【完結】王女様の暇つぶしに私を巻き込まないでください

むとうみつき

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二年生 後期

63 不憫

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エルダー様……何で……?


魔力のうねる音が止み、恐ろしいくらいの静寂に包まれる。

フワリとシールドが解ける気配。

怖い。
どうなったのかなんて見たくない。

体がガタガタと震えて、蹲ったまま動けない……。


「シェリル!」
「シェリル嬢!」

聞き慣れた声がした。

驚いて顔を上げると、崩れた壁の穴からウィルフレッド様とアルノー先輩が駆け寄ってくるのが見えた。

「シェリル、大丈夫?」

ウィルフレッド様が私の隣りに跪き、着ていたローブをそっとかけてくれる。

「あ…あ…、ウィル様……エルダー様が……」

体の震えが止まらなくて、言葉が上手く出てこない。

「大丈夫。無事だ」

ウィルフレッド様が見たほうへ視線を向けると、黒い騎士服の集団に囲まれたエルダー様がいた。

呆然とした表情で視線を彷徨わせているけど、生きてる。

生きてる!

生きてる!!!

良かった!!!


ダバーッと涙があふれてきた。

「あ、シェリル…これ…」

ウィルフレッド様がハンカチを差し出してくれた。

ありがたく受け取って、ダバダバ流れる涙を拭う。
ついでにズルズル出てきた鼻水も拭く。

「シェリル嬢、無事で良かった」

アルノー先輩がそう言って、立てるか?と聞いてきた。

正直まったく足に力が入らない。

ウィルフレッド様が抱えて行こうかと言ってくれたけど、そんな恥ずかしいこと出来る訳がない。

なんとか自力で立ち上がろうともがいていたら、魔力を封じる黒い手枷を嵌められて、両脇を騎士に支えられたエルダー様が私の前を通り過ぎようとしていた。


「ちょっと待ってください!」

思わず声を上げていた。
ふんむぅと力を込めて根性で立ち上がり、まだ震える足を叱咤しながらエルダー様の前に行く。

このままじゃ私の気がすまない。

エルダー様は私を見ないように俯いてしまった。

ふざけんな!

私は怪我をしていない右手をいっぱいに開き、大きく振りかぶる。


「振られたくらいで死のうとすんなー!!!」


ペッチーンッ


…微妙な音がした。

思わず自分の右手を見る。
ちょっとピリピリしている。

エルダー様の打たれた頬を見る。
特に変化はない。

エルダー様は目をまん丸にして私を見ている。


「え?今の全力?」

アルノー先輩の空気を読まない声がして、一気に顔に血が集まって赤くなったのが分かった。

「くっ…」

なんてことだ!
これじゃあウィンターパーティーの二の舞だ。
もっと握力鍛えておけば良かった。


「フッ…クククッ…アハハハハ!」

エルダー様が堪え切れずに笑い出した。
周囲の騎士達は苦笑いをしている。

穴があったら入って上から土を被りたい。

「はあ……シェリル…」

笑い終わったエルダー様が私を正面から見た。

「愛してるよ」

そう言って私に向かって微笑んだエルダー様は、今までのどんな笑顔より優しく穏やかに見えた。


エルダー様は騎士達に囲まれて、壊れた壁の穴から出て行った。


「私達も行こう」

ウィルフレッド様が私の右手を握り、そっと引かれて建物の外に出る。
すでに夕闇に包まれた何処か郊外の景色の中、無紋の真っ黒な馬車に寄りかかるレオナルド殿下がいた。

レオナルド殿下は何も言わず、私の頭をポンポン叩くと馬車に乗るように促した。


馬車の中は魔道具の灯りが仄かにともっていた。
レオナルド殿下は窓のカーテンを閉め、私の向いに座り、ウィルフレッド様はレオナルド殿下の隣りに腰を下ろした。

馬車の中はの三人だけ。
アルノー先輩は馬に乗って、他の騎士達と一緒に馬車の警護をするようだ。

「怖い思いをさせて済まなかった」

馬車が動き出すと、開口一番レオナルド殿下に謝られた。

「レオナルド殿下のせいじゃありませんから、謝らないでください」

王族からの謝罪だなんて逆に怖い。

「いや、エルダーの様子がおかしいと警戒してはいたんだが、後手に回ってしまった」

「ごめん、シェリル。私が魔力暴走を起こしたせいで初動が遅れたんだ」

ウィルフレッド様が申し訳なさそうに俯く。

「そんなの!こうして助けてもらえたんですから何の問題もないですよ。それより、ウィル様が無事で本当に良かったです」

本当に、ウィルフレッド様が無事で良かった。
ウィルフレッド様に何かあったらと思うと気が気じゃなかった。

「シェリル…」

名を呼ばれウィルフレッド様を見ると、藍色の髪はボサボサで黒い瞳の周りは充血しているし、目の下には濃いクマが出来ている。

控えめに言ってもボロボロだ。

魔力暴走を起こして体は限界のはずだ。
本当なら休んでいたほうがいいんだろう。

それなのに、わざわざ私を助けに来てくれたのかな?

