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第二章
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しおりを挟む──── ああ、天才で嫌な事を思い出しちゃった……。
アリシティアは深くため息を吐き出した。
「閣下。ベアトリーチェが、宰相閣下の親戚筋の、天才と名高いウィルキウス・ルフス様だと言うのは本当ですか?」
黒い髪、切れ長の紫の瞳、これでもかと言うくらい長い足に抜群のスタイル。そして、天才と言われる程の頭脳。
本当は聞くまでもなかった。
それでも確認したかった。
小説のウィルキウスには、オネェの設定は勿論だが、魔力持ちといった記述もなかった。
ベアトリーチェが天才なのは、前世持ち故の知識チートだと思っていたし、魔女の薬を作るから、勝手に薬学特化の魔力持ちだと思い込んでいた。だが、よく考えるとベアトリーチェがどんな魔力を使えるかは、アリシティアも知らない。
ベアトリーチェに聞いても、まともに答えては貰えないだろう。
「うん? ?」
公爵が紅茶と共に出されたオレンジケーキを大きめに切り取ってフォークでさして口に入れた。
これで公爵は、口の中のオレンジケーキの咀嚼を終えて飲み込むまでは話せない。
さり気ない仕草だが、間違いなくアリシティアから質問の真意を引き出そうとしていると感じる。
「いえ、もしベアトリーチェが宰相閣下のご親戚のウィルキウス様なら、なんで魔術師の塔に入らずに、変人ばっかりの錬金術師の塔にいるのかなって」
沈黙を意味無く長引かせ、ウィルキウスと言う存在について探っている事を気づかせる訳にもいかず、アリシティアは何気ない口調で唐突に思いついた理由を口にしてみた。
公爵はそれを聞いて、オレンジケーキを飲み込んだ。
「変人だからじゃないかな?」
ガーフィールド公爵の何気ない仕草と言葉から、アリシティアは公爵がウィルキウス・ルフスという存在について、何かをかくしている事に思い至った。
考えられるのは、ウィルキウス ・ルフスという存在が、この国の何らかの禁忌に触れる可能性。
ベアトリーチェが魔女の塔に居ない理由は分かる。魔女の薬を作りはするが、生物学上は間違いなく男だから。
心の方に関しては、アリシティアにはよく分からない。
トランスジェンダーなのか、トランスベスタイトなのか、クロスドレッサーなのか。ただ、出かける時にはオニイサンになる事が多いので、何となくだがトランスジェンダーではないのだろうとは思ってはいる。
だが何故、魔術師の塔ではなく、錬金術師の塔にいるのか。
魔術師や魔女は人の世界の理から外れた存在。自由で気ままで奔放で、何よりも享楽的。
彼らを人の法で縛る事はできない。それはこの国ができた時からの不文律だ。
にもかかわらず、ベアトリーチェは惚れ薬を作って売りさばいた為に、形だけとはいえ罪人として錬金術師の塔に軟禁されている。
人の理から外れた魔女であるにも関わらず、だ。
その事に、何か意味があるのだろうか……。
塔の住人やその研究については。王宮では様々な憶測が、飛び交っている。
例えば、
『石炭や石墨をダイヤモンドに変える研究をしている』
とか、
『精液を腐敗させてホムンクルスを作る研究に途中まで成功したらしい』
……など、まさに錬金術の王道と言った研究についての噂話もあれば、
『美しい遺体に生きている人の魂を入れる、″生きた死体″ の研究をしている奴が、葬儀を執り行う礼拝堂のある神殿を夜な夜な回っているらしい』
とか、
『人を人形にする研究等の為に、さらわれた子供を買い取る者がいるらしい』
など、他にもいくつか、怪談じみた話がまことしやかに囁かれている。
アリシティアの知る限り、そのいくつかの噂話の出処は、ベアトリーチェが面白がって流した嘘なので、殆ど気にした事はなかった。
だが、そのせいで、錬金術師の塔は王宮のメイドや侍女の間では、ちょっとした怪奇スポット扱いだった。
普通の人は決して近寄らないし、塔の住人が何か怪しげな行動をとっていても、錬金術師の塔の奇妙な噂話が1つ増えるだけだった。
何故今まで、その奇妙さに疑問を感じなかったのか。アリシティアの背にふいに悪寒が走った。
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