【完結】王女様の暇つぶしに私を巻き込まないでください

むとうみつき

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二年生 後期

62 それもうやらなくていいですよ

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「エルダー様、そんなことのために私を誘拐したんですか?」

「そんなことなんかじゃない!何よりも大切なことだよ」

エルダー様はそう言いながら、私の右手に頬を擦り寄せついでに口付けをしている。

うう~ん、どうしよう。
何でエルダー様はこんなにアマーリエ様の暇つぶしにこだわっているんだろう。
大体、こんなことしてもアマーリエ様の降嫁先に選ばれるはずはない。
むしろ問題ありとして候補から外される可能性のほうが高い。


「エルダー様」

「なに?シェリル」

「私、知ってるんです」

「何を?」

「アマーリエ様が暇だからって、エルダー様達に私を恋に落とすように命令したこと」

「え?!」

「だから、無理しなくていいです。むしろしないでください」

「えええ?!」

エルダー様は私の手を掴んだまま、驚愕の表情を浮かべている。

「エルダー様、今なら間に合います。アマーリエ様の暇つぶしに付き合ってやり過ぎてしまったと、正直に言って謝りましょう」

私は見開いたままのエルダー様の目を見ながら言った。
今ならまだ叱られるくらいで済むかもしれない。

エルダー様はあからさまに狼狽えている。

いくら王族のアマーリエ様の暇をつぶすためとはいえ、このままだとエルダー様やシュトレ公爵家が処分を受けることになってしまう。

ただの暇つぶしにしては大ごとになり過ぎだ。

「ち、違う!違うよシェリル!僕は本当に君のことが好きなんだ!」

エルダー様が慌てたように私の手を引き寄せる。

「エルダー様、それもうやらなくていいですよ」

「違うってば!確かに最初はアマーリエ様に言われてシェリルを口説いてたけど、今は本当に好きなんだ!」

ええ?

「信じて、シェリル」

真っ直ぐ私の目を見てそう言うエルダー様。

えっと、何言ってんだろう?

理解出来ず固まる私に、エルダー様が言う。

「アマーリエ様の暇つぶしも、癒しの魔術も、派閥のゴタゴタも関係ない。僕がシェリルのことが好きだから、シェリルを攫ったんだよ」

そう言って満面の笑みで私を見るエルダー様。
いや、そんなきらめく笑顔を向けられても困る。

「え…と、それはそれで犯罪ですよ」

困惑したままエルダー様に言ってみる。

「いけないことなのは分かってるよ。でも、シェリルは放っておくとすぐ他の男と仲良くなっちゃうし、早く捕まえて僕だけのものにしないと、おかしくなりそうだったんだ」

ええーっと。
これはもしかして…。

「それで攫ったと?」

「うん」

「この鎖は?」

「繋いでおけばどこにも行けないでしょ?」

「…なるほど」

分かった。
今の状況理解した。

多分アレだ。
それ以外考えられない。

私はエルダー様を真っ直ぐに見て言った。


「エルダー様、それは執着だって気付いていますか?」



『執着』それは魔族の血を引くものにとって、血の呪いともいうべき病いだ。

物でも人でも、好ましいと感じたものに強く執着し、手に入れるためなら犯罪に手を染めることもある。
毎年数人『執着』によって我と我が身を滅ぼし、闇の神の神殿に送られたり、場合によっては犯罪者として裁かれている。


「しゅう…ちゃく…?」

エルダー様の目が大きく見開かれていく。

「周囲の状況や迷惑を考えましたか?私のことを手に入れたいからって、していいことと悪いことの区別がつかなくなっていませんか?」

なるべく穏やかな声で話しかける。
今の自分の状況が、普通ではないことに気付いて欲しい。

この病気は自覚することが難しい。
でも、自覚して感情を制御出来れば症状を抑えることが出来るはず。


『執着』に明確な治療法や薬はない。

一番はそもそも物事に執着しないように、感情の制御をすることだ。
魔法を使うためにも感情の制御は不可欠だけど、特に魔族の血を濃く引くメネティス王国の貴族達が幼い頃から感情制御を徹底的に学ばされるのは、血の病いである執着を発症しないためだ。

