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二年生 冬休み
32 旅立ち
しおりを挟む朝六時。
まだ真っ暗な中起き出し、身支度を整え宿を出る。
キンと冷えた冬の空気が頬を刺す。
結局私は昨夜も宿屋に泊まった。
朝早いから早く寝なきゃと言いながら、いつまでも話しが止まらなくて、マチルダ様も私もほとんど寝ていない。
つい数ヶ月前に因縁を付けてきた相手だったのに、こんなに深く大切な存在になるなんて思いもよらなかった。
リーバイ男爵領に行く女性冒険者達との待ち合わせ場所に、アンさん、セイラさん、マチルダ様と私の四人で向かう。
「お二人共、いい方ですわね」
マチルダ様が白い息を吐きながら小さな声で言う。
まだ薄暗い街はとても静かで、マチルダ様の小さな声が吸い込まれてしまいそうだ。
「お節介が過ぎて困る時もありますけどね」
私が言うと、小さく笑う声が聞こえた。
待ち合わせ場所は王都の東門前の広場。
中心より少し西寄りにある宿屋からだと、歩いて一時間近くかかる。
東の空は少し明るくなってきたけど、西の空にはまだ星が見えている。
前を行くアンさんとセイラさんの白い息が、空に上がっては消えていくのをなんとなしに見ながら歩いていたら、マチルダ様が話しかけてきた。
「シェリルは、学園を卒業したら、魔術師団に入団したいと言っていましたわね」
「…はい」
マチルダ様が私に言いがかりを付けて来た時に、そんなことを言った気がする。
「あの時、女性なのにと否定した私に、貴女は何故女性だからといって、やりたいことを諦めなくてはいけないのかと言いましたわ」
「そうですね」
「私、衝撃を受けましたの。これまでずっと、女性が仕事をするのは、恥ずべきことだと教えられてきましたから」
そう、そう教えられている。
でもそれは洗脳だ。
女性は弱く守るべきものだと言いながら、男性に都合のいいように思考を奪い支配する。
闇魔法の洗脳なんて使わなくても、子供の時からこうして刷り込まれたらひとたまりもない。
「私、学園に通っていて思ったことがありますの。
私が教わっていた家庭教師達はとても厳しくて怖かったのですけれど、教えるのはあまり上手では無かったのですわ」
え?それは家庭教師としては失格なのでは?
「学園の先生方は、生徒に分かりやすく理解しやすいように、言葉を尽くし教材を利用し、時には実演までして教えてくださいますでしょう」
逆にマチルダ様の家庭教師はどうやって教えていたの?
「私、感動いたしましたの。学園の先生方の授業は、とても分かりやすくて、しかも楽しかったんですもの。
難解な理論や専門用語を並べて、理解出来なかったら鞭で打つ教え方では、勉強すること自体が辛く苦しいものになってしまいますわ」
ああ…そういう教え方だったんだ。
「子供の頃からずっと、いつか家を支えるためにと勉強ばかりしてきましたけど、勉強することを楽しく思えるようになったのは、学園の先生方のおかげなんですの」
マチルダ様、家族も婚約者も家庭教師も残念過ぎるよ。
「伯爵家を出てこれからどうなるか、先は全くわかりませんわ。学園を卒業出来ないことは心残りですが、仕方ありません」
あと半期で卒業だったのに。
でも卒業前に嫁ぎ先を決めると言われたら、卒業を待ってる場合じゃないよね。
「私、決めましたわ」
マチルダ様が私を真っ直ぐに見つめる。
その目に昇りはじめた朝日が差し込み、鳶色の瞳が煌めいた。
「私、教師になりますわ。
退学することになる魔法学園の教員は難しいでしょうけれど、子供達に楽しいと思ってもらえる授業の出来る、教師になりますわ!」
朝の白い光がマチルダ様を照らした。
眩く輝くその姿は、まるで神々が祝福しているようだった。
燦然と輝くマチルダ様に見惚れていたら、突然ギュッと手を握られた。
「だからシェリルも、魔術師団に入りなさい!」
「うぇ?」
「うぇ?じゃありませんわ!シェリルが魔術師団に入ったら、女性初の快挙ですわよ!何が何でもその名誉を勝ち取りなさい!」
そうだった…。
そして、この世界の歴史に名を残し、アイツに……。
「返事は?!」
「ふぇ?は、はい!」
マチルダ様の勢いに押されて返事をすると、前を行くアンさん達の肩が小刻みに震えているのが見えた。
絶対笑ってる。
マチルダ様もくすりと笑って、握っていた私の手を離して歩き出す。
と、マチルダ様が足を止めた。
前を見ると、一昨日訪れた孤児院があった。
足を止めたマチルダ様に気付いてアンさん達も足を止め振り返る。
「どうしたの?」
「あ…いいえ、何でもありませんわ」
マチルダ様が何ともいえない顔をして首を横に振る。
その顔を見ていたら、ふと、アルノー先輩の剣だこのあるゴツゴツした手を、マチルダ様の白く細い指がそっと撫ぜていた光景が甦った。
アルノー先輩が命の恩人だからって、貴族のルールにうるさいマチルダ様が、婚約者以外の男性の手にあんな風に触れるだろうか?
