
第36話 古賀奪還戦(参)
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千羅城
宇軍による攻撃を受けていた千羅城は、山の中腹という天然の防壁と、見上げるほど高い城壁に守られており、難攻不落の城として半世紀の間、緋ノ国を北の侵略から守っていた。その結果は50戦無敗、まさに最強という字がふさわしい城であった。
そう、この日までは。
「観音寺将軍、敵、後退していきます」
観音寺が物見櫓から見たのは、生木を燃やして燻した煙に乗じ、城壁の前から撤退していく宇軍兵士の姿だった。
やがて、絶え間なく上がり続ける煙によって、城壁から北は一面白い煙に包まれ視界が遮られてしまう。それまで、城壁の上から絶え間なく矢を降らせていた皇国兵は、敵からの攻撃が収まったのと同時に、士官の指示に従って攻撃を中断した。
「くそ、何も見えん」
「やつら、後退したのか…?」
「警戒を怠るな。斥候を城壁の下に派遣し、直接確認に向かわせろ」
「承知しました」
縄を使い、城壁を降りた5人で形成される幾つかの分隊が、武器を構えつつ視界の全くない煙の中へと入っていく。
「気を付けろ、どこから敵が来るか分からん…」
「なぁ、これなんの音だ?」
「あ?」
煙の中を進んでいると、何かを叩く様な頭に響く音と、一定間隔で振動が感じられる。
やがて、その振動が大きくなります、自らの身体までもが揺れ始めた時、彼らの目の前に巨大な何かが突如として姿を現した。
「な、何だこれは!?」
それは見上げるほど高く、車輪が備え付けられた櫓であった。突然現れた移動式の櫓、いわゆる攻城櫓の移動に巻き込まれ、斥候たちは轢き殺されてしまう。運良く避けられたとしても、その攻城櫓の周囲に控えていた宇軍兵士が斬り殺してしまう。
そして、その宇軍兵士は先ほどまで逃げ惑う様に戦っていた兵士と違い、統一された甲冑に身を包み、士官の命令に忠実に従う甲兵だった。
「攻城櫓だ!」
「まさか、やつらこれを移動させるために!?」
「1台じゃねぇ、見た限り3台もあるぞ!」
かつて、宋帝国が6国に分かれて戦いを繰り広げていた時代、高く積み上げられた城壁を突破するために造り出された攻城兵器。
千羅城に向けて移動させていた攻城櫓が前線に移動するまでの間、宇都見国は正規軍の損失を抑えるために剣奴を大量に出兵させた。
剣奴とは、元は宇都見国よりもさらに北東に位置する国々の捕虜たちである。彼らは過去の戦で宇都見国に敗北を喫し、家族を人質にとられ使い捨ての捨て駒となった。
その剣奴を指揮するのは、宇都見国正規軍の下士官数人のみ。このことから、人数に比例した指揮を執ることができず、皇国側から見れば統率が全く取れていないように見えたのだ。
大量の牛と奴隷によって動かされる攻城櫓は、城壁から撃ち出される矢を物ともせず、千羅城の城壁の前でゆっくりと停車した。
「で、でかい、なんてでかさだ」
「し、しかし、いくらでかくてもこれでは…」
千羅城の近くに停車した攻城櫓は、城壁の上まで届いていなかった。その事実が発覚した瞬間、城壁にいた皇国兵は安堵の表情に包まれ、やがて眼下の宇兵に対して罵声を浴びせた。
「へへ、そんな高さじゃ届かねえぞ!」
「千羅城を舐めるな宇都見国の馬鹿ども!」
しかし、対する宇兵たちは何も言い返さず、ただその様子を見てほくそ笑んでいた。
