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統一編
第72.5話 白雪舞花
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常世 桃園 カミコの屋敷
「ついに、始まってしまったわね…」
屋敷の一室に座すカミコは、神通力で現世を見通していた。彼女が見るは、かつて自らの力によって封印したタタリが蘇り、その力でかつて多くのものを失った大戦を再来させようとしている光景だった。
「カミコ様、私が、現世へと参ります」
カミコにそう言ったのは、舞花であった。
「子どもたちに、同じ悲しみを背負って欲しくありません」
「あなたの気持ちは十分理解できるわ。でも、行く事は許可できません」
「ですが…」
「それに、亡者が現世で命を落とせば、どうなるかあなたもよく知っているはずよ」
この世の理に、黄泉返りというものが存在する。それは、一度命を落として亡者となった魂が、常世で洗礼を受け、再び新たな命として現世に生まれると言うもの。
しかし、その洗礼を待つことなく、現世に現界することができる。それは、理を大きく逸脱したものであり、仮に亡者が現世で命を落とせば、その魂は永遠に縛られ、洗礼を受けることができなくなる。
それはつまり、魂が消滅するということを意味する。文字通り、存在自体が無に帰するということである。
「だからと言って、見守るだけなんてこと、私には出来ません。これは、本来であれば私たちの代で終わらせなければならないこと。私たちに課せられた宿命なのです」
「舞花…」
カミコは茶を一口啜ると、ゆっくりと立ち上がった。
「本当に、芯の強い子ね。一度決めたら頑として譲らない。あの頃から、ずっと変わっていないわ」
「それはお互い様ですよ。カミコ様」
「必ず帰ってきなさい。私はもう、誰も失いたくないわ」
「分かっております」
「それと、瑞穂たちを頼むわね」
舞花は巫女服の上に、桜吹雪が描かれた羽織を纏うと、頭に太陽を模した飾りをつける。その姿は、かつて斎ノ巫女として、時の大御神であったカミコと共に戦ったものと同じであった。
それは同時に、舞花の決意を表していた。
「行って参ります」
「必ず帰ってきなさい」
「承知しました」
◇
私の人生は、お世辞にも幸せなものとは言い難かった。
呪詛痕を持っていたせいで、親に捨てられ、村から迫害を受け、唯一残っていた生きたいという希望だけを胸に、生まれ育った村を飛び出した。
カミコ様に拾われ、斎ノ巫女となり、新たな人生の始まりかと思えば、大神様同士の戦に巻き込まれ、大切な人を多く失った。
何もかもがどうでも良くなった私だったけど、たった一つだけ幸せを感じたことがある。
私を愛してくれた人との間に、子が恵まれたことだった。
出産に耐えられない私に変わって、その役目を引き受けてくれた七葉。
多くの人々の願いと、幸せを受けて生まれた私の子、千代。
例え、自分が代わりに死に、魂が消えようとも何とも思わない。それが、母親としての決意だろう。
「行くのか?」
「お役目を、果たしに行きます」
根の国の扉の前で、懐かしい人に呼び止められる。かつて、何度も私の命を救ってくれた時の御剣、剣史郎さん。
「必ず戻って来い」
「はい」
私はそう返事をして、根の国と現世を繋ぐ門を開く。そんな私の後ろ姿を、剣史郎が見守ってくれていた。
「待っててね、私が必ず助けてあげるから」
「ついに、始まってしまったわね…」
屋敷の一室に座すカミコは、神通力で現世を見通していた。彼女が見るは、かつて自らの力によって封印したタタリが蘇り、その力でかつて多くのものを失った大戦を再来させようとしている光景だった。
「カミコ様、私が、現世へと参ります」
カミコにそう言ったのは、舞花であった。
「子どもたちに、同じ悲しみを背負って欲しくありません」
「あなたの気持ちは十分理解できるわ。でも、行く事は許可できません」
「ですが…」
「それに、亡者が現世で命を落とせば、どうなるかあなたもよく知っているはずよ」
この世の理に、黄泉返りというものが存在する。それは、一度命を落として亡者となった魂が、常世で洗礼を受け、再び新たな命として現世に生まれると言うもの。
しかし、その洗礼を待つことなく、現世に現界することができる。それは、理を大きく逸脱したものであり、仮に亡者が現世で命を落とせば、その魂は永遠に縛られ、洗礼を受けることができなくなる。
それはつまり、魂が消滅するということを意味する。文字通り、存在自体が無に帰するということである。
「だからと言って、見守るだけなんてこと、私には出来ません。これは、本来であれば私たちの代で終わらせなければならないこと。私たちに課せられた宿命なのです」
「舞花…」
カミコは茶を一口啜ると、ゆっくりと立ち上がった。
「本当に、芯の強い子ね。一度決めたら頑として譲らない。あの頃から、ずっと変わっていないわ」
「それはお互い様ですよ。カミコ様」
「必ず帰ってきなさい。私はもう、誰も失いたくないわ」
「分かっております」
「それと、瑞穂たちを頼むわね」
舞花は巫女服の上に、桜吹雪が描かれた羽織を纏うと、頭に太陽を模した飾りをつける。その姿は、かつて斎ノ巫女として、時の大御神であったカミコと共に戦ったものと同じであった。
それは同時に、舞花の決意を表していた。
「行って参ります」
「必ず帰ってきなさい」
「承知しました」
◇
私の人生は、お世辞にも幸せなものとは言い難かった。
呪詛痕を持っていたせいで、親に捨てられ、村から迫害を受け、唯一残っていた生きたいという希望だけを胸に、生まれ育った村を飛び出した。
カミコ様に拾われ、斎ノ巫女となり、新たな人生の始まりかと思えば、大神様同士の戦に巻き込まれ、大切な人を多く失った。
何もかもがどうでも良くなった私だったけど、たった一つだけ幸せを感じたことがある。
私を愛してくれた人との間に、子が恵まれたことだった。
出産に耐えられない私に変わって、その役目を引き受けてくれた七葉。
多くの人々の願いと、幸せを受けて生まれた私の子、千代。
例え、自分が代わりに死に、魂が消えようとも何とも思わない。それが、母親としての決意だろう。
「行くのか?」
「お役目を、果たしに行きます」
根の国の扉の前で、懐かしい人に呼び止められる。かつて、何度も私の命を救ってくれた時の御剣、剣史郎さん。
「必ず戻って来い」
「はい」
私はそう返事をして、根の国と現世を繋ぐ門を開く。そんな私の後ろ姿を、剣史郎が見守ってくれていた。
「待っててね、私が必ず助けてあげるから」
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