貴族の婚姻は家同士の繋がりや利益が優先される。
キャンベル伯爵家に婿養子を迎えるために努力と我慢を重ねてきたマチルダ様なら、たとえ想いを寄せる相手がいても、その気持ちに蓋をして、家のために決められた相手との婚姻を選ぶだろう。
だとしたら、マチルダ様はこれまで、いったいどれだけ自分を犠牲にして、あの家に、あの人達に尽くしてきたんだろう。
マチルダ様はまだ、まるで眩しいものを見るように目を細めて、アルノー先輩の孤児院を見ている。
「…アンさん、少し時間ありますか?」
「シェリル?」
「お祈りして行きませんか?マチルダ様」
孤児院は教会が運営しているので、隣りに教会がある。
というか、教会の隣りに孤児院が併設されているのだ。
「それはいいな!行こう!」
セイラさんがズカズカと教会に入って行った。
「シェリル…」
「行きましょう、マチルダ様」
まだ戸惑っているマチルダ様を引っ張って、私達もアルノー先輩が子供時代を過ごした教会に入る。
中ではすでに、神官と孤児院の子供達が朝の祈りを捧げる姿があった。
末席に座ると、子供達の何人かが私とマチルダ様に気付いて手を振ってきた。
神官が祈りの言葉を呟く声が、静かな教会の中に響いている。
私達は手を組んで頭を垂れ、神々に祈りを捧げる。
マチルダ様の旅の安全と、明るい未来を願う。
これまでひとりで辛い思いを抱えてきたマチルダ様が、夢を叶え、幸せな人生を送れるようにと祈りを捧げる。
祈り終えて横を見ると、マチルダ様はまだ目を閉じて頭を垂れている。
前に目をやると、祭壇にはこの世界を作った七柱の神々の像。
真ん中に全ての神々を生み出した聖なる神。
聖なる神の右隣りに光の神、その隣に火の神、風の神。
聖なる神の左隣りに闇の神、水の神、土の神と並んでいる。
朝日を浴びて白く輝く神々の像は、神々しくも優しく穏やかに微笑んで見える。
この世界では、魂は巡るものとされている。
数多ある異なる世界を、生まれては死に、死んでは生まれ巡っていくのだ。
私自身前とは違う世界からこの世界に巡ってきた。
幾千幾万、数え切れないほど沢山の魂が、生まれて巡っていく中で、今この世界に生まれ出会うことの出来る魂はごく僅かだ。
そう考えると、こうしてマチルダ様に出会えたことも、変な子だった私を大切にしてくれる家族のもとに生まれたことも、奇跡と言っていいだろう。
フワッと胸が熱くなる。
マチルダ様に出会えて良かった。
アンさんやセイラさん、クラスのみんなやバイト先の人達。
大切な家族と出会えて良かった。
私はもう一度胸の前で手を組み、白く輝く神々の像を見ながら祈りを捧げる。
願わくば、私の出会った人達が、私の大切な人達が、幸せでありますように。
私は神官が呟く祈りの言葉を聞きながら、窓から差し込む朝の光がちらちらと形を変え、まるで神々の慈愛のように、祈る人々の上に降り注いでいるのをぼんやりと眺めた。
「そろそろ行きましょう」
アンさんの声で我に返る。
まだ続く朝の祈りを邪魔しないように、そっと教会を出た。
マチルダ様は、アルノー先輩の孤児院を目に焼き付けるように暫く見つめていたけど、ふいに前を向いて歩き始めた。
マチルダ様は予定通り、冒険者の女性達と馬車に乗り、リーバイ男爵領に向けて旅立って行った。
一昨日、錬金術師ギルドの裏口でバッタリ会ってからたった三日しか経っていないのに、あの時がとても遠い過去のように思えて、何だかとても寂しかった。
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