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二年生 前期

13 ごめんなさい

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…なんだろう、体が重い。

私、また死んじゃったのかな。

ヒュドラは…みんなはどうなったんだろう。


朦朧とする意識の中、重い体を少しでも動かそうと身をひねる。

「うぅ…」

「!……気付いた?!」

右手がギュッと強く握られた。
その手から温かい魔力が私の中に流れてくる。

「ヒュドラ…」

「ヒュドラは倒した」

優しい声がする。

「みんなは…?」

「無事だ」

なんとか目を開けて見ると、心配そうな顔をしたウィルフレッド様の黒い瞳と目が合った。

「わたし…」

「魔力を使い果たして、倒れたんだ」

ああ。
だからこんなに体が重いのか。

体の中にウィルフレッド様の魔力が流れてくる。

使い果たした魔力を補うために、私に魔力を譲渡してくれているんだ。
莫大な魔力量を誇るウィルフレッド様だって、討伐の後で疲れてるだろうに。

「もう…大丈夫です」

「大丈夫じゃない」

うっ。

確かにまだ大丈夫じゃないけど、前線で戦っていた
ウィルフレッド様に魔力を貰っている場合じゃないと思う。

「気分は悪くないか?」

「……いえ、温かくて気持ちいいです」

「……っ!」

魔力の譲渡は相性が悪いと余計に気分が悪くなったり、酷いと吐き気をもよおすことがある。
ウィルフレッド様の魔力は、体の隅々まで優しくポカポカ温めてくれる感じがする。

これはアレだ。

「お風呂みたい…」

「え?」

ダメだ、これはいけない。
せっかく目が覚めたのに、あったかくて気持ち良くて……寝てしまう……。

「シェリル嬢?」

今度は暗闇に落ちるのではなく、心地良い安心感に包まれて、穏やかで明るい光の中にふわふわと落ちていった。



そして、今。

結界内の小さな救護テントの中。

ファロット先生、ガロン先生、レオナルド殿下、ライリー様、ウィルフレッド様、あと何故かアマーリエ様にまで囲まれているんですが。

テントの中ぎゅうぎゅうなんですが。

「申し訳ありませんでした」

謝る!ここは素直に謝るよ!

単独行動はダメだと言われた直後の単独行動。
言い訳はしません!

「まあ、今回はマクウェン嬢の機転に救われた部分もありますからな」

ガロン先生ありがとう!

「ガロン先生は黙っていてください!」

ファロット先生が怖い!

「マクウェンさん、結果としてみんな無事だったから良かったですが、今回の貴女の行動は褒められたものではありません」

はい。

「貴女が学園卒業後、王国魔術師団への入団を希望していることは知っていますが」

「「ええっ?!」」

魔術師団への入団希望でウィルフレッド様とアマーリエ様が反応する。

「団体行動中に勝手にひとりで行動するような人に、魔術師団への推薦は出せません!」

「そんな!」

「そんなじゃありません!」

ファロット先生はすっかりおかんむりだ。

どうしよう。
私の浮気男ざまあみろ計画が…。

「シェリル嬢、ファロット先生が何故こんなに怒っているかわかっているか?」

レオナルド殿下が静かな低い声で聞いてきた。

レオナルド殿下もちょっと怒っている気がする。
いや、なんだかみんな怒ってる感じなんだけど。

「単独行動をしたからです」

「違う」

え?違うの?

「君を心配したからだ」

レオナルド殿下はそう言って大きなため息をつき、ファロット先生は泣き出してしまった。
ガロン先生がファロット先生の肩を叩き慰めている。

「今回の君の行動は、皆のためを思ってのことだろうが、君自身の危険については考えていたのか?」

私自身の危険?

でも、ヒュドラを倒せなかったらみんなも私も死んでしまうから、そうしたら泣いてしまう人達がいるから、だから……

「たったひとりで魔の森を歩き回るなんて、何を考えていた?」

レオナルド殿下のいつもより低い声と、ファロット先生の嗚咽が静かなテントの中に響く。

「君は、自分の命を軽く考えていないか?」

アマーリエ様も泣き出して、ライリー様がそっと背中をさすっているのが見えた。

え?あれ?

誰も泣かせたくないと思っていたのに、泣かせてしまっている?

しかもファロット先生はともかく、アマーリエ様は暇つぶしの対象としてくらいしか接点無かったのに?

バサァ!

と、テントの入口が勢いよく捲れ上がり、猫娘が飛び込んできた。

「目が覚めたんですって?!」

叫ぶようにそう言って、私を見つけると、

パァン!

左頬に衝撃が飛んだ。

「何を考えているの?!貴女がいなくなって、どんなにみんなが心配したと思っているの?ファロット先生なんて半狂乱で探していたのよ!」

猫娘がまくし立てる。

叩かれた頬が痛い。

「魔力枯渇で倒れて運ばれてきた時だって、死んでしまってもおかしくない状況だったのよ!
何考えてるの?何を考えているのよ!みんながどれだけ……っ」

うわあああん!

猫娘はその場に蹲って泣き出した。

ファロット先生もアマーリエ様も猫娘も、貴族女性が人前で感情を露わにすることははしたないとされているのに……泣いている。

泣かせているんだ。
私が。
心配させてしまったんだ。
私が。

正直、こんなにみんなに心配をかけてしまうとは思っていなかった。
だって、そんなに心配されるほど深い付き合いをしてこなかったから。

「…ごめんなさい…」

叩かれた頬より胸が痛い。

視界が滲んで涙が溢れる。

みんなが真剣に私のことを心配してくれていたことが伝わってくる。
熱いもので胸が一杯になって張り裂けそう。

ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

心から申し訳ない気持ちになって、涙がポロポロと零れていく。

私はこれまで、魔法の研究に託けてなるべく人と関わらないようにしてきた。

この世界の人達と仲良くなってしまったら、前世の人達を忘れてしまいそうな気がして不安だったから。

もう二度と会うことの出来ない私の大切な人達と、今の私を繋ぐものは、私の記憶しかない。
前世の記憶が薄れて、新しい人達との記憶に変わっていくのが怖かった。

だから、家族以外には何となく心をひらけないでいた。

それなのに、この世界にも、こんな私を心配して怒って泣いてくれる人がいたんだ。

泣きじゃくる猫娘を見ながら、私も涙が止まらなくなってしまった。
みんなが私を心配してくれていたことが、頑なに前世の記憶にしがみついていた私の心を溶かしていく。

いつの間にか近くに来ていたファロット先生が、私をギュッと抱きしめた。

「わかってくれたなら、いいのよ」

優しい優しい声。
黒髪に黒い瞳のファロット先生は、前世の人達を思い起こさせる。

思わずファロット先生に縋りついて声を上げて泣いてしまった。


生まれ変わって十四年。

もういいんだよ

と、誰かに言われた気がした。
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