それでも執着を発症してしまったら、安寧と癒しを司る闇の神の神殿で一生過ごすことになる。
要するに、執着したものと隔離させ幽閉するのだ。


「執着…」

パタリ、とエルダー様の手が私の手を離れ布団の上に落ちる。

「これが…執着…」

「エルダー様、大丈夫ですか?」

声をかけると、エルダー様の瞳が揺れるのが見えた。

「シュトレ家は…執着の度合いが強いんだ。過去何人も、一族の者が執着で身を滅ぼしている」

エルダー様が気まずそうに私から目を逸らした。

「そうか…執着……。僕は…」

そのまま下を向き項垂れてしまった。
エルダー様の周囲だけ、どんよりと重苦しい空気に包まれる。


「エルダー様?」

「………」

返事はない。
でもこの先のことを考えると、のんびりしている時間はない。

「エルダー様、私は国に保護されている身です。このまま私を監禁していたら、エルダー様は国に楯突いた犯罪者になってしまいます」

嫡男であるエルダー様が犯罪者になったら、シュトレ公爵家だってただでは済まないだろう。

「………」

相変わらず下を向いたまま項垂れているエルダー様。

「自首しましょう、エルダー様」

私を攫った時点で犯罪であることに変わりはないけど、執着に囚われている人に正常な判断は難しい。
でも、この状況が執着であることを自覚して自首すれば、減刑を願うことが出来るかもしれない。


エルダー様には散々迷惑かけられて来た。
ウィンターパーティーでの壁ドンは本気で腹がたったし、親衛隊がしたことついては慰謝料請求したいけど、血の病いである執着で身を滅ぼすのは見たくない。

「シェリル…」

俯いたままのエルダー様から、小さな声が聞こえた。

「僕…本当にシェリルのことが好きなんだ」

「……はい」

それは本当なんだろう。
魔族の執着は、もともと好ましいと思ったものに対して歯止めが効かなくなることをいうのだから。

「それだけは、信じて欲しい」

俯いたままのエルダー様の肩が、微かに震えているのが分かった。

いつからエルダー様が私のことを本当に好きだったのかは分からないけど、だとしたら私の素っ気ない態度はエルダー様を傷付けていたかもしれない。

「……はい」

想いに気付けなかった申し訳なさから、神妙な気持ちで返事を返す。

……いや、待て。
そもそも最初はアマーリエ様の暇つぶしのために口説いてたのは間違いない。
私が申し訳ない気持ちになる必要はなくないか?

そんなことを考えていたら、ふいにエルダー様が大きな溜息を吐き顔を上げた。

どことなくスッキリした顔つきのエルダー様は、首に下げていたネックレスを外し私に差し出した。

トップには緑の石がついた金色の小さな鍵。

「足枷の鍵だよ」

おお!

「あ、ありがとうございます」

思わずお礼を言ってそそくさと足枷を外す。
足枷を外した途端に何ともいえない解放感を感じる。

同時にエルダー様が正気になってくれたことに安心した。

良かった。
丸一日行方不明になってたことになるけど、急いで戻ってレオナルド殿下に事情を話せば、あまり大ごとにならなくてすむかもしれない。

「シェリル、その鍵返して」

「はい」

エルダー様に鍵を返すと、何故か私の首にかけた。

「本当は分かってたんだ」

私に笑顔を向けるエルダー様。
ここ最近の無理矢理な笑顔じゃなくて、以前のような心からの笑顔。

「?…何をですか?」

「こんな風に攫ってきて、ここに閉じ込めても、シェリルが僕を好きになってくれることはないって」

分かってたんならやらないで欲しかった。
そう言おうとしたら、突然エルダー様と私の間にシールドが張られた。

「え?!」

「ごめんね、シェリル」

シールドの向こうでエルダー様はそう言うと、自身から大量の魔力を放出させた。

ゴオウッと音を立てて部屋中の家具や調度品が、私を包むシールドの外で巻き上がる。


これは……

ーーー魔力暴走?!


「ちょっ!エルダー様!何してるんですか?!」

シールドは首にかけられた足枷の鍵を中心に私を守るように張られていて、叩いてもぶつかっても通れない。
風魔法を当ててみたけど壊れもしない。

そんなことをしている間に、部屋の中はエルダー様から溢れた魔力がゴウゴウとうねり始めた。


「エルダー様!」

シールドを叩き過ぎて左手の包帯に血が滲むのが見えた。


エルダー様は自分で自分を終わりにしようとしている。

そんなの嫌だ!


「シェリル、ごめんね」


魔力がうねる音の中で、穏やかなエルダー様の声が私の耳に届いた。


「嫌!こんなの嫌!」



ドオーン!!!
ガラガラガラガラ!!!


凄まじい破裂音と何かが崩れ落ちる音。

私はその場に蹲り目をギュッと瞑って両手で耳を塞いだ。
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