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第1章 探偵事務所の日常

第10話 秋の都・宵の旅情

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 猛暑の夏が終わり、秋になった。雅文と美夜子は探偵の仕事に勤しんでいた。ある時は、浮気調査。男女関係の修羅場に遭遇することもあった。
「これは、どういうことなん?」
「ちゃうよ、これは、あの…。」
ラブホテルで浮気相手とイチャイチャしているところがバレた男と、それに対して怒る女。呆然とする素っ裸の浮気相手の女の子。
「情けなくて、見てられへんわ。」
美夜子は、呆れ顔でため息をついた。またある時は、行方調査。行方不明になった肉親を探してくれ、との依頼が来て、地道に捜査を進めた。
「手がかりがあらへんな…。」
居そうなところを、連日捜査し、夜まで貼り込むこともあった。
「極上の食パンに、レモンティー。西洋風の一汁一菜といったところか。」
「所長、あの人やないですか?」
「おっ、ビンゴやな。」
執念の捜査が実を結び、探し人を見つけ出した。
「お父さん、ずっと会いたかったよ。」
「ごめんな、寂しい思いさせて…。」
久々の再会で、熱く抱擁する親子。頭を下げて感謝され、雅文の心の中もほっこりする。探偵が、仕事にやりがいを感じるときは、依頼を解決して感謝される時だろう。10月になり、秋が深まってきたこの頃、雅文と美夜子が中村探偵事務所に入所してから半年が経った。お互いのことをよく知り、一緒に捜査する機会も増えた。実はこの二人の出会いは大学生の時である。当時、雅文は神戸大学、美夜子は関西学院大学に在学しており、二人は三宮にあるガル探偵学校神戸校で出会った。そこから、二人は行動を共にするようになった。その当時の話は後程、皆さまにお話しするとしましょう。ある日の週末、昼休みに雫から来週の土日に京都へ行かないか、と誘われた。彼女は京都市に住んでおり、阪急京都河原町から出勤している。雫は黒髪ショートで三十路の、いわゆる「大人の女性」である。どことなく妖艶な雰囲気が漂い、艶っぽい話し方が色気をそそる。二人は謎めいた彼女のことが気になり、その奥深い世界へ入りたいと思っていた。二人は二つ返事で承諾し、京都へ行くこととなった。
「雅文君、美夜子ちゃん、当日は泊まりの用意もしときや。」
「はい。」
「泊まるって、どこにですか?」
「それは、当日のオ タ ノ シ ミ。」
そう言って、口に人差し指を当てた。その仕草にも、官能的な雰囲気があった。

    当日までの準備では、祇園も廻ると言われたので、和服を用意した。日々の仕事に励み、時には一緒に行動する。雫は謎めいた女性で、捜査の時も妖艶なオーラが出ており、二人のことを、息子と娘のように可愛がっている。そして当日を迎えた。9:30に阪急京都河原町駅に集合の約束。雅文は黒いジャンパーに黒いズボン、美夜子は青いジャケットに黒いスカートという服装で、和服は丁寧に畳んでキャリーバッグに入れている。二人は阪急十三駅で落ち合い、京都河原町行きの電車を待つ。
「美夜子、おはよう。」
「おはよう、京都楽しみやね。」
「せやな。」
しばらくすると、和のデザインが施された「雅楽 京とれいん」が到着した。中は和の雰囲気が漂い、1車両の席は畳である。二人は京とれいんに乗り、河原町へ向かう。
「京都行ったら、水族館行ってみたいな。」
「いいわね。後、二条城も観てみたいわ。」
「大政奉還した所やな。」
「ええ、古都のロマンが広がるわ。」
阪急京都線は高槻駅を過ぎると、京都に入り、目の前は山と畑が広がる。朝早かったのか、二人は寄り添って眠りにつく。電車は西院駅を通過し、地下に入る。
「ご乗車ありがとうございました。終点 京都河原町。京都河原町です。」
起きた美夜子はお茶を一口飲み、雅文を起こす。
「着いたわよ。」
「ん、あ、ここやな。」
電車を降り、改札を通って地上に出る。そこは歴史ある古都の風景が広がり、異国情緒溢れるハイカラな神戸とは一線を画す。駅を出て、舟屋が建ち並ぶ鴨川付近を散策していると、雫に出会った。彼女は黒いカッターシャツに赤いスカートを履いている。
「おはようさん、こう見るとカップルみたいやな。」
大人の女性の色気を醸し出し、艶のある声で話す。二人がキャリーバッグを引っ張っているのを見計らい、
「二人とも、荷物あったら動きにくいやろ?家に荷物置いてええよ。」
そう言われて3人は、河原町の路地裏へ行く。しばらく歩くと、古びた日本家屋が見えた。どうやらここが雫の自宅らしい。二人は雫の家の和室に荷物を置き、必要最低限の物を持って家を出た。
「ほんなら、行こか。」

