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極道恋浪漫 第一章
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「一切伏せてって……じゃあ紫月は自分の生い立ちについて何も知らねえってわけか?」
逸るように遼二が訊いた。
「おそらくは――な。もしかしたら紫月は自分が日本人であることすら知らされていない可能性が高い。遊郭街に生きる者として苗字すら存在しないことを不思議に思っている様子も見受けられなかったしな」
ではなぜ飛燕はそんな育て方をしたというのだろう。
「これも俺の想像に過ぎんが、そうすることが紫月の身の安全に繋がると考えてのことだったのかも知れん」
「身の安全って……」
「紫月は現在、男遊郭を束ねる立場にあると言っていたな? 俺の思うに表向きは高級男娼を装ってはいるが、実際に客を取ったりということはしていないように思えるのだ。もしかしたらそれも飛燕の条件のひとつだったのかも知れんと思ってな」
「条件……?」
「おそらく飛燕は今現在、頭目という人物の比較的すぐ側で暮らしているような気がしてならん。ヤツは頭目がぐうの音も出ないくらいの武術の腕前を盾にして、息子の紫月が男娼として客を取るようなことがないようにとの条件を頭目との間で交わしたのではないだろうか。裏を返せば飛燕は本来知ってはならない遊郭街の何かを見聞きしていて、その闇から紫月を守る為に自分一人の胸の内でそれを必死に守り通しているように思えてならんのだ」
ということは、あの遊郭街にはやはり皆の想像を超える後ろ暗い何かが存在していて、飛燕もまたその悪事を知る一人ということになるのだろうか。もしかしたら彼自身が悪事に加担せざるを得ない実行部隊にさせられている可能性も無きにしも非ずだと僚一は考えているようだった。
「確かにあの遊郭街には俺たちの想像し得ない――何か特別な闇が隠されているようにも思えるが……。すぐに思いつくといえば麻薬の横流しとか武器の密輸あたりだろうな。そいつに紫月の親父さんが加担してるかも知れねえと?」
息子の遼二が危惧を口にする。
「ひとくちに麻薬や武器と断定はできんだろうが、おそらくはその手の類は横行していると見て間違いない。とにかく飛燕に会ってみんことにはなんとも言えんが――」
もしかしたらそう簡単にはいかないかも知れないだろうとも言う。
「簡単にいかねえってどういうことだ?」
遼二が訊く。
「あの父子は何か自由にならない事情を抱えているように思えてならない。それが頭目という人物に対する遠慮なのか、あるいは――」
「あるいは……?」
「恐怖――なのかも知れん」
「……恐怖」
頭目とはそれほどまでに力を持った人物なのだろうか。
確かにこの地下街が出来て以降、周ファミリーですらその顔を見たことがないというくらいだ。謎のヴェールに包まれ、滅多に人前には姿すら現さない。遊郭街という独自の治外法権を欲しいままにし、我が物顔でそこに君臨しているとされる人物――。
そんな闇中の闇のごく近くで一之宮飛燕は長い年月を生き抜いてきたのだと思われる。
「もしも飛燕が今でも二十四年前と変わらぬ心を持ち続けてくれているとすれば、何らかの方法で必ず連絡を取ってくるはずだ。今はそれを信じて待つしかない」
二十四年という月日は永い。
その時の流れの中でどんなことがあろうと、あの頃の生き生きとした気持ちを忘れていて欲しくはない。例えば今は生きる為に致し方なく悪事に手を染めていたとしても、常にそこに罪悪感を持っていてくれるなら、いくらでも救いようはあろう。彼本人が進んで悪に身も心も染めているならどうにもならないが、決してそうあって欲しくはない。僚一は祈るように空を見つめるのだった。
逸るように遼二が訊いた。
「おそらくは――な。もしかしたら紫月は自分が日本人であることすら知らされていない可能性が高い。遊郭街に生きる者として苗字すら存在しないことを不思議に思っている様子も見受けられなかったしな」
ではなぜ飛燕はそんな育て方をしたというのだろう。
「これも俺の想像に過ぎんが、そうすることが紫月の身の安全に繋がると考えてのことだったのかも知れん」
「身の安全って……」
「紫月は現在、男遊郭を束ねる立場にあると言っていたな? 俺の思うに表向きは高級男娼を装ってはいるが、実際に客を取ったりということはしていないように思えるのだ。もしかしたらそれも飛燕の条件のひとつだったのかも知れんと思ってな」
「条件……?」
「おそらく飛燕は今現在、頭目という人物の比較的すぐ側で暮らしているような気がしてならん。ヤツは頭目がぐうの音も出ないくらいの武術の腕前を盾にして、息子の紫月が男娼として客を取るようなことがないようにとの条件を頭目との間で交わしたのではないだろうか。裏を返せば飛燕は本来知ってはならない遊郭街の何かを見聞きしていて、その闇から紫月を守る為に自分一人の胸の内でそれを必死に守り通しているように思えてならんのだ」
ということは、あの遊郭街にはやはり皆の想像を超える後ろ暗い何かが存在していて、飛燕もまたその悪事を知る一人ということになるのだろうか。もしかしたら彼自身が悪事に加担せざるを得ない実行部隊にさせられている可能性も無きにしも非ずだと僚一は考えているようだった。
「確かにあの遊郭街には俺たちの想像し得ない――何か特別な闇が隠されているようにも思えるが……。すぐに思いつくといえば麻薬の横流しとか武器の密輸あたりだろうな。そいつに紫月の親父さんが加担してるかも知れねえと?」
息子の遼二が危惧を口にする。
「ひとくちに麻薬や武器と断定はできんだろうが、おそらくはその手の類は横行していると見て間違いない。とにかく飛燕に会ってみんことにはなんとも言えんが――」
もしかしたらそう簡単にはいかないかも知れないだろうとも言う。
「簡単にいかねえってどういうことだ?」
遼二が訊く。
「あの父子は何か自由にならない事情を抱えているように思えてならない。それが頭目という人物に対する遠慮なのか、あるいは――」
「あるいは……?」
「恐怖――なのかも知れん」
「……恐怖」
頭目とはそれほどまでに力を持った人物なのだろうか。
確かにこの地下街が出来て以降、周ファミリーですらその顔を見たことがないというくらいだ。謎のヴェールに包まれ、滅多に人前には姿すら現さない。遊郭街という独自の治外法権を欲しいままにし、我が物顔でそこに君臨しているとされる人物――。
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「もしも飛燕が今でも二十四年前と変わらぬ心を持ち続けてくれているとすれば、何らかの方法で必ず連絡を取ってくるはずだ。今はそれを信じて待つしかない」
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その時の流れの中でどんなことがあろうと、あの頃の生き生きとした気持ちを忘れていて欲しくはない。例えば今は生きる為に致し方なく悪事に手を染めていたとしても、常にそこに罪悪感を持っていてくれるなら、いくらでも救いようはあろう。彼本人が進んで悪に身も心も染めているならどうにもならないが、決してそうあって欲しくはない。僚一は祈るように空を見つめるのだった。
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