極道恋事情

一園木蓮

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厄介な依頼人

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「――おやおや、ご婦人方というのはゲンキンなものだねぇ。遼二が独り身じゃないと知った途端にこれかい?」
 帝斗はあっけらかんと笑っていたが、その傍らでは繭だけが顔色を蒼くしながら唇を噛み締めていた。――と、そこへタイミング良くか、繭の父親が姿を現した。
「やあ、鐘崎君。来てくださったのか! お忙しいところすみませんな」
 父親は帝斗にも気が付くと、「おや、粟津さんのご子息もご一緒だったか」と言って和やかな挨拶を交わす。鐘崎は持ってきた祝儀を取り出すと、父親と繭の前に差し出した。
「心ばかりですが――この度はお嬢様の展覧会、おめでとうございます」
「これはこれは……! お運びくださっただけでも勿体ないというのに、わざわざお気遣いまで……。恐縮です」
 父親の方は丁重に頭を下げたが、娘の繭はそれどころではない。蒼白なまま、うつむき加減で硬直してしまっている。
「こら、繭! 何をボサっとしている。お前の展覧会の為にこうしてお祝儀までいただいたのだぞ。よくお礼を申し上げなさい」
 父に促されて、
「あ、ええ……。あ、ありがとう……ございます」
 繭はようやくとひと言を口にした。
「まったく、気の利かない娘で困ったものです。いつまでたっても子供でして、こんなんじゃ嫁のもらい手がなくなってしまうというものですな! まあ、取り柄といえばおっとりしているといったところくらいですかな」
 謙遜しながらも豪快に笑い、だがやはり娘は可愛いわけだろう。それとなく彼女の良さをアピールせんとしている様子が窺える。おそらくはこの父親も、鐘崎が既婚者だということを知らないとみえた。娘が好意を寄せているのなら、一緒にさせてもと思っているのだろう。
 それを証拠に、案の定この後ディナーを一緒にどうだと誘いがかかった。
「こんな娘ですが、これでも鐘崎さんに自分の生けた作品をご覧いただくんだって精一杯やっとりましたからな。今日はいらしていただけて本当に嬉しかったことでしょう。お礼方々、是非とも晩飯にお付き合いいただければと思います。よろしければ粟津さんもご一緒に如何ですかな?」
 すっかりマイペースで食事に行く算段になっている。気持ちは有り難いが、鐘崎としては、ここではっきりと断るのが後々の為と思っていた。
「社長様――せっかくのお誘いですが、家で女房がメシを作って待っておりますので。この後もまだ仕事が残っていますし、我々はこれで失礼させていただきたく存じます」
 仮にも仕事相手である。本来はこういった断り方をする鐘崎ではないのだが、今回に限っては言わざるを得ない。娘に対しても、好意に応えてやれないのが分かっていて期待を持たせ続けるようなことはすべきではないと思っていた。
 だが、父娘にとってはやはり衝撃だったのだろう。鐘崎の言葉に繭はもちろんのこと、父親の方も驚いたように瞳を見開いた。
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