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極道恋浪漫 第一章
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遊郭街椿楼、紫月邸――。
皇帝・周焔のところで出会った鐘崎僚一からの申し出を受けて、紫月は自らの邸に父親を呼んだ。
「親父――いったいどういうことなんだよ」
僚一から預かってきた一枚の写真を懐から取り出して差し出す。
「それ……親父だよな? 後ろに写ってるのは寺のようだけど……。この城壁内じゃ見掛けねえ場所じゃね?」
いつどこで撮った写真なのかというのももちろんだが、年齢的に見てもかなり若い。察するにまだ二十代といったところだろう。それ以前に、写真の中の父親はとても穏やかで幸せそうな表情をしていることにも驚かされる。正直なところ、物心ついてこの方、紫月の記憶の中にある父は滅多に笑顔のひとつすら見せたことのない、言うなれば何を考えているのか今ひとつその心の内が理解し難い人物だったからだ。
それにもうひとつ、写真はところどころ角が痛んでいて、相当長い間持ち歩かれていただろうことが窺えるのだ。あの遼二の父親だという人物が大事に肌身離さず持っていたのは確かなのだろう。
「あの人――鐘崎僚一っていう人。親父の知り合いなのか?」
写真を手に取ったまま未だ黙り込んでは何ひとつ答えようとしない父に苛立つように、紫月は眉根を寄せた。
「なあ親父……! いつまでそうして黙ってんだ!」
詰る息子の言葉に慌てるでもなく、手にしていた写真をスイとテーブルの上に戻した。
「紫月、この写真をよこした男に伝えてくれ――」
三日後、亥の刻。朱雀館にて花見の枝を折れ――とな。
無表情のまま、それだけ言い残すと、すぐに踵を返して邸を後にしてしまった。
「ちょ……待っ……!」
慌てて引き留めたものの、一度たりと振り返ることすらせずに遠ざかっていく背中を見つめながら、紫月は小さな舌打ちを抑えられずにいた。
「ったく! 相変わらずなんだからよぉ……!」
いつもこうだ。
幼い頃こそ父の笑顔を幾度か目にした記憶があるが、それも数えるほどだった。大人になってからは、それこそ顔を合わせたとてろくに会話のひとつも成り立たない有り様だ。いつも何を考えているのか分からない無表情で、感情の起伏すら持ち合わせていない人形のようなのだ。
幼い頃から半ば強引に仕込まれた武術に語学、それを教える時は殊更に厳しくもあった。正直なところ鬼のような父親だと思ったものだ。
甘えさせてくれた記憶などただの一度たりと無い。ただただ厳しくて、ただただ冷たかった。そして何より――ただただ怖い存在だった。
多国籍の言語にしても武術にしても、覚えなければ鬼のような形相で睨まれた。
幼心にそれが怖くて必死に習得しようとしたものだ。
やさしくあたたかい感情など掛けてもらったことなど無い。体罰こそ与えられなかったものの、少しでも稽古をサボれば恐ろしく冷たい視線を向けられた。覚えているのはそれだけだ。
大人になってからはその怖くて冷たい視線が無表情へと変わったのみだ。
「なーにが『花見の枝を折れ』だよ! ワケ分かんねえっての!」
三日後、亥の刻、場所が朱雀館というのは理解できる。だが、今は花見の季節でもないし、それ以前に朱雀館といえば男遊郭の中でも末端の――いわゆる徹底的に色のみを売りにしている掃き溜めだ。
「ンなところであの鐘崎って人と会おうってかよ……」
会うならもう少しマシな場所があるだろうにと思う。例えばここ、自分の邸でもいいし、椿楼に部屋を取ってやることもできるのに――と、憤りを隠せない。
仮にも遼二の父親という人だ。紫月自身、噂でしか知らないが、日本の極道・鐘崎組といえば裏の世界でも知らない者はいないというくらいの有名どころだ。その上、周ファミリーとも親しい間柄。実際に会った鐘崎父子の印象もあたたかい人柄の感じられるものだった。
そんな人を掃き溜めのような妓楼に呼び付けて、挙句は意味不明な『花見の枝を折れ』ときたものだ。