城壁に沿えられた攻城櫓を見て、観音寺の副将である千鳥はあることに気がついた。
「真ん中が割れている?」
通常、攻城櫓はその高さを利用し、頂上の櫓に兵を載せて移動させる。城壁にたどり着けば、中の階段を利用して地上の兵士が城壁に殺到するという仕組みだ。
しかし、その攻城櫓には兵士を乗せる櫓がない。寧ろ、櫓のある場所が両側に割れて実用性のない不格好な形となっている。
「よぉし、橋をかけてやれ!」
「!?」
煙の中から次に現れたのは、木で作られた巨大な一枚板。その先には縄がくくりつけられ、屈強な奴隷たちによって板は攻城櫓の割れ目にはめ込まれ、城壁の上にまで引き伸ばされる。
勢いよく引き伸ばされた板の先が城壁の上に立っていた皇国兵たちを吹き飛ばす。吹き飛ばされた城壁の兵士たちは落下して絶命する。
「な、な…」
「攻城櫓にこんな使い方があるのか…」
そして、地上側の板は杭で地面に打ち込まれて固定される。その様子はまるで、
「ひ、火矢を放て!」
城壁から板に火矢が放たれ、矢が板に刺さる。しかし、矢尻に点けられていた火種は、板に刺さるとすぐに消えてしまう。
「残念だが、北の木は水を含まずとも火に強い」
板を使い、地上にいた宇軍甲兵たちが続々と城壁の上へと殺到する。半世紀もの間、一度たりとも到達されることのなかった千羅城は、この時初めて城壁上に敵の侵入を許してしまった。
「まずいな…千鳥」
「はっ、私にお任せください」
「頼むぞ」
物見櫓から城壁へと降り立った千鳥は、その手に持っていた矛を振るい、城壁に登ってきた宇兵を片っ端から薙ぎ倒して行く。城壁上はすでに宇兵が殺到し、橋頭堡を作られていた。
「千鳥副将!」
士官の一人が、千鳥の元へと駆け寄ってくる。
「は、背後から火の手が!」
「むっ!?」
千鳥が振り返ると、千羅城の城下町から火の手が上がり始めていた。城下町の方角から、敵の襲撃を知らせる鐘の音が聞こえてくる。
「背後にも敵だと?」
「現在、守備隊が応戦しておりますが、旗色が悪い状況です!すぐに援軍を!」
「ならん。万が一、千羅城が落とされれば、皇国に北からの侵攻を防ぐ手立ては無くなってしまう」
「しかし、このままでは我らが挟撃されます!」
城や城壁はある一方からの攻撃を防ぐことに特化した造りとなっている。千羅城の場合は宇都見国との国境側を強固な城壁とし、城下町側には簡素な城壁しか備えられていなかった。
「ははは、何が難攻不落の城だ!」
「野郎ども、さっさと城壁を占領するぞ!」
宇兵たちは城壁に侵入した勢いを失うことなく城壁上の皇国兵たちを討ち取っていく。
観音寺率いる皇国軍に残された選択肢は二つ。
城壁を放棄し後退、城下町の敵軍を排除して態勢を立て直す。
若しくは、城下町を放棄し千羅城を死守する。
前者は軍の損耗を限りなく減少させることができるが、敵に千羅城の城壁を占領される。後者は千羅城を死守することができるが、すでに到達された城壁と簡素な城壁を破られれば挟撃されてしまう。
「くっ、致し方あるまい。我らで城壁を死守するぞ!」
「副将、あれを!」
部下の声に従い千鳥が見た先には、見覚えのある旗が見えた。
その旗には太陽をあしらった皇国の国章と【皇】の一文字。
「まさか、援軍!?」
その旗を掲げているのは、待ち伏せの包囲を強行突破したミィアン率いるアマミク隊と、随伴する龍奏の龍撃隊、嶺の黒梟隊であった。
