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二年生 冬休み

33 星祭りの夜

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「マチルダ様、無事叔母さんと会えたかな」

今日は十二月三十日、一年の終わりの日であり星祭りの日だ。
予定では星祭り前にリーバイ男爵領に着くと言っていた。

「ほら、ぼんやりしてないで料理を運びな」

感傷に浸る間もなく、女将さんに出来上がった料理を渡された。

星祭りの今日は夜通し花火が打ち上がり、一年を無事過ごせたことに感謝し、新しい年に願いをかける。

特に王都で魔術師団が打ち上げる魔法花火は豪華で荘厳なので、花火を見ようとわざわざ王都を訪れる人も多く、女性専用宿であるここもいつもと違うお客さんが多い。

アンさんとセイラさんは護衛の仕事が忙しいらしくて、最近宿には帰って来ない。

「シェリル、今日はここまででいいよ。朝からありがとな。助かったよ」

旦那さんが厨房から出て来て言った。
今日は宿のお客さんも外に繰り出す人が多いから、食堂はあまり混んでいない。
時間を見るとまだ十九時だった。

「人は多いけどその分変な奴もいるから、気を付けて帰るんだよ」

「明日もよろしくな」

女将さんと旦那さんに見送られて外に出る。
通りは人でいっぱいだ。

寮の門限までまだ時間があるし、せっかくだから教会でお祈りして帰ろうと、一番近い中央神殿に足を向ける。

パパーン!パンッ!
ドオーン!!!

そこらじゅうで上がる小さな打ち上げ花火と、お城から上がる魔法の花火。

お城から打ち上がった魔法の花火は、赤い鱗のドラゴンの姿になり、星の散らばる夜空を駆け上がって行った。

あれひとつで私の魔力何人分だろうと考えていたら、前を歩いていた大柄な男性が、酔っているのかふらついて私にぶつかって来た。

「きゃあ!」
「おっとぉ!」

突然のことに踏ん張れず、後ろに尻もちをついて座り込んでしまった。
ぶつかって来た男性は、私を見てチッと舌打ちした。

「気ぃ付けろ!このガキ!」

「ちょっと待て!この酔っ払い!」

思わず口が出ていた。

「ぶつかってきたのはそっちでしょう!」

去りかけていた酔っ払いとその仲間が振り返る。
すると酔っ払いの仲間が私を指差して言った。

「あっ!このガキ、そこの女宿に入ろうとしたら文句言って来たヤツだ!」

「ああ!アイツか?」

あ!前に宿屋に入ろうとした馬鹿な奴らだ!

「おう!丁度いいや。ちょっと痛い目見せてやろうか!」

そう言って腕まくりしながら私に近付く男達。
私は急いで体の中の魔力を集める。
洗濯機みたいにくるくる回してやろう。

ビュウウウ!!!

「うわあー!」
「ギャアー!!!」

私が魔力を練り上げる前に、男達がヒュンヒュンと上に飛ばされて行った。

「あれ?」

「シェリル…」

呼ばれて振り返ると、困った顔をしたウィルフレッド様がいた。

「無茶したら駄目だろう」

優しく嗜められた。

「アイツらくらい、私の魔力でもくるくる回せます」

「そういう問題じゃない」

口調は優しいけど少し怒っているようだ。

「降ろせー!!!」
「ふざけんなぁ!」

見上げると、私に襲いかかろうとしていた馬鹿な奴らが、夜空に浮いたままバタバタしている。

「アレ、もっと高く上げられますか?」

「…出来なくはない…けど、何の為に?」

「今日は星祭りですから、花火みたいに高く高く高く高く打ち上げておけば、もう悪さは出来なくなるかなと思って」

「成る程…」

ウィルフレッド様が魔力を練り上げ男達に向けて放出…

「止めてくれぇ!」
「ごめんなさい!許してください!」

男達が涙目になって謝った所で警備隊が来た。
警備隊に男達を引き渡し、私とウィルフレッド様は星祭りに浮かれる通りを歩き始めた。

「ウィル様は、ひとりで星祭り見物ですか?」

前に馬車で送ってもらった時もそうだったけど、ウィルフレッド様は公爵家のご子息なのに、従者も護衛もついていない。

「う…あ…そう、だな」

何だか歯切れの悪い返事だ。

「逢引きですか?」

「なっ!ち、違う!そんなんじゃない!」

物凄い勢いで首を横に振られた。

違うのか。

ウィルフレッド様に婚約者はいなかったはずだ。
三男とはいえ公爵子息で、将来魔術師団入りが確定してるウィルフレッド様なら引くて数多だろうに。

「シェリルは…その…」

「私はバイトの帰りです。いつもより少し早く上がらせてもらったので、帰る前にお祈りして来ようと思って」

「早めに来ていて良かった…」

「ん?何か言いましたか?」

声が小さくて聞き取れなかった。
ウィルフレッド様が首を横に振る。

「中央神殿に行くのか?」

「そうですね。一番近いですし」

「私も…」

「お祈りに行く所だったんですか?」

「…あ、ああ」

「じゃあ、一緒に行きませんか?」

私がそう言うと、ウィルフレッド様はその場で固まってしまった。

「え?あの、嫌なら別に…」

「嫌じゃない!」

あ、嫌で固まったわけでは無かったんだ。

「い、一緒に行く」

ウィルフレッド様はそう言って歩き出す。
中央神殿に近づくと、お祈りに行く人で溢れていた。
人に押されてウィルフレッド様と離れそうになる。

と、ウィルフレッド様が手を伸ばし私の左手を掴んだ。
大きくて温かい手。

「は、逸れると、危ないから」

「…あ、はい」

未婚の男女が手を繋ぐってどうなんだろう…と貴族的常識が頭をよぎる。

まあでも、ウィルフレッド様も私も婚約者はいないし、仲間だからいいのかな。
実際手を繋いでいないと逸れてしまいそうだし、それに……。

ウィルフレッド様の手は、温かくて気持ちいい。
まるで魔力を譲渡してもらった時のように、心地よい安心感が繋いだ手から伝わってくる。

私は思わず、ウィルフレッド様の手をキュッと握り返した。


人が溢れる神殿で二人並んで祈りを捧げ、帰りは寮までウィルフレッド様が送ってくれた。

ウィルフレッド様は、さすが魔術師団入り確実と言われるだけあって魔法のことにとても詳しかった。

メネティス王国の初代国王陛下が作った魔道具の研究をしているそうで、これまで解明出来なくて原理が謎だった魔道具の魔術式に、癒しの魔術が使われている可能性があると嬉しそうに話してくれた。

私の研究が、ほかの魔法研究の役に立っていることが分かって純粋に嬉しい。

学園の先生達以外で、こんな風に魔法や研究の話しをしたのは初めてで、寮についてしまったのが残念に思えるくらい楽しい時間だった。



寮の部屋に帰ると、窓から王宮の魔法花火が見えた。

この世界では年が変わるとひとつ歳をとることになっている。
つまり私は十五歳になる。
この世界に生まれて十五年。

前世の世界でも、同じように十五年経っているんだろうか。

「私のことなんて、忘れられてるのかなぁ」

そんなことを小さく呟く。

と、窓の外の夜空がパァッと明るくなり、ドォンという音と共に弾けた花火が、幾千もの色とりどりの蝶になって羽ばたいていった。
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