6 / 128
序 編
第0話 胎動
しおりを挟む豊葦原瑞穂皇国という国が出来たのは、今から18年前のこと。皇国という国を語るには、私たちがまだ子どもだった頃から、長い話をしなければならない。
◇
私は、葦原村と呼ばれる村の、村長の家に生まれた。お母様の名前は明日香、お父様の事はよく知らない。お母様から、私を授かった後に亡くなったと聞いている。お祖母様の名前は墨染、私が生まれた葦原村の今代村長でもある。
私は生まれてからずっと、人と関わることを自ら避けていた。理由は簡単。自分の中に眠る強大な力が暴走して、他人を傷つけさせないためだった。
自分の身体の中に眠る得体の知れない力。
お母様やお祖母様は、私の中に眠る力について何も教えてくれなかった。そう、何も。お姉様達に聞いても、誰も教えてくれない。
元々、知っていて教えてくれないのか、単に知らないだけなのか分からない。何回聞いても同じ返答ばかり返ってくるから、それ以来聞かないことにした。
もちろん、こんな私が誰かと仲良くなるなんてことはなかった。同年代の友達なんていなかったし、そもそもほとんど外に出なかった私は、村にどんな同世代が住んでいるかも知らなかった。
お母様は私を外に出る事を許してくれたが、いつ自分の力が暴走するか分からない恐怖と不安で、自ら塞ぎ込んでしまっていた。屋敷を訪ねてくれる可憐お姉様や睦美お姉様たちから外の話を聞き、興味は勿論あった。
ある日、私は何を思ったのか屋敷を出て、村の近くを流れる川のほとりへとやって来た。村の人たちは滅多に訪れないか、そこは静寂に包まれ、水流の心地よい音と小鳥のさえずりが私の心を癒してくれた。
濁りのない澄み切った川は、中を泳ぐ魚がはっきりと見えるくらい綺麗に透き通っている。
「んしょ…」
私は川辺に座り込み、無意識に水面に向けて手元にあった石を投げ入れる。ポチャっという音が鳴り、音に驚いた川魚が岩場の隙間へと逃げていく。
つまらない。
屋敷にいれば、美味しいご飯もあるし、お姉様達が遊び相手にも、話し相手にもなってくれる。
何不自由ない生活。
ただ、それがとても息苦しかった。私はお祖母様やお母様、そしてお姉様たちしか他の人を知らない。
私は、誠実かつ人望のあったお母様の子として祝福を受けて生まれた。そんな私は6歳の頃、中庭で瀕死だった小鳥を助けようとした時、無意識のうちに呪術を使ってしまった。
その呪術が相手を傷つけるものとも知らず。
その後の成り行きは想像のとおり、原型も留めないほど破裂した小鳥、そしてその返り血を浴びて真っ赤になった私は、幼いながら自分が恐ろしいほどの呪力を持っていることを、嫌でも理解した。
もし、それを使った相手が村の人たちだったら。そう思ってしまった私は、それから5年も自らの力に怯え、屋敷から一歩も出ず、誰とも関わろうとしなかった。お母様たちは無意識であれば仕方がないと慰めてくれたが、あと頃の私は複雑な感情を抱いてしまった。
今までの事を振り返りながら、大きく欠伸をしてゆっくりと伸びる。そのまま後ろの草に倒れ込み、青空を見上げた。ふわふわと、大小様々な形の雲が浮かび、風でゆっくりと流されていく。
あの雲はどこから来てどこに向かうのだろうか、そんなしょうもない事を考えたりもした。本当の自分の性格は単純だ。分別もつく。呪術の扱い方なんて教わっていない。だからこそ、ただ単純に他の誰かを傷つけてたくなかった。
「なぁ」
突然声を掛けられ、私は驚きながらも声のした方に顔だけで振り向く。そこに立っていたのは、私と歳が変わらない位の男の子。
まず目に入ったのが、腰に刺した刀。その刀は目の前の男の子の体格に合わせてか、脇差と呼ばれるものだった。
帯刀していると言うことは、恐らく武人だろう。着ている服は村の人が着る服とほとんど変わらない。そして、その身体は思わず目を背けたくなるほど痣や傷だらけだった。
しかし、私を見るその目は優しかった。目を見れば相手の気持ちが分かるとはよく言ったものだ。彼の目を見れば、彼が私に対して負の感情を抱いていないことが分かる。
この出会いが、私の運命を大きく変えたのだった。
