極道恋浪漫

一園木蓮

文字の大きさ
上 下
48 / 152
極道恋浪漫 第一章

46

しおりを挟む
 当然のことながら紫月ズィユエは驚いたようだ。
「これは……! あの、これはいったい……」
 写っているのは若き日の父に間違いない。だがなぜこんな写真を初対面の僚一が持っているのかと驚くばかりだ。
 僚一はそれ以上多くを語らずに、ただひと言だけを紫月ズィユエへと伝えた。
「鐘崎僚一が会いたがっている。お父上にそう伝えて欲しい」
 紫月ズィユエは唖然としたように僚一を見つめたまま、瞬きすら忘れたかのように言葉を失っていた。



◇    ◇    ◇



 その後、紫月ズィユエに飛燕の写真を持たせて遊郭街へと帰した後、僚一はスェンと息子たちを前にテーブルを囲んでいた。
「あの紫月ズィユエという青年だが。十中八九、一之宮飛燕の息子で間違いないだろう」
「……じゃあ、紫月ズィユエはやっぱり親父の知り合いの息子で……二十四年前に行方不明になったっていう」
「一之宮飛燕の一人息子だ。彼と話していて思ったのだが、もしかしたら飛燕は自分の息子に詳しいことを話していないのやも知れん」
 それはどういうことだとスェン以下、皆が僚一を見つめる。
「これは俺の想像に過ぎんが――二十四年前、二人はこの香港で旅行中に拉致に遭い、遊郭街に連れて行かれた。紫月ズィユエは当時生まれて間もない赤子の身だ。当然だが意思も記憶も無いに等しい。拉致した連中の目的は飛燕一人だけだったはずで、ヤツの容姿から考えれば男娼にさせる心づもりだったことだろう」
 つまり、当時の遊郭街の連中にとって、赤子の紫月ズィユエは邪魔な存在だったに違いない。それでも彼を放り出さずに飛燕の手から取り上げなかったのは、将来性を考えてのことだったのかも知れない。
「飛燕は並外れた容姿の持ち主だ。その実子となれば将来的に男遊郭で大金を稼ぎ出す金の卵になると見込んで赤子を育てることに同意したとも考えられる。ところが紫月ズィユエの話によると、飛燕は男娼ではなく用心棒的な任に就いたとのことだった。おそらくは遊郭街の頭目との間で何らかの交渉があったのやも知れん」
 当時の飛燕は二十代の半ばだった。遊郭街の思惑を考えると、容姿の点からして当然稼ぎ頭となる高級男娼に仕立て上げようとしたはずだ。ところが飛燕は男娼にはならずに用心棒という立ち位置を勝ち取った。
「おそらくは何らかの経緯によって、頭目の前で腕を奮って見せる機会を得たのかも知れん。頭目が大金を生み出す金の卵をみすみす諦めるとは考えにくい。だが飛燕はその大金にすら勝る武術の腕前が自身にあることを示したのではなかろうか」
 そうして男娼としての人生を回避した飛燕は、自身の持つ武術で生計を立てながら紫月ズィユエを育てた。
「その過程で紫月ズィユエにもまた、幼い頃から武術を仕込んだに違いない。お前さんらも彼を見て気付いたはずだ。あれは相当に腕の達つ者の所作だった」
 スェンもまた、確かにその通りだと言って僚一の意見に同意を示した。
「確かに――前後左右、どこにも隙が見当たらなかったな。ともすれば背中にも目が付いているのではないかと思うような立ち居振る舞いだった。あれは明らかに或る意図を以て叩き込まれた――武道というよりは実戦を目的とした身のこなしだ」
 父親たちの言葉にイェンと遼二も驚いたようにして目を見開いてしまった。
「まあ……そう言われてみれば確かにな。俺たちが遊郭街でヤツと初めて会った時も――一見フランクに思えて隙が無えようには感じたが」
 イェンが顎に手を当てて考え込む傍らで僚一が先を続けた。
紫月ズィユエも飛燕もあの容姿だ。男女問わず見る者の視線を釘付けにする桁外れた美貌を備えている。大概の者は彼らが達人級の腕前を持っているなどとは思いもしないだろう。つまり、容姿の美しさは隠れ蓑だ。飛燕はそれを充分心得た上で、それを活かす武術――というよりも身を守るための戦術を自分の息子に仕込んだに違いない」
 ただし、自分たちが旅行中に拉致されてあの遊郭街で生きていくことになった経緯などは一切伏せて育てたのではないかと僚一は言った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

転生したら貴族子息だった俺は死に場所を求める

リョウ
BL
王子主催の夜会が開かれた日頭の中に流れ込む記憶があった。 そして、前世を思い出した主人公はふと考えていたことを実行にうつそうと決心した。 死に場所を求めて行き着いた先には 基本主人公目線 途中で目線変わる場合あり。 なんでも許せる方向け 作者が読み漁りした結果こういうので書いてみたいかもという理由で自分なり書いた結果 少しでも気に入ってもらえたら嬉しく思います あーこれどっかみた設定とか似たようなやつあったなーってのをごちゃ混ぜににしてあるだけです BLですが必要と判断して女性キャラ視点をいれてあります。今後1部女性キャラ視点があります。 主人公が受けは確定です 恋愛までいくのに時間かかるかも? タグも増えたり減ったり 話の進み方次第です 近況報告も参照していただけたら幸いです。

信じて送り出した養い子が、魔王の首を手柄に俺へ迫ってくるんだが……

鳥羽ミワ
BL
ミルはとある貴族の家で使用人として働いていた。そこの末息子・レオンは、不吉な赤目や強い黒魔力を持つことで忌み嫌われている。それを見かねたミルは、レオンを離れへ隔離するという名目で、彼の面倒を見ていた。 そんなある日、魔王復活の知らせが届く。レオンは勇者候補として戦地へ向かうこととなった。心配でたまらないミルだが、レオンはあっさり魔王を討ち取った。 これでレオンの将来は安泰だ! と喜んだのも束の間、レオンはミルに求婚する。 「俺はずっと、ミルのことが好きだった」 そんなこと聞いてないが!? だけどうるうるの瞳(※ミル視点)で迫るレオンを、ミルは拒み切れなくて……。 お人よしでほだされやすい鈍感使用人と、彼をずっと恋い慕い続けた令息。長年の執着の粘り勝ちを見届けろ! ※エブリスタ様、カクヨム様、pixiv様にも掲載しています

若頭と小鳥

真木
BL
極悪人といわれる若頭、けれど義弟にだけは優しい。小さくて弱い義弟を構いたくて仕方ない義兄と、自信がなくて病弱な義弟の甘々な日々。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜 ・不定期

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

処理中です...