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夏休み
114 言わないで
しおりを挟む「父上にも困ったものだ。アマーリエを手放したくないのは分かるが、あんなに暴れなくても…まぁ、壁一枚で済んだのだから、良しとするか」
「王都が壊れなくて良かったですね」
レオナルド殿下がそう言って香り高い紅茶を飲み、ユラン様が当たり前みたいな顔をして怖いことを言っている。
壁が壊れてしまった応接室からレオナルド殿下の執務室に場所を移し、お茶を頂いている。
執務室にはレオナルド殿下とユラン様とウィルフレッド様と私。
ライリー様は白目を剥いて気を失ったアマーリエ様を部屋に送って行き、王妃様と側妃様は目の前でおこなわれた情熱的なプロポーズに満足してアーサー殿下と去って行き、宰相閣下は怒りが収まったらメソメソし始めた国王陛下をお仕事ですよと引き摺って行ってしまった。
引き摺られて行く国王陛下を見て、私の心の中で瓦礫になっていた国王陛下への畏怖の気持ちは、サラサラの砂になって風に飛ばされて行った。
気持ちを落ち着けるために、私も香り高い紅茶をひと口飲んだ。
ただ、私の隣りにウィルフレッド様がピッタリくっついて座っているせいで、ちょっとお茶が飲みにくい。
「ウィル様、近いです」
「慣れて」
ウィルフレッド様がそう言ってさらに腰に手を回してきた。
さっき後ろから抱きしめたら私が大声で叫んだのがショックだったらしいウィルフレッド様。
今後の為に自分が側にいるのに慣れて欲しいと言われてしまった。
そして今、私は衆目に晒されながらウィルフレッド様にくっつかれている。
これは、レオナルド殿下によるディアナ王女への羞恥プレイを止めないでいた罰なんだろうか。
自分の行いは自分に返って来るんだなぁと、しみじみと反省している。
「しかし、落ち着くところに落ち着いてくれて良かったよ」
レオナルド殿下がそう言って、満足そうな笑みを浮かべた。
アマーリエ様の婚約者は、ライリー様だった。
王女が降嫁するのは公爵家か辺境伯家、または他国の王族か同等の貴族家と決まっている。
ライリー様はこのたび、本家筋にあたるアストロス辺境伯家の養子になった。
アストロス辺境伯家は嫡男が数年前に亡くなり、次男は体が弱く療養していて跡継ぎになることを辞退している。
貴族家が養子を出す場合、通常長男は跡継ぎとして残し次男以降を養子に出すので、ライリー様のトリスタン伯爵家も、アストロス辺境伯家にはライリー様の弟を出す予定だった。
そこを入れ替えたのだ。
そして辺境伯家の跡継ぎになったライリー様が、正式にアマーリエ様に婚約の申し込みをしたということらしい。
「そんな裏技があるんなら、最初から辺境伯家の養子になってアマーリエ様に婚約を申し込めば良かったのに」
しかも、アマーリエ様と私に直前まで婚約者がライリー様だと教えてくれなかったのは、驚かせようと思ったからって……そんなサプライズいらない。
「エルダーが婚約者候補でいる間は、ライリーが辺境伯の養子になってもアマーリエ殿下と婚約することは出来なかったんですよ」
ユラン様が穏やかな笑みを浮かべながら言った。
「シュトレ公爵家はアマーリエ殿下の降嫁を期に、中央議会に返り咲くことになっていましたからね。まぁ政治的判断もありましたが、何より国王陛下がアマーリエ殿下を手元に置きたがっていたので、辺境にはやらなかったでしょう」
レオナルド殿下がお茶のカップをテーブルに戻した。
「それにライリーも拒否していた。元々アストロス辺境伯は弟ではなくライリーを養子に望んでいたんだ。アストロスは魔の森に隣接する領地の中でも魔素が濃く魔物も強いから、身体能力も魔力も秀でたライリーにアストロス領に来て欲しいと言っていたんだ。
でもライリーは、少しでも近くでアマーリエのことを見守りたいと言って、私の側近になることを希望していた」
健気だな。
ライリー様。
「それが、エルダーとの婚約が流れてユランも候補を辞退したことで、カーヴァス帝国からアマーリエに婚約の打診が来たんだ。彼奴ら姉上方を奪っておきながらアマーリエまで持っていこうなんて図々しいにも程がある」
レオナルド殿下の紅い瞳にチラリと怒りの色が浮かぶ。
「まあそのお陰で父上も、カーヴァスにやるくらいなら辺境とはいえ国内に嫁がせた方がいいと考え直してくれたのだが」
「レオナルド殿下や、王妃様と側妃様も後押ししてくれましたからね」
「叔母上なんか父上を叱り飛ばしていたからな。自分の都合ばかり押し付けずアマーリエの幸せを考えろと」
叱り飛ばされたんだ。
国王陛下。
どうしよう。
まだ少しだけ残っている国王陛下への尊敬の気持ちまで、砂になりかけている気がする。
ドンドンドン!!!