「聖上の部隊、間に合ったか。国運を決めるのは、よもやこの一戦かもしれんな」
「全皇国兵に告ぐ、命を挺してでも城壁を守り抜け!」
援軍の到着で瓦解し掛けていた皇国兵たちの士気が再び蘇った。
一方、千羅城のある杭名へと到着したミィアンは、背後からの敵襲にも怯むことなく、眼前の敵を打ち破りながら前へと進んでいた。
まさに、破竹の勢いという言葉が似合う。宇軍兵士には、すでに敵が琉球の狂姫ミィアンであることが周知されていた。
「奴が敵将のミィアンだ!」
「島国の小娘に思い知らせてやれ!」
ミィアンに向けて騎馬兵が突進していく、しかしミィアンはそれを避けようとせず、その場で方天戟を振り上げる。
「死ねぃ!」
騎馬兵の槍先がミィアンに向けて突き出される。宇兵たちはひとつだけ過小評価していたことがある。
それがミィアンの戦闘能力。
騎馬兵の槍はミィアンを貫くことなく、宙へと舞った。
「へっ?」
ミィアンの放った一撃が騎馬を吹き飛ばし、騎乗していた騎兵を宙へと吹き飛ばしたのだ。そして、倒れた馬を踏み台にして飛び上がったミィアンは、空中で落下する騎兵を真っ二つに切り裂いた。
その常人では考えられない力を見せつけられた宇兵たちは、恐怖に慄き後退りする。
「や、槍だ、槍で囲んでしまえ!」
「えいえい!」
槍兵たちがミィアンの周囲を取り囲み、一斉に槍を突き出す。
同時に、ミィアンの身体は宙を舞い、天地が逆さまとなる。
「惜しかったぇ」
「ぎゃあ!」
ミィアンは逆さに落下しながら方天戟を振るい、周囲を取り囲んでいた槍兵たちの上半身を吹き飛ばす。
上半身を失った兵士の血を浴びたミィアンは、真っ赤に染まった顔で笑みを見せる。その姿は文字通り狂人である。
「うふふ、堪らんぇ。これやから、戦はやめられへんぇ」
「狂姫か、実際に見るのは初めてだが、本当に狂っているのだな」
ミィアンが顔を上げると、そこには屈強な体躯を持つ一人の武人が佇んでいた。その手には、凶悪な棘の付いた大槌が携えられていた。
「ふふ、ふふふ、あはははっ」
「っ!?」
「うひひ、あぁ、いいわぁ、なぁ、あんたぁ」
「………」
「うちを楽しませてぇや」
ミィアンはそう言うと、麒麟に向けて飛び出す。周囲にいた兵士たちが麒麟の前に立ち塞がる。
しかし。
「邪魔やぇ」
「がはっ!?」
「ぎゃあ!」
誰もミィアンの突撃を止めることができず、いとも簡単に麒麟の目の前まで突破を許してしまう。
「さぁ、行くでぇ」
「ふん!」
ミィアンの振り下ろした方天戟と、麒麟の大槌がぶつかり合い、大きな音と火花を散らした。
◇
利水の地
妖鬼の登場によって一気に劣勢となってしまった。私は自ら本陣を飛び出し日々斗と共に前線へと向かう。
「お、おい、瑞穂。本気なのか、今ならまだ!」
「遅かったら置いていくわよ」
私は刀を鞘から抜き、前線に目掛けて走る。
この感覚は久しぶりだった。迦ノ国との戦いでは、私は直接戦いに参加していない。言うなれば、戦場の生の空気を感じるのは、緋ノ国での傾国の一戦以来であった。
指揮官であり、皇である自らが指揮を放ったらかしにして飛び出すのは戦術上愚行とも言えるが、今はそれよりも私自らがこの状況を打開する一手を打たなければならない。
"頼むわよ、桜吹雪"
私は柄を握った愛刀へ想いを込める。すると、なぜか不思議と呪力が身体中に巡り、そして桜吹雪に向けて流れ込んでゆく。
"えっ!?"
