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第二章
4【R18】
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眠りに落ちたアリシティアの青紫がかった銀糸の髪に手を伸ばし、ルイスはその髪の毛をすく。
「本当にごめん、アリス」
ルイスがアリシティアを抱けば、彼女は与えられるままの快楽に身を委ねてくる。なのに、心はルイスから愛される事を完全に諦めている。
神殿の中庭でエヴァンジェリンに抱きつかれたルイスを見ても、アリシティアはなんの感情もみせる事なく立ち去った。
ルイスがこの邸に来てからも、神殿での事について彼女から何か言われる事はない。彼女はルイスに、エヴァンジェリンとの関係性についに何一つ口にはしない。それどころか、ルイスがエヴァンジェリンの所に行く事を当たり前だと思っているようだ。
だからこそルイスは内心は恐れていた。
アリシティアを理不尽にも言葉の刃で傷つけ、拒絶したまま何年も存在に目を向けることすらなく、王女と常に一緒にいる婚約者など、あっさりと見切りをつけて、婚約解消の知らせが来るのではと。
彼女の周囲の人間全てに嫉妬しているのも、その愛しい存在をただひたすらに希っているのも自分一人。そんな中でも、体を重ねることで、唯一、アリシティアはルイスを求めてくれる。たとえそれが、快楽から来るものだとしても、彼女の体だけでも完全に手に入れていなければ、狂いそうになる。万が一、またアリシティアを取り上げられてしまったら、行き場を無くした感情は間違いなく暴走する。
ルイスの狂った思考は、知らない筈の父と母の最後の情景を連想させる。
自分にはあの両親の、父の残忍さと母の狂気が、間違いなく受け継がれている。
父が母を愛していたかどうかはわからない。だけど、母は間違いなく父を愛していた。だからこそ母の狂気が父を許せず、凶行に及んだのだ。
ルイスはそう確信している。
「エル……」
アリシティアが小さな声でルイスを呼ぶ。目覚めたのかと思い、そっと彼女の顔を覗き込んだが、そうではなかった。彼女はただ眠っていた。
「─── 可愛い」
ルイスは目を細めた。
もしも、王弟ガーフィールド公爵に任務として命じられると、アリシティアはなんだってするだろう。今日、その事を改めて思い知らされた。
神殿の中庭でのアリシティアは、当然のようにアルフレードを背にして、文字通り矢面に立っていた。彼の護衛達よりも前に。
そして、アルフレードに命じられたまま、躊躇なく暗殺者達に矢を撃ち込んでいった。アリシティアは助けを呼んでくる事などせず、当然の事のように自らの命を盾にして戦う。
命じられるままに行動する、ルイスと同じような、完全な王国の影となっていた。
ルイス自身が王弟の後継者候補としての教育を受けていたのと同じように、アリシティアもあの孤独で残酷な教育をうけていた。王弟がアリシティアに甘いからと、影として育てる事に手心を加える事などありはしなかった。
影達は大切なものを守る時には、自らの生に執着しないよう教育される。きっと彼女も同じなのだろう。だからこそ、影としての彼女が生に執着する理由の中に、ルイスという存在があってはならなかった。
けれど、たとえルイスが彼女に影から抜けろと言っても、彼女は自分の目的を果たすまでは決していう事を聞きはしないだろう。彼女が王家の影である限り、王家の影達を受け継ぐルイスには、叔父の手の内で踊る以外選択肢はない。
ルイスは叔父の思惑を改めて感じ取り、小さく嘆息した。
何故アリシティアが影としての立場にこだわるのか。そこにリーベンデイルの生きた人形が絡んでいるのはわかる。だが、リーベンデイルの生きた人形とアリシティアの接点は、どれ程調べても、ローヴェル邸での惨劇以外に見つからなかった。
「…本当にごめんね。愛してる。必ず守るから、お願いだから僕を必要として…」
ルイスは祈るように懇願する。どうやってもルイスからはアリシティアを手放せはしない。ならば、彼女に堕ちてきてもらうしかない。汚れた自分の所まで。