殴り付けるようなノックの音とほぼ同時にドアがバーンッ!と開いてライリー様が飛び込んで来た。
「アマーリエの寝室から追い出された!!!」
「当たり前です」
部屋に入るなりそう叫んだライリー様に、ユラン様が冷静に突っこむ。
「アマーリエは俺の番だぞ!今まで我慢してきたんだから、もう少し側にいたっていいじゃないか!」
ライリー様はプリプリしながらそう言って、空いていた1人掛けのソファーにドカッと座った。
「アマーリエ様、気が付いたんですか?」
白目剥いてたけど。
「いや、まだ気を失ったままだ。…あれ?」
ライリー様が私と私にピッタリくっつくウィルフレッド様を不思議そうな顔で見た。
「ウィルとシェリル嬢は婚約したんだ」
レオナルド殿下がサラッと言った。
ううっ。
改めて言われると恥ずかしい。
「おお!良かったな、ウィル。シェリル嬢も、おめでとう」
「…うん」
「ああぁ…ありがとうございます」
顔が赤くなったのが分かった。
隣りを見ると、そんな私をうっとりした目で見ているウィルフレッド様。
恥ずかしいから、あんまり見ないで欲しい。
「ライリーは辺境伯の条件をクリア出来たのか?」
ウィルフレッド様がライリー様に聞いた。
「条件?」
何それ?
不思議に思ってライリー様を見ると、苦虫を噛み潰したようなライリー様の顔があった。
「大叔父上も親父も酷いけど、お前達も大概だぞ。スタンピードの第一波で居なくなるなんて。第二波からは魔物の数は少なくなるけど、その分強い奴が増えるのに」
レオナルド殿下とウィルフレッド様を交互に睨みながらそう言ったライリー様に、レオナルド殿下がニヤリと笑った。
「だから後はライリーに任せたんじゃないか。辺境伯の条件はBランク以上の魔物を千匹だったろう。私達が居たんじゃ間違えてライリーの獲物を倒してしまう」
「チッ。そんなこと言ってディアナ王女に会いたかっただけだろ?まぁでも、ギリギリまで粘って何とか千匹だったからな」
そう言うライリー様の声は不満気だけど、顔はニヤついている。
「丁度よくスタンピードが無かったら、Bクラス以上の魔物千匹なんて数年がかりだった。今回に関してはスタンピードに感謝だな」
どんどん話しが進んでしまって困惑する私に、ユラン様が穏やかな笑みを浮かべて言った。
「アストロス辺境伯は、アマーリエ殿下と結婚したいから養子になりたいと言ったライリーに、条件を付けたんですよ。養子になりたければ、Bクラス以上の魔物を千匹討伐しろと」
「でも、辺境伯は元々ライリー様を養子に欲しがっていたんですよね?」
何で希望通りになるのに条件をつけるんだ。
「簡単に手に入ったらつまらんだろうとさ!面白がってるだけだ、あのクソじじい共!親父まで大叔父上の話しに乗っかって、愛には試練が必要だとか言いやがって…」
悔しそうに言うライリー様を見ながら、レオナルド殿下が神妙な顔で言った。
「だがアマーリエと結婚したい一心で高ランクの魔物を狩りまくるライリーの姿は、アストロス領の騎士達の心を掴んだと聞いた。
魔の森に隣接した領地では、スタンピードが起きた時は領主自ら先頭に立ち魔物を討伐する。領主には剣や魔法の実力は元より、その人間性による求心力も求められるのだ。愛する者の為に体を張ることを厭わないライリーは、時期領主に相応しいと騎士達に認められたようだ」
「おお~」
それは凄い。
「大変だった…本当に大変だった。アストロス領の騎士も領民も、一癖どころか二癖も三癖もある奴ばっかりで大変だった…」
ライリー様が遠い目になっている。
まあ、何はともあれ、
「ライリー様」
「ん?」
「ご婚約、おめでとうございます」
ライリー様は一瞬驚いたように目を見開いた後、その橙色の瞳を輝かせて頬を染め、少年のようなあどけない笑顔を見せた。
「シェリル」
お祝いムードのレオナルド殿下の執務室から自室に戻る途中、柱の影から声が聞こえた。
はみ出す銀色の髪と紅い瞳。
どうやら無事お目覚めになったらしいアマーリエ様がいた。
「何ですか?」
そう聞くと、柱の影から白い手がヒラヒラと手招きをする。
仕方ないので近づいて聞く。
「何ですか?アマーリエ様」
「う…あ…」
半分隠れたまま、何やらもじもじしているアマーリエ様。
よく見ると顔が赤い。
「い…言わないで欲しいのっ」
「何をですか?」
「あ…その…」
もじもじが酷くなった。
ああ、
あのことかな?
「白目剥いてたことですか?」
「え?!何それ!!!」
驚いた顔をしたアマーリエ様が、柱の影から飛び出してきた。
「え?さっき気を失った時、白目剥いてたことを言わないでって話しじゃないんですか?」
「ちっ違うわ!…うっ!でもそれも言わないで頂戴!誰にもよ!!!」
「じゃあ何ですか?」
私が聞くと、さらに真っ赤な顔になって俯いてしまった。
「アマーリエ様?」
「………つがい」
「番?」
「っつ、番のこと!言わないで!誰にも!!!」
「え?…あっ!」
まるで叫ぶようにそう言うと、引き止める間もなく王宮の廊下を走って逃げて行くアマーリエ様。
「ああぁ…」
その後ろ姿を見ながら思った。
まあ、そうだよね。
思春期女子に番って、恥ずかしいよね。
気持ちは分かります。
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