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極道恋浪漫 第一章
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当然のことながら紫月は驚いたようだ。
「これは……! あの、これはいったい……」
写っているのは若き日の父に間違いない。だがなぜこんな写真を初対面の僚一が持っているのかと驚くばかりだ。
僚一はそれ以上多くを語らずに、ただひと言だけを紫月へと伝えた。
「鐘崎僚一が会いたがっている。お父上にそう伝えて欲しい」
紫月は唖然としたように僚一を見つめたまま、瞬きすら忘れたかのように言葉を失っていた。
◇ ◇ ◇
その後、紫月に飛燕の写真を持たせて遊郭街へと帰した後、僚一は隼と息子たちを前にテーブルを囲んでいた。
「あの紫月という青年だが。十中八九、一之宮飛燕の息子で間違いないだろう」
「……じゃあ、紫月はやっぱり親父の知り合いの息子で……二十四年前に行方不明になったっていう」
「一之宮飛燕の一人息子だ。彼と話していて思ったのだが、もしかしたら飛燕は自分の息子に詳しいことを話していないのやも知れん」
それはどういうことだと隼以下、皆が僚一を見つめる。
「これは俺の想像に過ぎんが――二十四年前、二人はこの香港で旅行中に拉致に遭い、遊郭街に連れて行かれた。紫月は当時生まれて間もない赤子の身だ。当然だが意思も記憶も無いに等しい。拉致した連中の目的は飛燕一人だけだったはずで、ヤツの容姿から考えれば男娼にさせる心づもりだったことだろう」
つまり、当時の遊郭街の連中にとって、赤子の紫月は邪魔な存在だったに違いない。それでも彼を放り出さずに飛燕の手から取り上げなかったのは、将来性を考えてのことだったのかも知れない。
「飛燕は並外れた容姿の持ち主だ。その実子となれば将来的に男遊郭で大金を稼ぎ出す金の卵になると見込んで赤子を育てることに同意したとも考えられる。ところが紫月の話によると、飛燕は男娼ではなく用心棒的な任に就いたとのことだった。おそらくは遊郭街の頭目との間で何らかの交渉があったのやも知れん」
当時の飛燕は二十代の半ばだった。遊郭街の思惑を考えると、容姿の点からして当然稼ぎ頭となる高級男娼に仕立て上げようとしたはずだ。ところが飛燕は男娼にはならずに用心棒という立ち位置を勝ち取った。
「おそらくは何らかの経緯によって、頭目の前で腕を奮って見せる機会を得たのかも知れん。頭目が大金を生み出す金の卵をみすみす諦めるとは考えにくい。だが飛燕はその大金にすら勝る武術の腕前が自身にあることを示したのではなかろうか」
そうして男娼としての人生を回避した飛燕は、自身の持つ武術で生計を立てながら紫月を育てた。
「その過程で紫月にもまた、幼い頃から武術を仕込んだに違いない。お前さんらも彼を見て気付いたはずだ。あれは相当に腕の達つ者の所作だった」
隼もまた、確かにその通りだと言って僚一の意見に同意を示した。
「確かに――前後左右、どこにも隙が見当たらなかったな。ともすれば背中にも目が付いているのではないかと思うような立ち居振る舞いだった。あれは明らかに或る意図を以て叩き込まれた――武道というよりは実戦を目的とした身のこなしだ」
父親たちの言葉に焔と遼二も驚いたようにして目を見開いてしまった。
「まあ……そう言われてみれば確かにな。俺たちが遊郭街でヤツと初めて会った時も――一見フランクに思えて隙が無えようには感じたが」
焔が顎に手を当てて考え込む傍らで僚一が先を続けた。
「紫月も飛燕もあの容姿だ。男女問わず見る者の視線を釘付けにする桁外れた美貌を備えている。大概の者は彼らが達人級の腕前を持っているなどとは思いもしないだろう。つまり、容姿の美しさは隠れ蓑だ。飛燕はそれを充分心得た上で、それを活かす武術――というよりも身を守るための戦術を自分の息子に仕込んだに違いない」
