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三年生
116 オリビア様の進む道 ※オリビア視点
しおりを挟む大変お待たせいたしました。
三年生編は他登場人物視点で物語りが進みます。
苦手な方は申し訳ありません。
お楽しみ頂けると嬉しいです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「まったくもう!」
わたくしは怒りを抑えられず、思わず声を出してしまった。
「オリビア、落ち着きなさい」
わたくしと同じブルーグレーの瞳が嗜めるように見た。
「でも、お兄様。今日の放課後は魔道具クラブの先輩に新作を見せて頂く予定でしたのに、あの馬鹿が学園に盗聴の魔道具を仕掛けたせいで見れなかったんですのよ」
わたくしの教室や食堂のお気に入りの席の近くに、いつの間にか仕掛けられていた盗聴の魔道具のせいで、午後の授業やクラブ活動がまるごと中止になってしまった。
迎えの馬車が来るまでアマーリエ様達と中庭の東家で少しお話しは出来たけど、それくらいじゃこの苛立ちは収まらない。
まあ、アマーリエ様がシェリルお姉様にやり込められていたのは面白かったけど。
「あの馬鹿が犯人だと決まったわけではないですよ」
向かい合わせで馬車に乗るお兄様は、わたくしを屋敷に送ったら、また学園に戻ることになっている。
今回の盗聴事件の調査に協力するそうだ。
「あの馬鹿以外にいませんわ。盗聴の魔道具なんて高価なものを何個も警備の厳しい学園に仕掛けることが出来るなんて」
あの馬鹿とは、メネティス王国第二王子アーサーのことだ。
いつの頃からか我が家では、家族はもちろん使用人までアーサーのことをあの馬鹿と呼ぶようになっている。
わたくしとアーサーは婚約者だった。
わたくしが六歳の時、ひとつ歳上の幼馴染であるアーサーから、将来結婚して欲しいとプロポーズされたのだ。
正直、嬉しかった。
アーサーは王宮に集まる子供達の中で一番年齢が近くて一緒にいることが多かったし、いつもわたくしに優しかったから。
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話しを聞いた国王陛下は、アーサーとわたくしを婚約させた。
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当時のわたくしに政治のことは分からなかったけど、公爵家の娘として国を安定させる為の婚姻は義務でもある。
知らされた時も特に不満はなかった。
寧ろ、わたくしは幸運だと思っていた。
公爵家の娘として、会ったこともない男性に嫁ぐのではなく、幼馴染で大好きなアーサーに嫁げるのだから。
でも、王子妃教育が始まってからわたくしの世界は大きく変わってしまった。
わたくしにつけられた教育係達はシュトレ強硬派の手の者で、わたくしをアーサーの婚約者から引き摺り下ろそうとしていたのだ。
難し過ぎた勉強の内容も、厳し過ぎた淑女教育も、出来ないのはわたくしの努力が足りないからだと責められる日々。
辛かったけど、必死になって努力した。
アーサーと結婚する為、何より公爵家の娘としての立場が、途中で投げ出すことを許さなかった。
そのうち、そんな私に痺れを切らしたのか、精神魔法に対する抵抗力を付けるという名目で洗脳が始まった。
自分に自信がなくなって、叱られてばかりの勉強や淑女教育が、それまで以上に重く苦しいものとしてわたくしにのしかかってきた。
父や兄、公爵家の使用人や周りにいる人達のことを信じる気持ちも封じられ、辛い気持ちを誰かに相談することも出来なくなってしまった。
さらに、婚約者であるアーサーとの関係も変わってしまった。
アーサーはわたくしに冷たくなって、前は毎日のように会っていたのに滅多に顔を見ることもなくなり、たまに目にする時はほかの令嬢と一緒だった。
婚約者であるアーサーに冷遇されるようになったわたくしは、同年代の令嬢やその取り巻きに、王子妃に相応しくないと嫌がらせを受けるようになった。
後で知ったことだけど、この頃アーサーは自身の教育係から、婚約者に甘い顔をしてはいけないと誘導されていたそうだ。
でもそんなことを知らないわたくしは、それまでいつも優しくて、大好きだったアーサーの冷たい態度に傷付いた。
毎日苦しくて堪らなかった。
アーサーの婚約者であることに喜びを感じなくなったわたくしが、それでも耐えていられたのは、公爵家の娘として義務を果たさなくてはという責任感があったからだった。
「オリビア、魔族の血が濃い王族の愛情は深くて強い。あの馬鹿の行動は悪い方へ向かっています。執着軽減の首輪も、あの見た目から王族につけさせるわけにはいかないと反対意見が強い」
お兄様が心配そうにわたくしを見てそう言った。
「あれが取り返しのつかないことをする前に、他国に留学する話しをもう一度考えてみませんか?」
