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悪魔、人間の本拠地へ

23.第四種

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ーーーーーイオリーーーーー

今朝はいつもと違ってスッキリと目が覚めた。いつもは九時過ぎとかにミカが起こしてくれているから、自力で七時前に起きるのは久しぶりだ。この世界に来る前もアラームを五分おきに六回鳴るようセットしていたな。
顔を洗い、服を着替えて伊達眼鏡をかけ、時計を見ると…七時半?三十分以上もかかってたらしい。流石にゆっくりしすぎた。

テーブル横のワゴンに乗せられた朝食のハムレタスサンドを食べながらカーテンから外を眺めると、既にとある他の勇者が修行をしていた。
あれは…確かシュウと呼ばれていたもう一人の男勇者。魔法適性が強い少年だったな。一般の騎士を相手に木刀を振り回しているが……なんだか危なっかしい。
一点集中型で周りに注意出来ていないのだろう。相手の動きを見ることより攻撃を仕掛ける方に意識が行っているせいか、騎士の攻撃を防ぐことも避けることも出来ていない。何度も後ろに転んでばかりでは実戦に使えそうになさそうだ。
せっかく俺の比にならない程の秀でた魔法の才能がありながら、なぜ武器を…それも接近を習得しようとするのか。ただの興味か、覚えたい理由があるのか。
何も知らないけど苦手分野を頑張ろうとするのは純粋に凄いと感じる。俺は完全に避けてたから。……人と関わることがそもそも苦手な俺は、他の勇者達とろくに話した事もない。この世界に来た時も、驚きでいい加減な相槌しか打てなかったっけな。


八時過ぎ、突然ノックの音が聞こえた。

「イオリ、起きてる?」

扉の向こうから聞こえたミカの声。返事をしながら扉を開けると、少し驚いた顔をしていた。

「めっずらしー!こんな時間に起きて、着替えまで終わってるなんてな。」
「今日はたまたま早く目が覚めて……。」

ミカは驚いた顔で俺を見ている。
……確かに、この時間に自力で起きたのはミカと出会ってからこれが二度目だ。流石に気をつけないとか。

「ところでどうした?」
「ん?あぁ、イオリを起こしに来たのと今日のことを少し話しておこうと思ってな。」

今日は昨日、馬車を襲った者達についてミカがなにかしら説明をするらしい。
半人半獣とか、角と尾がある者とか、明らかに人間と違う特徴を持った人達だった。聞いていた悪魔の特徴と同じように見えたけど、ミカはそれらが『悪魔ではない』と判断した。それなら彼らは何者か。
もしかしたらラドンさんと話した時の『口に出すことすら禁忌』と言っていたことだろうか。悪魔のような悪魔じゃない存在が人間を襲い、それが人間に見られた……。まぁ、後で説明はするだろうけど、多分ミカが俺にだけ話そうとしていることはまた違うのだろう。

「えーっとな?オレさ…リルジに悪魔ってバレたんだけど……」
「ちょっと待ていきなり爆弾発言すぎじゃないか?」

腹部を刺され血を舐められた時に人間の血じゃ無いと知られたらしい。知られた上で今は何もないとか。それどころかある程度は信頼されてるらしい。
本当にミカは色んな人を引っ掛けてる気がする。

「それと今日、説明の時にヒルメルを騙すことになった。オレが天使であると、そう伝えるつもりだ。」
「あー…、何となく理由は分かった。もしかして、羽と光輪を見せるのか?」
「あぁ、大人の姿で羽を出すのはかなり久々だよ……。イオリも見たことないもんな。」

前に見た時は少年の姿だった。それも初対面で敵対していた時と人間を食っていた時だ。今回はちゃんと見ておきたい。どっちの時も美しかったことしか分からなかったからな。

念の為の口裏合わせをして、馬車の中でリルジと話したことの一部を聞いた。が、俺は基本的に口を挟むつもりは無い。ラドンの時と同様に聞くことに専念する。
ミカがどう動くのか、俺はそれに合わせるだけだ。





そして十時になった。応接間には俺とミカ、それと陛下と師匠の四人だけで人払いもしてある。
そんな中、ミカは一人だけ席につかずに立っていた。座っていては翼も出しづらいだろうから納得したけど。

「昨夜のこと、ちゃんと理解できるように説明してくれるのですよね…?」

いつにも増して目つきが悪い師匠…いや、元師匠の騎士団長が最初に口を開いた。団長のことだ、また考え事をしてろくに眠れなかったのだろう。隈がひどい。

「もちろん。ただ、ヒルメルにとって今のオレは怪しさ満載だろうから、話す前に改めて自己紹介をしておこうか。」

ミカはゆっくりとお辞儀をしながら翼と光輪を出した。その姿に、その場にいた全員が絶句した。
……俺も、含めて。

「オレはミカ。訳あって地上にいる……ま、見た通りの天使だ。」

翼と光輪以外はいつもと変わらない姿。それなのにこれ程までに圧倒されるのは、纏う魔力が常軌を逸しているからだろう。
魔力の威圧感に聖力の神々しさ。きっとわざと見せているのだろうけど、初めて会った時にこれを感じたら1ミリも敵だと疑いはしなかっただろう。