ただし、自分たちが旅行中に拉致されてあの遊郭街で生きていくことになった経緯などは一切伏せて育てたのではないかと僚一は言った。
「これは……! あの、これはいったい……」
写っているのは若き日の父に間違いない。だがなぜこんな写真を初対面の僚一が持っているのかと驚くばかりだ。
僚一はそれ以上多くを語らずに、ただひと言だけを紫月へと伝えた。
「鐘崎僚一が会いたがっている。お父上にそう伝えて欲しい」
紫月は唖然としたように僚一を見つめたまま、瞬きすら忘れたかのように言葉を失っていた。
◇ ◇ ◇
その後、紫月に飛燕の写真を持たせて遊郭街へと帰した後、僚一は隼と息子たちを前にテーブルを囲んでいた。
「あの紫月という青年だが。十中八九、一之宮飛燕の息子で間違いないだろう」
「……じゃあ、紫月はやっぱり親父の知り合いの息子で……二十四年前に行方不明になったっていう」
「一之宮飛燕の一人息子だ。彼と話していて思ったのだが、もしかしたら飛燕は自分の息子に詳しいことを話していないのやも知れん」
それはどういうことだと隼以下、皆が僚一を見つめる。
「これは俺の想像に過ぎんが――二十四年前、二人はこの香港で旅行中に拉致に遭い、遊郭街に連れて行かれた。紫月は当時生まれて間もない赤子の身だ。当然だが意思も記憶も無いに等しい。拉致した連中の目的は飛燕一人だけだったはずで、ヤツの容姿から考えれば男娼にさせる心づもりだったことだろう」
つまり、当時の遊郭街の連中にとって、赤子の紫月は邪魔な存在だったに違いない。それでも彼を放り出さずに飛燕の手から取り上げなかったのは、将来性を考えてのことだったのかも知れない。
「飛燕は並外れた容姿の持ち主だ。その実子となれば将来的に男遊郭で大金を稼ぎ出す金の卵になると見込んで赤子を育てることに同意したとも考えられる。ところが紫月の話によると、飛燕は男娼ではなく用心棒的な任に就いたとのことだった。おそらくは遊郭街の頭目との間で何らかの交渉があったのやも知れん」
当時の飛燕は二十代の半ばだった。遊郭街の思惑を考えると、容姿の点からして当然稼ぎ頭となる高級男娼に仕立て上げようとしたはずだ。ところが飛燕は男娼にはならずに用心棒という立ち位置を勝ち取った。
「おそらくは何らかの経緯によって、頭目の前で腕を奮って見せる機会を得たのかも知れん。頭目が大金を生み出す金の卵をみすみす諦めるとは考えにくい。だが飛燕はその大金にすら勝る武術の腕前が自身にあることを示したのではなかろうか」
そうして男娼としての人生を回避した飛燕は、自身の持つ武術で生計を立てながら紫月を育てた。
「その過程で紫月にもまた、幼い頃から武術を仕込んだに違いない。お前さんらも彼を見て気付いたはずだ。あれは相当に腕の達つ者の所作だった」
隼もまた、確かにその通りだと言って僚一の意見に同意を示した。
「確かに――前後左右、どこにも隙が見当たらなかったな。ともすれば背中にも目が付いているのではないかと思うような立ち居振る舞いだった。あれは明らかに或る意図を以て叩き込まれた――武道というよりは実戦を目的とした身のこなしだ」
父親たちの言葉に焔と遼二も驚いたようにして目を見開いてしまった。
「まあ……そう言われてみれば確かにな。俺たちが遊郭街でヤツと初めて会った時も――一見フランクに思えて隙が無えようには感じたが」
焔が顎に手を当てて考え込む傍らで僚一が先を続けた。
「紫月も飛燕もあの容姿だ。男女問わず見る者の視線を釘付けにする桁外れた美貌を備えている。大概の者は彼らが達人級の腕前を持っているなどとは思いもしないだろう。つまり、容姿の美しさは隠れ蓑だ。飛燕はそれを充分心得た上で、それを活かす武術――というよりも身を守るための戦術を自分の息子に仕込んだに違いない」
ただし、自分たちが旅行中に拉致されてあの遊郭街で生きていくことになった経緯などは一切伏せて育てたのではないかと僚一は言った。
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