「傷が、手当てしないと」
「いや、構わない」
「駄目だから、今痛いところはある⁇」
私は彼の許可を得る事なく、彼の身体へ手を触れた。それと同時に、自分が5年前に犯してしまった過ちを思い出したが、この男の子の傷を治してあげたい想いが通じたのか、傷は元通りに戻った。
「これで良い…」
「ありがとう、礼を言わせてくれ」
「ううん、別にいい」
「こんな所で何しているんだ?」
「私ね、今日、久しぶりに外に出たの…」
私はこれまでの事を、見ず知らずの男の子に全て話した。男の子は私の横に座り、その話を最後まで真剣に聞いてくれた。
話を終えると、男の子が口を開く。
「御剣」
「え?」
「俺の名前、見てのとおりただの武人。君は?」
「私…?」
一瞬戸惑いかけたが、私は平静を装いながら答えた。
「瑞穂よ」
「瑞穂か、よろしくな」
何の気なしに言葉を交わしてみるが、彼は私のことをどう思っているのかが分からない。ただ一つ分かるのが、彼は私を恐れていないということ。
普段の私であれば、関わろうとせず拒絶する。なのに、彼に対してはそんな感情は思い浮かばない。
「ねぇ、御剣。一つ聞いても良い?」
私は話を続ける。
「どうして御剣は、初めて会った私にそんなに話しかけてくれるの?」
私は御剣を見る。
「理由なんてない。俺はただ、お前と友達になりたいだけだ」
「友達?」
「俺は外から来た。だから、同い年くらいの友達はいない。似たもの同士、仲良くしないか?」
そう言って御剣は手を差し伸べてくる。そして、申し訳なさそうな表情をする。
「その手…」
御剣の右手には、見覚えのある紋章が刻まれていた。私は思わず、その紋章のことを口にする。
「それって呪詛痕?」
私がそう言うと、御剣はさっと腕を引っ込めた。自分の手の甲を見せない様に、身体の後ろに回す。
「呪い、そう言われてる」
彼がそう言うのは無理もない。
呪詛痕とは呪いの一つと言われている。その紋章が現れた者には強力な力が宿る一方で、宿主の寿命を削り続けるというものだ。
歴史を紐解けば、歴史に名を残す多くの人間には呪詛痕があったと言われている。しかし、同時にその誰もが短命であった。
一般的には強い力と呪いによる短命が畏怖され、理解ない周囲であれば差別されている。最も、この村にはそんな差別をする人間なんて、居やしないが。
「嫌なら良い、誰も呪われたやつと友達になろうなんて…」
「良いわよ」
そう言い終わる前に、私は後ろに回っていた御剣の手を引っ張り出し、優しく握った。
その時の御剣の手は、呪いなんてどうも思わないほど温かかった。
「えっ?」
「良いって言ってるの。友達になりましょう。でもその代わり、一つ私のお願いを聞いてくれる?」
私は立ち上がり、御剣を見た。そして、胸の内に秘めた想いを惜しみなく口にした。
「私はいずれ、この村の村長になるの。村長になったら、少しずつこの戦にまみれた世を変えようと思う。それまで、私のことを守ってほしいの」
それを聞いた御剣は、驚いた顔をする。当時、たかが10歳の子どもが、村長になり戦乱にまみれた世を変えると宣言したのだ。
すると、御剣は私の前で片膝をつき、腰に差していた刀を鞘ごと抜くとそれを捧げた。そして、鞘から少し刀身を出すと、鍔と刃を打ちあわせる。
「なら、俺は瑞穂の剣となり鞘となる」
金打。
それは、武人が堅い約束をすること。或いは主に対して忠誠を誓うことを意味する。
私と御剣は、この時をもって主従関係となった。
「この命果てるまで仕えよう」
「嬉しいけど、まずは友達からだけどね。よろしく、御剣」
「こちらこそよろしく、瑞穂」
これが、私の初めての友達で、私の従者となった御剣との出会いだった。あの時、にっこりと笑った御剣の顔は、今でも覚えている。
時は進み、8年後、私は18になった。
厳粛な儀式が行われる中、伝統衣装に身を包んだ私は、お祖母様から言葉を述べられる。
「我らが主、大いなる母、大御神様の御加護の元、瑞穂を次の村長に任じる。瑞穂よ」
「はい」
「その身、その心、その意思で、村長となることを受け入れるか?」
「謹んでお受けします」
