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三年生

115 王女様の暇つぶしに私を巻き込まないでください

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色々ありすぎた夏休みが終わり、私は三年生になった。

新学年が始まって一ヶ月。

私はさらに高度になった授業をこなしながら、放課後は自分の魔法研究とカルロス様のお手伝い、夜は寮に帰りマチルダ様や三人娘と寝衣パーティーをしたりして、休日はウィルフレッド様や友人と過ごす日々を送っている。

シュトレ強硬派の貴族家を排し、小国群のアズバン王国まで潰したと国中に触れ回られた私は、意外と普通な学生生活を送らせてもらっている。

多少コソコソ噂されたりはしているけど、三人娘の伯爵令嬢いわく、国に保護されている私に害をなそうとすれば国が制裁を加えるのは当然のことらしい。

貴女は何も悪いことをしていないのだから堂々としていなさいと、叱咤激励されてしまった。


同じクラスにはマチルダ様が入ってきた。

マチルダ様がキャンベル伯爵家で虐げられていたことや元妹の闇魔法の無断使用は世間に知れ渡っていたから、マチルダ様の評判がどうなるのか心配していたけど、
ちょうど春頃から、家族に虐げられ我が儘な妹に婚約者を奪われた可哀想なご令嬢が、彼女をずっと想っていた平民出身の護衛騎士と共に隣国に逃れ幸せになるという小説が流行っているらしく、そのモデルとされるマチルダ様とアルノー先輩は一躍時の人になっていた。

そういえばフローラ様が、マチルダ様が学園に復学出来るようにレオナルド殿下が何か企んでいるって言ってたけど、たぶんその企みがこの小説だったんだろう。

なんか悔しいけど、その作戦は大成功をおさめている。


オリビア様も無事魔法学園に入学してきた。

ずっと引きこもっていたから、いきなり同年代の人達の中に入って大丈夫なのかと心配してたけど、ハイベルグ公爵家を支える派閥のご令嬢達や、ディアナ王女がガッチリとオリビア様を守る布陣を敷いていて、むしろ関係者以外近寄れない仕様になっている。

これはこれでどうだろうと思うけど、本人が気にしてないからいいんだろう。

ちなみに、オリビア様大好きアーサー殿下は騎士学校二年生になった。
魔法学園への入学は来年なのに、オリビア様と一緒に学園に通いたいと駄々を捏ねたらしい。

でも騎士学校のカリキュラム的に一年で卒業は出来ず、泣く泣くオリビア様と一緒の魔法学園入学はあきらめたそうだ。


アマーリエ様は無事正式にライリー様と婚約した。
学園卒業後二年間王族としての公務をこなしつつ、辺境伯夫人としての教養を深めてから嫁ぐことに決まった。

そして、アマーリエ様とライリー様が番であることは、今やメネティスの国民全員に周知されている。

私は言ってない。
誰にも。

番のことを広めたのはライリー様だ。

会う人会う人に、アマーリエ様と自分が番であることを言いふらしていた。

王女様とその騎士が番だったという小説のような出来事は、あっという間に国中に広まってしまったのだ。

アルノー先輩の時もそうだったけど、どうも男性は番のことを周りに教えたがり、女性は番のことを教えたくないという傾向があるようだ。

気持ちは分かる。


私とウィルフレッド様の婚約は、アマーリエ様とライリー様の影に隠れてひっそりと……と思ってたのに、学園中に広まってしまった。

何故ならウィルフレッド様が暇さえあれば私にピッタリくっついているから。

恥ずかしいから学園では止めてと言ったら、あの黒い瞳に涙を潤ませて見つめられてしまった。

あの目はズルい。

結局くっつくのは止められず、学園中の生徒や先生達から生温い目で見られている。



私は読んでいた本から顔を上げた。

夏の名残りの百日紅が、所々でピンク色の花房を覗かせているのが目に映る。

ここはこの時期のお気に入り、学園の中庭にある東家の後ろの大きな木の根本。

急遽空いた時間を久しぶりにひとりで過ごそうと本を読んでいたんだけど、何だか集中出来ない。

「あ…そうだ…」

確か去年の丁度この時期、この場所で、アマーリエ様が自分の婚約者候補だったライリー様達に、私を恋に落とすように言っているのを聞いたんだった。


『あのガリ勉女を恋に落としなさい!』


修平にざまあみろと言ってやるために、前世の世界には無かった魔法を極めて魔術師団に入り、あわよくば歴史に名を残そうと勉強と研究とバイトの日々を送っていた私にとって、青天の霹靂だった。

「あれから一年か…」

木々の隙間から見える青い空を眺めながら、小さく呟いた。

「怒涛の日々だったな…」

エルダー様の親衛隊に襲われたり、誘拐されたり、アマーリエ様には夏休みまで付き纏わられて大変だったけど、おかげで一年生の時はいなかった友人と呼べる人達が沢山出来た。

