上 下
25 / 73
悪魔、人間の本拠地へ

22.夜

しおりを挟む
 ーーーーーイオリーーーーー

 簡易的な馬車でそのままセリフィア城に直行した一同。城に着く頃には月が高いところにあった。
 途中の襲撃から不機嫌だったミカはいつも通りに戻っていた。陛下が何か言ったのだろうか。何はともあれ、多少は気を紛れさせられたなら良い。
 俺は移動中の馬車で師匠に説教を食らっていた。覚悟はしていたが、まさか城に到着するまでされるのは予想していなかった。数時間も同じ事を喋り続けられるのも一種の才能だろうか。途中からは投げやりに相槌を打つばかりだった。

 三ヶ月ぶりのセリフィア城。とりあえずは夜も深いからと部屋に案内された。俺は以前、半年間寝泊まりしていた部屋に。ミカは別の階に。ずっと二人で一部屋だったせいもあるのだろう。城の無駄に広い部屋がとても寒く感じる。また今度、ミカと同室に出来ないか陛下に聞いてみよう。
 荷物を置き、部屋に持ってこられた食事を食べ、シャワーを浴びてベッドに横たわる。ここ一ヶ月程は毎日で無くてもミカを毎夜抱いていた。何もしなくても同じベッドで眠っていた。それが日常になってから唐突に変わるというのは、落ち着かない。
 ミカの少し低めの体温、小さな鼓動から静かな呼吸まで鮮明に思い出す。別に遠いところにいるわけでも無いのに、なんでこんなにも不思議な感覚になるのだろう。頭の中が彼で満ちている。

「っは……、…っ……。」

 記憶の中の彼を初めて汚した時からまるで変わっていない。誰より、何より近くに居るのに遠く感じたまま。実際に繋がった瞬間でさえ、どれだけ繰り返そうと夢の中にいるようだった。
 今でさえ俺は、体に染み付いた彼の全てに縋って欲を吐き出している。

「ミカ…、ッ………!は…、はは………。」

 全く収まりそうにもない欲。『好き』なんて言葉じゃ足りない程に想っているのに距離を感じているなんて、どこまでも矛盾したぐちゃぐちゃのこの感情。
 こんなものを知ったらどう思うだろうか。そんな事を考えながら、まだ行動を繰り返していた。


 ………どれだけ時間が経っただろうか。体がやけに重い。口が乾燥して唇が痛い。
 水を飲んで窓の外を見た。雲に隠れて薄く見える三日月はとても鋭く、細かった。……ミカに似ている月だ。名前もそうだが、何より鋭く恐ろしい反面、折れてしまいそうなほどに細い。
 本来の大人の姿を初めて見た時、そう思った。大人と言えど俺よりも全然小柄で、直に肌を見た時も僅かに骨が浮き出ていた。あのミカを壊せるほど自分が強いとは思っていない。それでも、やはり心配にはなる。
 ベッドに戻り、力無く眠る。完全に眠りにつくその時まで、俺はミカの事ばかり考えていた。





 ーーーーーミカーーーーー




 ………完全に判断を誤った。オレはただ……


 城に着いた時は既に日を跨ごうとしているほど遅い時間だった。イオリはずっと説教を食らっていたようで、馬車を降りた時には疲れが見えていた。
 そして、イオリとは別の部屋に案内されたオレは、そのまま流れに任せて動いていた。案内された部屋を見物して、美味しいと感じない食事を平げ、ゆっくりと湯船に浸かり、そのままベッドで横になる。
 人間の国に来て初めて一人の部屋で寝る。広さ的には関所で過ごす前にいた自室と同じか少し狭いくらいだろう。それでも十分すぎるスペースだ。
 一人部屋で過ごす事に寂しさを感じたオレは、イオリの部屋に意識を飛ばすことにした。あれだけ疲れを見せていたイオリの事だから既に眠っているだろう。少し寝顔を見るだけだ。
 そう…思ってたんだけどさ?