目を疑った。自分の握る桜吹雪から、桜の花びらが散っていた。まるで、何もないところから突然実体化した桜の花びらが、ひらひらと舞い消える。
「ハァ!」
刀身が桃色の呪気を帯び、敵の身体をいとも簡単に刎ねる。そのまま敵を薙ぎ倒しつつ道を開き、一気に暴れ回る妖鬼の前へと飛び出た。
「グァ!」
妖鬼の周りには敵味方問わずに無数の骸の山が築かれていた、恐怖に慄きながらも、皇国兵は妖鬼に果敢に挑みにいく。
「く、くそっ!こいつ!」
「よくも仲間を!」
しかし、妖鬼はその戦斧で向かってきた皇国兵たちを叩き潰し、或いは真っ二つに叩き斬る。鮮血が舞う中、血に染まった妖鬼は雄叫びを上げる。
「下がりなさい!」
私は刀を目の前で中段に構えて妖鬼を見据える。幸い、周囲は皇国兵ばかりで、邪魔をされることはなさそうだった。
「え、あ、あなたは…」
「ここは私が引き受けます」
「で、ですがっ!」
「全員、皇様の邪魔をするな!」
日々斗が兵たちを下がらせる。妖鬼は私に狙いをつけると、無茶苦茶に斧を振り回して迫ってくる。間合いを取り、当たりそうな攻撃は避ける。
「はっ!」
攻撃の反動で倒れ込んだ妖鬼の胴を斬りつける。呪力の恩恵のおかげで、普通では傷つきにくい妖鬼の体表に深い切り傷をつけることができた。
「おぉ!」
「いける!いけるぞ!」
手応えはあった。しかし、相手は妖だ。
倒れていた巨体がむくりと起き上がる。そして、振り向くと同時に私に向けて斧を横薙ぎにしてきた。
「っ!?」
その攻撃を地面に伏せて避ける。先ほどまで自分の首があった場所を、斧が空を切る。
「てやっ!」
今度は間合いを詰めて頭部へと斬りかかる。
弾ける金属音。
刀身は妖鬼の頭部に弾かれ、私は体勢を崩してしまう。
「かはっ!?」
体勢を崩した私を見逃さなかった妖鬼は、そのまま両手で身体を鷲掴みにする。身体を完全に両手に握られた私は、身動きが取れないまま宙へと浮かぶ。
「す、皇様!」
猛烈な痛み、ばらばらと砕ける胸の甲冑。握り潰されると言う感覚を初めて感じた。
「あがっ、がっは!」
痛みに耐えられずに叫び声を上げた瞬間、身体中が熱くなる。
"全く、世話が焼ける子ね"
頭の中に直接声が流れ込んでくる。すると、次第に妖鬼に握られて感じていた痛みが小さくなっていく。そして、身体に力がみなぎる。
「グガァ!?」
私は自ら妖鬼の手から脱出し、地面に降り立った。
"さぁ、その力を存分に使いなさい"
その声に従い、刀を振るう。すると、振り下ろした刀身から衝撃波が放たれ、その衝撃波が妖鬼の胴体を斬り裂いた。
「ガガッ!?」
続け様に一気に詰め寄り、刀を妖鬼の顔を斬り続ける。妖鬼はその攻撃に怯み、両手で顔を隠すが、私はそれでも斬り刻むのをやめない。
「終わりよ」
私は飛び上がり、身体を捻りながら刀を妖鬼の首へと叩きつける。刀を叩きつけた妖鬼の首は宙を舞い、残った胴体はそのまま力なく前に倒れた。
「や、やった!」
「妖鬼を倒したぞぉ!」
周囲で歓声が上がる中、視界が徐々に変化していく。やがて、歓声は聞こえなくなり、周りは違和感のある空間へと変わっていた。
"あれ、私…"
広がったのは、とても幻想的な世界。空は澄み切った青空に白い雲。そして、青々とした草の生い茂る草原に、一本の桜の木が花を咲かせていた。
そこに立っていたのは、私そっくりの姿をした人物。
綺麗な着物に身を包み、お淑やかな仕草で私の方を振り向く。
