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厄介な依頼人
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「今回のようなことは正直なところ想定外です。決して若に落ち度があったというわけではありませんが、こちらでは予想し得ないようなことが起こらないとも限りません」
それが仕事の上でのトラブルや失態ならば、反省や改善のしようもあるが、今回のように好いた惚れたの感情の話となると防ぎようがない。
「こんな言い方をしては失礼ですが……若は総じて愛想がいいタイプではないと思っております。仕事相手に対しても必要以上に世辞をおっしゃるような方ではありませんし、だからといって無愛想で失礼という意味では決してないのですが……。つまり、今回の仕事でも三崎様のご令嬢に対して誤解を与えるような言動は断じてなかったと存じております。ご令嬢が若に好意を持たれたとしても、それは不可抗力といえます。今後は我々もより一層神経の行き届いたサポートができるよう心掛けて参りますゆえ」
清水が丁重に決意の言葉を紡ぐ。
「すまんな。お前らにも苦労をかける。これが親父ならもっと上手くあしらっただろうが、俺も精進が必要だってことだ」
「若……」
「よし、それじゃ気持ちを入れ替えて次の仕事に精一杯取り組むとしよう」
鐘崎はこれでひと段落と思っているようだったが、清水としては今しばらくは警戒しておく必要があるかと踏んでいた。
そんな清水の予感が的中することになったのは、それから間もなくのこと、華道展から大して日を置かずの内に起こったのだった。
それはある休日の午後、鐘崎と紫月が揃って組を留守にしている時のことだった。
若い衆が少々困惑顔で清水の元へと飛んできた。
「清水幹部! あの……ただいま例の娘が若にお会いしたいと言って訪ねて来ているんですが……」
その報告に清水は書類の整理中だった手をとめると、怪訝そうに眉根を寄せた。
「例のというと、三崎財閥のご令嬢か……? 親父さんもご一緒なのか?」
「いえ、娘が一人です。どうやら送り迎えの車も付けずに電車で出向いて来たらしく……」
「それで用件は? 何だって言ってきているんだ」
「はぁ、何でも華道展に来てもらった礼だとかで、でっけえ手土産を持参してまして……」
「……ご尤もな理由を探すもんだな」
清水は机から立ち上がると同時に深く溜め息がこぼれるのを抑えられなかった。
「如何致しましょう、邸に入れてもよろしいんでしょうか?」
「仕方がない。追い返すわけにもいかないだろう。あそこの社長には仕事の依頼を受けたことだし、あまり邪険にしては後々のこともある。私が応対に出るから、外玄関に一番近い応接室にお通ししろ」
スーツの上着を手に取って今一度の溜め息を呑み込む。
鐘崎組の門構えは、何段階かに分かれていて、内にいくほど親密な関係者が通される仕様となっている。
外玄関から一番近いところに先ずは応接室、その次は組事務所、その先には第二の応接室と続くのだが、大概の客人は例え信頼の厚い依頼人であってもここまで通されれば重鎮の部類である。それより更に奥には、中庭を経て組の幹部らが庶務をこなす仕事部屋があり、そこには最新のコンピューターやメカニックを配した設備も整っていて、そのまた奥に鐘崎親子の事務室兼書斎――つまりは組長室という並びである。
鐘崎や紫月らの住居は棟を分けて更にその奥の建物という造りになっていた。中庭には数匹のシェパードが常に放し飼いにされていて、内部へ行くほど通される者もごくごく限られた数人ということになるわけだ。
それが仕事の上でのトラブルや失態ならば、反省や改善のしようもあるが、今回のように好いた惚れたの感情の話となると防ぎようがない。
「こんな言い方をしては失礼ですが……若は総じて愛想がいいタイプではないと思っております。仕事相手に対しても必要以上に世辞をおっしゃるような方ではありませんし、だからといって無愛想で失礼という意味では決してないのですが……。つまり、今回の仕事でも三崎様のご令嬢に対して誤解を与えるような言動は断じてなかったと存じております。ご令嬢が若に好意を持たれたとしても、それは不可抗力といえます。今後は我々もより一層神経の行き届いたサポートができるよう心掛けて参りますゆえ」
清水が丁重に決意の言葉を紡ぐ。
「すまんな。お前らにも苦労をかける。これが親父ならもっと上手くあしらっただろうが、俺も精進が必要だってことだ」
「若……」
「よし、それじゃ気持ちを入れ替えて次の仕事に精一杯取り組むとしよう」
鐘崎はこれでひと段落と思っているようだったが、清水としては今しばらくは警戒しておく必要があるかと踏んでいた。
そんな清水の予感が的中することになったのは、それから間もなくのこと、華道展から大して日を置かずの内に起こったのだった。
それはある休日の午後、鐘崎と紫月が揃って組を留守にしている時のことだった。
若い衆が少々困惑顔で清水の元へと飛んできた。
「清水幹部! あの……ただいま例の娘が若にお会いしたいと言って訪ねて来ているんですが……」
その報告に清水は書類の整理中だった手をとめると、怪訝そうに眉根を寄せた。
「例のというと、三崎財閥のご令嬢か……? 親父さんもご一緒なのか?」
「いえ、娘が一人です。どうやら送り迎えの車も付けずに電車で出向いて来たらしく……」
「それで用件は? 何だって言ってきているんだ」
「はぁ、何でも華道展に来てもらった礼だとかで、でっけえ手土産を持参してまして……」
「……ご尤もな理由を探すもんだな」
清水は机から立ち上がると同時に深く溜め息がこぼれるのを抑えられなかった。
「如何致しましょう、邸に入れてもよろしいんでしょうか?」
「仕方がない。追い返すわけにもいかないだろう。あそこの社長には仕事の依頼を受けたことだし、あまり邪険にしては後々のこともある。私が応対に出るから、外玄関に一番近い応接室にお通ししろ」
スーツの上着を手に取って今一度の溜め息を呑み込む。
鐘崎組の門構えは、何段階かに分かれていて、内にいくほど親密な関係者が通される仕様となっている。
外玄関から一番近いところに先ずは応接室、その次は組事務所、その先には第二の応接室と続くのだが、大概の客人は例え信頼の厚い依頼人であってもここまで通されれば重鎮の部類である。それより更に奥には、中庭を経て組の幹部らが庶務をこなす仕事部屋があり、そこには最新のコンピューターやメカニックを配した設備も整っていて、そのまた奥に鐘崎親子の事務室兼書斎――つまりは組長室という並びである。
鐘崎や紫月らの住居は棟を分けて更にその奥の建物という造りになっていた。中庭には数匹のシェパードが常に放し飼いにされていて、内部へ行くほど通される者もごくごく限られた数人ということになるわけだ。
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