「ほ、本物…ですか?本当に、天使様なのですか……?」
「ヒルメル、お前もこの可能性は考えていたんじゃないか?」
「っ!なぜそれを…」
「流石に、目の下の隈を見れば考え込んでた事くらい分かるっての。」

いつも通りに話していても、まだ緊張感が解けない。
それは全員が同じなようで、それを感じ取ったミカは「おっと、ごめんごめん」と言いながら翼と光輪をしまい、魔力と聖力を抑えた。

「さてと、これで多少は信用して貰えればいいんだけど…大丈夫そかな。それじゃあ、昨夜の彼らのことを……第四の知的生命体と呼ばれる者達の事を教えようか。」







「そもそも、通称『第四種』と悪魔の違いは明確になっている。それは人間から産まれたか、悪魔から産まれたか、それだけだ。」

「それじゃあ、人間から産まれた異形がその第四種という訳ですか?」

「いや、全ての異形がそうとは限らない。例えば奇形児…まぁ生まれ付きの単眼とか欠損、逆に多い場合もあるか。そういう奴らは人間だ。異形の中でも他の生物の特徴を持った者が第四種に分類される。そしてもう一つ、第四種と人間の見分け方も教えておこう。」

「流石に見た目に出てるなら分かるんじゃないの?」

「リルジ…それだから最初にオレを見た時人間だと思ったんだろ?天使だけじゃない。第四種や悪魔も人間の姿になれるんだ。まぁ、それなりに訓練しないとだけどな。あと、体内に他の生物の特徴が出る事で見た目的には分からない奴もいる。そういう時は魔力の量で判断するんだ。そもそも第四種は魔力過多で体に異変が起きた、ただの人間だ。」

「彼等が人間?なら今まで目撃された悪魔の所業は、人間も関与している…という事でしょうか?あまり実感が湧きませんが……。」

「関与してる、じゃ無い。全て第四種の行動だ。悪魔は国から出られないからな。」

「全て!?人間でありながら何故…!」

「……ヒルメル、お前って本当に世の中の綺麗なとこしか知らねぇの?第四種は産まれたときから人と違うナリで虐げられてきたんだ。職にも就けない、衣食住の確保すらままならない。だから奪うしか無かったんだよ。それが結果的に悪魔のしたことだと騒がれてるけどな。」

「そんな…つまり、彼等は賊としてしか生きられない人間だったんですね。」

「さて、他に質問は?」

「あ、じゃあ僕から一つ。悪魔は国から出られないってなんで?」

「それは……オレの結界で閉じ込めてるからだ。魔王どころか天使も破れない強力な結界でな。」

「なら何故そのまま悪魔を滅ぼさないのですか!」

「………オレにも、事情があるんだ。今言えることは一つ、もうすぐ天魔大戦が終結する。それだけだ。」







天魔大戦…確か、千年前にあった天使と悪魔の戦争だったよな。大天使が己の命と引き換えに魔王を討ったことで天使の勝利に終わった。そう聞いていたけど、まだその戦争は終わって無い?
その疑問は陛下も団長も持ったようだ。それでも、誰一人それを聞くことはなかった。暗黙の了解のように。


「………さて、ここでオレが話した全ては他言無用だ。これは天使が隠してきた情報だからな。」

「も、もちろんです…。」

ヒルメルはずっと疑いの目を向けていたミカに対して、今は畏怖しているようだ。本当は悪魔だと、疑ってもいない。


「……ヒルメル、怯え過ぎじゃないか?別にとって喰ったりしないって。」
「で、ですが……!」
「騎士団長であるお前が萎縮してたら、オレの素性が怪しまれるだろ?もっとラフに接してくれ。」
「それも…そうですね。分かりました。」


ある程度時間が経ち、落ち着いたところで昼食をとった。思うものばかりであまり味が分からなかったが、一つ明確になったことがある。

ミカは知りすぎている。

天使が隠していた、が本当かの判断は出来ない。だとしてもそこまで大きな情報を何で知っているかが未だ分からない。
比較対象がいないから分からない。けど、こんなに色々知ってるなら天使からミカ単体で狙われてもおかしくないんじゃ……。

勇者と言えど非力な己に、今までに無いほどの嫌悪感を抱いた。
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