「ようやく、あなたをここへ呼び出すことができたわ」
「あなたは誰?ここは一体…」
「私はカミコ、人は私を大御神と呼ぶわ」
宇軍による攻撃を受けていた千羅城は、山の中腹という天然の防壁と、見上げるほど高い城壁に守られており、難攻不落の城として半世紀の間、緋ノ国を北の侵略から守っていた。その結果は50戦無敗、まさに最強という字がふさわしい城であった。
そう、この日までは。
「観音寺将軍、敵、後退していきます」
観音寺が物見櫓から見たのは、生木を燃やして燻した煙に乗じ、城壁の前から撤退していく宇軍兵士の姿だった。
やがて、絶え間なく上がり続ける煙によって、城壁から北は一面白い煙に包まれ視界が遮られてしまう。それまで、城壁の上から絶え間なく矢を降らせていた皇国兵は、敵からの攻撃が収まったのと同時に、士官の指示に従って攻撃を中断した。
「くそ、何も見えん」
「やつら、後退したのか…?」
「警戒を怠るな。斥候を城壁の下に派遣し、直接確認に向かわせろ」
「承知しました」
縄を使い、城壁を降りた5人で形成される幾つかの分隊が、武器を構えつつ視界の全くない煙の中へと入っていく。
「気を付けろ、どこから敵が来るか分からん…」
「なぁ、これなんの音だ?」
「あ?」
煙の中を進んでいると、何かを叩く様な頭に響く音と、一定間隔で振動が感じられる。
やがて、その振動が大きくなります、自らの身体までもが揺れ始めた時、彼らの目の前に巨大な何かが突如として姿を現した。
「な、何だこれは!?」
それは見上げるほど高く、車輪が備え付けられた櫓であった。突然現れた移動式の櫓、いわゆる攻城櫓の移動に巻き込まれ、斥候たちは轢き殺されてしまう。運良く避けられたとしても、その攻城櫓の周囲に控えていた宇軍兵士が斬り殺してしまう。
そして、その宇軍兵士は先ほどまで逃げ惑う様に戦っていた兵士と違い、統一された甲冑に身を包み、士官の命令に忠実に従う甲兵だった。
「攻城櫓だ!」
「まさか、やつらこれを移動させるために!?」
「1台じゃねぇ、見た限り3台もあるぞ!」
かつて、宋帝国が6国に分かれて戦いを繰り広げていた時代、高く積み上げられた城壁を突破するために造り出された攻城兵器。
千羅城に向けて移動させていた攻城櫓が前線に移動するまでの間、宇都見国は正規軍の損失を抑えるために剣奴を大量に出兵させた。
剣奴とは、元は宇都見国よりもさらに北東に位置する国々の捕虜たちである。彼らは過去の戦で宇都見国に敗北を喫し、家族を人質にとられ使い捨ての捨て駒となった。
その剣奴を指揮するのは、宇都見国正規軍の下士官数人のみ。このことから、人数に比例した指揮を執ることができず、皇国側から見れば統率が全く取れていないように見えたのだ。
大量の牛と奴隷によって動かされる攻城櫓は、城壁から撃ち出される矢を物ともせず、千羅城の城壁の前でゆっくりと停車した。
「で、でかい、なんてでかさだ」
「し、しかし、いくらでかくてもこれでは…」
千羅城の近くに停車した攻城櫓は、城壁の上まで届いていなかった。その事実が発覚した瞬間、城壁にいた皇国兵は安堵の表情に包まれ、やがて眼下の宇兵に対して罵声を浴びせた。
「へへ、そんな高さじゃ届かねえぞ!」
「千羅城を舐めるな宇都見国の馬鹿ども!」
しかし、対する宇兵たちは何も言い返さず、ただその様子を見てほくそ笑んでいた。
