余命一年の転生モブ令嬢のはずが、美貌の侯爵様の執愛に捕らわれています

つゆり 花燈

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第三章

15.過去と真実と運命の選択①

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 店内に入ったウィルキウスは、さらに店奥の雑然とした部屋へと連れて行かれた。
 そこには暖炉とテーブル、ソファー、そして、寝台がある。だが、床にもソファーにも、もちろんテーブルにも大量の本や箱、衣服が山のように積み上がっていた。

「とりあえず、その辺にある物で体を拭いて、服に着替えて、座って火に当たりな」

「その辺……」

 ウィルキウスは周囲を見渡し、眉根を寄せた。まずは”その辺”にあるタオルのような物は、床やソファーに山積みになっている。着替えろと言われた服は、何十枚もぐしゃぐしゃの状態でテーブルを占領している。そして、座れと言われた暖炉の前の椅子は、雑然と箱が積まれ、その上には本が無造作に乗っていた。何よりもそこに行き着く為の床が見えない。足の踏み場が無いのだ。だから、ゴミなのか何なのかよくわからない物の上を歩く必要がある。
 正直、赤の他人を招く部屋ではない。


 そしてどう考えても、あまりにも乱雑な扱いのタオルや服は、洗濯済みだとは思えなかった。ウィルキウスは寒さに震えながらも、あまりの惨状にただ呆然と立ち尽くしていた。

「ああ、これは私のせいじゃないからね。私の4代前のベアトリーチェがズボラだったせいだよ。大魔女の名前を引き継いだ時に、面白いからその性質も引き継いだんだ」

「……面白い?…もしや魔女は代々、名と能力と性質を受け継ぐのか?」

 ウィルキウスの言葉に、魔女は喉の奥でくつくつと笑った。

「あと知識もね。だが、取捨選択は出来る。それに魔女全員では無い。その名を代々引き継ぐ価値のある魔女は……そうだねぇ。ベアトリーチェと、オフィーリア、あとルクレツィア位だ。お前はこの三人を知っているか?」

「……いや。だが、魔女ベアトリーチェとは、取り換え姫を失った魔術師に、暗に世界樹への道を指し示した魔女ではないか?」

「おやまあ。その事を直接書いている書物は一般には出回ってない筈だけどねぇ」

「いくつかの御伽話に残った片鱗を繋げると、最後に出て来た魔女ベアトリーチェが、世界樹への道を指し示しているように思えた」

 取り替え姫の御伽話は、この国の初代国王と建国に大きく関わる話だ。この国で、『取り替え姫と世界樹の守護者』の物語を知らない者はいない。


「御伽話に残された真実の欠片を読み取ったか。面白い。……でもまあ、今は着替えるのが先だ。そっちの椅子の上にある服なんかは綺麗だから、適当に着替えな。濡れた服は暖炉の前にでも広げておくといい」

 老女は言うだけ言って、床に散乱した物を平然と踏みながら、部屋から出て行った。
 ウィルキウスが暖炉の方を見ると、確かにその周囲だけは物が置かれてはいなかった。火災を用心しているのだろう。彼は言われたまま服を脱ぎ身体を拭き、そしてその辺のローブを身体に巻き付けた。獣道すらない、物が溢れた床を何とか歩き、暖炉の前にたどり着き、濡れた服を広げた。