そう思ったら、胸のあたりがキュウッとなった。

思わず向いに座っているウィルフレッド様に手を伸ばすと、ウィルフレッド様も私に向かって手を伸ばして…。

「ゴホンッ」

もう少しで手が触れそうなところでレオナルド殿下が咳払いをした。
ウィルフレッド様の手があっという間に引っ込められる。

あれ?今、私は何を…?

「シェリル嬢、怖い思いをしたばかりのところを申し訳ないが、あの屋敷で何があったのか教えて欲しい」

レオナルド殿下がそう言って私を見ている。

「あ、はい」

私は目が覚めたらあの乙女な部屋に足枷つきで寝かされていていたこと、エルダー様が私に執着していると気付いたこと、エルダー様が魔力暴走で自ら命を絶とうとしたことを話した。

話し終わっても二人とも何も言わず、何か考え込んでいるようだ。

「あの」

「ん?何だ?」

声をかけるとレオナルド殿下が顔を上げた。

「エルダー様は、どうなるんですか?」

エルダー様を連れて行った黒い騎士服の人達は魔法騎士隊だ。
大ごとになる前に納めようと思っていたのに、余程の有事じゃないと出てこない魔法騎士隊まで出て来てしまったら、もうごめんなさいじゃ済まないだろう。

「人の心配をしている場合じゃないぞ」

レオナルド殿下が私を見ながら言った。

「君はウィルの魔力暴走に巻き込まれて王宮で療養中としているが、春祭り真っ最中に起こった事件だ。緘口令は敷いたが、エルダーのこれまでの様子と処分を見て、変に勘ぐる輩も出てくるだろう」

人の口に戸は建てられない。
私がエルダー様に誘拐されていたのは事実だ。
何もされていなくても、今回のことが私にとって醜聞になるということか。

「うちは田舎の男爵家で、兄も姉もすでに結婚していますから、今回のことが醜聞になっても特に変わらず生活出来るでしょう。
あと、もし私の縁談に影響があると心配してくださっているなら、そちらも問題ありません」

私の答えにウィルフレッド様が驚いたように顔を上げた。

「もともと、魔術師団に入って魔法の研究をしたいから結婚は考えていなかったんです。だから大丈夫ですよ」

レオナルド殿下も目を丸くしている。

男尊女卑が根強いこの世界で、結婚してからも女性が仕事を続けることは難しい。
平民ならまだしも貴族女性は全くないと言えるだろう。

だったら結婚なんてしないほうがいい。

まあでも、この世界の貴族女性の在り方から逸脱しているのは確かだから、ウィルフレッド様やレオナルド殿下が驚くのも無理はない。

「あ…え…?」

ウィルフレッド様が口をパクパクさせている。
さっきより顔色が悪い。
やっぱり無理してるんだろうか。

「ウィル様、大丈夫ですか?魔力譲渡しましょうか?」

「必要ない」

答えたのはレオナルド殿下。
いや、何で貴方が答えるの?

「再度言うが、君は王宮で療養していることになっている。暫く学園は休んでもらう。その間に怪我の治療と詳しい事情聴取を行うことになる」

「授業はどうするんですか?!」

五月には学年末試験があるのに!

「シェリル嬢なら大丈夫だろう」

「大丈夫じゃありません!」

何で気軽に大丈夫とか言えるんだ?
魔術師団に入るためにも、成績上位は外せないのに!

「あ…わ、私が、その日の授業内容を教えに行く」

ウィルフレッド様の小さな声が聞こえた。

「え?それは…ありがたいですけど、ウィル様体調大丈夫なんですか?さっきより顔色悪くなってますよ?」

ウィルフレッド様は、もはや座席に沈み込みそうなくらいグッタリして顔色も土気色になっている。

「ウィルが教えるなら問題ないだろう」

私の言葉はスルーされ、レオナルド殿下によって話しが終わる。

いや、だからウィルフレッド様は大丈夫なんですか?
と心配する私を他所に馬車は王都に入り、ウィルフレッド様をメーデイア公爵邸の前で降ろすと代わりにアルノー先輩が馬車に乗り王宮に向かった。


「君は本当に分かっていないのか?」

「何がですか?」

王宮に向かう馬車の中で、レオナルド殿下が不機嫌そうに言ってきた。

「ウィルのことだ」

「ウィル様、やっぱり魔力譲渡したほうが良かったんじゃないですか?すごく具合悪そうだったじゃないですか」

あの後何度も魔力譲渡しましょうかと声をかけたのに、却下したのはレオナルド殿下だ。

「体調のことじゃない」

「え?違うんですか?」

ほかに何があるというんだろう?

「不憫だな」

「不憫?私が?」

レオナルド殿下が深い溜息を吐いた。

「君じゃない」

じゃあ誰が?と聞いたけど、また深い溜息を返されただけだった。
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