あと婚約者も。

結局、アマーリエ様がけしかけた相手ではなかったけど、まんまと恋に落ちてしまったことを考えると何だか悔しい。

この一年で私を取り巻く環境は大きく変わった。

王族や高位貴族との繋がりはあまり嬉しくないけど、目標だった魔術師団入団や、女性の権利向上が近付いて来たのは確かだ。

そう考えると、もしかして私は、アマーリエ様に感謝するべきなのかもしれない……嫌だけど。

すごく嫌だけど……。




「暇ですわねぇ…」

どこか弛緩した空気が漂う中、聞き慣れた少し低めで艶のある声が聞こえる。

私が座る大きな木の後ろにある東家から聞こえたようだ。

あの声は、アマーリエ様だ。

いつの間に東家に来たんだろう。
全然気が付かなかった。

「まぁ、アマーリエ様。学園での勉強のほかに国王陛下の御公務のお手伝い、辺境伯夫人となるための勉強もしなくてはいけませんのに、お暇なんですの?」

ちょっと冷たい声を響かせているのはオリビア様だ。

オリビア様は今日は朝からご機嫌斜めなのだ。
オリビア様の教室から盗聴の魔道具が見つかったせいだ。

今学園は、警備の目を掻い潜って設置された盗聴の魔道具の発見で大騒ぎになっている。
そのせいで午後の授業は中止になってしまった。

犯人は多分アーサー殿下だと思う。

アーサー殿下は王宮並みの警備体制を敷くといわれるハイベルグ公爵邸にも盗聴の魔道具を仕掛けられるくらいの手練れだから、魔法学園なんて余裕だったことだろう。

でも、王子様が犯人だと思いますとは言えない。


「オリビア様、八つ当たりはいけませんよ」

ディアナ王女がオリビア様を嗜める声が聞こえる。

「アマーリエ様はアーサー殿下のお姉様でしょう?お暇ならご自分の弟をしっかり管理してくださいませ」

オリビア様の怒りは収まらないようだ。
そして盗聴の魔道具の犯人はアーサー殿下だと決めつけている。

「えっと…アマーリエ様、お暇なのでしたら刺繍でもなさいますか?」

マチルダ様が遠慮がちな声で提案する声が聞こえた。


最近、アマーリエ様とディアナ王女、オリビア様とマチルダ様の四人はよく一緒にいる。

マクウェン領で過ごした夏休みと、その帰路ですっかり仲良くなってしまったらしい。

マチルダ様は恐れ多すぎるって困惑気味だけど。


「嫌ですわ。刺繍ならシェリルにやらせたらいいのよ。あのリドベル夫人を黙らせたのよ」

マチルダ様がプッと吹き出す音が聞こえた。


そう。
淑女教育の一環で刺繍をやらされた時、リドベル夫人は私の刺繍を見て固まってしまった。

そして、誰にでも不得意なものはあるのです。無理せず得意なものを伸ばせば良いのです。と慰めるような言葉をかけられた。

だから、やる前に苦手ですって言ったのに!


「もう違うわよ!わたくしが求めているのは、アーサーのお守りでも刺繍でもないわ!」

アマーリエ様が焦れたように声を上げる。

「じゃあ何ですの?」

マチルダ様が困ったように聞いた。

「こう…ドキドキワクワクするような……スリル溢れる冒険とか……」

「夏休みは刺激的でしたものね」

ディアナ王女が懐かしむように言った。

いや、でしたものね、じゃなくて、
王女様がスリルと冒険求めるのはおかしくないか?
そこは誰も突っ込まないのか?

「アマーリエ様、スリルが欲しいのでしたら、わたくしの新しい魔道具の実験台になってくださいませんか?」

「絶対イヤ!!!」

オリビア様の提案を秒で断るアマーリエ様。

うん。
まあそれは嫌だよね。
以前程危険なものではなくなったけどまだ威力が強くて、この前学園に忍び込んでいたアーサー殿下を吹っ飛ばしていたもんね。

「アマーリエ様、もうすぐ合同遠征実習ですわ。今年はスタンピードの直後でまだ魔物の数が多いので、ご所望のスリルと冒険を味わえると思いますわよ」

マチルダ様が何だか投げやりに提案した。

だよね。
王女様にスリルと冒険求められても困るよね。

しかしその投げやりな提案に、アマーリエ様が食い付いた。

「そうですわ!合同遠征実習!去年シェリルが作ってくれたコカトリスとキノコのスープ!あれをまた作りましょう!今度はわたくしがコカトリスを仕留めますわ!」

「「「ええー!!!」」」

ええー!!!
何それ、絶対面倒臭い!!!

「アマーリエ様、合同遠征実習では女性が前線に出ることはあまりありませんよ」

マチルダ様が諭すように言う。

「大丈夫よ!シェリルがついているもの!」

いやいや、何で私がついてる前提?!

その後も、ボアを狩れたらシェリルにローストビーフにしてもらおうとか勝手なことを言うアマーリエ様。

私はそっと立ち上がり、背にしていた大きな木を回り込む。

中庭に建てられた東家と、興奮して喋りまくっているアマーリエ様が見えた。

「アマーリエ様」

「?!…っ、あっ!シェ…シェリル…」

突然現れた私に目を丸くするアマーリエ様。

ディアナ王女とマチルダ様は困った顔をしていて、オリビア様は澄まし顔をしている。

「あ、ええと……何か…怒ってる?」

私の表情を見て、そんなことを言う。

怒ってる。
当たり前だ。
無自覚に次から次へと、振り回される身にもなって欲しい。

一年前も今日も、言いたいことはただひとつ。

今度こそ言ってやるんだから!




「王女様の暇つぶしに私を巻き込まないでください!!!」





~~~~~~~~~~~~~~

ここまでお読み頂きありがとうございます😊

大変申し訳ありませんが、また少しお休みを頂こうと思います。

え?新章始まってすぐ?
と思われると思いますが、夏休み編で終わりにすると何だか中途半端だったので、三年生編の一話だけ公開させて頂きました。

再開は十二月を目指しています。

ちょくちょくお休み頂いてしまい申し訳ありません。
またお読み頂けると嬉しいです。

むとうみつき
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