 河原町から歩いてJR京都駅方面へ向かう。JR京都駅につくと、目の前に大きな塔が立っていた。
「あれは?」
「あれは京都タワーや。」
京都市には、歴史的建造物や建築が多くあり、その景観を守るため景観条例がある。3人は周辺を散策し、教王護国寺に着いた。ここは平安時代頃に建設され、近くには五重の塔と羅生門がある。
「羅生門がある。」
「その昔、芥川龍之介が「「羅生門」」っていう小説出したとこやな。」
「雅文、文学に詳しいねんな。」
ここを後にし、更に歩いて京都水族館へ行った。ここではペンギンの散歩を見ることが出来る。3人は水槽に目をやり、様々な生き物を観る。
「あれは、サンショウウオね。岩場にじっと隠れているわね。」
「山椒魚、岩から出れへんくなってしもうて、蛙を道連れにしたヤツ…。」
魚の大群やフワフワと泳ぐクラゲを観たり、ペンギンの散歩を間近で楽しむ。
「可愛いな…。」
「あっ、こっち見たわ。」
ペンギンの愛くるしさに雫と美夜子は、子どものようにはしゃぐ。雅文は哲学していた。
(六道輪廻の畜生道、ここに転生したんか?せやけど、可愛がられてるからええか。)
水族館を楽しみ、ランチは京都駅前の油そばの店に行った。油そばとは東京発祥とされている麺料理で、ラーメンと同じような具を乗せ、麺の下にタレが入っており、それらを混ぜ合わせていただく。
「油そばね。どんな料理なのかしら。」
「美夜子は食べてへんの?」
「初耳よ。」
「油そばは、ウチの好物やで。」
注文の品が来るまでの間、3人は夏の話をする。
「雅文、神戸でデートしたのよね?」
「ああ、沙耶香っていう大阪の女の子としたで。」
その時の写真を見せる。異人館で撮った写真や須磨海水浴場での二人の水着姿などを、夏の思い出として雅文は楽しそうに語る。
「可愛いわね、沙耶香ちゃん。」
「雅文、この沙耶香ちゃんのカラダ見て興奮してたん?」
雫の意外な質問に、雅文は赤面する。
「フフフ、男の子やな。」
そうしているうちに3人が注文した油そばが来た。黄色い麺の上に、刻んだチャーシュー・ネギ・メンマ・キクラゲ・真ん中に卵の黄身が乗っている。
「美味そうやね。」 
「これは、どう食べたらええの?」
困惑する美夜子に、雫が実演しながら説明する。
「混ぜて食べるんよ。」
黄身を箸で割って、丼の底に箸を突っ込み、かき揚げるようにして混ぜ合わせる。全ての具材が程よく混ざり、湯気と共に美味しそうな匂いが立ち込める。それを見て、美夜子も恐る恐る混ぜ合わせる。そして、勢いよく麺を啜る。太麺に絡んだタレと具材が同時に口の中に入り、何とも言えない味わいが口いっぱいに広がる。
(あぁ、美味しいわ…。こんな食べ物が世の中にあったんや…。)
「ラーメン激戦区の京都にあるだけあって、油そばも美味いわ~。」
雅文は夢中で、ズルズルと啜る。満悦する二人を見て、雫は微笑む。
(楽しんでくれてるわ。可愛いな。)

    腹を満たした後は、のんびりと京都駅周辺を散策。古都の風景が、一つの絵となる。JR京都駅から阪急京都河原町駅へ戻り、雫の家に戻ってきた。家は2階建ての純和風建築で、築50年は経っている。雫は二人を和室に案内し、小話をする。
「さて、これから祇園に行きたいところやけど、祇園は「和の世界」やから、和服に着替えて行こうな。」
そう言われて、持ってきた和服をキャリーバッグから出す。雅文のは群青色の甚兵衛、美夜子のは青い色彩に赤や黒の金魚が描かれた浴衣である。甚兵衛は和服の中でも着やすいものなのだが、浴衣は着付けが必要なので、雫が手伝う。和服を着るので、下も和の感じにする。
「お二人のために、用意しといたで。」
取り出したのは、青色と赤色の褌。
「えっ、下は褌?」
「そうやで。」
2階の部屋に上がり、それぞれ和服に着替える。お互い一度裸になってから、褌をつける。雅文は甚兵衛に着替え終わり、美夜子と雫を待つ。足袋を履き、下駄を履いていく。
「お待たせ。」
美夜子の浴衣姿に、彼は思わず息を飲んだ。青い川に金魚が泳いでいるようである。雫は黒い浴衣で、彼岸花の模様がある。まるで「極道の妻」のよう。
「ほんなら、行こうか。」