お祖母様から、代々村長で受け継がれる鉄扇を受け取った。桃色の台座に桜の柄が描かれている。
緋ノ国と呼ばれる国の東、いくつかの山を越えたところに私達の住む村、葦原村がある。山々に囲まれた地形と、必要以上に産物を貢物として献上する事で、長らく続く戦火から免れてきた。
村の人口は100人程度、本当にちっぽけな村だけど。それでも、村の人達はみんな優しくて、私を支えてくれる。
昔は、誰とも関わろうとしなかった私は、御剣との出会いで変わった。そして今、村人を守る立場になった。
圧倒的な責任感。
だから、この村は私が守る。たとえ、この命が尽きようとも。
その日の夜…
ふと、目を覚ました。
どうやら、政務中に寝落ちしてしまったらしい。私の視線の先には、寝ぼけていた所為でぐちゃぐちゃに書かれた文字と、盆から崩れ落ちた巻物が散乱していた。
その惨状を見て、思わずため息をついてしまう。
たまらず辺りを見渡すと、障子の隙間から見える外の景色は暗くなっていた。夕方から始めて、およそ三刻半くらい経ったのだろうか。ため息を吐きつつ、崩れた巻物を拾い上げようとして立ち上がる。
「ん?」
何かが肩から落ちる音がする。後ろを見ると、私がいつも寝るときに使う毛布があった。誰かが親切に肩に掛けてくれたのだろうか。
その誰かとは大体だけど見当はつく。
私は立ち上がり、障子を開けて執務室を出て縁側を歩く。屋敷の縁側は古いため、足で踏むたびに小さく軋む。
「起きたのか?」
御剣がそう言う。彼はこうして縁側に座り、杯を片手にお酒を楽しむのが好きらしい。私が横に腰を下ろすと、御剣は何処からか取り出した盃をそっと手渡してきた。
「一杯、付き合ってくれないか?」
私はそのお願いに、酌をしてもらう事で応えた。屋敷の縁側はちょっとした庭園と、雲のない夜には星と月が眺められる造りになっている。
ちょうど、今夜は月が綺麗に丸みを帯び、ぼんやりと輝きを放っていた。その眺めはとても幻想的で、お酒のせいもあってかぼうっと眺めてしまう。
「今日は月が綺麗ね。ズルいわ、こんな眺めを独り占めにして月見酒なんて」
「すまない。あまりにも気持ちよさそうに寝ていたものだから、起こすに起こせなかったんだ」
「毛布、ありがと」
「どういたしまして。まぁ、風邪ひいてもらうと困るからな」
御剣の盃にとくとくとお酒を注ぐ。今日のお酒は御剣の秘蔵の物だろう、口当たりがよくほのかな甘みがあって飲みやすい。
「夢で、昔のことを思い出してたの」
「どんな?」
「御剣と出会った時の話。そういえば、もうすぐ桜花祭ね」
葦原村は毎年この時期になると、満開の桜と綺麗な花々で埋め尽くされる。言い伝えでは、大御神様に招かれた亡き人々が、常世から現世に桜の花びらとして戻ってくると言われている。
村では家屋の扉に桜の枝を飾り、大御神様と死者を尊ぶ。桜花祭は三日間に渡って行われ、最後の日には私が古くから伝わる桜花の舞を披露することになる。これがとても難しくて、小さい頃、お母様から厳しく指導されたのを思い出す。
そして、お母様から教えられた歌を口ずさんだ。
今宵唄を捧げましょう
風にのせて
永き刻の果てにある
散りゆきし命に
過ぎ去りし日は儚く
長き刻の果て
刻を彷徨う迷い子
流る花となりて
ひらひらと咲き乱れる花
優しい雨に包まれて眠れ
あなたの生きた証として
永遠への安らぎ贈りましょう
「いつ聞いても、良い歌だな」
歌い終わると、御剣がそう言ってくれる。
「散りゆく者への鎮魂歌、元々は戦場で散っていった人の魂を鎮める歌だったらしいの。それが、いつしか亡くなった人たちに向けて歌われるようになったって」
私は杯を傾けつつ、月を眺める。
疲れていた上にお酒が入ったせいか、また眠気が襲ってきた。
「ねむいわ…」
「今日はこのぐらいにしておけ、明日がつらいぞ」
「そうね、おやすみ御剣」
「おやすみ、瑞穂」
私は御剣と別れ、自室へ戻ることにした。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
30
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる