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二年生 前期
12 私に出来ること
しおりを挟むズズーン…ドン
ヒュドラが暴れ回る音が近づいて来た。
方向は間違えていなかったようだ。
良かった。
私はふうっとひとつ息を吐いて歩みを進めた。
あれから、アマーリエ様に腕をつけてもらったアルノー先輩は、目が覚めた所で体力回復ポーションを飲んでもらった。
アルノー先輩はヒュドラ討伐の現場に戻りたがっていたけど、大量に失った血液はポーションでは回復しない。
暫く休んでいてもらうしかない。
猫娘はあの後倒れてしまった。
気丈に振る舞っていたけど、伯爵家のお嬢様が同級生の血塗れの腕を抱えてヒュドラの首が飛ぶ所を見るなんて、かなりの衝撃だっただろう。
アマーリエ様が猫娘に付き添ってくれている。
ファロット先生は結界を維持しつつ、森の入口で馬車の警備をしている冒険者達と通信魔道具で連絡を取っていた。
近隣の騎士隊に応援を要請していた。
私は……
ヒュドラのもとに向かっていた。
ヒュドラの背後に回り込むべく森を歩いている。
ついでにキノコの魔物を見つけたので狩って背中にくくりつけてある。
無事に戻れたら、コカトリス肉とキノコの炒め物にしたい。
いや、スープにしたほうがいい出汁が出て美味しいかもしれない。
ギャオオオー!!!
ヒュドラの鳴き声が近くに聞こえてきた。
ヒュドラは錬金術や薬の材料としては大変有用だけど、血に毒があるから食べられない。
同じ蛇系魔物でもBランクのバジリスクなら超高級食材だったのに。
ドドォン!
コカトリス肉よりサッパリしているのに旨味が濃くて、火をいれても固くならず適度な歯応えがあって美味しいらしい。
ぜひ食べてみたい。
グワアアアー!!!
ドカーン!!!
そんなことを考えながら歩いていたら、凄まじい音が間近に聞こえ、見ると木々の先にヒュドラの後姿が見えた。
大きな尻尾を振り回し、衝撃で幾人か吹っ飛ばされている。
木の間から様子を見る。
ヒュドラの頭は真ん中のひとつだけになっているが、戦う生徒達もガロン先生もすでに満身創痍といったところだ。
幼体とはいえAランクのヒュドラは、本来学生が相手に出来る魔物ではない。
特に秀でた精鋭チームであり、レオナルド殿下やライリー様、ウィルフレッド様のような特殊な訓練を受けてきた人達がいるからここまで持っているけど、普通なら全滅してもおかしくない状況だ。
巨体であまり動きの早くないヒュドラは、長い首を伸ばして獲物に齧り付くか、大きな尻尾で周辺ごと薙ぎ払うのが攻撃手段になる。
討伐指南書には複数ある頭を全て斬り落とすとあるけど、実際はひとつ斬り落としてもすぐに再生してしまうため、一度に全ての頭を斬り落とさなくてはならない。
そうでなければレオナルド殿下が指示したように、切った断面を焼き、復活させない様にして倒していくしかない。
魔物の討伐は、時間がかかればかかるほど疲労が溜まり怪我人が増える。
ファロット先生が森の外の冒険者と連絡を取ってはいたけど、ここは森の中をニ日歩いて来た場所だから、助けが来るにしても同じくらい時間がかかるだろう。
それじゃ間に合わない…。
この世界に生まれ変わって、アイツにざまあみろと言ってやるために頑張って来た。
勉強と研究とバイトばっかりで、学園には友達なんていないけど、心底悪い人はいないし、出来ればみんな無事に学園に戻りたい。
それに…。
今、私が死んだら、家族は泣いてしまうだろう。
前世の記憶があるせいで、ちょっと変わった子供だった私を、受け入れ大切にしてくれた今世の家族。
前世では若くして死んでしまった。
しかも突然。
なにもかも置いてきてしまった。
また明日と言って別れた職場の人達も、いつも一緒に悪ふざけをしていた親友も、私を大切にしてくれていた家族も、結婚式を控えたアイツも…。
前世の家族は泣いただろう。
数少ない友人も、職場の人達も…アイツも…。
前世の世界では死んでしまい、すでに生まれ変わってしまった私にはもうどうすることも出来ないけど、私のせいで彼らを泣かせてしまっただろうと思うたび、胸が苦しくて堪らない。
今度は、私のせいで大切な家族を泣かせたくない。
私は持ってきた魔力回復ポーションを一気に飲んだ。
私の魔力は多くない。
でも子供の頃から魔法が使える楽しさで色々実験を繰り返してきた。
魔力が満杯にある時なら、川を堰き止めていた大きな石を切れるくらいの風魔法が使えるのだ。
「ふーーー」
集中しながらヒュドラの背後に近づく。
チャンスは一回。
身体に流れる魔力をググッとお腹に溜めていく。
イメージは日本刀。
鋭く伸びた美しい風の刃。
みんな身を守りながら一刻も早く頭を斬り落とすことに精一杯で、ヒュドラの攻撃手段を封じる所まで手が回らないでいる。
狙いは尻尾。
あれがなくなれば少しは楽になるはず。
私は魔力で出来た美しい刀を大きく振りかぶって、ヒュドラの尻尾に向かってぶん投げた。
バシュッ!
ギャアアア!!!
確かな手応えと、ヒュドラの叫び声を聞きながら、私の意識は急速に暗闇の中に落ちていった。
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