 そして最初に戻る。オレはただイオリの寝顔を少し見ようとしただけなのに、当の本人は…。意識を戻したオレは手で顔を覆った。まさか、恋人の自慰を目の当たりにするとは思わなかった。それも、オレの名前を呼びながら。
 勝手に覗いている罪悪感を感じながらも、オレは暫く目を逸らせなかった。オレの名前を呼んで必死な顔をしたイオリがどこか切なくて、可愛くて、愛おしくて、妖しげで、凄く、興奮した。
 目に焼きついたイオリの表情や動き、耳に残る名前を呼ぶ声と吐息まざりの微かな声。その記憶にこの身体は簡単に反応した。
 うつ伏せになり、枕を抱きしめる。何もせずとも震え、痙攣を繰り返すこの体はなかなかに厄介だ。どうしよう…涎と息切れが止まらない。そこまで空腹じゃないのになんで?
 あーあ…オレって結構単純かも?オレに無いものくれたイオリにこんなにも縋って、本当にろくでもないな。……それでも今はもう少しだけでも、イオリに甘えていたい。人間が死ぬまでなんてあっという間だけど、ほんの数十年は甘く生きて……。

 いや、ダメか。

 それはきっとが許さない。どんな形であれ、どんな成り行きであれどオレは大罪人だ。オレだけは、永遠に世界の敵だ。ちゃんと償いながら生きていかないと。この瞬間でさえ罪を重ねているんだから。
 ……そう思ってればいつの間にかオレの中の欲は静かに消える。震えも痙攣も止まって息も落ち着いた。今夜はこのまま寝るか……。





 ーーーーーヒルメルーーーーー





 帰りの馬車の中、私はコンコンとイオリさんに説教をしていた。最初の方は反省の色が見えていたが、途中からは聞く耳持たなくなっていたようだ。…少ししつこかったかもしれませんね。
 それより気掛かりなのは途中に起こった襲撃。
 説教に夢中になってしまっている内に人成らざるものが近寄っていたとは。気付くのが遅れてしまったのは明らかに私の失態でしょう。その上、相手に押されてしまった。
 …本気を出そうとしても、ミカさんに言われた言葉を思い出してしまったのです。私には本当に聖力を使う資格があるのかと、力を使う事を躊躇ってしまった。
 彼の実力も言葉も何より確かなものだと感じました。聖力の粒子…ミカさんが『聖なる子ら』と呼んだその粒子達も、確かに彼の周りでは強く輝いていた。その時は確かに悔しさよりも尊敬を感じていました。

 しかし、そんな彼は悪魔を庇った。陛下の乗った馬車を攻撃した悪魔を。そんなことが許される筈が無いと、私の中には疑問だけが残されてしまった。
 もしかしたら、彼は悪魔なのでは?そんな事を考えもしましたが、それは『有り得ない』と判断すべきでしょう。聖力と飽和性が高く、他の為に己を犠牲にする者が悪とは思い難い。
 しかし、彼に人間味は大して無いようにも見えます。最初に対面した時、私が攻撃を仕掛けることを読んでいた。そして殺す気が無いことも。ですが、首の傷は決して浅くはありません。致命傷にならずとも痛みも出血も普通の切り傷よりは多い。それなのに、多少の恐怖すら無く平然と語り治癒するその姿は正に異常と呼べるでしょう。

 ……まさか、彼は天使様なのでしょうか?そうすれば色々と辻褄が合います。合わないものは悪魔を逃したことのみ。また、彼の話を聞いてから判断するしかありませんね。
 いやしかし、もしかしたら………!