城壁に沿えられた攻城櫓を見て、観音寺の副将である千鳥はあることに気がついた。
「真ん中が割れている?」
通常、攻城櫓はその高さを利用し、頂上の櫓に兵を載せて移動させる。城壁にたどり着けば、中の階段を利用して地上の兵士が城壁に殺到するという仕組みだ。
しかし、その攻城櫓には兵士を乗せる櫓がない。寧ろ、櫓のある場所が両側に割れて実用性のない不格好な形となっている。
「よぉし、橋をかけてやれ!」
「!?」
煙の中から次に現れたのは、木で作られた巨大な一枚板。その先には縄がくくりつけられ、屈強な奴隷たちによって板は攻城櫓の割れ目にはめ込まれ、城壁の上にまで引き伸ばされる。
勢いよく引き伸ばされた板の先が城壁の上に立っていた皇国兵たちを吹き飛ばす。吹き飛ばされた城壁の兵士たちは落下して絶命する。
「な、な…」
「攻城櫓にこんな使い方があるのか…」
そして、地上側の板は杭で地面に打ち込まれて固定される。その様子はまるで、
「ひ、火矢を放て!」
城壁から板に火矢が放たれ、矢が板に刺さる。しかし、矢尻に点けられていた火種は、板に刺さるとすぐに消えてしまう。
「残念だが、北の木は水を含まずとも火に強い」
板を使い、地上にいた宇軍甲兵たちが続々と城壁の上へと殺到する。半世紀もの間、一度たりとも到達されることのなかった千羅城は、この時初めて城壁上に敵の侵入を許してしまった。
「まずいな…千鳥」
「はっ、私にお任せください」
「頼むぞ」
物見櫓から城壁へと降り立った千鳥は、その手に持っていた矛を振るい、城壁に登ってきた宇兵を片っ端から薙ぎ倒して行く。城壁上はすでに宇兵が殺到し、橋頭堡を作られていた。
「千鳥副将!」
士官の一人が、千鳥の元へと駆け寄ってくる。
「は、背後から火の手が!」
「むっ!?」
千鳥が振り返ると、千羅城の城下町から火の手が上がり始めていた。城下町の方角から、敵の襲撃を知らせる鐘の音が聞こえてくる。
「背後にも敵だと?」
「現在、守備隊が応戦しておりますが、旗色が悪い状況です!すぐに援軍を!」
「ならん。万が一、千羅城が落とされれば、皇国に北からの侵攻を防ぐ手立ては無くなってしまう」
「しかし、このままでは我らが挟撃されます!」
城や城壁はある一方からの攻撃を防ぐことに特化した造りとなっている。千羅城の場合は宇都見国との国境側を強固な城壁とし、城下町側には簡素な城壁しか備えられていなかった。
「ははは、何が難攻不落の城だ!」
「野郎ども、さっさと城壁を占領するぞ!」
宇兵たちは城壁に侵入した勢いを失うことなく城壁上の皇国兵たちを討ち取っていく。
観音寺率いる皇国軍に残された選択肢は二つ。
城壁を放棄し後退、城下町の敵軍を排除して態勢を立て直す。
若しくは、城下町を放棄し千羅城を死守する。
前者は軍の損耗を限りなく減少させることができるが、敵に千羅城の城壁を占領される。後者は千羅城を死守することができるが、すでに到達された城壁と簡素な城壁を破られれば挟撃されてしまう。
「くっ、致し方あるまい。我らで城壁を死守するぞ!」
「副将、あれを!」
部下の声に従い千鳥が見た先には、見覚えのある旗が見えた。
その旗には太陽をあしらった皇国の国章と【皇】の一文字。
「まさか、援軍!?」
その旗を掲げているのは、待ち伏せの包囲を強行突破したミィアン率いるアマミク隊と、随伴する龍奏の龍撃隊、嶺の黒梟隊であった。
