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第三章

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 アリシティアは力無く座り込んだソファーの上から、ベアトリーチェをじとりと睨んだ。

「ベアトリーチェって、親切なのか意地悪なのかわからないわ」

「何それ。あんたの無駄なお遊びにいつも付き合ってあげてる親友に、ひどい言いようね」

「ねぇ、それはともかく、世間に出回っている、恋人の本音がわかる薬とか言われてるやつって、ベアトリーチェが作ったものでしょう?」

「…だとしたら何?」

「あれってさぁ、元は惚れ薬か、何か別の薬を作る過程で出来た麻薬みたいな物じゃないの?」

「あら、なんでそう思うの?」

 ベアトリーチェが面白そうに鼻で笑う。誤魔化す気などはないようだった。



「だって、前世で言うところのパーティードラッグに似てる。あれって、愛を増幅させるっていうでしょ? それに、自分自身の理性で行動をコントロールする力が弱くなり、人の言うことを信用しやすくなる。他にも人の意見に共感する力が強くなる」

「あんたが言いたいのは、合成麻薬の類の事かしら」

「そう、それ。その場の雰囲気に合わせて気分を高揚させて、ノリでなんでもやっちゃう…みたいな? でも量によっては、薬が効いてる数時間の間の記憶があやふやになるとか。……仮面舞踏会の日の夜のお姫様みたいに」

 アリシティアはだらしなくソファーの上に寝転がり、指を折りつつ考えられる効能を上げていく。とりあえず物理的な身の危険はなくなったと判断したのか、ベアトリーチェは元の場所に戻り、再び薬品を混ぜる作業に取り掛かった。

「それ、あんたの婚約者の入れ知恵?」

「前世で見た海外ドラマよ?」

「あんたの知識の中途半端さと偏り具合の原因が、わかった気がするわ」

「ねぇ、この事にルイスが何か関係あるの?」

「ああ、薬について、あんたの婚約者にも同じように言われた事があるの」

「そうなの?何でそんな話になったの?」

「前に王弟殿下の依頼で、薬の解析をあの男が私に頼みに来たことがあったじゃない? あの時にあんたに飲ませて試してみれば? って、言ってあの薬を少し渡したの」

「なにしてくれてるの。だからあの時、ルイスはあの薬を自分で飲んだのね」  

 アリシティアは驚きに数度瞬いた。
 いつだったか、ルイスは忘却の館で、薬の耐性をつける為だと言って、本音がわかる薬とやらを飲んだ事があった。
 その時の、“あざとエロ可愛いドS淫魔”なルイスを思い出して、アリシティアは思わず遠い目になる。



「そうそう。あいつ、自分で飲んで試したみたいね。それで、あの薬は惚れ薬という名の洗脳薬の失敗作か制作過程の薬じゃないかって聞かれたの。失礼な話よね。私の作る薬に失敗なんてあるわけないのに。でもあんたと違って、闇オークションの真相には気づかなかったみたいだけどね。やっぱりお子様よね。ざまあみさらせって感じ」


 ベアトリーチェは珍しく「ふふんっ」と、心底嬉しそうに笑った。

「お子様って、ベアトリーチェとルイスは同い年でしょ」

「私は前世の精神年齢が加算されてるのよ、アラフォーのあんたと同じでね」

「だから、アラフォーって言わないでよ。損した気分になるじゃない」

 いつもより幾分楽しそうに作業するベアトリーチェを、アリシティアは不機嫌ににらんだ。

「それなら、前世込みで自分の年齢を数えるのをやめなさいよ。あんたって、絶対前世の精神年齢なんて、加算されてないわよ?」

「自分でもわかってるわよ。そういう前世の年齢加算のあるベアトリーチェは、何歳な訳?」

「秘密よ。女に年齢を聞くもんじゃないわ、赤ずきんちゃん」

「何それずるい」

 アリシティアはソファーの上に寝転がったまま、自分の髪を指に絡ませながら、口を尖らせた。





 しばらくの沈黙の後、ふいにアリシティアは、ほんの少しだけ低くなった声で問う。

「ねぇ、ベアトリーチェ。あなた、あの時お姫様に洗脳薬か何かを飲ませたりした?」

私は・・何も飲ませたりはしてないわよ?」

「本当に?」

「私は魔女よ。年がら年中嘘ばっかりついてるあんたと違って、嘘はつかないわ」

「だけど、都合の良い部分だけを人に伝えて、ミスリードするのは得意よね?」


 アリシティアの言葉に、ベアトリーチェは何も答えず、口の端を軽く持ち上げた。

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