 …………あ、あれ?い、いつの間にか、朝になってしまいました…。






 ーーーーーリルジーーーーー





 いやぁ、いつにも増して濃い一日だったなぁ。急に居なくなった勇者を見つけ、悪魔の友達が出来た。……ほら、これだけでも凄い。
 これからどうなっていくかも楽しみだけど、それより気になるのはミカの天使に限り無く近い姿。そのままでも…いや、不機嫌じゃない時に大人しく静かにしてれば天使だって言われても納得出来そうな見た目だ。それに天使の翼でも生えてしまうのだろうか。だとしたらきっと、僕も知らなかったら騙されるかもしれないね。

 さてと…ミカについて分かったことと感じたこと、予測なんかをまとめてから寝るとしようかな。


 とりあえず分かったこと。
 ミカは本当は悪魔で、それを知っているのは本人と僕。ヒルメルとラドンは知ってたら彼を迷わず敵対しそうだから知らないだろうね。イオリは……知ってる可能性は高いかな。流石に恋人に人間じゃ無いことを隠すのは難しいだろうからね。
 それ以外は誰と繋がりがあるか分からないし、一旦ここまでにしよう。

 そして、限り無く天使に近い姿を持っていること。実際にその姿を見た訳じゃ無いけど予想はできる。
 ミカは『天使に似た』でも『天使みたいな』でも無く『限り無く近い』と言った。それはつまり、天使を見たことがあるということ。天使の細かい特徴を理解して、自分の姿との違いを理解しているという事。
 ……つまり、千年前の天魔大戦に参加している可能性が出ている。悪魔と天使の戦争…それは人間にも影響を及ぼしたらしい。人智を超えた存在同士の戦争なんて、近くに居ただけであっさり吹き飛ばされるだろう。
 そんな大戦争に参加して、天使と交戦していたかもしれない。そしてそれが合っているならミカは…天使を殺していることになる。戦争は殺し合いだから、仕方ないとは思う。
 それより重要なのは、その予想が合っているとミカは天使と同等かそれ以上に強いってこと。大戦が起きた原因は今も不明だけど、もしかしたら彼はそれも知って……?いや、これじゃあ予想を通り越して妄想になってる。


 ………情報が少ないかな。とりあえず一度休んで夜明けを待ってみよう。
 予定では十時から説明してもらうことになってる。正午には何かしらの情報が更新される筈なんだ。それで何か、ミカに関することが分かれば……ん?
 あれ、確かミカは天使だって嘘を吐くんだよね。ならそれに沿ってしか話せないから自分のことは語れない!?じゃあミカのこと分かんないんじゃ……!
 …………よし、彼のことはまたの機会に聞いてみよう。いやー、明日の説明はあくまでも襲撃して来た人達のことだったね。忘れてたよ。


 まぁ、とりあえず寝るか!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?

婚約破棄されるなり5秒で王子にプロポーズされて溺愛されてます!?

野良猫のらん
BL
侯爵家次男のヴァン・ミストラルは貴族界で出来損ない扱いされている。 なぜならば精霊の国エスプリヒ王国では、貴族は多くの精霊からの加護を得ているのが普通だからだ。 ところが、ヴァンは風の精霊の加護しか持っていない。 とうとうそれを理由にヴァンは婚約破棄されてしまった。 だがその場で王太子ギュスターヴが現れ、なんとヴァンに婚約を申し出たのだった。 なんで!? 初対面なんですけど!?!?

【完結】婚約破棄された僕はギルドのドSリーダー様に溺愛されています

八神紫音
BL
 魔道士はひ弱そうだからいらない。  そういう理由で国の姫から婚約破棄されて追放された僕は、隣国のギルドの町へとたどり着く。  そこでドSなギルドリーダー様に拾われて、  ギルドのみんなに可愛いとちやほやされることに……。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

魔力なしの嫌われ者の俺が、なぜか冷徹王子に溺愛される

ぶんぐ
BL
社畜リーマンは、階段から落ちたと思ったら…なんと異世界に転移していた!みんな魔法が使える世界で、俺だけ全く魔法が使えず、おまけにみんなには避けられてしまう。それでも頑張るぞ!って思ってたら、なぜか冷徹王子から口説かれてるんだけど?── 嫌われ→愛され 不憫受け 美形×平凡 要素があります。 ※総愛され気味の描写が出てきますが、CPは1つだけです。

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

処理中です...