極道恋事情

一園木蓮

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厄介な依頼人

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「おお……そうでしたか! それは失礼。鐘崎君は御内儀がいらっしゃったのですな?」
「ええ。お陰様で結婚して丸二年になります」
「は、はは! そうでしたか。いや、知らなかったとはいえ、これは失礼致しました。ご愛妻の手料理とあっては無理強いはできませんな」
 ハハハと笑い、すぐに諦めてくれたところは有り難い。さすがに一企業を背負って立つ社長というところだろう、押すところと引くところはわきまえているとみえる。
 だが、そんな父親とは裏腹に、娘の繭だけが密かに拳を握り締めていた。



◇    ◇    ◇



「若、お疲れ様でした。これで諦めていただけると良いのですが……」
 帰りの車中で清水がふぅと溜め息まじりだ。
「しっかし、あのご令嬢! やっぱり若にご執心って感じでしたね。あの様子じゃ、ダチ連中にはてめえの彼氏が来るくらいのことは吹いてたんじゃないっすか?」
 清水よりは短絡的な橘の物言いは遠慮がないが、実際のところ当たっているといえるだろう。まあ、はっきりと既婚だということは伝えられたし、依頼も済んでいるので、今後は会う機会もないだろう。
「確かに若は男前ですからね。俺が女ならやっぱり惚れちまうかもと思いますし、こればかりは仕方ないと思いますが、姐さんがいらっしゃることをお伝えできましたし、先様にもご理解いただけたことと思います」
 新入りの春日野がそんなふうに労う。
「おいおい、春日野ー。お前も若にご執心ってか?」
 橘がからかいながらコツンと肘で突く。
「いやですよ、橘の兄さん。もしも俺が女ならって……ひとつのモノの例えですって!」
「ほうほう、例えね?」
「そうです、例えです」
 じゃれながらも労ってくれているのだと分かる二人の掛け合いに、鐘崎は申し訳なさそうに瞳を細めた。
「ないとは思うが――万が一、親父さんを介さずご令嬢が食事などに誘ってくるようなことがあれば断ってくれていい。それから、今後は依頼を受ける時点でプライベートな付き合いは一切しないということを付け加えるようにする」
 本来、鐘崎組のような裏の世界の人間に仕事を任せる場合、依頼人の方からプライベートには触れないで欲しいというのがごく当たり前の風潮なのだが、今回のようにごく一般的な表の世界での取引きの護衛という仕事では、相手の厚意でお礼方々接待を受けるような場合も想定する必要がありそうだ。
「我々が請負う仕事への感謝や礼は報酬をもって完結とする。例え先方の厚意であっても、報酬以外の接待や礼の品などは必要ないということを契約の時点で盛り込むとしよう。以後はこれを徹底する。まあ、今回は俺にも落ち度がなかったとはいえねえからな」
 華道展に顔を出すくらいならそれも付き合いの一環と思ってのことだったが、結果的には一人の娘の好意を友人たちの目の前で断った形になってしまったわけだし、彼女にも少なからず恥をかかせてしまったと思う。
「仕事さえきっちりこなせればいいというものでもねえってことだな。俺もまだまだ甘ちゃんだ。反省するところはしっかりとして、次からはこのようなことがないようにしたい」
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