己が父親ながら理解に苦しむ――そう思いながら、紫月は舌打ちを繰り返さずにはいられなかった。
皇帝・周焔のところで出会った鐘崎僚一からの申し出を受けて、紫月は自らの邸に父親を呼んだ。
「親父――いったいどういうことなんだよ」
僚一から預かってきた一枚の写真を懐から取り出して差し出す。
「それ……親父だよな? 後ろに写ってるのは寺のようだけど……。この城壁内じゃ見掛けねえ場所じゃね?」
いつどこで撮った写真なのかというのももちろんだが、年齢的に見てもかなり若い。察するにまだ二十代といったところだろう。それ以前に、写真の中の父親はとても穏やかで幸せそうな表情をしていることにも驚かされる。正直なところ、物心ついてこの方、紫月の記憶の中にある父は滅多に笑顔のひとつすら見せたことのない、言うなれば何を考えているのか今ひとつその心の内が理解し難い人物だったからだ。
それにもうひとつ、写真はところどころ角が痛んでいて、相当長い間持ち歩かれていただろうことが窺えるのだ。あの遼二の父親だという人物が大事に肌身離さず持っていたのは確かなのだろう。
「あの人――鐘崎僚一っていう人。親父の知り合いなのか?」
写真を手に取ったまま未だ黙り込んでは何ひとつ答えようとしない父に苛立つように、紫月は眉根を寄せた。
「なあ親父……! いつまでそうして黙ってんだ!」
詰る息子の言葉に慌てるでもなく、手にしていた写真をスイとテーブルの上に戻した。
「紫月、この写真をよこした男に伝えてくれ――」
三日後、亥の刻。朱雀館にて花見の枝を折れ――とな。
無表情のまま、それだけ言い残すと、すぐに踵を返して邸を後にしてしまった。
「ちょ……待っ……!」
慌てて引き留めたものの、一度たりと振り返ることすらせずに遠ざかっていく背中を見つめながら、紫月は小さな舌打ちを抑えられずにいた。
「ったく! 相変わらずなんだからよぉ……!」
いつもこうだ。
幼い頃こそ父の笑顔を幾度か目にした記憶があるが、それも数えるほどだった。大人になってからは、それこそ顔を合わせたとてろくに会話のひとつも成り立たない有り様だ。いつも何を考えているのか分からない無表情で、感情の起伏すら持ち合わせていない人形のようなのだ。
幼い頃から半ば強引に仕込まれた武術に語学、それを教える時は殊更に厳しくもあった。正直なところ鬼のような父親だと思ったものだ。
甘えさせてくれた記憶などただの一度たりと無い。ただただ厳しくて、ただただ冷たかった。そして何より――ただただ怖い存在だった。
多国籍の言語にしても武術にしても、覚えなければ鬼のような形相で睨まれた。
幼心にそれが怖くて必死に習得しようとしたものだ。
やさしくあたたかい感情など掛けてもらったことなど無い。体罰こそ与えられなかったものの、少しでも稽古をサボれば恐ろしく冷たい視線を向けられた。覚えているのはそれだけだ。
大人になってからはその怖くて冷たい視線が無表情へと変わったのみだ。
「なーにが『花見の枝を折れ』だよ! ワケ分かんねえっての!」
三日後、亥の刻、場所が朱雀館というのは理解できる。だが、今は花見の季節でもないし、それ以前に朱雀館といえば男遊郭の中でも末端の――いわゆる徹底的に色のみを売りにしている掃き溜めだ。
「ンなところであの鐘崎って人と会おうってかよ……」
会うならもう少しマシな場所があるだろうにと思う。例えばここ、自分の邸でもいいし、椿楼に部屋を取ってやることもできるのに――と、憤りを隠せない。
仮にも遼二の父親という人だ。紫月自身、噂でしか知らないが、日本の極道・鐘崎組といえば裏の世界でも知らない者はいないというくらいの有名どころだ。その上、周ファミリーとも親しい間柄。実際に会った鐘崎父子の印象もあたたかい人柄の感じられるものだった。
そんな人を掃き溜めのような妓楼に呼び付けて、挙句は意味不明な『花見の枝を折れ』ときたものだ。
己が父親ながら理解に苦しむ――そう思いながら、紫月は舌打ちを繰り返さずにはいられなかった。
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