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第二章

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─── やっぱり、転生者同士という事で、無条件に信頼してしまっていたのかも……。


 転生者だから、仲間だと思っていたし、ベアトリーチェもそう思っていると感じていた。

 けれど、ベアトリーチェという存在そのものが、何かモヤがかかったように、ハッキリとした外輪を失っていく。

 本当に彼女はこの世界に存在しているのか。そんな疑問すらでてくる。そもそも誰が、何のために、あの錬金術師の塔を存在させているのか……。







  そこまで考えて、アリシティアは小さく息を吐いた。

 今日来たのは、ベアトリーチェの話をする為ではないし、ルイスに押し付けた筈の昨日の襲撃事件について、話す為でもない。

 本来の目的を達成する必要がある。



「そんな事より閣下、私のお願いを聞いてください。今度チューダー伯爵が仮面舞踏会を開くようなのです。その招待状を手に入れてほしいんです」


 チューダー伯爵は、先の闇オークションでアリシティアを落札しようとして、最後までルイスと競り合っていた人物だ。

 アリシティアがここにきたのは、その彼が王都の外れにある湖畔の離宮を借り切って開催する、仮面舞踏会への招待状を手に入れる為だった。


 だが、それを聞いた公爵の細めた目が、一瞬大きくなり、またもとの細さに変わった。そして、ほんの小さな舌打ちが聞こえた。


 その姿を目に、アリシティアの方が驚く。



「閣下、今舌打ちしました? 人の行動に一々淑やかにしろだの礼節を保てだの言う、天下の腹黒陰湿策士たぬきの王弟殿下が舌打ちしませんでしたか?」

 アリシティアの台詞に、思わずガーフィールド公爵は眉根を寄せて、

「してない」

と、平然と嘯いた。


 その姿に、公爵の後ろに控える侍女は、またも肩を震わせてクスクスと笑いだした。公爵はそれに気づき、後ろを振り返って侍女を一睨すると、ふたたびアリシティアに視線を戻した。




「ルイスだな? あいつは君に、何を話した?」

 たった一言で、ルイスが何らかの余計な情報をアリシティアに話した事に気づいたようだった。だが、アリシティアは対した情報など持ってはいない。けれど、余計な事は言わない。


 そのせいで、公爵がどう考えるかは、アリシティアには関係のない事だ。
もし、それによってルイスが公爵にお仕置き・・・・をされても、それはアリシティアのせいではない。


 公爵の反応に内心ほくそ笑みながら、「別に何も?」と、短く意味深に聞こえるような声音で話しておいた。

 一呼吸おいて、いつも通りの態度に戻った公爵は、ほんの少し思案するように、視線を左側に彷徨わせた。



「何がしたいかによるね」

「と言うと?」

「君が本当にあの変態……ではなく、チューダー伯が開催する、いかにも怪しげな仮面舞踏会を楽しみたいだけなら、私が手に入れる招待状でも問題ないが…」

「……確かに」

 公爵の言わんとする事に気づいて、アリシティアは頷いた。公爵経由の招待状を持って初めて現れた客など、監視してくださいと言っているようなものだ。

 であれば……。



「この話は一旦保留で。別の所を当たります」

 アリシティアは、紅茶を飲み干してカップを戻し、立ち上がった。


「では、失礼します」


 略式礼を取ったアリシティアは、あっさりと部屋を出て行ってしまった。

 閉まったドアを見ながら、公爵はため息を吐いた。

「今度は何をするつもりなのか。本当に、困った子だよね」

 カップを片付ける為に、テーブルに手を伸ばした侍女に話しかける。
侍女はくすりと笑った。

「頑張り屋さんですよね」

 侍女の言葉を意外に思ったのか、公爵はわざと細めていた目を元に戻して、侍女を見遣った。

「君にはそう見えるの?」

 公爵の質問に、侍女は頷いた。

「ええ。頑張り屋さんですよ。だって私は早々に、全てを諦めてしまいましたから……」

 皿を手にした侍女は、空気に溶けるような声で呟く。


「君の言葉の意味はいつもよくわからない」

「そうですか?」

 淡々と返す侍女の真意を見定めようと、公爵はじっと侍女を見つめた。



「ああ。それよりも、ルイスの所に届いた怪文書。『女神の祝福の代わりに、王太子に血の雨が降る』って書いてあったんだけど、君、何か知らない?」

「あら、物騒ですわね」

「だろ? ルイスがノル達を連れて急いで駆けつけた時には、既にアルフレードは襲撃を受けていたらしい。ただアリスが問題なくアルフレードを守っていたから、ルイスが彼の影を表に出す事はなかったらしいけどね」

「そうですか。それはよかった」

「ねぇ、ソニア。君は、アリシティア以上に、何か重要な情報を持っていたのでは?」

 ガーフィールド公爵は、彼の侍女ソニア・ベルラルディーニをじっと見つめる。

「アリシティア様がおっしゃった以上の事は何も知りません」


 ソニア・ベルラルディーニはほんの少し垂れた目で、優しく微笑んだ。




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