「聖上の部隊、間に合ったか。国運を決めるのは、よもやこの一戦かもしれんな」
「全皇国兵に告ぐ、命を挺してでも城壁を守り抜け!」
援軍の到着で瓦解し掛けていた皇国兵たちの士気が再び蘇った。
一方、千羅城のある杭名へと到着したミィアンは、背後からの敵襲にも怯むことなく、眼前の敵を打ち破りながら前へと進んでいた。
まさに、破竹の勢いという言葉が似合う。宇軍兵士には、すでに敵が琉球の狂姫ミィアンであることが周知されていた。
「奴が敵将のミィアンだ!」
「島国の小娘に思い知らせてやれ!」
ミィアンに向けて騎馬兵が突進していく、しかしミィアンはそれを避けようとせず、その場で方天戟を振り上げる。
「死ねぃ!」
騎馬兵の槍先がミィアンに向けて突き出される。宇兵たちはひとつだけ過小評価していたことがある。
それがミィアンの戦闘能力。
騎馬兵の槍はミィアンを貫くことなく、宙へと舞った。
「へっ?」
ミィアンの放った一撃が騎馬を吹き飛ばし、騎乗していた騎兵を宙へと吹き飛ばしたのだ。そして、倒れた馬を踏み台にして飛び上がったミィアンは、空中で落下する騎兵を真っ二つに切り裂いた。
その常人では考えられない力を見せつけられた宇兵たちは、恐怖に慄き後退りする。
「や、槍だ、槍で囲んでしまえ!」
「えいえい!」
槍兵たちがミィアンの周囲を取り囲み、一斉に槍を突き出す。
同時に、ミィアンの身体は宙を舞い、天地が逆さまとなる。
「惜しかったぇ」
「ぎゃあ!」
ミィアンは逆さに落下しながら方天戟を振るい、周囲を取り囲んでいた槍兵たちの上半身を吹き飛ばす。
上半身を失った兵士の血を浴びたミィアンは、真っ赤に染まった顔で笑みを見せる。その姿は文字通り狂人である。
「うふふ、堪らんぇ。これやから、戦はやめられへんぇ」
「狂姫か、実際に見るのは初めてだが、本当に狂っているのだな」
ミィアンが顔を上げると、そこには屈強な体躯を持つ一人の武人が佇んでいた。その手には、凶悪な棘の付いた大槌が携えられていた。
「ふふ、ふふふ、あはははっ」
「っ!?」
「うひひ、あぁ、いいわぁ、なぁ、あんたぁ」
「………」
「うちを楽しませてぇや」
ミィアンはそう言うと、麒麟に向けて飛び出す。周囲にいた兵士たちが麒麟の前に立ち塞がる。
しかし。
「邪魔やぇ」
「がはっ!?」
「ぎゃあ!」
誰もミィアンの突撃を止めることができず、いとも簡単に麒麟の目の前まで突破を許してしまう。
「さぁ、行くでぇ」
「ふん!」
ミィアンの振り下ろした方天戟と、麒麟の大槌がぶつかり合い、大きな音と火花を散らした。
◇
利水の地
妖鬼の登場によって一気に劣勢となってしまった。私は自ら本陣を飛び出し日々斗と共に前線へと向かう。
「お、おい、瑞穂。本気なのか、今ならまだ!」
「遅かったら置いていくわよ」
私は刀を鞘から抜き、前線に目掛けて走る。
この感覚は久しぶりだった。迦ノ国との戦いでは、私は直接戦いに参加していない。言うなれば、戦場の生の空気を感じるのは、緋ノ国での傾国の一戦以来であった。
指揮官であり、皇である自らが指揮を放ったらかしにして飛び出すのは戦術上愚行とも言えるが、今はそれよりも私自らがこの状況を打開する一手を打たなければならない。
"頼むわよ、桜吹雪"
私は柄を握った愛刀へ想いを込める。すると、なぜか不思議と呪力が身体中に巡り、そして桜吹雪に向けて流れ込んでゆく。
"えっ!?"