ルイスの小さな声は冷めた室内の空気に溶けた。
「本当にごめん、アリス」
ルイスがアリシティアを抱けば、彼女は与えられるままの快楽に身を委ねてくる。なのに、心はルイスから愛される事を完全に諦めている。
神殿の中庭でエヴァンジェリンに抱きつかれたルイスを見ても、アリシティアはなんの感情もみせる事なく立ち去った。
ルイスがこの邸に来てからも、神殿での事について彼女から何か言われる事はない。彼女はルイスに、エヴァンジェリンとの関係性についに何一つ口にはしない。それどころか、ルイスがエヴァンジェリンの所に行く事を当たり前だと思っているようだ。
だからこそルイスは内心は恐れていた。
アリシティアを理不尽にも言葉の刃で傷つけ、拒絶したまま何年も存在に目を向けることすらなく、王女と常に一緒にいる婚約者など、あっさりと見切りをつけて、婚約解消の知らせが来るのではと。
彼女の周囲の人間全てに嫉妬しているのも、その愛しい存在をただひたすらに希っているのも自分一人。そんな中でも、体を重ねることで、唯一、アリシティアはルイスを求めてくれる。たとえそれが、快楽から来るものだとしても、彼女の体だけでも完全に手に入れていなければ、狂いそうになる。万が一、またアリシティアを取り上げられてしまったら、行き場を無くした感情は間違いなく暴走する。
ルイスの狂った思考は、知らない筈の父と母の最後の情景を連想させる。
自分にはあの両親の、父の残忍さと母の狂気が、間違いなく受け継がれている。
父が母を愛していたかどうかはわからない。だけど、母は間違いなく父を愛していた。だからこそ母の狂気が父を許せず、凶行に及んだのだ。
ルイスはそう確信している。
「エル……」
アリシティアが小さな声でルイスを呼ぶ。目覚めたのかと思い、そっと彼女の顔を覗き込んだが、そうではなかった。彼女はただ眠っていた。
「─── 可愛い」
ルイスは目を細めた。
もしも、王弟ガーフィールド公爵に任務として命じられると、アリシティアはなんだってするだろう。今日、その事を改めて思い知らされた。
神殿の中庭でのアリシティアは、当然のようにアルフレードを背にして、文字通り矢面に立っていた。彼の護衛達よりも前に。
そして、アルフレードに命じられたまま、躊躇なく暗殺者達に矢を撃ち込んでいった。アリシティアは助けを呼んでくる事などせず、当然の事のように自らの命を盾にして戦う。
命じられるままに行動する、ルイスと同じような、完全な王国の影となっていた。
ルイス自身が王弟の後継者候補としての教育を受けていたのと同じように、アリシティアもあの孤独で残酷な教育をうけていた。王弟がアリシティアに甘いからと、影として育てる事に手心を加える事などありはしなかった。
影達は大切なものを守る時には、自らの生に執着しないよう教育される。きっと彼女も同じなのだろう。だからこそ、影としての彼女が生に執着する理由の中に、ルイスという存在があってはならなかった。
けれど、たとえルイスが彼女に影から抜けろと言っても、彼女は自分の目的を果たすまでは決していう事を聞きはしないだろう。彼女が王家の影である限り、王家の影達を受け継ぐルイスには、叔父の手の内で踊る以外選択肢はない。
ルイスは叔父の思惑を改めて感じ取り、小さく嘆息した。
何故アリシティアが影としての立場にこだわるのか。そこにリーベンデイルの生きた人形が絡んでいるのはわかる。だが、リーベンデイルの生きた人形とアリシティアの接点は、どれ程調べても、ローヴェル邸での惨劇以外に見つからなかった。
「…本当にごめんね。愛してる。必ず守るから、お願いだから僕を必要として…」
ルイスは祈るように懇願する。どうやってもルイスからはアリシティアを手放せはしない。ならば、彼女に堕ちてきてもらうしかない。汚れた自分の所まで。
ルイスの小さな声は冷めた室内の空気に溶けた。
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