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第二章

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 アリシティアは気を取り直して、侍女の話に同意するように、神妙な顔つきで頷いた。

「それで、こっそりとお二人のお話を聞いてしまったのですが……」

 アリシティアは口篭るように言葉を切った。

「アリス?」

 公爵が先を促すように、名前を呼ぶ。

「……これを話してしまって良いのかどうか……」

「そんな前置きは要らないから、早く話して」

「……それが、ミリアム様はよりにもよって、アルフレード王太子殿下に無体を働かれて、子を宿してしまったとシェヴァリ様に告げていたのです……」

 アリシティアはとても言い辛そうに、重い口を開いた……ように見せかけた。

 昨日神殿の中庭で、エルネスト・シェヴァリに小説の内容をそのまま告げた時、アリシティアは事実と違っていたらどうしようかと、内心は不安になっていた。

 だが、幸いにもと言うべきか、不幸にもと言うべきか。シェヴァリの反応から、シェヴァリの婚約者は小説通りに不貞を働いた。そして、その相手を王太子であるアルフレードだとシェヴァリに告げたのは、間違いないと確信した。

 とはいえ、その相手が本当に小説の中に出てきた平民出の騎士かどうかは不明だ。
だが……。


「確かミリアム・テスタ様は、第三騎士団の騎士様に入れあげているとの噂がありましたね。平民出の騎士様だけど、とにかくお顔が良いとかで、侍女やメイドにも人気のある方だったはず。名前は…確かジュリオ・エスポジト様。エスポジト様の方も満更ではない様子だったとか。ただ、エスポジト様は平民の出ですから、魔女の避妊薬を買うかどうかは……」

 優雅に噂話を口にする侍女の姿に、アリシティアはまたも数度瞬きした。驚きを悟られないよう、ティーカップに手を伸ばし、時間稼ぎの為に紅茶を口にした。


 さすがは公爵が第二王子時代から、ずっとそばに置いている侍女である。的確すぎる補足を入れてくれるとは、優秀過ぎると、アリシティアは内心大喜びしていた。これであえて調べる必要は無くなった。

 アリシティアは『メイドや侍女の噂話』だけを知っていれば良いのだから。

 王宮の噂話は、全て彼女の頭に入っているのだろう。つい、拍手喝采したくなる。無論、そんなことはしない。


「エルネスト・シェヴァリのドーリア侯爵家は王太子派だからか。その話が本当なら王太子の醜聞になる。だからドーリア侯爵家は、黙ったままその腹の子をエルネスト・シェヴァリとミリアム・テスタの子供として、そのまま結婚させるだろうと考えたのか。馬鹿馬鹿しい」

 ガーフィールド公爵の言葉にアリシティアは頷いた。

「だけど、シェヴァリ様はミリアム様が思うより遥かに真面目だったようで、王太子殿下に責任をとらせると……」

 ……言ったかどうかは知らないが、小説ではそうなっていた。

「それで、考えていたのです。普通に謁見を願い出ても、まともに会えるのはいつになるか分からないなら、シェヴァリ様が王太子殿下と人目を避けて、最低限の人しかいない所で話が出来るのは、いつどこでだろうと。それで思い浮かんだのが……」

「ベネディグティオ デア祭か」

「ええ。神殿内部には、連れて行ける護衛は2人。そして必ず中庭に面した回廊を通るので、そこで待ち伏せして、話をしようとするのではないかと思い至り、念の為確認しに行きました」

 少なくとも、小説の中の彼はそう考えた。現実の彼も神殿の中庭で、王太子を待ち伏せしていた。



「ふーん。そうしたら、たまたま王太子襲撃の現場に出くわしたとでも?」

「そうです。シェバリ様が、王太子殿下に話しかけようとしたので見ていたら、いきなり矢が飛んできたので、本当に驚きました」

「王太子の暗殺計画を知っていたから、ベアトリーチェ殿を連れて行ったのでは?」

「まあ、暗殺計画なんて知ってたら、さすがに閣下にお話します。というか、ベアトリーチェは錬金術師の塔でお留守番してましたよ? 悪い事をした悪い子は、塔からは出ちゃいけないって、どこかの王弟殿下に言われたんですって」

 公爵の問いに、アリシティアは白々しくも答えた。この辺は誤魔化す気はないというよりも、これっぽっちもごまかせない。

「ふーん。確か私に土産を頼まれたとアルフレードに言って、後始末をルイスに押し付けたんだっけ? それで?誰と祭りを回ってたの?」

「うーん、確か、通りすがりの親切なオニイサンに声をかけられて、一緒にスイーツ屋巡りをしました。あ、閣下に頼まれていたお土産は買い忘れました」

「いや、頼んでないし」


 アリシティアのしれっとした台詞に、反射的に公爵が返す。

 それを聞いて、いつの間にか公爵の後ろに下がっていた侍女が、ぷっと小さく吹きだす。肩を小刻みに揺らしながらくすくすと笑い出した。

 この優秀過ぎる侍女……というより、王弟殿下直属の影は、本当に謎の人物だった。

 時々侍女として、公爵の傍にいるが、普段は貴族のサロン等で引く手あまたの芸術家だ。絵も描くし、楽器も奏でるし、歌も歌う。彼女の表の顔もまた、ベアトリーチェとは違った天才だった。

 この世界は18禁とは言え、恋愛小説の世界だ。なので、ヒロインのエヴァンジェリンを初めとして、三人のヒーロー達に、二人の王子たち、目の前の公爵と、美形がゴロゴロしているのは分かる。



  だが、初めて彼女に出会った時には、

『この世界には美形だけではなく、天才もゴロゴロしているのか?』

と、アリシティアは衝撃を受けたのだ。





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