目を疑った。自分の握る桜吹雪から、桜の花びらが散っていた。まるで、何もないところから突然実体化した桜の花びらが、ひらひらと舞い消える。
「ハァ!」
刀身が桃色の呪気を帯び、敵の身体をいとも簡単に刎ねる。そのまま敵を薙ぎ倒しつつ道を開き、一気に暴れ回る妖鬼の前へと飛び出た。
「グァ!」
妖鬼の周りには敵味方問わずに無数の骸の山が築かれていた、恐怖に慄きながらも、皇国兵は妖鬼に果敢に挑みにいく。
「く、くそっ!こいつ!」
「よくも仲間を!」
しかし、妖鬼はその戦斧で向かってきた皇国兵たちを叩き潰し、或いは真っ二つに叩き斬る。鮮血が舞う中、血に染まった妖鬼は雄叫びを上げる。
「下がりなさい!」
私は刀を目の前で中段に構えて妖鬼を見据える。幸い、周囲は皇国兵ばかりで、邪魔をされることはなさそうだった。
「え、あ、あなたは…」
「ここは私が引き受けます」
「で、ですがっ!」
「全員、皇様の邪魔をするな!」
日々斗が兵たちを下がらせる。妖鬼は私に狙いをつけると、無茶苦茶に斧を振り回して迫ってくる。間合いを取り、当たりそうな攻撃は避ける。
「はっ!」
攻撃の反動で倒れ込んだ妖鬼の胴を斬りつける。呪力の恩恵のおかげで、普通では傷つきにくい妖鬼の体表に深い切り傷をつけることができた。
「おぉ!」
「いける!いけるぞ!」
手応えはあった。しかし、相手は妖だ。
倒れていた巨体がむくりと起き上がる。そして、振り向くと同時に私に向けて斧を横薙ぎにしてきた。
「っ!?」
その攻撃を地面に伏せて避ける。先ほどまで自分の首があった場所を、斧が空を切る。
「てやっ!」
今度は間合いを詰めて頭部へと斬りかかる。
弾ける金属音。
刀身は妖鬼の頭部に弾かれ、私は体勢を崩してしまう。
「かはっ!?」
体勢を崩した私を見逃さなかった妖鬼は、そのまま両手で身体を鷲掴みにする。身体を完全に両手に握られた私は、身動きが取れないまま宙へと浮かぶ。
「す、皇様!」
猛烈な痛み、ばらばらと砕ける胸の甲冑。握り潰されると言う感覚を初めて感じた。
「あがっ、がっは!」
痛みに耐えられずに叫び声を上げた瞬間、身体中が熱くなる。
"全く、世話が焼ける子ね"
頭の中に直接声が流れ込んでくる。すると、次第に妖鬼に握られて感じていた痛みが小さくなっていく。そして、身体に力がみなぎる。
「グガァ!?」
私は自ら妖鬼の手から脱出し、地面に降り立った。
"さぁ、その力を存分に使いなさい"
その声に従い、刀を振るう。すると、振り下ろした刀身から衝撃波が放たれ、その衝撃波が妖鬼の胴体を斬り裂いた。
「ガガッ!?」
続け様に一気に詰め寄り、刀を妖鬼の顔を斬り続ける。妖鬼はその攻撃に怯み、両手で顔を隠すが、私はそれでも斬り刻むのをやめない。
「終わりよ」
私は飛び上がり、身体を捻りながら刀を妖鬼の首へと叩きつける。刀を叩きつけた妖鬼の首は宙を舞い、残った胴体はそのまま力なく前に倒れた。
「や、やった!」
「妖鬼を倒したぞぉ!」
周囲で歓声が上がる中、視界が徐々に変化していく。やがて、歓声は聞こえなくなり、周りは違和感のある空間へと変わっていた。
"あれ、私…"
広がったのは、とても幻想的な世界。空は澄み切った青空に白い雲。そして、青々とした草の生い茂る草原に、一本の桜の木が花を咲かせていた。
そこに立っていたのは、私そっくりの姿をした人物。
綺麗な着物に身を包み、お淑やかな仕草で私の方を振り向く。
「ようやく、あなたをここへ呼び出すことができたわ」
「あなたは誰?ここは一体…」
「私はカミコ、人は私を大御神と呼ぶわ」
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