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第二章
24.信頼と疑惑と謎の天才 1
しおりを挟む「閣下、お願いがあります」
いつもの如く先触れもなく、青紫がかった銀の髪を揺らして執務室に押し入ってきた部下の声が室内に響く。だが、王弟であるガーフィールド公爵は、書類から顔を上げる事すらなく「無理」と短く返事をした。
執務室に乱入したアリシティアは、ずかずかと公爵の所まで歩いていき、執務机にぱんっと、勢いよく両手をついた。
「閣下、人の話に耳を傾けるのは人と人とのコミュニケーションの基本ですよ?」
アリシティアはむっとして、公爵を睨みつける。
「アリス、いいかい? 私くらいの地位になるとね、聞きたくない人の話は聞かなくても良いんだよ。それにね、私が聞く必要がある話は、真面目で優秀な部下が厳選して伝えてくれるから、なにも問題ないんだ」
公爵からはあまりにも素っ気ない、淡々とした嫌味な答えが返ってきた。
紙の上をペン先が滑る音が消える気配は無い。
だが、ここまではいつもの流れなので、アリシティアは引き下がらない。
「あら、それなら丁度良かった。真面目で優秀な部下が厳選したお話があります」
「自分で自分の事を真面目で優秀って言わないでくれないかな? 本当に真面目で優秀な部下に失礼だから」
「閣下、まるで私が不真面目で不出来な子みたいに言わないでください」
「ハイハイ」
公爵からあまりにも適当な返事が返ってくる。むっとしたアリシティアが再び口を開こうとした時、「そんな事より」と、ようやく書類から目を離してペンを置いた公爵が、アリシティアを見た。
「優秀なお人形さん。昨日の報告をしてくれるかな? アルフレードから、『暗殺計画があるなど、聞いていなかった』と文句を言われたのだけどね? 私だって聞いてなかったんだよねぇ?」
「ああ、その事ですか。私も暗殺計画があったなんて知りませんでした」
あっさりとアリシティアは嘘を吐いた。
「それにしては、ものすごくタイミングよく登場したらしいじゃないか」
「たまたまです」
「メイド姿で、鞭に自動小型弓に、縄までもって?」
「あれはうさぎさんの籠に入っている悪女のお出かけ必須アイテムですもの。他に、ナイフや暗器も入ってますから」
「ああ、うん、あれね。あれにうさぎのぬいぐるみが入ってる意味が一番分からないんだけど…。ていうか、君、少なくとも9歳からあのうさぎを持ち歩いてたよね? それにしては、うさぎの状態が良過ぎない?」
「あのうさぎさんは四代目の因幡くんです。そんな事より閣下、私のお願いを聞いて下さい」
「もう。さりげなく、話を元に戻さないでくれるかな」
はぁっと、短くため息をつき、公爵は立ち上がった。
来客用のソファーまで移動して、腰を下ろす。そして手招きして、アリシティアを目の前のソファーに座らせた。
「順番で言うと、閣下が先に私の話を聞くべきだと思うのですが…」
重厚なソファーに腰を下ろしながら、アリシティアは不貞腐れるように、僅かに頬をふくらませた。
「後で聞くだけは聞いてあげよう。それよりも、昨日の神殿での事を説明してくれるかな?」
公爵が先程の問いに対する答えを促してきた。
「…あれはただ単に推測が当たっただけです。ミリアム・テスタ様が妊娠しているのでは?と言う噂を、王宮のメイドから耳にしたのですが、私が知るテスタ様のご婚約者のエルネスト・シェヴァリ様は、とことんまで真面目な方で……少しおかしいなと思っていたのです」
「それで?」
「たまたま忍び込んだ夜会で、テスタ様がシェヴァリ様と隠れて話してるのを見て、つい……」
「盗み聞きした?」
「まあ、端的に言えば」
アリシティアは平然と嘘を並べながら頷く。そのとき、カートを押した知己の侍女がやってきて、おもむろに口を開いた。
「そういえば、私もそんな噂を耳にしました。とても不思議だったんです。たとえ体の関係があったにしても、シェヴァリ様のような真面目な方が、避妊薬を用意しないなど、有り得ない話ですから」
侍女の言葉に、アリシティアは咄嗟に目を見開き数度瞬きをする。
確かに、この国では避妊薬を用意するのは男性側だ。
この世界は、元々18禁小説の世界だからか、婚前交渉にもうるさくはない。貴族であろうと平民であろうと、何人かと付き合って、別れてを繰り返す人も多い。王族は別だが、一夜限りの関係も全くタブー視されてはいない。前世の日本の感性からすれば、この国は驚く程に性に緩いのだ。
それもこれも、全ては魔女の薬という、優秀すぎる避妊薬と、性病の治療薬が存在するせいだった。
そもそも、貴族男性は魔女の作る避妊薬を購入するので、避妊率は100パーセントだし、服用方法にしても行為の前後3日以内に1粒服用するだけという、かなり緩いものだ。そのため1度別れてから、後日避妊薬を届けても3日の猶予があるので十分に間に合う。
そんな理由から、この国の貴族の中では、男性側が避妊薬を用意しないのは、お互い本当に子供を望んでいる時だけだった。だからこそ、未婚女性が妊娠するという事は、子供を儲ける目的がなければ、本来ならありえない事だ。
しかしながら、相手が平民であれば話は違ってくる。魔女の薬として売られる避妊薬はさして高くはない。それでもより安価な薬をと思う平民は少なくはない。結果として、避妊率が低く安い薬を購入し、妊娠する女性がいるのだが、それを知らない貴族は多い。
とはいえ、アリシティアが驚いたのはそこではない。
──── 本当にそんな噂あったんだ…。
小説からの知識だと言える訳もないので、適当に考えた嘘だった。
説明出来ない事は、何でもかんでも全て噂で済ませるのは、アリシティアの子供の頃からの得意技だ。
そもそも、王太子暗殺未遂事件を思い出したのは昨日なので、裏をとる時間すら無かった。
そんな中の思わぬ援護射撃に、アリシティアは内心とてつもなく驚いていた。
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