 椅子の上の荷物を下ろし、腰かけて火に当たった時。老女は手に湯気のたつカップを持って戻ってきた。

 床に散乱した物の山など、何もありはしないかのようにスムーズに歩いて来て、ウィルキウスにカップを手渡した。

 ウィルキウスは立ち上がり、カップを受け取る。

「改めて、先ほどの失礼を謝罪する。そして、貴方の親切に感謝を」

 ウィルキウスは謝罪と共に、素直に礼を言いながら腰を深く折った。老女は半分くらい本に埋もれた寝台に腰を下ろし、改めてウィルキウスを見た。

「意外と素直だね。だが聞きたい事が山のようにあるといった顔だ。答えるかどうかは別だが、聞きたい事は聞きな」

 老女の言葉にウィルキウスは息を呑み、魔女ベアトリーチェと名乗る老女を見据えた。

「気遣い感謝する。俺の姉は、何故貴方に声を渡した?」

 問いながら、暖炉の前の椅子に再び腰を下ろした。

「さあねぇ?ある望みをかなえて欲しいと言われた。だから声を対価に望んだ」

「その望みとは何だ?」

「そりゃ、守秘義務ってやつさ。客の望みの詳細をペラペラ話したら、魔女の沽券に関わるだろう?」

「姉は無事ではいるんだな?」

「望みを叶えてここから出た時には無事だったが、その後の事は言えないねぇ」

「何故?」

「その後の彼女の行動が、彼女と私の取り引きの理由だからさ」

 老女の言葉にウィルキウスは納得していた。無理に聞き出す気も起こらなかった。

「貴方の言うように、俺には特別な知識が全くない。だから教えてくれ。さっき貴方は俺はギリギリの所で危険を免れると言った。なら、本来俺に降りかかるべき厄災はどうなったんだ?」

 身体が震えるのは、寒さのせいか。それとも、老女が答えるであろう最悪の予想のせいか。

「お前に厄災が降り注ぐ前に、お前のとても身近な者が、お前の代わりに最悪の事態に陥る。まあ、簡単に言うと、お前の身代わりだね。お前が望もうが望むまいが。それが勇者の力を継ぐ者の宿命だ。勇者は神の力で守られる者。それはこの世界の不文律」

 老女の言葉に、ウィルキウスは目を見開く。

「……そんな、そんなわけのわからない力の影響で、俺は今まで俺の大切な人達に、本来なら俺に降りかかるべき最悪の事態を押し付けていたのか?」

 だとすれば、神殿に追いやられたウィルキウスの姉も、公爵夫人に売られ、あの性奴隷を売買していた貴族の邸での兄の事も、ウィルキウスさえいなければ、彼らにその悲劇が降りかかる事は無かったかもしれないと言う事だ。

 大切な人に己の最悪の不幸を押し付ける。それは、女神の祝福というよりも、呪いのように感じた。お前は一生誰にも近寄らず、誰も愛さず、一人で生きろと言われているかのような錯覚に陥る。

「良いねぇ。察しの良い子は好きだよ。でもまあ、そう悲観したものでは無いよ。まあ、考え方を変えてみな。お前自身が地獄に落としたい奴を1番身近に置けば、そいつがどうなるかを」

 老女の言葉にウィルキウスは息を呑んだ。手に持ったカップの中の薬草茶がこぼれそうになる程に、手が震える。いや、震えているのは、手だけでは無いかもしれない。

「まあ、それがあんたの宿命だね。受け入れな」

「やめてくれ!!考えたくも無い!!」

 ウィルキウスは咄嗟に叫ぶ。その姿を見て老女は満足気に、目を細め目元に皺を寄せた。
 
「おや、運命に従うのは嫌かい?なら、自分の手で己の運命に逆らう方法もあるよ。お前の望むものを手に入れるんだ」


 瞬間、ウィルキウスの全身がぞくりと震えた。


「選ぶのはお前自身だよ。お前を苦しめた者達に復讐するも、この国を破滅させるも、何だったら、お前は世界樹の下のあらゆる世界の王になる事すら出来る。運命も未来も、すべてお前の手の中だ」

 魔女は嗤った。




 人は言う。魔女の本質は、享楽的で、残酷だと。彼らは人を惑わせ、堕ちていく様を楽しみ、世界の崩壊すらも快楽として受け入れる。
    それは人の理から外れた存在であると…。

「貴方達は、何者なんだ?」

 ウィルキウスの問いに、魔女は面白そうに皺のある口角を上げる。

「ただの魔女だよ、どこにでもいるような…ね」



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