    河原町から祇園へ行くと、まるでタイムスリップしたかのような様変わりで、古き良き京都の原風景が広がっている。花見小路通は、景観を守るため電線が埋められている。
「風情あるな…。」
「そうやろ?」
祇園のシンボルと言えば、八坂神社。3人はそこへ向かう。八坂神社は656年に創設されたと言われ、スサノオノミコトが祀られている。境内の写真を撮り、参拝する。
「お二人さん、ここにはもう一つオススメのとこがあるんよ。」
美御前社と呼ばれる恋愛成就のパワースポットがある。そこにある湧き水は美肌効果があるとされているが、飲むことはできない。
「恋愛ね。私は雅文と一緒に探偵をやっていきたいわ。」
「俺も、美夜子と一緒に。」
「雅文は沙耶香ちゃんのことが、好きなん?」
「ま、まあ…。」
赤面する雅文を見て、美夜子は微笑む。
「図星やねんな。」
その後、日が暮れるまで祇園を満喫した3人は、夕陽を背に河原町までのんびりと歩く。家に帰ってきてから、雫は居間で夕食の準備をし、洗ってある湯船にお湯を入れる。二人は雫から、風呂が沸いたら呼ぶ、と言われたので、2階の部屋でくつろぐ。
「祇園は風情あるとこやね。」
「そうね。雅文、沙耶香ちゃんのこと好きなんやろ?」
「あ、ああ。何や美夜子。もしかして俺が沙耶香に取られるんが嫌なんか?」
美夜子は思わず赤面した。
「べ、別に…。」
そうこうしていると、風呂が沸いたと言われたので、和服と足袋を脱いで綺麗に畳む。
「美夜子。赤の褌にサラシで胸覆ってる…。何か、可愛いな。」
「雅文かて、青の褌やん…。小さい男の子みたいやな。」

   それから二人は1階に下りて、風呂場に向かう。雫は寝巻きの和服を用意して待っていた。
「お風呂、一緒に入ろ。」
まるで母親のように、二人の褌を脱がし、自分も裸になって一緒に風呂に入る。かけ湯をして、雫は美夜子と雅文を座らせる。
「お二人さん、洗うてあげるわ。」
シャンプーを手に取り、まずは美夜子の頭を洗う。美夜子は雅文の頭を洗う。お互いの頭を洗った後、雫は石鹸を手に取り、二人の身体を洗う。胸元・腹部と洗い、生殖器を丁寧に洗う。
「んっ…。」
「あっ、気持ちいい…。」
生殖器を触られ、思わず感じる二人。
「ウフフ、年頃の男の子と女の子は敏感やな。ちゃんとここは洗わなアカンで。」
二人の身体を丁寧に洗い、お湯で流す。雫が身体を洗っている間、二人は湯船に浸かる。
「美夜子、さっき感じてたん?」
「べ、別に…。感じてなんかないわ…。」
「赤くなってる…。」
「もう、バカぁ…。」
身体を洗った雫が、割って入るように湯船に浸かる。母親と子どものようである。
「京都はどうやった?」
「歴史情緒あって、良いところです。」
「タイムスリップしたような感じです。」
「そう、明日は本能寺や清水寺も行こうな。」
ジブリの映画に出てきそうな光景の中で、雅文は官能的な雰囲気に酔いしれる。目の前で、二人の女性が裸になっているということに、どこか夢の中にいる感覚がしていた。

    風呂から上がり、身体を拭いて褌をつけてもらい、寝巻きの和服に着替える。雅文は青、美夜子は薄ピンク、雫は紺色の和服。居間に行くと、ちゃぶ台があり、上に鍋と食器が置いてあった。3人は座布団に座り、雫はコンロをつけて、鍋に牛脂を溶かす。
「もしかして、これは…。」
「今夜は、すき焼きやで。」
「あの「「爆裂お父さん」」のヤツやんな?」
かつてフジテレビ系で放送されていた「めちゃめちゃイケてる!!」で、加藤浩次がやっていたコーナー。ゲストとすき焼きを囲み、気にくわない発言をした人をジャイアントスイングするもの。
「そんなことはせぇへんよ。」
慣れた手つきで牛肉を焼く。焼いた後に白菜・白滝・ネギ・焼き豆腐を入れ、割下を注いで煮込む。
「お茶入れたるから、コップ出し。」
雫はヤカンのお茶を注ぐ。雅文も同じようにコップを差し出し、お茶を入れてもらう。
「仮名垣魯文の「「安愚楽鍋」」の挿し絵みたいね。」
「あぁ、和服の主人がハイカラな人にお酌してる絵やね。」
「美夜子ちゃん、ボケがマニアック過ぎて分からんよ。」
いい具合に煮えたところでいただく。グツグツと煮える鍋に箸を突っ込み、小皿に取り分けていく。料亭の女将のような風情がある。
「いただきます!」  
牛肉を白菜と一緒に、生卵に絡めて一口で食べる。すき焼きは肉食が解禁された明治時代に食べられたとされる鍋料理。文明開化の味を染々と味わう。
「美味い。文明開化した時は、こういうものを食べてたんやな。」
「せやね、モダンな感じがするモンやね。」
「ウフフ、たくさん食べて大きなりや。」
「はい、母上。」
「美夜子、お主も悪よのう。」
「おもろうないわ。」
〆のうどんも完食し、ちゃぶ台を片付ける。

    2階の部屋の布団を敷き、雫は部屋を暗くして、行灯の灯を灯す。
「さて、お二人さん。お話しましょうか…。」
布団の上に足を崩して座る。行灯の灯りと相まって、どこか妖艶な雰囲気が漂う。
「百物語でも、するのですか?」
「蝋燭あらへんよ。」
ここから、彼女の昔話が語られる…。
「ウチの昔話。ウチがお二人さんと探偵やる前の、遠い昔々の物語…。」
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