余命一年の転生モブ令嬢のはずが、美貌の侯爵様の執愛に捕らわれています

つゆり 花燈

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第二章

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 アリシティアが自室の扉をあけると、家令の言う通り、ルイスが優美にお茶を飲んでいた。

 部屋の壁際に並んだメイド達が、とてつもなく嬉しそうに、こっそりサムズアップしてくる。

 この屋敷の年若いメイド達は、豪商の娘や地方の貴族の親類筋の平民が多い。彼女達は上位貴族が出るような社交の場とは無縁だ。その為、国王の甥であり、社交界の花と名高い若き侯爵など、見た事はなかった筈だ。
 それがこんな近距離にいるのだから、メイド達のテンションが上がるのもわかる。
わかるのだが…。

 以前に、アリシティアの結婚の話が出た時に、ルイスと既に婚約していると言った時には、「お嬢様、流石にその冗談は笑えませんよ」とか言って、信じてくれなかったはずだが…。


────こいつは何故客間ではなく私の部屋にいるんだ?


「お待たせしました。何やら平然と淑女の部屋でお茶を飲んでいらっしゃる、非常識な方がいるようですが…。何故、こんな時間に、約束もなく勝手に人の部屋で寛いでいらっしゃるのかお聞きしても?」

 アリシティアはルイスの正面に座りながら、不愉快そうにルイスを睨んだ。

 ルイスはそんなアリシティアの様子を気にする事もなく、お得意の甘ったるい微笑みを、部屋の隅に立つメイド達に向ける。
室内に揃っているメイドの人数が、いつもより遥かに多い事については何も言うまい。



「わざわざ客間に通してもらう程、気を使ってもらう必要もないしね。僕の可愛い婚約者殿の部屋ならよく知っているし」

「よく知っている……たしかによく出入りはしてましたね、7年前は」

 アリシティアの嫌味をにっこりと受け流したルイスは、アリシティアの前にティーカップが置かれた事を確認する。

「ありがとう、みんな下がっていいよ。あ、部屋の扉は閉めて行ってね」

 主であるアリシティアを無視して、メイド達はしっかりとルイスの言葉に従い、頭を下げた後部屋から出ていく。部屋を出る時、仲の良いメイド達がそれぞれ意味ありげな合図を目で送ってきたが、みなかった事にする。

 彼らの視線は一様に「っちゃえ!!」と訴えていたからだ。

 アリシティアは脱力したように、メイド達が扉を閉めるのを眺めた。





「…あり得ない。メイド達を追い出して、部屋の扉を閉めさせるなんて」

「君についてる侍女はいないの?」

「うちに行儀見習いに来たいと思う、貴族のご令嬢がいると思います?」

「それもそうか」


 不機嫌なアリシティアを前に、ルイスは足を組む。それと同時に先程までの笑顔が消えた。

「ねぇ、どこで着替えたの?」

 アリシティアの全身に目をやり、ルイスが問う。メイド服でもなければ、ピンクの髪でもない。瞳の色も、元の色に戻っていた。

「ベアトリーチェの所ですが、それが何か?」

 質問の真意もわからないまま、アリシティアは答える。その答えに、ルイスは「そう…」と短く呟いた。


 そのまま沈黙が室内を覆う。

 ルイスの言葉を待ちながら、アリシティアは紅茶の入ったカップに手を伸ばし、ゆっくりと喉を潤した。





 かなりの時間沈黙が続いた後、ルイスがようやく口を開いた。

「君とルフスはどういう関係?」

「ルフス様…ですか?」

 ルイスの唐突な質問に、アリシティアは数度瞬きした。

「ルフス様という方は、存じあげないのですが、どちらの方ですか?」

 全く覚えのない名前に、アリシティアは思わず首を傾げる。
そんなアリシティアを訝しげに見ながら、ルイスは手に持ったカップを皿に置いた。

「ルフスは錬金術師の塔に住む魔女」

 アリシティアは自らの記憶を辿るも、錬金術師の塔に住む魔女は、ベアトリーチェ以外には知らない。

「塔の住人には詳しくはなくて、そのルフス様とおっしゃる魔女様の事は存じ上げませんが…」

「君のその可愛い頭はただの飾り?」

「は?」

 心底呆れたような表情で、ルイスは目を眇めた。

「ウィルキウス・ルフス。君がベアトリーチェと呼んでるあの嫌味な男だよ」

 ルイスの言葉を飲み込むのに、アリシティアは時間を要した。

「ベアトリーチェが、……ウィルキウス様? だって、ウィルキウス様は、細身で、髪が短くて……」

 背が高くて、黒髪で、切長な紫の目の美形で、稀代の天才。

「でも苗字が…」

 呆然としたまま小声で独り言のように呟くアリシティアの声はルイスには届かない。

 ウィルキウス・ディ=ヴィドー。
小説に出てきた稀代の天才と名高い宰相の養子。そして、エヴァンジェリンを取り巻く三人目のヒーロー。
 正妃が勉強相手という名目でエヴァンジェリンの為に集めた、将来的に大きな権力を持つと思われる三人の少年のうちの一人。

 言われてみればたしかに当てはまる。ベアトリーチェは転生者なのだから、小説のウィルキウスと同じ生き方を選ぶはずはない。

 宰相の養子にならなければ、苗字は小説とは違う筈だし、髪は伸ばしているだけで、体型が違うのも身体を鍛えているだけだ。オネェサンなのは……気にした事がないのでよくわからないが、多分前世の名残だと思う。





「本当に、ベアトリーチェが、あのウィルキウス様なの?だとすれば…」

 小説の内容を思い出し、アリシティアの心臓がドクンと大きく脈打った。


「へぇ? 君、ウィルキウス・ルフスの名前は知っていたんだ。でもそれがあの男だとは知らなかったんだよね? 君はウィルキウス・ルフスについて、一体何を知っていたの?」

 ルイスの言葉に、アリシティアは息を呑む。頭がこれ以上考えるのを拒否する。


「……殆ど知らないです。あの、閣下は何故そんな事を気にするのですか?」

「…あいつが、何を企んで君に近づいたのか知りたい」


 ルイスの言葉に、ふいにアリシティアは得体の知れない何かに、喉を締め付けられているような感覚に襲われる。

 答えられる訳はなかった。
ウィルキウスの事は小説でしか知らない。



 小説の中でのウィルキウスは、稀代の天才と名高く、次期宰相候補として育ち、常にエヴァンジェリンを影から守り続けた。

 彼は隠された真実を知る者の中の一人で、王太子暗殺後、現代の『取り替え姫』であるエヴァンジェリンを女王にした人。




──── 小説の中のアリシティアを殺した可能性が一番高い男……。





 それが、アリシティアの知るウィルキウスだった。






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