「お兄様…」
シュトレ強硬派の悪意でわたくしが心を壊し、婚約が解消になったら、アーサーがおかしくなった。
わたくしの肖像画を何百枚と書かせて部屋中に貼ったり、我が家に忍び込んでわたくしの私物を持って行ったり、盗聴の魔道具を仕掛けたり、
夜中にふと目が覚めたら、アーサーが眠るわたくしに覆い被さってあの紅い目でじっとりと見ていたことがあって、心臓が止まるかと思うくらい驚いた。
これには流石にお父様とお兄様がお怒りになって、王家に抗議文を送り、ついでにアーサーの部屋に張り巡らされていたわたくしの肖像画を没収した。
まぁ、その後も懲りずに毎年肖像画を描かせているようだけど。
この時、アーサーのわたくしへの執着を心配したお父様から、他国への留学の話しをされたのだ。
でもわたくしはその頃、留学するよりも修道院に入りたいと考えていたから、話しは流れてしまっていた。
「お兄様。この夏マクウェン領にも護衛に扮して付いて来ていたのはご存知でしょう?他国に逃げても追いかけてくるに決まっていますわ」
「……そうですね」
お兄様は小さく溜息を吐いた。
アーサーがわたくしを心から想っているのは確かだろう。
執着は深すぎる愛情から来るものなのだから。
あの当時、まだ子供だったわたくし達に、大人達の悪意は分からなかった。
アーサーがわたくしに冷たくしたのも、わたくしが心を壊したのも、当時のわたくし達にはどうにも出来なかったと思う。
でも……
アーサーが悪いわけではないと頭では分かっているけど、アーサーを見るとどうしても、苦しかったあの頃を思い出してしてしまう。
執着を発症するほどわたくしのことが好きだったのなら、どうしてあの時守ってくれなかったのかと、助けてくれなかったのかと、怒鳴り散らしたくなってしまうのだ。
「それに、魔道具を学ぶならメネティス王立魔法学園が一番ですわ。魔道具の第一人者であるオーガスト先生もいらっしゃいますし、そもそもの魔法研究自体、メネティス王国に並ぶ国はほかにありませんもの」
「オリビア…」
お兄様の眉間に少しだけ皺が寄る。
そしてスゥッと馬車の中の空気が冷たくなった。
「そうですね。いざとなったらあの馬鹿を密かに……」
「お兄様、それは口に出してはいけませんわ」
「ああ、失礼」
たとえ兄妹ふたりきりの馬車の中でも、王族に対する不穏な発言は控えたほうがいい。
お兄様はわたくしが王子妃教育の中で洗脳されていたことは知らない。
王宮の王子妃教育で、悪意を持って洗脳がおこなわれたことは国家の機密事項だ。
当初は国王陛下と王妃様、宰相であるお父様と魔術師団長のカルロス様しか知らなかったくらい秘密裏に処理されたのだ。
わたくしが魔法学園へ入学することが決まった際に、何かあった時の相談役としてレオナルド殿下とディアナ様には知らされたけど、それでもおいそれと話していいことではない。
家族にすら言えない秘密を抱えるのは、思っていた以上に辛いことだった。
でも……
お兄様は洗脳のことを知らなくても、こんなにアーサーに対して憤り、わたくしを心配してくれている。
わたくしの心の痛みが少しでも軽くなるようにと、シェリルお姉様に癒しの魔術をかけて欲しいとお願いするほどに。
「ふふっ」
思わず笑ってしまった。
「オリビア?」
お兄様が突然笑ったわたくしを不思議そうに見ている。
「こうして、学園に通えていること自体が奇跡のようだと思ったのですわ。お兄様、わたくし負けません。どんな妨害があろうとわたくし自身の夢を叶えてみせますわ」
課せられた責任も果たせず、何の役に立つことも出来ないお荷物になってしまったと自分を責めていた時、まるで一筋の光がさすようにわたくしの前に現れたシェリルお姉様。
女性の身でありながら魔術師団入りを目指し、新しい魔法の研究をしているというシェリルお姉様のお話しは、わたくしの価値観を根本から覆えすものだった。
わたくしの価値は公爵家の娘であることで、その立場を持って婚姻し家同士を繋ぎ子を生むことだと思っていた。
でも、大好きな魔道具を作って、虐げられている女性達や人々の役に立つことが出来たら、わたくし自身が価値のある人間になれるのではないか。
そう気付いて、目から鱗が落ちた。
生まれついた立場ではなく、わたくし自身が価値のある人になる。
その可能性に身震いした。
わたくしはまだ十三歳。
アーサーとの婚約で人生のドン底を味わったと思っていたけど、よく考えたらこれから先の人生のほうがずっと長い。
だったら……
わたくしは、わたくしの為にも、わたくし自身が人々の役に立つと認めさせよう。
公爵家の娘という立場がなくても、わたくし自身に価値があるのだと証明してみせよう。
その為の努力は惜しまない。
そしてわたくしの進む道を邪魔するものは許さない。
「お兄様、アーサー第二王子殿下と面会の手続きをしてくださいませ」
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